その一の続き
ベルサイユのばらの男性キャラで論じられるのは、殆どアンドレとフェルゼンなのだ。少女時代はオスカル絡みでアンドレ派だった私も、今では後者に好感を持っている。アンドレは架空の人物ゆえ、やはり少女漫画的なご都合主義が鼻に付くが、フェルゼンは実在の人物である。
そしてベルばらの男性キャラでも、子供時代は関心が全くなかったオスカルの父ジャルジェ将軍が面白いと感じている。ジャルジェ将軍も実在の人物だが、もちろんオスカルとの関係は全て作者の創作。オスカルがあれほど数奇な人生を送ることになったのも、全て父ゆえだった。
いかに男児に恵まれなかったにせよ、娘を男の子として育てるという設定自体がありえず、親戚から跡継ぎの養子を取るのが普通なのだ。ただ、正論通りならばベルばらの設定自体が崩壊してしまう。いずれにせよ、娘はある時点までは父の期待に応えたのだ。
しかし、自我に芽生えた娘がいうことをきかなくなるのは当然の結果。18世紀フランスには高い教養を身につけたの貴婦人もいたが、オスカルは剣だけでなく学問も怠りない。文武両道が父の望みだったろうが、これではルソーのような当節流行の“謀反人の書”にハマり、その思想に被れるようになる。
ついにジャルジェ将軍はオスカルに結婚を迫る。早く結婚して立派な跡継ぎの男児を産んでほしいというのだが、今になって女に戻れとは、「横暴」とオスカルは怒り狂う。確かにとんでもない横暴親父だが、これも娘の将来を危惧してのことだった。オスカルが激動する社会に巻き込まれることを恐れ、その前に平凡な家庭に収まってほしい…という親の願いがあったのだ。両親の心配通り娘は革命に身を投じ、殉死する。
近代以前は洋の東西問わず家長の命は絶対であり、妻子の意志は顧みられなかったのだ。家長が家名を汚す不心得者の子供を処罰する私刑も認められており、ジャルジェ将軍も平民議員を排除せよという上官の命に従わなかったオスカルを、謀反人として成敗しようとしている。尤もアンドレの嘆願があったにせよ許してしまうのだから、やはり父は娘に甘いようだ。
革命前のフランス貴族社会は風紀が乱れに乱れており、浮気と粋で知られたのがフランス男だった。貴族の女たちも不倫は普通、愛人の1人か2人はいないのは女の名折れとされた時代だった。
そんな風潮でも堅物もたまにいて、ジャルジェ将軍夫妻がそうだった。当時の貴族の結婚は親同士が決めることであり、さらに貴族の結婚には国王の許可がいることをベルばらで初めて知った。たとえ親同士が決めた結婚でも結婚後には本気で伴侶を愛し、貞操を貫く貴婦人もいたが、そのようなタイプは貴婦人仲間からは変人視される有様。
フランス革命勃発後、身の危険を感じた貴族たちは続々と国外に亡命、寵臣だったはずの貴族も王家を見捨てた。王妃マリー・アントワネット最大のお気に入りだったポリニャック伯爵夫人に至っては、真っ先に見捨てて亡命している。
追従と変わり身の早さが際立つ貴族たちとは対照的に、あくまで王家に忠誠を誓ったのがジャルジェ将軍。代々王家に仕える由緒ある軍人の家系だったにせよ、王家の寵愛を自慢し合っていた大貴族でも亡命者が珍しくなかったのだから、忠義なジャルジェ将軍の方が異色なのだ。概して人は落ち目になった権力者に冷たいものだが、不利な情勢にも拘らず主人に仕える者こそが真の忠臣なのだ。
娘とは対照的に最後まで王家を守ろうとしたジャルジェ将軍の生き方に、感動した人も他にいるのではないか?損得抜きで自分の信念を貫く生き方というのは実に難しい。殊に激動の時代においては。
おそらくジャルジェ将軍に関心を持ったベルばらファンは少ないだろう。アンドレやフェルゼンに注目するのが普通だし、私も年を取ったから注目するようになったのだ。ただし、物好きは何処にでもいるから、ひょっとしてルイ16世が好き、という女性もいるかもしれない。
その三に続く