トーキング・マイノリティ

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聖戦ヴァンデ その三

2016-01-24 21:10:21 | 読書/欧米史

その一その二の続き
地獄部隊」と名付けられたとおり、ヴァンデ鎮圧に派遣された連隊は虐殺と破壊を繰り返した。住む家を失った人々はカトリック王党軍に身を寄せるも、焦土作戦により食糧も得られず、飢えと疲労で疫病が流行り、士気は低下する。
 そして季節は冬に入っており、1793年12月23日のサヴネの戦闘で、反乱軍は壊滅する。反乱軍は戦闘員・非戦闘員問わず虐殺され、捕虜となった1,679名はナントに連行された。ナントには派遣議員カリエが赴任しており、彼は特異な処刑方を考案、実行した。小説ではその模様をこう描いている。

「断頭台は、1人につき59リーブルかかる。銃殺は、弾丸を買い足さねばならないし、斬首は剣が刃こぼれし、曲杖での撲殺は杖に罅(ひび)が入るので、双方とも買い替えねばならない」
 あれこれ検討した結果、カリエは、ロワール河に浮かぶ廃船に囚人を詰め込み、沖合に出して沈めるという有効な手段を発見した。カリエは宣言する。
革命の成就という大目的のためには、フランスの墓場を増やすこともやむをえない

 百年戦争時の英国軍顔負けの蛮行だが、無差別虐殺に激高したヴァンデ反乱軍も捕虜となった鎮圧部隊に復讐しようとする。それに対し、カトリック王党軍幹部の1人シャルル・ド・ボンシャンは、こう言って止めさせた。
捕われの者達に特赦を。我らは、カトリックの軍隊だ。我らを攻めた者、殺した者を許さねばならない
『聖戦ヴァンデ』カバーに使われている彫像はボンシャンのもので、台座には「捕虜たちに特赦を!」の文字が刻まれている。

 ヴァンデ鎮圧に派遣された将軍オッシュも、小説の主要人物の1人。小説では反乱軍第3代総司令官アンリのかつての副官で親友だったが、革命で袂を分かったという設定になっている。この関係はほぼ作者の創作だろう。物語の最後でオッシュはアンリの遺体を埋葬する。オッシュがヴァンデに派遣されたのはテルミドールのクーデター以降だし、アンリはそれ以前の1794年1月28日、既に戦死していたのだ。死亡時アンリは僅か21歳。肖像画に描かれているアンリは、多少美化されているのかもしれない。『聖戦ヴァンデ』は次の一文で結ばれている。
ヴァンデが静まるのは、1801年7月15日、ナポレオン・ボナパルトがローマ教皇ピオ7世と和議を結び、ヴァンデに対し、信仰の自由、徴兵の免除、損害の賠償、復興の援助等の政策を講じてからのことである

 世界史で特筆されるフランス革命だが、案外ヴァンデの反乱については知られていないのではないか?私自身、知ったのは数年前にネットによって。
 私がフランス革命に関心を持ったのはベルばらを見たのがきっかけだが、フランス革命に興味を失ったのは皮肉にもベルばら制作のベースとなったツヴァイクの『マリー・アントワネット』を読んだのが原因だった。ツヴァイクの著書に描かれていた九月虐殺におけるランバル公妃の最後は、14歳の小娘には刺激が強すぎた。昨年10月、主婦ブロガー「ハハサウルス」さんから頂いたフランス革命への率直な感想は、少なからぬ日本人が共有していると思う。

「あまり西洋史に詳しくないのですが、フランス革命には良い印象がありません。別に王政側の肩を持つ訳ではないのですが、暴力による恐怖政治という意味で「テロリズム」という言葉が使われるようになったのは、フランス革命(ロベスピエール恐怖政治)からということもあり、フランス革命というと「血生臭い」イメージが強いのです…」

「自由・平等・博愛」を掲げた筈のフランス革命で、あれほど多数のフランス人が処刑されたのが私には長らく不可解だった。それも塩野七生氏のエッセイ『再び男たちへ』を見て、納得がいった。
 塩野氏は日本では博愛と訳されているフランス革命で唱えられたfraternité(フラテルニテ)は、<兄弟間の情、同胞愛、友愛>という意味だった、と書いている。博愛なら全人類的愛となるが、(フラテルニテ)なら考えを共にしない者は友愛から除外されても文句は言えない、と氏は述べる。“博愛”と訳した為に、この概念に我々東洋人は有害な幻想を懐く事になってしまったのではないだろうか、と疑問を呈していた。

 考えを共にしないならば、同胞愛からも除外されるのがヴァンデの反乱で知れよう。正確な数は不明だが、犠牲者は30~40万ともいわれる。ツヴァイクの著書を見てフランス嫌いになった訳ではないが、革命をとかく美化しがちの日本の知識人には強い不信を覚えた。

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2 コメント

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徹底的 (ハハサウルス)
2016-02-10 23:18:40
こんばんは、私の拙いコメントを取り上げて頂き有難うございます。

ヴァンデの反乱のこと、初めて知りました。フランス革命にますます血生臭さを感じます。日本でも歴史上沢山の血が流され理不尽な殺戮もありましたが、西洋の「徹底的」なことには受け入れ難いものを感じます。

井沢元彦氏の著書『逆説の日本史 古代黎明編』に書かれている「ヨシュア記」についての記述を読むと、預言者ヨシュアは神から与えられた「約束の地」カナンの先住民を「ことごとく」滅ぼします。

要するに「自分のやっていることは神の意志に添うのだから、どんなに残酷なことや卑怯なことをしてもかまわない」という態度である。(著書からの引用)

絶対神である神の命令を忠実に実行することが彼らの正義で、そこに人としての「情」を介在させることはできないという価値観は、日本人にとっては到底理解し難いものだと思います。「革命」という彼らにとっての正義の遂行の為には残虐な行為も厭わないという態度にも相通じるものを感じますが、考えの違う者に対する冷酷さには驚かされます。

「友愛」と言えば、日本で有名になったのは元首相が好んで使ったからですが、成程「博愛」と「友愛」の違いがよくわかりました。左の方々は「友愛」の世界に生きていらっしゃるのですね、道理で内ゲバなるものが起きるわけです。
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Re:徹底的 (mugi)
2016-02-11 21:13:55
>こんばんは、ハハサウルスさん。

 記事にも書いたように私自身、ヴァンデの反乱は数年前にネットで知りました。ネットをしていなければ未だに知らなかったでしょう。内ゲバのような革命家同士の粛清ならともかく、非戦闘員まで虐殺したとは絶句させられました。やはりバルテルミーの虐殺をやった国でした。

『逆説の日本史 古代黎明編』、私も前に読んでいます。「ヨシュア記」の「ことごとく」滅ぼしたことは「聖絶」と呼ばれ、そうしなければ神の命に背いたことになります。だから先住民を滅亡するのに躊躇いもない。恐ろしいことにこの思想は古代だけではなく、現代にも引き継がれているのです。

 イスラエルで8歳から14歳までの生徒千人以上に「ヨシュア記」を読ませて質問をしたら、何と66%の生徒が(全面的な是認)をしたという結果が出たそうです。その回答のひとつは、貴女も受け入れ難いでしょう。
「この土地に住んでいた人々は異なった宗教を持っていて、ヨシュアが彼らを殺した時、この宗教を地上から抹殺したのだから、ヨシュアは正しいことをしました」
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/c5a4cd927a44746d67a7ee90a1b2f83f
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/a80e54a89f7bff75fd2ee9d21c0eac79

「友愛」で知られる日本の元首相は単なるルーピーですが、歴代イスラエル首相は敵国には冷酷非情でも、有能な指導者ぞろいで羨ましい限りです(嘆)。
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