悪口が好き

2005-08-27 05:17:49 | Weblog
 悪趣味だとはわかっちゃいるが、他人の悪口がか
なり好きだったりする。

 といっても根が卑怯者であるので、自ら率先して悪
口雑言のリーダーシップをとるというのはあまりやら
ない。第三者が、第三者に対して言う悪口、批判など
を聞いて、ふむふむとうなずくのが好きなのである。あ
る意味こっちの方がよほどタチ悪いかもしれない。

 だから、リアルな人間関係の生々しい悪口などをこ
の方法で楽しんでいると、さまざまなナニな軋轢が生
ずる危険も高いため、専ら「文に記された」悪口・批判
を読むのが好きだったりする。これなら危険はないから。
我ながらこすっからい話ではある。

 たとえば紫式部日記における、「清少納言への批判」
なんてのは有名ですな。「批判」というよりむしろ「悪口」
並みの激烈さですが。世界文学史上に残る才女ふたり
が、角突きあわせてたというのは、あまりに「ハマり過ぎ
た」話であって、想像するだけでも面白い。しかもこの二
人、芸風も対照的であって、片方は今でいうなら愛憎系
純文学、もう片方は軽妙洒脱なお笑い系であり、そりゃ
水と油だな、とだれもが思う。少納言の方は、このような
式部の批判を知っていたのか、知っていたとするなら、ど
んな反応をしたのか。これも想像するだけで面白いと思う
のだ。

 現代においては、小林信彦の「天才伝説 横山やすし」
の中で描かれた、漫画家の高信太郎とか。小説の中で、
「典型的な腰ぎんちゃくキャラ」というのはよく出てくるもの
であり(「坊ちゃん」の野だいことか)、それ自体は珍しくも
なんともないが、そのキャラに実名かぶせちゃうんだもの。
実在の、しかも存命中の人物を、あれだけあしざまに描
いた作品というのは他に知らない。名誉毀損で告訴した
ら充分勝負になるんじゃねぇか、と思わせるほどのものす
ごさ。高信太郎、なんか小林信彦の恨みかったのかしらん。

 この小林信彦、別のエッセイでは名前をあげてはいない
ものの、ナンシー関をこれまた激しく批判しており(「森繁
のボケぶりをネタにしたナンシーのエッセイを、「あれはボ
ケた演技をしているのだ。最近の軽薄なライターはそうい
うものを見抜く目さえなく、云々」てな具合)、もともと他人
を批判するのが好きなひとなのかもしれない。

 あと、「悪口」といえば魯迅なわけだが、これはまた別の
機会に。