トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

不都合な真実 06年【米】ケヴィン・マクドナルド監督

2007-03-23 21:22:33 | 映画
 最近何かと騒がれる地球温暖化問題を扱った映画。映画全編を通してアメリカ前副大統領アル・ゴアが温暖化問題を解説するので、ドキュメンタリーよりも彼個人の宣伝を兼ねた講演会映画そのもののだった。

  映画の冒頭、新緑の森と川という心洗われる風景が映された後、ゴア氏が講演会場に登場する。副大統領時代に比べ少し恰幅がよくなったが、映像栄えする容貌 はまだ衰えていない。会場の聴衆は大半が民主党支持者なのだろうか。アメリカは人種の坩堝というより、様々な民族が混じらず共存し続けるサラダボールの方 が相応しい、と言った人がいるが、その言葉どおり人種毎に固まっていた。シロはシロ、クロやキイロも同じ肌色同士で集まり、混在して座っていないのだ。

 ゴア氏は様々な映像や数値を上げ、数多いグラフのデータを示して、いかに地球の温暖化が危機的な状況にあるか訴える。さすが副大統領だっただけあり、時折ユーモアを交えた演説は実に上手い。聴衆が熱心に彼の公演を聞き入ってるのが分かる。
  さらにゴア氏は自分のこれまでの活動、人生、家族の話もする。彼の父も上院議員であり、同時に農場を経営していた。農場といえアメリカだから大規模だが、 お坊ちゃま育ちだったのだ。ゴア氏の大学時代の恩師に環境問題の先駆者的教授がいたことを紹介、若い頃から環境問題に関心があったことを印象付ける。

  ゴア氏の息子は幼い頃の事故で、辛うじて一命を取り留めたものの、身体障害者となる。彼は息子のためにも美しい自然を残してやりたいと決意したと語る。ゴ ア氏には十歳年上の姉がいたが、十代の頃から煙草を吸っていて、そのためか肺癌で死亡したそうだ。ゴア氏の農場では煙草も栽培していたが、娘の死後ゴア氏 の父親は煙草の植え付けを止めたとか。それまでは煙草は癌を招くとの批判には自己弁護していた父も、さすがに身内の死は感じるものがあったのだろう。
 ただ、家族の悲劇も演説にし、環境問題と絡めるところに、アメリカの政治家の凄みを見た思いだ。

  ゴア氏は僅差で現大統領ブッシュに敗れたとされる。フロリダでの開票にはかなり疑惑があったが、現大統領及び共和党への様々な非難は無念の思いが表れる。 共和党の企業優先の環境対策を槍玉に挙げ、日本の環境省に当たる米国の機関が現場担当者に圧力を掛け、実際のデータを改ざんした事実を糾弾する。他国の不 祥事を高飛車に説教するアメリカも、自国の「不都合な真実」には目をつぶるのだ。
 ゴア氏をよく知らず、政治に無関心の若い方がこの映画を見たら、さぞ環境問題に真摯に取り組む、ひた向きな政治家の印象を受けるかもしれない。

  映画の最後で、一般の人もすぐさま始められる地球温暖化防止策をいくつも挙げていた。省エネ型家電製品を使う、冷暖房機温度を低めに設定、燃費のよい自動 車を購入、出来るだけ公共の乗物や自転車を…何だ、この程度なら私も既にやっているが、アメリカ人はそうではないようだ。依然として京都議定書を批准せ ず、二酸化炭素排出量が世界で断トツなのがアメリカ。この映画の鑑賞を周囲の人に勧めることも、地球温暖化防止策の一つとPRも抜かりない。

 帝京大学の高山正之 教授のサイトに「アメリカ人変質論」という記事がある。書かれたのが1998年11月なので、まだゴア氏が現役副大統領だった頃である。マレーシアでのAPEC会議に出席したゴア氏の対応は実に興味深い。少し前に起きたアジア経済危機を 米国産ヘッジファンド、国際金融界を勝手にランク付けするムーディーズなど格付け機関の横暴を非難するマレーシア首相マハティールに対し、自国がらみの問 題は棚上げ、ホスト国の顔に泥を塗ることに専念したのだ。これはゴア氏の殆ど忘れられている事実である。映画でゴア氏は京都議定書を批准しない共和党を批 判しているが、果たして彼が大統領になっていたら調印したのか、これだけでも極めて疑わしいではないか。

 またゴア氏は映画で「兵器の殺 傷技術が著しい現代、戦争は避けるべきだ」と力説しているが、副大統領時代、軍事作戦と無縁どころか、爆撃は盛んにやっている。'98年8月、タンザニア とケニアでの反米同時テロに対して、米国はアフガニスタンとスーダンで「テロリストの施設」を爆撃するという報復措置に出た。ちょうどクリントンの不倫騒 ぎがあったにせよ、ブッシュに劣らぬ果敢さだ。'99年のユーゴ空爆を憶えている日本人がどれだけいるだろう。もしゴア氏が大統領になった後9.11のような事件があれば、直ちに戦争を始めたはずだ。

 この映画を見た私の印象は、地球温暖化問題に対する大衆啓発セミナーだった。「悔い改めよ、終末の日はちかい」と説くゴア氏はさながら21世紀の伝道師。環境保護活動の使徒。
 ゴア氏は世界との連帯を訴えていたが、実はアメリカ主導でやりたいのだろう。地球温暖化対策はアメリカン・スタンダードで行い、違反する国には厳しい制裁、ただしアメリカ企業は処罰対象外、費用は他国に負担させるという構想が予想される。

よろしかったら、クリックお願いします


最新の画像もっと見る

13 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
偽善という真実 (便造)
2007-03-24 02:34:04
mugiさん、こんばんは。
私も「不都合な真実」は鑑賞しようと思っていたのですが、ゴア邸では、「一般家庭の10倍もの電気を使用している」、という記事を見て、映画に対する興味はうせました。

この件は、ゴア氏にとっては「不都合な真実」だったのかもしれません。
返信する
誰にとっての「不都合な真実」?? (Mars)
2007-03-24 19:13:08
こんばんは、mugiさん。

mugiさんも仰るとおり、合衆国は京都議定書にも署名していない、地球温暖化最大貢献国(CO2排出量世界一)の国家です。自国にとって、不都合な真実を隠蔽してきたのは、何も環境問題だけではないでしょう。

また、反日親中民主党で、地球温暖化貢献度第三位の中国に対し、いかに規制をかけられるのでしょうか?
金の為なら、親友も地球も、自由・民主主義も売るような輩にとって、不都合な真実を、どれだけ指摘出来ることやら。

現在も核攻撃や、非戦闘員に対する無差別殺戮は禁止されていませんが(仮に禁止されていたとしても、それに反しても罰を受けないのは)、合衆国自体が自らの行為に反省できないだけの事。人体実験(合衆国人にとっては動物実験??)の二度の核爆弾使用等、人道に対する罪のあいまいさ、都合のよさを全く反省しない者に、「兵器の殺傷技術が著しい~」とは言われたくないものです。
(更に、米国はイラク戦争等でも劣化ウラン弾を使用したとされています。)

事後法による遡及等、おおよそ、法治国家としては致命的な東京裁判も実施した国です。何十年、何百年後かに、合衆国が滅びたとしても、それ受け入れる覚悟はもちろんあるのでしょうね、かの国民は。

(中学?高校?の英語の教科書で、合衆国は「人種のるつぼ」ではなく、「シチュー」のようなものだ、というものがあったように思えます(うろ覚えですが)。成る程、おいしいシチューやカレーでは、人参、ジャガイモ、玉葱、肉等が溶け合わず、味をだしていますね。そして、教科書的には、自己主張せず、美味を出している、とか、全体的に味がまとまっている、とか言い出しそうですが。
人種を越えてまとまる時と、個人や宗教等で分裂する社会。合理的・理性的だとされる国家が、時に感情論に流されるのも、不思議なものですね。)
返信する
隗より始めない人 (mugi)
2007-03-24 20:48:02
便造さん、こんばんは。

この映画は友人に誘われて見に行ったのですが、ゴア邸の電気使用の件は初耳でした(汗)。河北はやはり載せない。
ネット検索してみたら、豪邸にせよゴア邸の06年の電気・ガス代が3万ドルに及ぶとは!ゴア氏側は、電気の利用で温室効果ガスを排出した分、削減する事業に投資するなどしていると反論したそうですが、全く呆れた話です。

ゴア氏に限らず温暖化問題を訴えるアメリカ人セレブなど、大同小異かもしれません。
返信する
米国の「不都合な真実」 (mugi)
2007-03-24 20:53:23
こんばんは、Marsさん。

上記に書いたとおり、ゴア邸の一般家庭とかけ離れた電気使用のニュースを、私は便造さんに教えられるまで知りませんでした(大汗)。
これを知っていたなら、映画に行きませんでした。金、返せ~~(怒)

ただ、映画を見ながら天邪鬼の私はどうもゴアが信用できなかった。それで彼の現役時代をネット検索した結果は記事にしました。
テロの疑いをかけて他国を爆撃するわ、APEC会議をぶち壊すわ…ブッシュと何処が違うのでしょう?ユーゴ空爆など私も実は忘れてましたが、ここでも劣化ウラン弾が使用されてました。
それでも有名人が出たためか、映画館は結構混んでましたね。大抵納得させられた表情でした。政治家は嘘の名人です。

古代ローマのように、合衆国だって何百年後かに滅ぶ可能性はあるでしょう。最後もローマ型かもしれない。今は超大国を謳歌しても。
もっとも合衆国の将来などより、日本が滅びないようにしなければなりませんね。

私は米国が合理的・理性的だとされるのは、一種の神話ではないかと思ってます。その神話をばら撒いたのが、我国の出羽の神。
以前の記事でも紹介したように、自分が正しいと単純に思い込む米国人が果たして合理的・理性的なのでしょうか?
ネルーは嘘とでっち上げで英国がチャンピオンだったと書いてましたが、同じアングロサクソンなので、米国も嘘とでっち上げの巧みさで世界を制したのだと思います。
返信する
Unknown (道民)
2007-03-24 23:08:55
アル・ゴアって代替エネルギー関連の株しこたま持ってるそうですね。
返信する
Unknown (かかしA)
2007-03-25 03:49:08
こんばんわ、お邪魔させていただきます。

ステレオタイプな「アメリカセレブ的」自分語りって、普通の日本人が聞くとゲンナリしますよね。
このエントリでゴア氏の所業を読む限り、「もしかして、本当に自分が高邁な精神を持つ聖人か何かだと思ってるんじゃないか?」という疑念すら浮かんできてしまいます。

「アメリカでは個人主義が発達し、みんな自分の主張をハッキリと言う素晴らしい社会だ」と出羽の神様も仰いますが、誰しもこの映画のように言いたいことだけ言って責任は棚上げしていいのだとしたら、そりゃあ大した桃源郷です。そのツケは他国民やスラム住民に回せばいいとでも思ってるんでしょうか。
…いや、本当に思ってるのかもしれませんね…。

中国は自国でのエネルギー消費効率の悪さもあって、アフリカ・南米を抱き込み、着実にエネルギー資源を独占すべく動いています。
アメリカとしては一番乗りで次期エネルギー源へと移行し、オイルマネーを相対的に無効化しようと狙っているのかもしれません。京都議定書を拒否してるのは「アメリカが率先してやった」イメージでやれなくなるから。
技術革新+独占が成功すれば「アメリカ基準」で以後のエネルギー事情は推移し、化石燃料を使う途上国を「公害を撒き散らす」と言って締め付ける…

なんて、考えるのは飛躍しすぎでしょうか?
返信する
究極の選択 (White Mars)
2007-03-25 19:57:13
こんばんは、mugiさん。

もしも、仮に地球温暖化が絶対悪で、それを阻止する為の核の冬で地球冷却化すればどうなるのでしょうか?
地球の真理も、女心の心理も分からない、愚者には分かりかねますが。

それでも、人は人の命を紡ぎながら生き、そして死んでいく。

今を生き、100年後の地球に生きている人間はどれ程いるのでしょうか?
(100年後の人類に対し、何もできない人類として、申し訳ないです。そして、あとは、自力で生きるのみ。ですね。)
返信する
一筋縄でいかないのが政治家 (スポンジ頭)
2007-03-25 20:44:18
こんばんは。

マスコミではゴア氏を環境保全の旗手として扱っていますが、巨額の電気代の話は誰も言いませんね。いや、偽善もここまで来ると立派です。乱暴な言い方だと、漏れ聞くマキャベリの君主論は偽善の勧めを説いていると思いますが、こういう人物はマキャベリにとって最良の政治家になるのではないでしょうか。

昔うちの会社にいた人はアメリカ留学の経験があったのですが、アメリカ人を評して「被害者になるのがうまい、いつも自分が正しくて他人が悪いと思っている」と言っていました。私は驚いたのですが、アメリカの独善的な振る舞いやゴア氏の話を聞いているとアメリカの一面を突いた言葉であるのは確かです。
返信する
コメント、ありがとうございます (mugi)
2007-03-25 21:24:58
>道民さん
たぶん、そんな事だろうと思ってました。
もっともらしく脱石油を訴えて、代替エネルギーに切り替えが進めば、持ち株はアップします。


>かかしAさん、こんばんは。
そのステレオタイプなアメリカセレブの声に結構耳を傾ける、普通の日本人も少なくないですよ。
この映画に関するブログを検索したら、環境運動に関心のあるブロガーなどゴアの偽善を知ってもあまり問題視せず、地球温暖化を提起したとプラス評価しています。この類の人は欧米人政治家の掲げる美辞麗句を疑わずに信じてしまう性質なのでしょうね。

特にゴアの民主党は人権を掲げる傾向が強いですね。アメリカの政治家が人権や環境問題を持ち出すのは裏があると思ったほうがいい。そもそも地球規模の環境破壊をした最大の国がアメリカなのだから、撒いた種を刈り取る責務があります。
しかし、自国の非を棚に上げ、他国に責任転嫁する技に長けているのがアメリカ。

実は私もかかしAさんと全く同じ飛躍を考えていました。
次期エネルギー源への移行と独占、そして「アメリカ基準」での世界規格を視野に入れている…これまでのアメリカ式のやり方からすれば、そう疑われても当然でしょう。


>こんばんは、White Marsさん。
核の冬による温暖化防止とは、何とも発想がユニークですね。
先の将来など神様でもない限り、凡夫はとても予測できませんが、温暖化と環境破壊が進めば、資源をめぐり核戦争の可能性もあるから、その後核の冬で地球冷却化、氷河期到来なんてことも…

それでも人類はある程度生き残るでしょうから、文明崩壊の後の原始時代に逆戻り…SFになりそうなテーマです。


>こんばんは、スポンジ頭さん。
私もゴア邸の莫大な電気代はネットで知りました。さらに彼は講演で自家用ジェット機を利用しているそうです。先日この映画はNHKでも紹介されてましたが、ゴア氏の「不都合な事実」は報道したのを見た事がありません。
マキャベリの名誉のために言えば、彼は偽善を勧めてますが、これは乱世の時代に国の安全と独立を保つ手段として挙げています。ゴア氏はどうも個人目的が大のような…

>>「被害者になるのがうまい、いつも自分が正しくて他人が悪いと思っている」
日本の隣国人かと思いましたよ。そう言われればハリウッド映画など、その姿勢がありありでした。
返信する
それでも (さと)
2007-03-28 23:47:09
アル・ゴアのこの映画はあまりかんばしい評価無しでしょうか。
政治家は環境問題では票は取れないそうで敬遠しがちとか。
「メス化する自然」を以前読んだときのゴア氏のコメント、4/22日earth day の氏のかかわり方、以前から彼は真剣に取り組んでいると感じています。
なんだかんだ言っても、温暖化の恐怖を声を大にして、この大物政治家が声をあげてくれるのはインパクトがあるのではと
思いますが。
まだまだ、世界はアメリカ中心。
氏の家の電気代がすごいって、彼の家はアメリカ、規模が違いますよ。
他民族国家だからこそ、今は、サラダボールになっていても、星条旗の下、これが汚される事があれば、ゴア氏でなくても報復まがいのことも平気な国だと思います。
9・11ではっきりと思いました。
返信する