トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

トルコのクーデター未遂事件に思うこと その一

2016-07-23 21:10:26 | 世相(外国)

 親日国のイメージだけが独り歩きしているトルコだが、7月16日に終結したクーデター未遂事件には心底驚いた日本人も多かっただろう。軍によるクーデターが度々起きる国としてタイは有名だが、実はトルコでも1960年、71年、80年と過去3回、クーデターで軍が権力を奪取している。周辺アラブ諸国よりは民主的でも、強権的な指導者や軍部の介入という点ではトルコも同じなのだ。

 71年は「3月12日書簡によるクーデター」とも言われ、軍部が政治社会状況の混乱の責任を問う書簡を大統領、上下院議長宛に送ったことを指す。書簡には改革を進めなければ軍がクーデターを起こすとも言及されており、軍の意向で首相デミレルは辞任する。
「書簡クーデタ」後、トルコは軍政にはならなかったものの、軍部による圧力で辞任した首相はデミレルだけではない。1997年にもエルバカンが辞任しており、これもクーデターに含める見方がある。

 過去の軍のクーデターは、世俗派の牙城である軍部が宗教勢力寄りの時の政権を倒すというトルコの毎度の抗争だし、これまでは全て時の政権を倒している。しかし今回は、クーデターを起こした軍が初めて鎮圧されたケースとなった。
 この事件で私は久しぶりに、『遠くて近い国トルコ』(大島直政著、中公新書162)を読み返した。初版が1968年のこの新書には、第1回の1960年クーデターのことが記されており、その一連の動きはその後のクーデターと似通ったものがあって興味深い。この初クーデターでは当時の首相アドナン・メンデレス処刑されている。

 メンデレスがトルコ首相になったのは1950年。それまでのトルコは国父ムスタファ・ケマルの創設した人民党の一党独裁体制だったが、第二次世界大戦後は野党も合法化され、メンデレスは仲間と共に民主党を設立する。そして初の自由選挙で民主党が圧勝、政権を獲得した。この時人民党が敗れたのは、一党独裁体制だけでなく戦後の経済不況が大きい。
 メンデレスはそれまでの国家企業の方針は既に時代に合わないとして自由企業政策を取り、大地主、資本家などの圧倒的支持を得たが、未だトルコの国家経済が自由企業を促進する段階に来ていなかったのが悲劇の原因となった。

 メンデレス政権下で農業生産方式の近代化は促進し、工業部門は発展、道路網は拡張され電源開発も進んだ。だが、そのために国力不相応な資力を必要としたので、赤字財政から来た通貨の膨張が原因となり、新政策実施後3年を出ずしてインフレが悪化、都市生活者から非難の声が起こり始めた。
 もちろんメンデレスも日々脅威的になっていくインフレに無策ではなく、西欧陣営から3億6千万ドルに及ぶ借款を受けるなど一連の経済安定政策を取り、1958年頃には多少のデフレ効果もあった。しかし、メンデレスはその政策を完遂するために極端な言論統制を行い、さらには反対派の弾圧に狂奔するようになり、秘密警察すら組織する。

 但し、破綻に瀕した都市生活者や知識人が彼を非難する一方、民主党の政策によって多大の恩恵を受けた農民層は積極的に彼を支持していたそうだ。大島氏が初めてトルコに行ったのが1965年、『遠くて近い国トルコ』はその3年後に出版されている。大島氏がトルコに行った時、既にメンデレスは処刑され故人となっていたが、農民層には未だにメンデレスに対する憧憬が強く、彼に対する評価は都市生活者や知識人、学生、軍部と見解を相違していたそうだ。
 これを以って大島氏は、メンデレスが国民を二分するような政策を強行、大きな溝を作ってしまったことは国家にとって大失敗であった、と云う。

 一方、一代の偉人であれども、国父ケマルの理想についていけなかった人々、殊に宗教関係者は保守的な農民層を煽動、積年の不満を一挙に爆発させた。宗教関係者を説得できなかったことが、メンデレスを追い込んでいく。

 メンデレス政権下ではトルコ共和国の基本原則である政教分離が緩和され、学校でのイスラム教育が容認された。その一方で切手や紙幣にケマルの肖像画を配し、これは現代に至るまで続いている。この措置は国父を敬愛する国民の支持を得たが、メンデレスの政策はケマルの成果を次第に崩し始めた。
 反対派の非難が激しくなるほど、メンデレスは自己の陣営に属する宗教関係者の要求に屈し、ついに僻地に学校を建設する予算でモスクを建設するに及んでは、知識人層からも糾弾される。最初はリベラリズムを唱えたメンデレスだが、かくも保守反動化するに至った。
その二に続く
 
◆関連記事:「トルコを知るための53章

よろしかったら、クリックお願いします
人気ブログランキングへ   にほんブログ村 歴史ブログへ



最新の画像もっと見る