MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯991 「情」に響く政治

2018年02月11日 | 国際・政治


 11月13日、板門店のJSA(共同警備区域)を越え40発の銃弾を受けながら韓国へ亡命を試みた北朝鮮兵士が、意識が戻った際に「何か欲しいものはあるか」と聞かれ、「韓国のチョコパイが食べたい」と答えたという話がメディアなどで話題となりました。

 2000年代半ばに、南北経済協力事業として建設された開城工業団地を通して北朝鮮に知られるようになったチョコパイは、現在でも(南へのあこがれとともに)北朝鮮住民の間で大きな人気だということです。

 確かに、以前観た韓国映画「共同警備区域JSA」(2000年)でも、チョコパイをほおばる北朝鮮兵士に、韓国兵士が「南に亡命したらたらふく食えるよ」と誘うシーンが印象的に描かれています。

 そう聞くと、改めて「ぜひ食べてみたい」と感じる(この)チョコパイについて、2月24日の日経新聞では、ソウル支局長の峯岸博氏が「チョコパイが映す「情」」と題する興味深いレポートを寄せています。

 このレポートによれば、(韓国の菓子メーカー)オリオンが販売している「チョコパイ情(チョン)」は、年間売り上げ4800億ウォン(約480億円)に達する韓国で最ポピュラーなお菓子のひとつだとされています。

 1年間に実に23億個が販売され、ひとつひとつを積み重ねると地球3周半を超える。パッケージに大きく描かれた「情」の文字とともに、韓国人なら誰でも(これにまつわる)思い出のひとつは持っているような、そんな国民的なお菓子だということです。

 同社の関係者によれば、製品名に「『情』という韓国人のDNAを載せ、分けあって食べるというポジショニングを築いたことで、このお菓子は韓国内に広く浸透したということです。

 峰岸氏はこのレポートで、「情」は「恨(ハン)」と対を成す感情で、韓国人の国民性を解くキーワードだと解説しています。

 「情」は、上下の関係だけでなく、自分と相手との水平的な関係において生じる人間的なやさしさの感情を指すもの。差別と序列が厳しい競争社会の韓国においては、「同じ」という立場から相互の強固な絆を形成する(ある種の)源泉となっている言葉だということです。

 しかし、韓国人固有のこの「情」の感覚は、時に「法」をも(やすやすと)超え、「刃物」ともなると峰岸氏は指摘しています。

 2015年に当時の朴槿恵大統領との間で交わされた日韓慰安婦合意について、文在寅大統領は「国民の大多数が情緒的に受け入れられない」と日本に伝えました。

 韓国での慰安婦問題は、「政府が日本と交渉しないのは元慰安婦らの人権侵害で違憲」とした2011年の憲法裁判所の判断が示す通り、例え「合意」が論理的に有効であっても、韓国国内では(「情」として)」世論に受け入れられないということです。

 文大統領が北朝鮮との対話に走るのも、南北に分断された同族への「情」が底流にあると峰岸氏は説明しています。

 一方、(日本人には理解が難しいのですが)韓国の「情」はそれはそれで割り切りがよく、「過去」への執着と好き嫌いは別物として観念付けられているということです。

 このため、(日本旅行ブームに沸く韓国の現状からも分かるように)「国家間で論争があるから観光客が来なくなる」という論理は、韓国人には理解できないだろうと氏はしています。

 さて、峰岸氏はこのレポートに、だからこそこうした情緒が支配する国との付き合いは極めて厄介だと綴っています。

 安倍晋三首相が今通常国会の施政方針演説で韓国に言及した分量は、中国やロシアに比べてもはるかに少ないものでした。しかし、情緒は放置していても決して消えることはない。互いに相手の情を知り心を通わせながら国益をはかって言うべきことを言う、(いわゆる)「大人の関係」が日韓外交にも必要になるということです。

 氏によれば、歴史教科書問題で日韓関係が過去最悪といわれた1983年1月、就任後初の訪問先に韓国を選んだ中曽根康弘首相は晩さん会で韓国語でスピーチし、2次会では韓国の歌を歌ったということです。

 両国の関係はそこから修復に向かい、彼はその後、レーガン米大統領と「ロン・ヤス関係」を築くことにも成功しました。

 また、先月死去した野中広務元官房長官は、「中国や朝鮮半島との関係は、政権にいる人がトップにならないと動かせない」と話し、人対人の直接的な交流に重きを置いていたと氏は言います。

 沖縄の米軍基地問題についても、「沖縄は(琉球併合・沖縄決戦・米軍による占領と)3度にわたり犠牲になっている」と語り、自ら村人の家一軒一軒を回っては、泡盛を酌み交わしながら話を聞いて歩いたということです。

 翻って、安倍首相の政治スタイルはどうでしょう。

 平昌冬季オリンピックの開幕に当たり、国内保守層の反対を押し切って訪韓を決めた安倍首相ですが、厳冬の平昌で文大統領と向き合った彼の姿に、(果たして)韓国国民の「情」が動かされたかどうか。

 いよいよ始まったオリンピックの晴れ舞台を、安倍首相がどのように活かしたか?(少なくとも今のところ)ここ東京の空の下からでは知る由もありません。