息をするように本を読む

初めて読んだ本も、読み返した本も、
ジャンルも著者もおかまいなしの私的読書記録
と、なんだかだらだら日常のことなども

リアル・シンデレラ

2012-07-31 10:25:32 | 著者名 は行
姫野カオルコ 著

表紙はポール・デルヴォー。大好きな画家なのでなんだかうれしい。

しかし、読み始めはなかなかに辛いものがあった。

複数の子どもがいるとき、親はそれぞれに役割を決めてしまうらしい。
極端な例として、搾取するための子、甘やかすための子。
「この子はダメなのよね」と言いつつ後者に金をつぎ込み、
尻拭いをし続ける。その費用は必死で働く前者から出る。
親が倒れたときも当然のように後者に押し付けられる。

私は聞き分けのよい長女であり、服装に無頓着で物欲がなく、
下の子の面倒をよく見、家事をよく手伝うことになっていた。
妹はおしゃれで服にうるさいので仕方なく買ってもらえることに
なっており、子どもが好きで扱いもうまい。そのかわり、私より
優等生ではないことになっていた。
弟は待ち焦がれた男児として多くが許され、その分過大な期待を
背負わされた。
以上の設定は、合っているものもあるが、押し付けられたものも多い。

主人公・泉はそれをもっと明確な形で押し付けられ、両親から
はっきりとした形の愛を受けることなく育っている。
後に生まれた妹・深芳が病弱でかわいらしかったことから、
影をすべて引き受けることとなるのだ。
理不尽でさびしい。そんな子ども時代の泉はけなげで哀しい。

しかし、周囲にわずかながら理解者を得たことが彼女を成長させる。
シンデレラの魔法使いはまたたくうちに魔法をかけてくれたけれど、
泉は小さな理解とたくさんの教えをていねいに積み重ねて、それを
自分の財産とした。

彼女は華やかな舞踏会には行かなかった。一見地味すぎる旅館の
裏方に徹した。しかし、目線を変えると、寂れてきた温泉宿を
自らのアイデアで立て直し、そのポリシーを押し通して繁盛させる
という、素晴らしい成功をおさめている。

皮肉だなあと思うのは泉と深芳の美に関する評価だ。
地元では常にお姫様扱いであった美芳だが、駆け落ちして一時住んだ
横浜では“おかいさん”(おかゆ)と呼ばれた。ガールのスタンダード。
それ以上でもそれ以下でもない、と切って捨てられる。
そして彼らは泉こそを美しい人だと評価するのだ。
小さな社会と開けた社会では、こういう価値観は全く違う。
ただ、泉がこんなかたちで評価されたことに胸がすく思いがした。

彼女の一生は決して不幸ではない。手のひらに落ちた幸せを
しっかりぎゅっとつかんでいる。
誰もがそうとは思わないくらいささやかなものまでも、きちんと
幸せと意識しているから、ほかの人の幸せの何倍も多い。
彼女は文字通り突然消えた。
たくさんの置き土産を残して。

自分のマイナス思考が情けなくなるけれど、私は泉のようには
とても生きられそうにない。ましてや人のためになることなんて
何一つできそうにない。
それでも、この一冊でとても勇気づけられた。
読んでよかった。出会えてよかった。

サイン会はいかが?

2012-07-30 10:18:37 | 著者名 あ行
大崎梢 著

本が好きなら当然書店も大好きだ。
出不精でぐうたらな私だが、書店にだけは最低週1~2回は足を運ぶ。
で、成風堂書店シリーズの3作目。

ストーリーの面白さもさることながら、主人公・杏子のてきぱきとした
仕事ぶりが気持ちいい。客として見ても大変なことはうかがえる仕事だが、
彼女の一日の動きを追うと、それが実感できる。でもつらくて……という
マイナス感情ではなく、少しずつ先を読んで動くことができるようになった
自信とか、アルバイトへの目配りとか、杏子自身の成長までも描き出される。

今は買おうと思えばネットでも買えるけれど、店内を歩き回って目で探す
楽しさって失い難い。ちょっと手に取ってみたり、自分でも忘れていた
購入候補本を見つけたり。
とまあ、その雰囲気を堪能できる物語だ。

もちろん本筋である推理も冴えている。相変わらず不器用でおっとりしているのに、
明晰な頭脳をもつアルバイト・多恵は、今回も大活躍。

取り寄せにまつわるドタバタ、サイン会の開催にまつわるあれこれ、
パート店員とお客様との心のつながり、などなど、推理といってもほのぼのと
した事件ばかり。
ほのぼのといっても当事者は真剣に悩んでいるわけで、大切なのは
解決そのものよりも、それに心を寄せることだったりする。
多恵はそれができる人であり、それが彼女の賢さである。

結末はスッキリ、そしておどろおどろしいシーンもない。
ほんわかといい気分になれる作品だ。

東山殿御庭(ひがしやまどのおにわ)

2012-07-29 10:40:06 | 著者名 あ行
朝松健 著

「異形コレクション」シリーズに納められた作品をまとめたもので、
表題作は「黒い遊園地」が初出。
現代の遊園地を舞台にしたものが多い中で、異色の歴史小説だった。

室町時代、大徳寺で学んだ高僧・一休宗純は時の管領・畠山政長から請われ
普請中の東山殿御庭に現れる。
夜毎に現れるあやかしを何とか退治してほしいとの依頼であった。

一休と侍女・森は、東山殿の絵図面に謎の言葉が残されているのを発見する。

これは最後まで読んでびっくりのどんでん返しなのだ。
たくさんのヒントがあちこちにちりばめられているのになかなか気づかず、
どこで遊園地が関係するのだろう?などとのんきに読み進めてしまう。

実は表題作に限らずどの作品もしっかりとしかけが用意されている。

そして一休のキャラクターが秀逸。賢いばかりではない、強い。
そして僧とは思えないほどに人間くささもある。
それらが相まって実に魅力的。
彼がいるからこその、スピーディな伝奇オカルトアクションが成立しているのだ。

室町という時代の裏付けがあるからこそ生き生きと動く物語。
ありえないながらも、リアリティがあり、不可思議ながらも取り込まれていく。

一味違う時代もの、オカルトものが読みたいときにいいなあ。

ニルスのふしぎな旅

2012-07-28 10:31:53 | 著者名 ら行
 


セルマ・ラーゲルレーヴ 著

子どもたちが自国・スウェーデンの地理を楽しく学べるように、とのことで執筆された
作品らしい。

小さくなったニルスがガチョウのモルテンの背中に乗って、上空を旅して見るのは
まさに鳥瞰図。きっと子どもたちは目を輝かせたことだろう。
私自身、とても楽しく読んだけれど、残念ながら地理については記憶に
残っていない。う~ん、見知らぬ国だからなのか?

動物をいじめていたニルスは、トムテという妖精によって身体を小さくされてしまう。
農場を追い出され、ガチョウのモルテンとともにガンの仲間に入り旅をすることになる。

これまで何でもできるつもりでいたのに、小さくなっただけでそれができない。
そればかりか、小動物までもが自分の命を脅かす存在となる。
食べ物を手に入れることも難しい。

思いもかけない危険は多く、何度も危うい目に遭う。
また、なんとか助かりたい、元の姿に戻りたいと願うが、それはかなわず、
人間のそばに近づくことすらなかなかできない。

それでも、旅を続ける中で生きるすべを少しずつ身に着け、それにしたがって
思いやりや洞察力など、精神的にも成長していく。
旅先の地理、歴史、産業を知り、伝わる伝説を学ぶ機会に恵まれ、自分の国への
誇りや愛情も芽生えていく。

悪ガキの成長物語であり、動物との愛情物語であり、国を教える物語でもある。
長い話で、かつその国の人でないとわからないような内容もあるのだが、
結構飽きずに読めるのは、子ども向けだからだろうか。
アメリカでは教科書の副読本として使われているという。
旅する予定があるならガイドブックとしてもよさそうだ。

風の歌を聴け

2012-07-27 10:19:39 | 著者名 ま行
村上春樹 著

群像新人賞受賞。僕と“鼠”の物語の第一作でもある。
神宮球場でヤクルトスワローズの試合を観戦中に思いついた、というのは
有名だ。

29歳の僕が、21歳の夏の21日間を振り返り、語るというものだ。
東京の大学生である僕が、港のある街に帰省し、毎日のように
鼠とジェイズバーで酒を飲む。

ある日洗面所で倒れていた女性を家に送ったことから、何度か会うようになる。
彼女の手に小指はなく、たくさんの人が耳元で自分を責めていると訴える。
そして誰かの子を中絶したことを告白した。

冬休みに帰省した時は、すでに彼女はいなかった。

本当にはかない、そしてぎりぎりのあやうさをもった出会い。

こうやってなぞっていくと、平凡なイメージが浮かびそうだが、
そうではない。
言葉や文章の一つひとつが、オリジナリティを主張し、独特の魅力を醸し出す。
それがまとまったときに、村上ワールドはここですでに在ったのだと実感する。

何よりも、どうということのない若い日の夏の眩しさ。
振り返るからこそ素晴らしい、その瞬間が閉じ込められている。