トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

サイクス=ピコ協定 百年の呪縛 その①

2016-11-29 21:10:08 | 読書/ノンフィクション

サイクス=ピコ協定 百年の呪縛』(池内恵著、新潮選書)を読了した。著書名どおり、サイクス・ピコ協定が結ばれてから(1916年5月16日)、今年はちょうど百年目になる。過去記事で何度か書いているが私が中東に関心を持ったのは、映画『アラビアのロレンス』を見たのがきっかけ。初めてこの映画を見たのは1980年11月だった。この時もリバイバルだったが、世界史や中東に関心のある人の間ではわりとこの協定が知られているのも、映画の影響力なのは明らかだろう。
 副題は「中東大混迷を解く」とあり、141頁足らずの選書にも拘らず実に濃い内容で読み応えがあった。中東関連本なら書店で珍しくないご時世だが、過度にイスラムや中東に肩入れしたものも少なくない。中東に関心のあっても、さほど思い入れのない方には堪らない選書のはず。

 選書は全5章構成だが、「はじめに」で著者が突き付けた問い「では、(サイクス=ピコ協定を)なくせばいいのか」に、ハッとさせられた読者も多かったのではないか?著者がいうとおり、日本では世界史の教科書や資料集で取り上げられ、様々な中東関連本でも必ずと言っていいほど言及される。
 そこから「サイクス=ピコ協定こそ中東問題の元凶」といった決まり文句が、一般向け解説でも、或いは中東専門家が政治的な発言を行う時にも、しばしば見られるなったのは事実だ。ネットでもそのような主張が主にイスラムシンパ(但し、イスラム世界をこよなく愛する人とは限らず、親イスラムを装う特亜系ネトウヨもいる)から出る。その類の決まり文句に対し、池内氏はこう反論する。

しかしこのような批判が、現在の問題の理解と解決のために役立つかというと、疑問である。それではサイクス=ピコ協定をなくしてしまえば中東問題は解決するのか。もちろんそのようなことはない。サイクス=ピコ協定をなくしてそれ以前の状態に戻れるのか。もちろん戻れない。
 それ以前の状態にもし戻れたとしても、そこに住む人々のどれだけが納得するのか。その多くは納得しないだろう。サイクス=ピコ協定を無効とするならば、今と同様あるいはそれをも上回るような内戦や戦争が勃発し、少数派の迫害や奴隷化が国際社会の制約なく横行しかねない。難民の規模はさらに拡大するだろう…」(16-17頁)
 
 第1章名はズバリ「サイクス=ピコ協定とは何だったのか」。この協定が誕生した背景や中東世界の状況が語られる。「結局、サイクス=ピコ協定が諸悪の根源だ」といったフレーズは、ワイドショーなどでにわか仕込みのテレビ・コメンターの類も用いるようになっており、安易で便利なフレーズでもあるのだ。
 それを池内氏は、「分った気にさせるマジックワード」と呼び、「サイクス=ピコ協定が悪い」と言っているだけでは先に進めず、現実を理解することや将来を見通すこともできないという。

 そして氏は、東アジアに置き換えて分かり易い例え話を展開している。北朝鮮の核兵器・ミサイル開発の問題に対し、「そもそも日本が朝鮮半島で帝国主義・植民地支配をしたから悪い」とだけ言い続ければどうなるだろう?
 日本が植民地支配をした挙句、太平洋戦争で敗れて朝鮮半島から撤退したから、朝鮮半島は米ソ冷戦の最前線となり、南北に分断された。何時戦争が再開してもおかしくない緊張状態が続き、北朝鮮は独裁化し、核兵器やミサイルを開発して威嚇する。悪いのは日本の植民地支配だ……と主張したら、どうであろうか?

 確かに日本が朝鮮半島を併合・支配していなければ、朝鮮半島は今のような状態にはならなかっただろう。だが、植民地主義の時代から長い時間が経ており、その間、より大きな影響を与えた多くの出来事が生じている。日本統治時代がなければ、当然朝鮮半島の歴史は大きく変っていただろうが、日本の統治下に入る以外の可能性がどれほどあったのかは定かではなく、しかも別の可能性がよりマシなものと言えようか。

 ロシアや中国に併合され、現在独立国でいることが出来なかった可能性は大で、それを今の南北朝鮮の国民の感覚からは、到底受け入れられないだろう。
 さらに言えば、現在の朝鮮半島の国家や国際関係が抱える問題に日本に責任がある、ということであれば、「日本が責任を取ってもう一度、朝鮮半島に介入して今度はきちんと問題を解決するべきだ」ということにもなりかねない。このような意見では、日本も南北朝鮮も現代では決して受け入れられないはず。
その②に続く

◆関連記事:「ドイツ文学者の息子

よろしかったら、クリックお願いします
人気ブログランキングへ   にほんブログ村 歴史ブログへ



最新の画像もっと見る