逆風に抗して Against the wind,♪ we are running against the wind.♪
ここではないどこかへ。モモンガーの旅
定年後の悪アガキ、自転車、
サイクリング、車、ロック、
エコ、昔話

 



某所に蛍を見に行った。



10秒露光でもあまり上手く撮れない。



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2年前にスーツケースのキャスターの一つが壊れてしまい、修理した。一つのキャスターだけの問題だと思ったのと、適切なサイズのタイヤが入手できず、ホームセンターで購入の大径タイヤを電気ドリル転用の簡易旋盤で旋削して、10mmサイズダウンして作ったタイヤを使ったので、1ヶだけの修理に留めておいたのだ。残念ながら今回の旅行で別ののキャスターが壊れてしまった。(左:破損、中:今回購入、右:使用中で破損前のもの)



近所のホームセンターで何気なく棚を除いていたら、Φ38mmのハンマーキャスターのタイヤがあったので、M6のステンレスボルト、袋ナット等と一緒に今回は全数交換すべく、4ヶ分部品を購入。



ボルトはタイヤ軸部分はΦ6の軸受面となるので、長めのものを購入。ダイスを先に入れておいて、ネジ部を12mm切断し、ダイスでネジを回復。



6穴付きボルトの先には普通のナットではなく、袋ナットを使ったので前回よりは見栄え良く仕上がった。



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スペイン、ポルトガル自転車旅行、そしてその後の信州帰省から1週間過ぎ、ようやく日常生活が戻ってきた。天気も良いし、横浜の中心街へ散歩に行くことにした。大桟橋にはパシフィックビーナス。


山下公園は満開の花。ただ、チョット植え込みすぎでは?



それに比べると、港の見える丘公園の方が、あまりゴチャゴチャ植えてない感じ。



それでも、以前のバラ主体の造園から比べると、花の種類が増えている。


普段は足を延ばさないイタリア山の方まで行ってみたら、今まで見学したことの無い洋館があった。


日本人の外交官が渋谷に立てた洋館を移築したもの。和洋折衷が上手くいっている。


中華街で1000円ランチ後にMM-21に新しく(と言ってもずいぶん前で、私が初めてというだけだが)できたマークイズをぶらつく。駐輪3時間無料なので、遊びに来やすいかも。





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泊まった宿と、走った経路の全体像



実走ルートは下記の予定ルートより、短い。2014年の南仏ツアーはサポートカーに
全員の自転車を載せられなかったので、始めから終わりまで走り抜けなければならな
かったが、今回のBike Spain Tourのサポートが良かったためだ。


D1〜D2 エミレーツで雨のマドリード着、自転車組み立て

 
 
 
 
 
 
 

 



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サイクリングも終わり、帰国前日。午前中はホテルの駐車場で自転車の分解とパッキング。みなさん手際良く分解、梱包していくが、当方は2台の梱包なので2時間以上かかり、ようやく終了し、部屋に自転車を引き入れた。

歩き回っての観光も疲れたし、天気も良すぎて、暑いので、前日エイヤとグレイハウンドのクルーズを予約しておいた。集合地点のポンバル広場まで歩き、近くで昼食。バスで発見の碑近くのマリーナに到着。大きな船かと思っていたら、あにははらんや、8人乗りのヨットに、米、加、豪、日の4カップルで乗り合わせることとなった。



今はEDPの電気の博物館になっている火力発電所の横を抜け、テージョ川を遡行する。そう、ここは海ではなく、まだ川なのだ。



そよ風程度だが、帆を上げて。



4月25日橋が高くそびえている。



対岸には、ブラジル、リオデジャネイロにあるのと同じ、キリストの像。




橋をくぐれば、リスボン市街を海から眺めることができる。



逆風を遡るので、川を渡ってくる心地良い風に吹かれ、移り変わる景色を楽しむ。



出港していく、豪華客船。ここが川とは信じられない。



1時間程のクルーズの後、引き返す段になったら、船長が順風だし誰か舵を取れという。
他の3カップルは既にビールを数缶開けているので、素面の私が舵を取ることに。



左岸、4月25日橋の先の船着き場を目標に直線でとの指示だが、川の流れ、風の微妙な変化、波、そして、ヨットの慣性、、、で、微妙に舵を動かさないと直線を維持できない。
橋を越えたら、今度は右岸のベレンの塔目指して方向転換。



なんとか、30分程の操舵を全うすることができたのは、良い経験だった。

2時間のクルーズを楽しみ、陸に上がったら、売店に捕まりました。
ポルトガル製の可愛い孫の冬服。半年もすれば大きくなるだろう。



その後、市内に戻り、丘の上から、市街を眺めて、観光は終わり。





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今日のサイクリングはここエンリケ航海王の発見の碑からとも思ったのだが、シントラも観光したいし、、、で、先ずは車載で発見の碑の観光。



ベレンの塔も満潮の時見ると、水に浮かんでいるように見える。



一度、リスボンに戻り、高速道路でカシュカイシュへ。なにかサンタバーバラ辺りに似た町だ。


植生も砂漠と地中海性気候で、南カリフォルニアとよく似ている。



海岸沿いのサイクリングロードを快調に走り。



標高を200m位上げてきた。



その後、岬に向かって下っていく。


ロカ岬入口到着。



これが、ユーラシア大陸最西端の石だぜ。



その辺から拾ってきただけだが。



人の居ぬ間に、地終わり、海始まるの碑の前で。



集合写真を撮るころには、無関係の女性の闖入を受けてしまった。



60歳、ベオグラードからシルクロード雑学大学の一員として始めた欧州サイクリングも、セルビア、ボスニア、クロアチア、スロベニア、イタリア、フランス、スペイン、ポルトガルと走り、南欧をほぼ横断して終了する年に、夫婦一緒に600km弱を走れたのは、感慨深いものであった。

 
自転車で走ったのはこんなコース

 
名残惜しいが、シントラで、天正少年使節団も滞在した王宮も見ていかねば。


ムーア人の城址もはるかに見えた。



 



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ベンダッシュ・ノバからリスボンへの道は幹線道路で、風景も平凡なので、今日はロカ岬に行く前の予行演習、リスボンの対岸で、鼻の差で最西端に成れなかったエスピチェル岬に行くことにした。
車載で、パルメラ城へ。



城門をくぐり、急な道を登っていくと、



360度の展望。北側では遠くリスボンも見える。



こちらは南側の大西洋側。



海辺の町、セトゥバルも砂洲に囲まれた綺麗な町のようだが、今日は行かない。



窓枠が無ければ、近寄るのが怖くなる、断崖絶壁の上に城はある。




パルメラ城から少し下り、サイクリストがたむろしている、今日はここから出発しよう。



ジモティーはやはりMTBが多い。あれ、なにこれ? ダートを走ってきた後の自転車有料洗車ブースだ。



リスボン近くと言っても自然は豊か、ブドウ畑が続く。



アゼイタンの町中は道も狭く走りにくいが、ジモティーはスイスイと車を抜いていく。



ロードのスピードで走るMTBたち。



ランチは地元のレストランで。ポークのニンニク焼きがうまかった。




アラービタ自然公園の中はダート道



自然公園を抜ければ瀟洒な住宅街。



そして、再度の大西洋。



ロカ岬のように観光地化されていないので、押してエスピチェル岬の灯台へ。



断崖絶壁の上、海も空も蒼い。



さあ、もう後一日で、ユーラシア大陸の最西端だ。



足の下は、こんな感じ、近寄るのはやめよう。



少し内陸側のお花畑に戻り、今日のサイクリングは終わり。




短いけれど、走ったのはこんなコース。テージョ川を挟んで、リスボンの南側の半島。


自転車を車載して、いざリスボンへ。4月25日橋を渡れば、



そこはもうリスボン、



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旅の後半になると、事前のルート検討がいい加減というか、交通状況をしっかり確認して無いというか、スペイン人スタッフから、幹線ルートを避け、北側の田舎道を提案されたが、これが正解。一部急登もあったが、下り基調なので、長く漕ぐこともなく、ポルトガル内陸の農業地帯を気持ちよく走ることができた。

エボラはリスボンから半日観光で来ることができるので、中国人、韓国人、日本人の一般観光客も見かけたが、城壁外のローマ時代の水道橋ではあまり見かけなかった。ここはお薦め。




城壁を乗り越えて、市内に水道橋は伸びる。



走行開始はエボラからN370を北上した、牧草地帯のど真ん中から。もう、牧草を刈入れている。



30分も走ると、町の上にお城が聳えるアライオロスの町が見えてきた。



一度、お城から離れるように、丘を登り、



アレンテージョ平原を背景に、15%はあろうかという急な登り坂を上り。



最後にアライオロス城の取りつきの石畳の道をよじ登り、




そして、城壁の穴から、最上部に入ると、



雲一つ無い青空のもと、アレンテージョ平原の360度の展望が広がっていた。



これから、走るリスボン方向はあちら、眼下の高速道路を避け、もう少し右側を行く予定。



お城から、石畳を慎重にくだり、



光り輝く牧草地帯の風景を楽しみながら、下っていく。

 
道の両側は牧草、野草、、、の花が咲き乱れている。


小さな町、サンペドロ・ガファニョエイラの道や公園も色とりどりの花で飾られている。
ここの公園/修道院跡の日陰ででランチをいただく。



点在する、村々、白い家、赤い屋根、緑の牧草地



EM507というマイナーな道路だが、路面は荒れておらず、走りは快調。




こんな風景の中をただ走るのは、もったいない気分なので、記念撮影。




道を確認する為、小休止した村で、ふと見上げると、古い小学校。左右対称で、ドアが2つあり、その上にはトイレの表示と似た文字が。あ、男女別学だった時代の建物だ。



緩やかな下り、心地よい風。



お〜ぉと、あれは何だ?コルクの樹皮の山!コルク工場だ。あの大半がワインの蓋になるのだろうか?



平坦部に出れば、今日の目的地、ベンダッシュ・ノバも近い。



と、今日走った下ったコースはこんなコース



宿は、ベンダッシュ・ノバ駅前の100数十年前の館を改装した、小奇麗なホテル・アセス。2階に泊まった私は天井も高く、広々として、二重窓に改装された部屋は快適だったが、3階の方は斜め天井に頭がつかえて難渋したとのこと。

ホテルのレストランでは、ポルトガルの名物料理?タラの身をほぐし、周りにほうれん草を巻き、パンフライした料理がおいしかったのだが、ホテル駐車場で小事故があったことや、もうすぐこの楽しい旅も終わることからあまり皆さんの意気が上がらず。



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ベージャからのルートは大きく2つ、左ルートで、なるべく交通量の少ない道を選んで走ることにした。4バックで旅行する強者達。



金色に輝く牧草。




所々にある、集落。ポルトガルで、最も暑い地域、家はみな白色。



紫色の花はアルファルファ。



これが黄金色の正体の牧草。



樹皮が剥がされているのがコルクの木。



アレンテージョの平原を登る。

 

 登り切れば見渡す限りの牧場。

 
オリーブ絞り機。

 
コルクの木の下は牧草。

 

ヴィアナの町では、少し前にお祭りがあったようだ。

 
牧草地帯を、馬や馬車で走り抜ける祭りだ。

 

平原に続く電線を結ぶ電柱の上には、コウノトリの巣がある。停電防止の為、巣を除去するのではなく、最初から、電柱の上に営巣用のステージを設けてある。

 

珍しく、ポピーの咲いている場所があった。




色々な色の牧草が混合して咲き乱れる牧草地。

 

そして、アルファルファの大牧草地。

 
牛さんもモグモグ食べている。

 
牧草地の向こうにエボラが見えてきた。

 
さあ、もう一息、頑張ろう。

 
エボラの市内に入り、ホテルには向かわず、少し迷ったものの、直接サンフランシスコ教会へ。なんとか開場時間に間に合った。

 
聖堂の中は普通の教会なのだが、、、、

 
付属の礼拝堂。不気味なこの部屋で、修道士はどのような瞑想にふけったのだろうか?

 
続いて、大聖堂へ。

 
ここには、天正少年使節団が弾いたと伝えられるパイプオルガンがある。

 
大聖堂の裏は紀元前のローマ神殿。

 
こんなコースを走ってきた



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ウエルバからの道は、海岸沿いのリゾートを辿ると、良い道がありそうだったのだが、事前の調査では、途中の川で遮られ、大きく山側に迂回しないと走れそうもなく、どうしようか考慮中であった。スペインのスタッフが、たぶんフェリーで対岸に渡れるだろうから、自然公園の中を走るサイクリングロードがお薦めと、ルートを作ってくれた。

今日も晴天、ここ1週間良い天気に恵まれている。あの橋で対岸に渡るのだ。



橋を渡り、対岸の町アルバラケへ。




汽水域に塩田と潟が並び、その間をCRが走り抜けている。このCRはCamino VerdeともVia Verdeとも呼ばれているようで、スペイン語では情報が出ているのだが、英語での情報提供が少ないので、要注意。さらにグーグルマップには出ていなかったので、見落としていたがOSMには載っている。やるねOpen Street Map。


少し、丘の上に上がれば野草が満開。


地元の方はロードとMTBが半分位づつ、高速道路と併設されたためか?舗装も良いので、気持ち良く走れる。


やがて、Via VerdeはPunta Umbriaの方にまがるのだが、我々はA-497沿いをはなれ、右折して町中へと続く道をたどる。表示が分かりにくいがきちんとCRがある。


まだ、シーズン初めで、観光客の居ないリゾートのポルティエルの町。


一旦小高い丘の上に上ると。次の町と、長い砂洲が見えてくる。



CRはここで終わり、一般道A-5052の坂を次の保養地に向けてダウンヒル。



エル・ロンピドの町に着き、海岸沿いの道はここで遮られる。



フェリーの時間まで、生ハムのサンドイッチ、超甘スイカ、一夜漬けでランチ。


海の矢(Flecha Mar)フェリーで対岸へ。


自転車ごと乗船。サポートカーは大回りで陸上を。


長洲に囲まれた湾内は穏やかで、結構な距離を走った後、対岸のエル・テロンへ。

 

 Via Verdeが緑から赤になったが、内海と道路の間をCRが続く。

 

橋を渡り、

 
南仏でも見た、内海特有の金色の藻の海を過ぎると、

 
国境のアヤモンテに続く道はダートになり、スペイン国内での走行はここで終え、後は車でポルトガルのベージャに向かうこととした。

と、走ったのはこんなコース。自然と都会(保養地)が入り混じった楽しいコースである。



国境を越え、3時間ほど車で走り、ベージャ到着。時差が1時間あるので、今日は夕方が長い。

 

 さっそく町の散歩。この町もローマ時代からの城塞都市で、ローマの遺跡の上に中世の教会や砦がある。

 

お城から見た、ポルトガル、アレンテージョの大平原。明日はあの辺りを走るはずだ。

 
宿の近くにサンフランシスコ修道院を改装したポサダがあるので、覗いてみた。田舎のここまでは日本人はおろか、欧州人もあまり来ないのか、ロビーは閑散としていた。

 
その内泊まりたいポサダを後に、宿のホテルベジェンセに戻れば、受付の女性が温かく迎えてくれた。エレベーターも無い、古い、小さな宿であったが、部屋毎に、意匠をこらして綺麗に改装されていて、居心地は良かった。

 



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今日の出発はコリア・デル・リオのグアダルキビル川波止場に面したここ。


支倉常長の銅像前から出発。400年後に自転車に乗ったこんな日本人達が来ることは予想もしなかっただろうが。




さて、ぼちぼち行きますか。



グアダルキビル川沿いのサイクリングロードをプエブラ・デル・リオまで走り、少し内陸に入ると、景色が一変。




緩やかな起伏のSE-3302(セビリア市道?)の脇にはMTB用のダブルトラック。
周囲はローマ松の林。



こんな所を駆け降りるのは最高!!



道幅は狭いが、車の交通量は極少ない。


お花畑の中のベンチでさっそくランチ。


キャンパーや自転車乗りの為のレストランもあるみたいだ。
あ、それから、この辺りはMTB天国。公道から離れると、もっと良い所があるらしく、我々以外は100%MTB乗りだ。
このオフセットラック良いね!



馬で回るという手もあるらしく、蹄鉄の落とし物。



うーん、いい感じ。




一度、自然公園を抜け、ピラスの町に入った後、ドニャーナ国立公園の中を走る。
と言っても片側はイチゴ畑。



このイチゴをアフリカからの季節労働者が収穫しており、それで、1kg250円のイチゴが売られているわけなのだ。



町が近づいてくると、良さげな連棟の白い建物。小作人?の住居?



そして、エル・ロシオの教会。
例祭にはスペイン最大の数十万の人が集まる有名な教会とのことだ。参考→エル・ロシーオ巡礼



ご本尊のマリア様。



フラミンゴが遊ぶ干潟の向こうに浮かぶ聖マリア礼拝堂。



後は淡々と交通量の多いA-483を走って、着きました、Not地中海、But大西洋。


海は良いね。


おまけ:歩道では、キリスト教の元服とでも言おうか堅信礼の記念撮影中の可愛い少女。




今日のコースももう少し事前研究をしておけば良かったかも?で、走ったのは、

 

車でウエバまで移動して、今日は近代的なHotel Eurostars Tartessosに宿泊。夕食は近所の中華のコースで。



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今日泊まった宿、Hotel Museoはバスターミナルと博物館の間にあり、セビリアの中心街の徒歩圏内である。朝涼しいうちに市内を散歩し、大聖堂を目指す。

 
まだ、開いていなアルカサルからの大聖堂遠望。


ヒラルダの塔にも登ってみたいが、まだ開館前。



ふと、前を見ると、日本の国旗と漢字が。JALの後援で支倉の展示をやっているのだが、これもまだ開いていない。


いったん宿に戻り、今日の主目的地、コリア・デル・リオに向かう。
この町はグアダルキビル川を船で遡れる最上流。この地に支倉遣欧使節団の数人が残り、姓にハポンを持つ人の子孫を残しているのだ。

こんな看板「ハポン姓の方を探してます」を持って町を練り歩くも、30分ほどはあまり成果なし。

 
つい支倉の銅像がある方向に行ってしまったのが悪かったようで、もと来た方向に戻ったら、ああ、俺ハポン姓だよと言う男性に遭遇。

 


続いてこの方。

 

そんな、こんなしているうちに、ロシオさんと遭遇。

 

世話好きの方で、次々とハポン姓の方の家を訪ね紹介してくれる。「私もほら、ハポンよ。」


チャラい恰好しているけどさ、俺もハポンだぜ。この写真見ろよ、皇太子とのツーショットだぜ。後で、家に寄りな、いろんなもの見せてやるからさぁ。

 
とロシオさんに引き連れられ、カレトロ通りとサンタマリア通りの一帯を数軒置きにノックしていく。

 

親戚筋はこの辺りに集中して住んでいるようだ。

 

あら、私たちもハポンよ。仙台にも行ったことあるのよ。

 

で、先ほどの男性の家に招かれる。

 

日本スペイン友好協会の会長を務めた、故ビルビニオ・ハポン氏の親戚とのこと。

 
色々な資料を見せていただき、一同感激と興奮が冷めやらぬのだが、いつまでもお邪魔しているわけにもいかない。おばーちゃんに長生きしてねと言って、家を辞したのであった。


続いて、カルロス・デ・メサ公園のグアダルキビル川の波止場を望む位置にある支倉の銅像を見学。 


コリア・デル・リオから20km位北上して、エスパルティナスにある、ロレト修道院を訪ねた。

 
野草に囲まれた修道院、しかし、人影はなく、建物内部の見学は不可能であった。

 

数年前設置された説明文の通り、ちょうど400年前、支倉はここに1年以上滞在したことを思うと、いかなる苦労をしたのか、胸に迫るものがある。

 
散策したであろう、中庭が少し見える。

 

というわけで、今日のハイライト、支倉遣欧使節団の痕跡探しはおしまい。

さて、セビリアの観光もしなくては。コルドバのアルカサルは見られなかったので、セビリアのレアルアルカサル/王宮を是非見なくては。

 

目くるめくような、アラベスク模様の彫刻とアーチ。そして、陽の光。

 
所々に緑と水が無ければ、干上がってしまいそうな光の量だ。

 
アラブ様式のタイルが張り巡らされた、涼しい部屋。

 

庭には放し飼いのクジャクも。
広大な庭の緑陰で、渡る風に吹かれて、極上のお昼寝を楽しんだのであった。



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コルドバとエシハは400年前支倉常長一行が泊まった記録がある町である。この間の走行計画を立てた時、Camino de la Campinaという、鉄道廃線跡を利用したサイクリングロードがあることは判っていたのだが、車は走れない=グーグルストリートビューが無いので、道路状況が不明であった。砂利道らしいことは、道路との交差点から見たストリートビューでわかるのだが、どの程度の砂利なのか一抹の不安があった。ロードの23Cタイヤなら止めた方が良いが、少し太めのタイヤを穿いているなら、是非とも走るべきCRであることが判った。

砂利道ではあるものの、固く突き固めてあり、路面の凸凹も少ない。春真っ盛りということもあり、道には盛りを迎えた野草の花で溢れていた。




地平線まで続く小麦畑。



鉄道跡なので、所々開削されていたり、




トンネルもあって、急坂は全くない。




アザミはきれいなのだが、脇を走り抜ける時は、棘に注意。半パンだときつい。



見渡す限り麦、牧草、ヒマワリの畑。後2ヶ月後にくれば、ヒマワリの絨毯が見られるだろう。




遠く北側はラマンチャとの間の山脈まで見える、雲一つ無い好天。




緑の中に白い建物の集まった村が散在する。



ガキンチョ襲来。自転車の課外授業?



一般道との交差点。スペイン語の案内しか無いので、チョット分岐が分かりにくいのが難点。


続いて、牛? いやヤギの大群襲来。

いよいよ花にCRが覆われてきた。スピードは出ないけれど、最高の眺め。




A-445と交差する地点でサポートカーと合流し、ランチ。



ラマンチャでは新芽が出ていなかったブドウ畑も、ここアンダルシアではもう新緑も終わりだ。



平坦部に出ると道路は直線、畑も単調になり、ただの砂利道で楽しくなくなる。



しばらくはしると、ようやく起伏が出てきて、景色に変化が起きる。



牧草地と廃屋。




エシハ郊外のCRと一般道の交差部分。つい、一般道側に行きそうになるがCRは横にそれ、続いていた。


エシハでは、支倉が訪れたであろう大聖堂を見て、町をぶらつくも、

 

余りの暑さ(35度くらい)にアイスクリーム休憩。

 
晴天なのは良いが、日陰が恋しい、散策だった。



で、走ったCRはこんなコース。CRはエシハからさらにルイジアナの方まで続いているらしいが、今日はここから車載でセビリアへ。



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早めにサイクリングを終え、駅近くのコルドバの宿、ホテルセリャノにチェックイン。残念ながら今日は日曜日なので、アルカサルの庭園はもう公開時間が終わっている。MapsMeを頼りに迷路のようなコルドバの旧市街をメスキータに向かう。


この狭い道を消防車が駆け抜けていく。



さあ、着きました、メスキータ。



外の喧騒と暑さ、直射日光を遮断したメスキータ内部は静謐で涼しく楽園。長く続くアラブ様式のアーチ列が迎えてくれる。



でもそのアーチ下部の柱はローマ時代のものを流用したもので、この床の下には、さらに遺跡が眠っているらしい。


アラブ様式の部屋への入り口もあれば、


ゴシックの教会もあり、



色々な時代と様式が混然としている。



ステンドグラスから漏れる光がアラブの石柱に美しい影を作っていた。



メスキータを出て、ローマ橋でグアダルキビル川を渡り対岸からメスキータを望む。夕方になっても、日差しは強く、4月の夜7時だと言うのに、汗ばむ気候だ。



再び花でかざられたユダヤ人街をかすめ、ホテルに帰る。



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カスティリャ・ラマンチャ州では、強い雨には合わなかったものの、曇天と低温が続き、期待していた満開のアマポーラの平原もみることができなかった。山稜を越えたアンダルシア州に入ったとたん、肌を刺すような日光の春の好天に恵まれ、新緑と満開の野草に囲まれ走ることになった。しかも今日は500mのダウンヒル。基本的に漕がなくても着く。

ポソブランコの町を出て、A-424(A=アンダルシア州道)を東に向かう。


雲ひとつ無い青空のもと、うねうねと続く丘を一直線に貫く、A-424。



新緑が目に眩しい。



牧草地は新芽と牧草の花の混合。

 
道路わきのアマポーラも少し増えてきたか?

 
それにしても良い天気だ。

 
ビジャヌエバの町でA-421に曲がろうとするが、道が複雑なので、小休止。

 
牧草地帯は紫と黄色の花が満開。紫はアルファルファの花、黄色は雛菊に似た名前のわからない牧草。

 
牛も満腹で昼寝中。

 
下り基調とは言え、峠を越えるには、100mの登りもある。

 
のんびり風景を楽しみ登る我々の脇を、地元の日曜ライダーが急ぎ足で登っていく。

 
長い6%の坂道を登れば、そこは峠。後ろには今日まで走ってきたアンダルシア、そしてラマンチャの山と丘が遠望できる。



峠でピクニックランチ。いつも陽気に我々をサポートしてくれる、バイク・スペインのホルフェとファンの二人。


道路脇とは言え、晴天のもと、満開の野草に囲まれて食べる生ハム、チーズ、レタス、サンドイッチは極上。



ランチが終われば、ここからは500mのダウンヒル。

 

周りはお花畑。

 
A-421は並行してN-421が走っている旧道で、適宜曲がりくねっているので、車の通行量はすくない。
野生のラベンダーを見ながら下る。

 
小川脇のお花畑で、ラベンダーと雛菊を仕入れて。


♪♪ この広い野原いっぱい咲く花〜を ♪♪  重大家族ポイントゲット完了。

 
至る所、野草だらけ。



空の青、森の新緑、雛菊の黄色、そしてラベンダーの紫の競演。

 
最後に、黄金の丘を少し登って。

 
今日の走行終点のアダムス郊外に到着。

 

もっと走っていたいが、今日はこれから、コルドバ観光。先を急がなくては。

走ったのはこんなコース



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