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年間100本の劇場鑑賞、音声ガイドもやってました。そんな話題をきままに書きます。ネタバレもありますのでご注意を。

12/23鑑賞会へむけて なぜ「ニワトリはハダシだ」か?

2004-12-13 02:27:32 | 森崎東監督(ニワトリはハダシだ)
今日3回目見てきました。へたすると次は早くもリハーサル?
やばいなあと思いつつ、メモ取る手はうごかず見入ってしまいます。
まだまだ新しい発見が多く、ますます楽しめました。

さてどこがそんなにいいかですが、これがなかなか言い表せないんです。
でも監督の言葉のなかにそのヒントがあるように思いますので、
それを紹介させていただきます。

ひとつめは、タイトル「ニワトリはハダシだ」。ヒットする映画の
タイトルではないなあという気もしますが、「わかりきったことのたとえ」
を意味するそうです。監督は「それだけの意味ではなくて、
使う人によっていろいろな解釈ができる。つまり誰もが自分の人生哲学を
もって生きているということ。当たり前のことが当たり前でなくなってきた
世の中への違和感も込めている」そうです。「当たり前のことが当たり前で
なくなってきた」という部分は、うなずけますし、そこに監督の怒りが感じ
られます。また、「人生哲学」の部分は、登場人物ひとりひとりに
監督が注入しているということかと思いました。

もうひとつは、この映画の共同脚本(近藤昭二)の方が、月刊シナリオに
書かれていたのですが、監督は知的障害児を記録したドキュメンタリー
「まひるのほし」にでてくる、とてつもなく明るく率直さをもっているシゲちゃん
に衝撃をうけ、「シゲちゃん的存在は、不可逆的に終末へと急ぐ滅亡期の
地球への、最後の抑止力ではないか」と考えられたそうです。
だとするとこの映画の主人公サムには、「最後の抑止力」との思いが
込められているわけで、その思いがサムの周囲の様々な人に対して
生活者としての生きることへのエネルギーを与え、全編満ち満ちている
のではないかと思いました。

とてもわかりにくい文で申し訳ございませんが、映画を見たときには
わかってもらえるのではないかと期待しております。

ではまた。

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