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バハイ教 その①

2008-06-01 20:25:52 | 読書/中東史
 日本ではなじみが薄いが、バハイ教は世界の230余国に共同体を組織、キリスト教に次ぎ2番目に広く普及している宗教である。開教したのは19世紀半ば、主な世界宗教の中では最も新しい。私が『バハイ教』(P.R.ハーツ著、青土社)を読んだのは、イラン国内のゾロアスター教徒たちを多数改宗させた宗教だからだ。金銭や武力による圧迫でなく、平和裏にゾロアスター教徒を棄教させたのは他には仏教くらいである(サーサーン朝時代、キリスト教は時に暴力事件も起こしている)。バハイ教の主な教義を挙げてみたい。

人は誰でも独力で真理を求めなければならない(建前上、聖職者の存在なし)。 
全ての宗教は1つである。誰もが同一の神を崇拝している。
科学と理性は宗教に調和する。
全ての人類は1つの人種である。人間は全て、等しく神の子である。人は宗教や人種、政治や国籍や階層に基づく、いかなる偏見も拭い去らなければならない。
極端な貧富の差を撤廃しなければならない。
女性は男性と平等であり、同権である。特に平等な教育の機会が与えられるべきである。子供は全て基礎教育を与えられねばならない。
単一の経済、単一の言語からなる単一の世界連邦になるべきである。

 世界平和の実現、人権民族差別の撤廃、男女同権など、現代宗教に相応しい教えだが、世界に蔓延した共産主義との類似を感じた方も少なくないだろう。ただ共産主義と異なり、暴力による布教はこれまでのところ行ってはおらず、表面的には聖戦は否定、平和主義をとっている。バハイ教は自らの多様性を誇るが、信徒は統一共同体への服従を求められ、教義について独自の解釈や宗派を建てることは許されないし、進化論はセム族一神教と同じく否定している。
 イスラムも建前としては聖職者の存在を否定している。開祖ムハンマドはキリスト教の司祭のような宗教特権階級を非難、ユダヤ教の形式主義を嘲ったが、21世紀現代、最も聖職者が特権絶対階級となり、形式主義に陥っている世界宗教である。バハイ教が誕生したのは、そのような世界である19世紀のイランだった。

 19世紀、ガージャール朝時代のイランは英露の覇権争いの場となり、内憂外患で混迷を極めていた。この世紀半ば頃、民衆は約束された救世主が間もなく現れると信じるようになる。そんな社会の中から、バーブ(門の意)の称号で呼ばれた新興宗教指導者サイイド・アリー=モハンマドが現れた。サイイドの名の通り、預言者の子孫の家系の出である。バハイ教の開祖バハーオッラー(神の栄光の意)はこのバーブの初期の弟子の一人であり、師匠の教えを発展させ、新たにバハイ教を興す。それゆえ、バハイ教の起源はバーブ教にあるのだが、開祖は師と顔を会わせたことはなく、書簡を交わして入信したのだった。

『バハイ教』を見ると、バハイ教徒はもちろん、その前身的なバーブ教への凄まじい迫害に驚かされる。発祥の国イランでこれほど大々的な弾圧、迫害が現代まで続いているのを知れば、尚のこと。私はむしろバーブ教徒たちの殉教の方に関心を持った。バーブは最初の18人の弟子たちを「生ける文字」と名付け、イラン中への布教を命じる。彼ら「生ける文字」の中に唯一女性信者がおり、ターヘレ(清浄の意)またはクッラトゥル・アイン(目の至福の意)の称号で呼ばれた女性詩人ファーテメ・バラガーニーの人生には、言葉もない。“ターヘレ”もまた、師の“バーブ”と面識はなく文通を交わして信者となったのだが、信仰する者はかくも強固な意志と精神を持つに至るのだろうか。

 現代と同じく当時のイランも、シーア派聖職者は世俗の政治指導者より絶大な権威と権力を併せ持っていた。彼らはバーブの主張が広まるのを怖れ、異端と見なす。聖職者たちが不信仰者、異端者と烙印を押しても、イラン各地からバーブに帰依する者が生まれてきた。特に下層聖職者の中からバーブに従う者も出てきたことは、一層シーア派指導者を憤怒させた。それでも聖職者の発する教令は法律としての効力があり、説教者としての力もあった。一言、誰かを異端者と説教壇から名指せば、その者に会衆の敵意を向けることは容易だった。聖職者たちは恒例の金曜礼拝で、信者たちを煽り檄を飛ばした。「バーブ教徒を殺した者は善行が増す」。
その②に続く

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4 コメント

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Unknown (アメリカ留学)
2008-06-02 13:44:14
初めまして、アメリカ留学のブログを書いてる者です。今後の記事更新の参考にさせてもらいたいと思って見させてもらいましたけど、普通に楽しんじゃいましたw次の記事更新を楽しみにしてます☆応援してますのでポチッとしておきますw頑張って下さいね。
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コメント、ありがとうございます (mugi)
2008-06-02 22:08:32
>「アメリカ留学」さん、初めまして。
拙ブログの、馴染みの薄い宗教の記事を読まれて頂いた上、クリックまで有難うございました。

アメリカにもバハイ教徒はおり、欧州より北アメリカ大陸の方に信者が多いそうです。
私自身は、アメリカ留学どころか渡米経験なしですけど、お互いにブログ更新が続けられるとよいですね。
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ホームページにリンクを張りました (ゲンコウ)
2011-05-24 15:02:01
ホームページに霊魂思想の歴史を掲載しています。その中でバハーイー教に言及しています。あなたのブログの、バハーイー教の歴史は興味深いものでしたので、勝手にリンクさせてもらいました。よろしいでしょうか?
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RE:ホームページにリンクを張りました (mugi)
2011-05-24 21:37:38
>ゲンコウさん、初めまして。

 私もバハイ教に関してはこの本を読んだだけで、それ以上のことは知りません。あなたのHPに軽く目を通したら、「霊魂思想の歴史」について詳細な内容で驚きました。このようなサイトに私の記事をリンクされるとは光栄です。あなたのHPをじっくり拝見させて頂きます。
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