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0626BIO PHOTON7

2015-02-28 14:19:51 | 日記
0626BIO PHOTON7


199 今の仕事から離れようとする意図が、意識の中に出現する。


200 すると、そのときからあなたは、ほかの仕事を始める可能性に大きく心を開くことになる。


201 そのときから、今行っていることを行うことが、どんどん不快になってくる。


202 このとき、すでにあなたのハイアーセルフは、あなたの次の仕事を探し始めている。


203 どこで働くか、誰と手を組むか、どこで暮らすか、といったことを決めることだけが、あなたの行う「決断」ではない。


204 そういった「決断」は、あなたの人生にいちばん大きな影響を及ぼす類の決断でもない。


205 では、あなたの人生にいちばん大きな影響を及ぼす類の決断とは?


206 それは、あなたがあらゆる瞬間に、宇宙に対する姿勢、人々に対する姿勢、自分自身に対する姿勢に関して行っている決断である。


207 あなたはその種の決断を持続的に下している。


208 その種の決断が、あなたの瞬間、瞬間の体験を創造する。


209 あなたの瞬間、瞬間の体験は、本質的にはそれらの決断によって創造されているのだ。


210 結局、あなたの現実を創造しているのは、「あなたの意図」なのである。


211 意図は、光に形を与える。


212 意図は、光を活性化する。


213 あなたの意図が、あなたの現実を創っている。


214 現実は、多層構造をした「創作物」である。


215 現実は、多層構造をした「創作物」であり、「他人と同じ現実を持つ」ことは、誰にもできない。


216 あなたの現実の最初の層は、個人的な現実である。


217 その次の層は、家族との現実である。


218 その次の層は、日常生活の中で接触する、さまざまな人々との現実である。


219 その次の層は、街や周辺地域である。


220 その次の層は、県や州である。


221 その次の層は、文化や国家である。


222 その次の層は、人種である。


223 その次の層は、性(性別)である。


224 最終的な層は、「人類」である。


225 この多層構造は、逆ピラミッド形をしている。


226 自分の現実内を外側へ向かって移動していくにつれ、足を踏み入れる現実の層は、非個人的なものとなってくる。


227 もっとも広大で、もっとも非個人的層は、「人類としての現実」ということになる。


228 あなたの体験は、一番上の層「人類」からひとつ下の層へ移動したとき、人類全体の進化と関わる体験から、男性または女性エネルギーの進化と関わる体験へと規模を縮小する。


229 続いてそれは、層を下るたびに、ますますその規模を縮小していく。


230 つまり、現実の層を順次降下していくにつれて、あなたの体験はより個人的になっていくのである。


231 そしてあなたの体験はそのつど、あなた自身とあなたが関わっている集合エネルギー体の進化に貢献する。


232 このようにして、多様な特徴を持つ個人的体験が存在し、そのすべてが全体の進化に貢献する。


233 あなたの体験は、「あなた自身」と「あなたが関わっている集合エネルギー体」の進化に貢献する。


234 つまり、個人の現実は、「当人の意図」と「ほかの人たちの意図」によって創造されている。


235 私たちが「共通の物理的な現実」だと考えているものは、「いくつもの個人的な現実の混合」物に他ならない。


236 それは一つの流動的な集合意識であり、そのなかで私たちは、それぞれが他から独立して存在すると同時に、互いに依存しあいながら共存している。


0626BIO PHOTON7(完)


0625BIO PHOTON6

2015-02-27 14:18:57 | 日記
0625BIO PHOTON6


164 人生は自然なギブ&テイクの場である。


165 あなたは、「自分の真のニーズが何であるかを理解する」とともに、「自分の進歩に貢献しない偽のニーズが浮上したときには、それを放棄する」意思を固めたときから、真のギブ&テイクを学び始める。


166 そのとき、「自分が偽のニーズを追い求めているのは、外側のパワーを失うことが怖いからだ」ということを知るだろう。


167 恐れのなかには、いかなるパワーもない。


168 他人を思うように動かす能力は、パワーではない。


169 その種のパワーは、決して心の平和をもたらさない。


170 それは時間の影響から逃れられず、時間と共に変化する。


171 肝心なことは、「どんなエネルギーがあなたから流れ出るか」である。


172 出て行くエネルギーが、愛と信頼で満ちていないとしたら、それがあなたのもとに持ち帰ってくるものは、痛みと不快感のみである。


173 真のパワーに満ちた人間とは、「愛と信頼で満ちたエネルギーのみを放出する人間」である。


174 また、真のパワーに満ちた人間は、本当の謙虚さを持っている。


175 本当の謙虚さとは、あらゆる生命に畏敬の念を抱いている人間が示す、無害性のことである。


176 あなたは地球を気遣っているだろうか?


177 地球に害を与えたことのない人間は、まさしく謙虚な人間である。


178 「無害性」とは、「いかなる生き物にも害を与える必要のないほどに、“強い”こと」である。


179 「無害性」とは、「危害を加えることでパワーを示そうなどというアイデアが、まったくない」ということである。


180 あなたが競争のなかで追い求めているものが、「自分の持っているものを手放しで与える喜び」であったならば、その競争は、あなたの魂の顕れである。


181 あなたが競争のなかで追い求めているものが、「自分の持っているものを手放しで与える喜び」であったならば、その競争を真の意味で「実りあるもの」にすることができる。


182 真のパワーに満ちた人間は、許す人間である。


183 許すというのは、一つのエネルギー力学である。


184 許すということは、過ぎ去った過去をもはや持ち運ばない、ということである。


185 許すということは、「自分の体験の責任を、他人に負わせない」ということである。


186 発生するすべての物事が、学習の好機であり、調和の達成に貢献すべく、デザインされているのだ。


187 恐れを基盤としたニーズが満たされたとしても、それはあなたを、この人生の真の目的には連れて行かない。


188 パーソナリティは、それ自身の目標の達成にどれだけ成功しようとも、それだけでは満足できない。


189 パーソナリティは最終的に、自身の魂のエネルギーを渇望することになる。


190 そして、その「飢え」から解放されるのは、魂が選択した道(垂直な道)を歩き始めたときのみである。


191 自身の魂の任務に従事しているパーソナリティは、陽気で軽快である。


192 そのようなパーソナリティは、ネガティブな性質を持つものから解放されていて、何も恐れない。


193 目的意識と意義深さを感じながら、仕事も、その他の活動も、心から楽しんでいる。


194 痛みに満ちた体験、ネガティブな体験のすべてが、その背後に横たわる「恐れ」に立ち向かうための、そして「知恵を通じて学ぶことを選択する」ための、好機に他ならない。


195 その恐れは、即座に消滅しはしないだろう。


196 しかし、もしあなたが勇気をもって立ち向かい続けたならば、いずれ必ず霧散する。


197 恐れは、あなたを怖がらせることができなくなると、あなたのもとにとどまり続けることができなくなる。


198 あなたが「知恵を通じて学ぶこと」「意識的に進化すること」を選択すると、あなたの恐れは好都合にも、「追い払われやすいように、ひとつずつ浮上してくる」。


0625BIO PHOTON6(完)


0624BIO PHOTON5

2015-02-26 14:18:29 | 日記
0624BIO PHOTON5


129 もしもパーソナリティが、「自身の怒りや恐れを癒すこと」を意識的に選択したとしたら。


130 そのときから、あらゆる出来事、あらゆる出会いが、「自身の怒りや恐怖心を刺激する」ものとなってくる。


131 これは、宇宙が思いやりをもって、そのパーソナリティの願望、調和に向かおうとするその願望に、応えてくれるからだ。


132 もしもパーソナリティが意識的でなかったならば、恐れとそれに従う感情のすべてが、ネガティブな行動、すなわち「魂のためにネガティブなカルマを創造する行動」を誘発することになる。


133 無意識的なパーソナリティは、自分の怒りに直面しているとき、「思いやりと理解を優先したいと考えている自分の側面が存在する」ということに、気づいていない。


134 意識的なパーソナリティは、自分の怒りに直面しているとき、「思いやりと理解を優先したいと考えている自分の側面が存在する」ことに、気づいている。


135 ネガティブなパワーに対し、無意識的なパーソナリティは、カルマを創造する。


136 ネガティブなパワーに対し、意識的なパーソナリティは、これまでのカルマを癒すことが可能である。


137 パーソナリティは、誘惑に直面して、「愛や思いやり、明晰さ、理解」と自分を同調させたとき、パワーを獲得する。


138 パーソナリティは、「意識的な決断」を行うたびに、一歩一歩、真のパワーを獲得していくのである。


139 もしもパーソナリティが、意識的に生きないこと、すなわち「自分の行動に対する責任を放棄すること」を選んだとしたら。


140 そのときそれは、「自分の行動をネガティブなエネルギーの流れに支配させる道を選んだ」ことになる。


141 その後には言うまでもなく、「ネガティブな行動」及び「新しいネガティブなカルマの創造」が続くことになる。


142 正しいか誤りか、成功か失敗か、という観点からの物事の見方は、宇宙の見方ではない。


143 何が「成功」であるかを、あなたはどうやって知るのか。


144 失敗とは、「特定の原因と結果」つまり進行中の一つのプロセス以外の何なのだろう。


145 私たちが「成功」「失敗」と呼んでいる力学は、実際には存在しないと考えるのが賢明である。


146 なぜなら、真実の観点から見ると、それは本当に存在しないからだ。


147 存在するのは、裁きの観点から見たときのみである。


148 「進化のプロセスを歩んでいる」という点では、完璧であり、価値がある。


149 進化のプロセス、そのプロセスはつねに価値があり、完璧なのだ。


150 自分の「本質的なニーズ」と「創作されたニーズ」との違いは何か、自問しよう。


151 その二つは、「真のニーズ」と「偽のニーズ」と言い換えることもできる。


152 そして、それが分かったら、「自分がどちらと共に生きていきたいのか」を選択することだ。


153 例えば、隣人の騒音に対するあなたのイライラは、「本質的なニーズ」から生じているのか?「創作されたニーズ」から生じているのか?


154 例えば、レジ店員に丁寧な接客を求める気持ちは、「本質的なニーズ」から生じているのか?「創作されたニーズ」から生じているのか?


155 「調和」「魂の成長」「パーソナリティと魂の同調」「非個人的な教師たちからの非個人的な知恵」「非物理的なガイドたちからの導き」それらを求めること、それが真のニーズ。


156 偽のニーズとは、パーソナリティのニーズである。


157 偽のニーズを選択し、それを満たそうとすれば、カルマを引き寄せ、カルマを創造することになる。


158 また、偽のニーズは、不必要な防衛メカニズムでもある。


159 偽のニーズに目を向けたときは、何らかのネガティブな感情が浮上してくるものである。


160 宇宙は、あなたが「ほんとうに必要としているもの」を、つねに供給している。


161 たとえば、あなたは常に、愛し愛される機会を与えられている。


162 しかし、自分に問いかけてみることだ。


163 自分はいったい、これまでの人生のなかで、その機会を何度、だいなしにしてきたことだろうか?


0624BIO PHOTON5(完)


0623BIO PHOTON4

2015-02-25 14:17:58 | 日記
0623BIO PHOTON4


98 自分を大切にしていない人は、ほかの人たちをも大切にしていない。


99 自分を思いやっているときにのみ、ほかの人たちを思いやることができる。


100 私たちは、成長を果たすために、激しい痛みやショック症状、凶暴性、残忍性などを体験する必要などないのである。


101 人類はその進化のどこかの時点で完全な調和に到達する、ということが神の秩序のなかで定められた。


102 そのプロセスがどのように進展するのか、人類がどのようにして学ぶのかは、人類が地球学校内で行う、エネルギーの操作法に関する選択によって決まることになっていた。


103 間もなく疑いが創造され、それが、人類が選択を行う際の主要教師として選ばれた。


104 「疑いや恐れから学ぶ道」が選ばれてしまったのだ。


105 だから、無力感を与える体験、苦体験が、次々に生じるのだ。


106 この体験は、魂が「元のところに戻るように」と導いているということでもある。


107 つまり、「知恵を通じて愛を学ぶ選択を」と、その機会を与え続けているということでもある。


108 パーソナリティというものは元来、魂の道具であり、ポジティブもネガティブもない。


109 五感の発達は、喜ぶべきことである。


110 それによって知性が拡大され、人類は物質を通じて学ぶことができるようになったのだから。


111 「外側のパワーを追求する」傾向は、五感型パーソナリティの持つ限界によって引き起こされたものではない。


112 「外側のパワーを追求する」傾向は、不安によって引き起こされたものである。


113 私たち人類が、知恵を通じてではなく、「恐れや疑いを通じて学ぶ」ことを選択したために発生したものなのである。


114 人類は今、再び、ひとつの種として、また個々の存在として、自分たちがどうやって学び、どうやって進化するかを選択するチャンスを与えられている。


115 私たちは今、以前とは異なった選択、「知恵を通じて愛を学ぶことを選択」するための、絶好の機会に直面しているのである。


116 あなたは、あなたの魂の癒しと調和に役に立たない状況には、一瞬たりとも遭遇することがない。


117 あなたが誰かと関わっているとき、その力学の一部として、常に幻が存在する。


118 この幻は、あなたが「自分は学習の目的で物理的な世界を体験しているパワフルな霊である」ということを忘れて恐れたり、嫌ったり、悲しんだり、怒ったりしているときには、あなたを支配するパワーを持っている。


119 「魂間に存在するものは愛であり、それが存在するもののすべてである」これを理解することで、パーソナリティは、この幻のなかで常に覚醒した状態を維持できる。


120 この幻は、あなたが愛と思いやりに満ちているとき、あなたの創造性が今の瞬間の中に流れ込んでいるときには、いかなるパワーも持っていない。


121 目覚めたパーソナリティが示す反応は、つねに思いやりと宇宙への信頼に満ちている。


122 宇宙はどんなときにも、魂のニーズに関心を払っている。


123 同じ振動数の意識を持った魂たちが引き寄せ合うのは、そのためである。


124 すべてのパーソナリティが、それ自身のもとに、同じような振動数、あるいは同じような欠点を持つパーソナリティたちを引き寄せている。


125 怒りの振動数は、怒りの振動数を引き寄せる。


126 強欲の振動数は、強欲の振動数を引き寄せる。


127 同質結集の法則は、どんなときにも休みなく機能している。


128 愛に満ちた人間が住んでいる世界は、もちろん愛に満ちた人々であふれている。


0623BIO PHOTON4(完)


0622BIO PHOTON3

2015-02-24 14:17:21 | 日記
0622BIO PHOTON3


61 あなたに向けられる誘惑のレベルが上昇すると、「責任ある選択を行うあなたの能力」も上昇する。


62 そして、あなたが責任ある選択を行うたびに、あなたの光とパワーはその強度を増し、あなたはますます明るく輝くようになる。


63 あなたがますます明るく輝くようになるということは、周囲の世界も同じように輝きを増すということに他ならない。


64 非物理的な教師たち(天使とも言う)は、いわゆる「影の側面」を、持っていない。


65 天使は、魂を持っているのか?


66 否、天使はそれ自身が、それ自身の魂、完全な魂である。


67 調和のとれた存在と、調和に向かって成長しつつある存在との違いが、ここにある。


68 二重性、つまり光と影が存在するのは、いくつかの特定レベルにおいてのみであり、それ以外のレベルに二重性は存在しない。


69 二重性は学習を容易にする力である。


70 あなたは、二重性のなかに存在しているが、あなたの非物理的な教師たち(天使)はそうではない。


71 ここは、彼らのいはゆる住処ではない。


72 彼らは、私たちの「次元に対する」教師なのである。


73 彼らは私たちの次元のなかで、私たちの次元に属すことなく、自由に教えることができる。


74 天使は、意思を持ってはいるが、その意思が、いはゆる誤った方向、あるいはネガティブな方向に向けられることは、決してない。


75 この意味で、天使は「試される必要」「誘惑される必要」を超えたレベルまで進化している生命体であり、カルマを持たない。


76 私たちは、肉体の機能異常を、「外見的に異常をきたしている部分を機械的にコントロールする」ことで癒そうとしている。


77 言い換えるなら、「ヒーリング」における私たちのアプローチ姿勢は、「パワーを外側のものとする認識」の上に成り立っているのだ。


78 このタイプのヒーリングは、肉体には有効であり得るが、魂レベルでは機能しないし、その能力も持っていない。


79 壊れた楽器は、ときには修理が可能である。


80 しかし、いくらそれを修理したところで、「それを壊すことになった原因」を癒すことは、不可能である。


81 肉体的な健康、あるいは病気を示唆するどんな症状の背後にも、常に魂のエネルギーが存在する。


82 魂の健康なくして、真の意味での「肉体の健康」はあり得ない。


83 そもそも、人間として生きることの真の目的は、「魂の健康を得ること」なのである。


84 そして、すべての出来事、すべての体験が、究極的には、その目的の達成に貢献する。


85 魂の健康を得る、という目的の達成に貢献する。


86 洗練された健康な心、すなわち、常に健全かつ充分に機能する知性を開発するには、たんに「心の存在を認識する」だけでは不充分である。


87 そのためには、さらに、「心はどのように動くのか」「心は何を望んでいるのか」「何が心を強化し、何が弱体化するのか」を理解し、その知識を活用しなくてはならない。


88 もしあなたが、「人生上の体験の数々は、自身の魂のエネルギー・バランスを取るために必要なことなのだ」と理解していたなら。


89 そのときあなたは、その体験に過剰に反応しなくてもいい自由、すなわち「自分の魂のために新しいネガティブなカルマを創造しなくてもいい自由」を手にすることができる。


90 痛みは、それだけなら、たんなる痛みに過ぎない。


91 しかし、「痛みは、価値ある目的に奉仕する」ということを知っている人間にとっては、痛みは「試練」である。


92 試練には、意味がある。


93 試練は、耐えることができる。


94 なぜならば、それは「耐えるに値するもの」であるからだ。


95 痛みに耐えることは、魂の進化に貢献することである。


96 あなたは、自分の魂の進化に意識的に貢献することで、周囲の世界に最大限の貢献ができる。


97 「自分の魂の進化に意識的に貢献することで、周囲の世界に最大限の貢献ができる」ということを理解しているときあなたは、人間としての学習体験をあなたと共有している人々の幸せと霊的成長に、意識的に貢献する人間になっている。


0622BIO PHOTON3(完)


0621BIO PHOTON2

2015-02-23 14:15:06 | 日記
0621BIO PHOTON2


31 個人が他の個人と霊的な結びつきを通じて学ぶべきことは、グループが他のグループと霊的な結びつきを通じて学ぶべきことと同じである。


32 個人が他の個人と霊的な結びつきを通じて学ぶべきことは、地域社会が他の地域社会と霊的な結びつきを通じて学ぶべきことと同じである。


33 個人が他の個人と霊的な結びつきを通じて学ぶべきことは、国家が他の国家と霊的な結びつきを通じて学ぶべきことと同じである。


34 どの場合においても、選択肢は2つである。


35 すなわち、「振動数の高い方」を取るか、「振動数の低い方」を取るかである。


36 それはつまり、「魂のエネルギー」を取るか、「パーソナリティのエネルギー」を取るかである。


37 それはつまり、「知恵を通じて学ぶ」のか、「恐れと疑いを通じて学ぶ」のか、ということだ。


38 あなたは、この宇宙に存在する「あらゆる形態の生命」と、関わり合っている。


39 私たちの種のなかには、さまざまな進化レベルの魂が存在する。


40 進化した魂ほど、果たすべき責任も進化している。


41 要するに、私たちの種、「人間」は、それぞれ、完全な調和に向かい、さまざまなレベルの責任を通じて移動する必要があるのだ。


42 魂は、「よりハイレベルの責任を果たすこと」を選択するたびに、それ自身の種に対して「より大きなインパクトを与え得る環境」の中に生まれ変わってくる。


43 ただしこの生まれ変わりには、パーソナリティ(その魂の乗り物となる肉体)の同意も必要である。


44 あなたの意識に、「よりハイレベルの責任を果たすこと」を選択することへの同意の準備がまだできていなかったとしたら?


45 そのときは、あなた自身の魂の保護のために、「より大きなインパクトを与え得る環境」は与えられることはない。


46 光は、輝きを放つ。


47 そして、明るい光ほど、広い範囲を照らし出す。


48 暗い光ほど、照らし出す範囲が狭い。


49 あなたの光が照らし出す範囲が、あなたのカルマ的影響が及ぶ深さであり、幅であり、広さである。


50 もしも、ある魂が、日々の霊的な選択の作業を通じ、「信頼」「勇気」「思いやり」などの面で大きな進歩を遂げたとしたら。


51 その魂は、より偉大な認識、より偉大なカルマ的影響力、より偉大な責任へと続く「あの扉」を、喜々として開くことになるかもしれない。


52 あらゆるミクロ意識、つまり個としての魂が、自身の「光の質」「意識の振動数」に応じた内容で、マクロ意識に影響を及ぼしている。


53 「多くの人々に影響を及ぼしながら生きること」に同意して生まれてくる魂は、偉大な魂である。


54 そういった魂の持つパワーは、極めて質が高く、その潜在的影響力は、世界規模である。


55 偉大な魂は、集合意識に変化を起こす仕事を請け負った存在である。


56 何十億もの人生に影響を及ぼしうる魂であっても、そのパーソナリティは誘惑されている。


57 真のパワーは、容易な選択を通じては決して獲得されない。


58 魂は、「垂直な道」を選択したとき、すなわち「責任ある選択を通じた意識的進化」、これを選択したとき、「自分を“自分のネガティブな性質”から解き放つ能力」を獲得する。


59 魂はまた、「より広範なレベルの交流に、意識的に参加する」ことを選択したとき、「「家族」「仲間」「地域」「国家」を、それらが持つネガティブな要素から開放する作業に、直接かかわることができるようになる。


60 あなたが輝けば、世界も輝く。


0621BIO PHOTON2(完)


0620BIO PHOTON1

2015-02-22 14:10:11 | 日記
0620BIO PHOTON1


1 私たちのこの世界は、恐れと疑いを通じて学ぶことを選択してきた五感型パーソナリティのエネルギーによって築かれている。


2 国家が国家を恐れ、民族が民族を恐れ、男女が互いに恐れあっている。


3 私たちはときおり、「来世」について話をする。死後について話をする。


4 しかし、ほんとうは信じていない。


5 「自分たちは地球を離れた後でも、地球上で行った自分たちの選択の数々に責任をもたなくてはならない」ということを、ほんとうは信じていない。


6 もし信じていたならば、これまでに私たちが行ってきた選択の内容は、大きく異なっていたはずである。


7 個人レベルで発生する進化も、その影響が同じようにして周囲に広がっていく。


8 ある個人が霊的パートナーシップのエネルギーを放出する。


9 すると、その影響は、その個人が他の人と構成するパートナーシップのなかに及ぶ。


10 そればかりか、その個人が所属している地域社会、国、ひいては地球村にまで及ぶことになる。


11 もしあなたが、「責任ある選択を通じて意識的に進化する」ことを決断したとしたら、それはあなた自身の進化のみならず、あなたが属している「人類」という集団のいかなる側面の進化にも貢献することになる。


12 要するに、「あなたの決断」によって進化を遂げるのは、「あなた」ばかりではなく、「人類全体」なのである。


13 もしあなたが、「愛と思いやりに満ちた世界」を望んでいるならば、まずあなた自身が愛と思いやりに満ちるべきである。


14 「この世から恐れをなくしたい」ならば、まずあなた自身が恐れなくなることだ。


15 あなた自身が、愛と思いやりに満ちる。


16 あなた自身が、恐れなくなる。


17 それらは、あなたが「世界に与えることのできる、価値ある贈り物」である。


18 国家間に存在する恐れ。


19 それは、個人と個人のあいだに存在する恐れの集合体である。


20 人間はそれぞれ、自分が個人的に体験する人生の質に、責任がある。


21 責任があると同時に、その責任は「人類全体の体験」にまで及んでいるのである。


22 たとえば、「核戦争による人類の滅亡」は、この地球上のマクロ・レベルのアイデアである。


23 そのアイデアが消滅するためには?


24 「ミクロ・レベルでの完全な進化」が求められる。


25 「国家同士の怒りや敵意を癒すこと」、ではない。


26 「国家同士の怒りや敵意を癒す」ことで平和な世界を築こうと奮闘続ける人たちがいる。


27 だが、その目的の達成は、彼ら(奮闘する人たち)が自分たちの内側に怒りや敵意を抱いているあいだは、夢のまた夢である。


28 「ミクロ・レベルでの完全な進化」が求められるのだ。


29 「ひとつのなかにあるものが、すべてのなかにある」のだから。


30 究極的には、すべての魂がそれぞれ、世界全体に対する責任を負っているのだ。


0620BIO PHOTON1(完)


0610Evolution 7sense

2015-02-16 22:29:32 | 日記


0610Evolution 7sense


375 五感型パーソナリティは、階層レベルと価値レベルを結びつけて考えている。


376 つまり、階層が下であるほど価値が低く、支配能力に欠けており、攻撃されやすい存在である、という認識である。


377 しかし、宇宙の観点からすると、あらゆる階層のあらゆる生命体の価値は、同等である。


378 宇宙の観点からすると、高い階層に属するものは、低い階層に属するものよりも「手助けする能力に長けている」に過ぎない。


379 非物理的・非個人的な教師は、あなたをあなたの魂へと導く。魂への道すなわち「垂直な道」へと。


380 この教師は、あなたの注意を「垂直な道」へ、また「垂直な道と水平な道との相違点」へと、導く。


381 垂直な道とは、認識の道である。


382 それは、意識と意識的選択の道である。


383 意識して自身の霊的成長を目指している人間は、垂直な道の上に居る。


384 垂直な道は、明晰さの道である。


385 明晰さの獲得によって可能になることと、非物理的・非個人的な教師との交流によって得られるものは、まったく同じものである。


386 水平な道とは、パーソナリティを満足させる道である。


387 例えばお金を得ることに心血を注ぐ人々は、水平な道の上に居る。


388 水平な道の上にいる人の事業は、どんな形態をとっていようとも、本質的には同じである。


389 すなわち、「儲かったときには彼らのパーソナリティを喜ばせ」「損したときには彼らのパーソナリティを不愉快にし」「どちらにせよ、彼らのハイアーセルフには奉仕することがない」というものだ。


390 彼らの、水平な道の上での活動は、彼らの霊的成長には貢献しないということだ。


391 水平な道の上での人間関係の多くは、「自分のニーズを満たす目的」で作られている。


392 「自分のニーズを満たす目的」で作られている人間関係は、どんな内容であれ本質的には同じである。


393 すなわち、「自分の人生上の他人すべては、“置き換え可能”」というものである。


394 水平な道を歩んでいる人間は、永遠に真のパワーを手にできない、ということはない。


395 遅かれ早かれ、すべての魂が、真のパワーへ向けた意識的な歩みを始めるのだ。


396 そして、すべての状況が、その歩みに貢献する。


397 いずれは、すべての魂が、真のパワーで満ちることになる。


398 あなたの中に、エネルギーがある。


399 そのあなたのエネルギーが、どのように用いられるか。


400 それを決めるのは、あなたである。


401 決定する責任のすべては、あなたにある。


402 そして、決定は、あなたにしかできない。


403 あなたが下す決断のすべてが、あなたをパーソナリティ(水平な道)か魂(垂直な道)のどちらかに向けて、動かすことになる。


404 あなたが下す決断のすべては、問いかけへの答えとなる。


405 どのような問いかけか?


406 「どのように愛を学ぶのだろう?」


407 「どのように真のパワーを獲得するつもりなのだろう?」


408 すべての状況の中に、あなたに対しての問いかけが存在している。


409 どのような問いかけか?


410 「あなたは、疑いと恐れの道を選択しますか?」


411 「あなたは、知恵と愛情の道を選択しますか?」


412 アダムとイヴが登場する「エデンの園の物語」を、「疑いと恐れを選ぶか、知恵を選ぶかの決断に関する物語」と解釈しても、決して誤りではない。


413 アダムとイヴは、象徴的にリンゴ(善悪を知る木の実)をもぎ取って食べた。それを取って食べることは禁じられていた。禁じられていることは知っていた。


414 つまり、知識を誤って利用した。


415 その結果、「恥」を創造した。


416 恥は、アダムとイヴ以前の人類には、未体験のものだった。


417 アダムとイヴが知識を誤って利用し、恥を創造した。


418 その恥が、「罪の意識」を創造した。


419 その罪の意識が、「恐れ」を創造した。


420 こうして、人類の進化がスタートすることとなった。


421 アダムとイヴの「エデンの園の物語」を、「疑いと恐れを選ぶか、知恵を選ぶかの決断に関する物語」と解釈しても、決して誤りではない。


422 なぜならば、その選択と決断は、すべての人間が毎日、幾度となくつきつけられている選択であり、人類というひとつの種としての進化の仕方に決定的な影響を及ぼす選択だからである。


423 光が存在する。


424 光が、意識によって、形づけられる。


425 それが創造である。


426 あなたは、静止したシステムではない。


427 あなたは光の存在であり、あなたを通じて流れているエネルギーに、休みなく形を与えている。


428 あなた自身の思考や意図によって、形を与えているのだ。


429 あなたのシステムを通じて流れている光は、宇宙のエネルギーである。


430 あなたはその光に、形を与えている。


431 あなたが何を感じ、何を考え、どのように行動し、何に価値を見出すか。


432 それによって、あなたを通じて流れる光がどのような形を持つのかが、決まってくる。


433 あなたは、自分の意識を変化させることで、あなたを通じて流れる光の形を変化させられる。


434 思考・フィーリング・行動、それらを選択することで、自分の体験をも変化させることができる。


435 もしもあなたが、パートナーとの関係を終わらせることを意図したとしたら、その瞬間から関係の終わりがスタートする。その意図はまず、あなたの内側に、情緒不安定を創造する。


436 もしあなたが、複数の矛盾した意図を持っていたとしたら、互いに相反するそれらの力によって、文字通り分裂させられることになる。いずれにせよ、一番強力な意図が支配することになる。


437 分裂したパーソナリティは、弱くなる。自分の人生内の環境(今ここ)を、自分自身よりも強力なものとして体験することになる。


438 私たちは、「自分の本質を光として認識し、その光を意識的に形作る~賢く、思いやりをもって~」という、調和のとれた個人へと進化しつつある。


0610Evolution 7sense(完)

参考文献:サンマーク出版「魂との対話」/ゲーリー・ズーカフ氏著/坂本貢一氏訳。


















私たちは、自分の本質を、「光」として認識しつつある。


そして、自身を流れるその光を、意識的に形作る存在として、認識しつつある。


しかも、形作る際、賢さと、思いやりを存分に用いる。


そのような存在に向けて。


誰がなんと、「こんな時代だ」「世紀末」「世も末だ」「破滅への序曲だ」と、言おうとも。


私たちは、調和のとれた個人へと、進化しつつある。


誰がなんと、「こんな時代だ」「世紀末」「世も末だ」「破滅への序曲だ」と、言おうとも。


私たちは、そんなフェイズを越えて、進化しつつある。


どんなフェイズ(状況)にあっても。


進化は、可能なのだ。


そもそも、「調和のとれた個体へと向かう」というのが、進化の本質そのものなのだから。


そして、進化できる存在とできない存在など、ない。


というのも、全ての存在が、導かれており。


全ての存在が、遅か早かれ、やがてはここに到達するからだ。


進化という戸口に。


私たちの進化、Evolutionの旅は、まだまだ始まったばかりである。



Evolution All(完)

0609Evolution 6sense

2015-02-15 22:28:33 | 日記


0609Evolution 6sense


311 「発生するすべての物理的現象には理由がある」という理解が、直観を磨く。


312 「受け取るメッセージを尊重する」ことで、直観は磨かれる。


313 肉体をきれいに保つことでも、直観は磨かれる。


314 直観とは、あなたを支援する目的で存在する、「五感を超えた知覚」である。


315 「五感を超えた」というのはつまり、五感からの情報とは無関係に作動するということである。


316 直観は、スマホのようなもの。パーソナリティが魂と交信するための、モバイル通信機である。


317 そして、パーソナリティと魂の交信は、ハイアーセルフ(高次元の自己)を経由して行われる。


318 ハイアーセルフは、魂がそれ自身のパーソナリティに話しかけるときの結合リンクである。


319 パーソナリティと魂の間のコミュニケーションは、「ハイアーセルフの体験」である。


320 つまり、魂が発したメッセージの一部をハイアーセルフが、パーソナリティに対して、「直観」という手段を用いて伝えるのだ。


321 受け取る直観と組織内創造直観には、大きな違いがある。前者は料理を外注(出前)するようなものであり、後者は家庭で料理をつくるようなもの。


322 真実とは、あなたを決して汚すことのない、あなたに常にパワーをもたらすものである。


323 真実は、誰にも危害を及ぼさない。真実には、危害を及ぼす能力がないからだ。


324 私たちの成長には、ビタミンや愛情のみならず、真実もまた必要なのだ。


325 「心の拡大」こそが、科学者や真実を追究する者が常に選んできた道だ。


326 「見えないほど小さなものは、はたして本当に存在しているのか?」という疑問に対して、「きっと存在する」と心を拡大させるのだ。そして「だから、それを見る機械を作ってやろう」というように。


327 顕微鏡の発明によって、かつては存在しないとされていたものが、存在するとされるに至った。


328 しかし、私たちは、顕微鏡が発明されるよりも前に、まず心を拡大しなくてはならなかった。


329 「従来(現在)の理解の範疇では答えられない疑問に答えられるレベル」へ至ること、それが心の拡大である。


330 真の科学者とは、心の拡大を図る意思を持つ人間のことである。


331 あなたが、ある人物を思いやるとき、あなた自身の意識の質が変化する。


332 あなた自身のエネルギーシステム(入力・変換・供給・出力)に即座に影響を及ぼすことになる。


333 あなたは、光そのもの。


334 あなたは、他のあらゆる人間と同様に、「光のシステム」なのである。


335 あなたの光の振動数は、あなたの意識と連動している。


336 あなたの意識のレベルが変化すると、光の振動数も変化する。


337 もしあなたが、悪いことをした誰かを憎み続けるのではなく、許すことに決めたとしたら、そのときあなたは自分の「光の振動数を変えた」ことになる。


338 また、誰かに対して行っていたよそよそしさや嫌悪感を、好意や親近感に変えたときも、あなたは光の振動数を変えたことになる。


339 感情は、その内容によって、特定の振動数を示すエネルギーの流れである。


340 例えば「嫌悪」「羨望」「軽蔑」「恐れ」といったネガティブな感情は、「好意」「喜び」「愛」「思いやり」といったポジティブな感情よりも、振動数が低く、パワーも小さい。


341 例えば、「怒り」のような低い振動数のエネルギーを、「許し」という高い振動数のエネルギーで置き換えたなら、そのときあなたは、「自分の光の振動数を上げた」ことになる。


342 そして、自分の光のシステムを用いて高い振動数のエネルギーを流すことを選択したとき、あなたはより多くのパワーを獲得することになる。


343 人間は、絶望しているとき、あるいは不安に脅えているとき、肉体的な消耗を感じている。体に力が入らないのだ。


344 それは、そのときその人の内側では、低い振動数のエネルギーが流れているからなのである。


345 逆に、喜びにあふれた陽気な人間は、高い振動数のエネルギーを内部に流しているため、体が軽く、パワーにあふれているのだ。


346 感情を、ネガティブ、ポジティブ、前向き、消極的、ととらえるのではなく、「振動数」ととらえてみよう。


347 異なった思考は、異なった感情を創造する。


348 低い振動数のエネルギーは、意識の振動数をも低下させる機能を持っている。


349 あなたが誰かに仕返ししようと思ったり、暴力的な思いを抱いたりしているとき、意識レベルも低下するのだ。


350 創造的な思考や、愛や思いやりの思考は、感謝、寛容、喜びといった高い振動数の感情を誘発する。それによって意識の振動数も高まり、あなたのシステム全体の振動数はますます高まる。


351 振動数の低いシステムは、それよりも高い振動数を持つシステムから、自然にエネルギーを受け取る傾向にある。


352 もしもあなたが、あなたよりも低い振動数の持ち主と一緒にいて、なおかつ自分の感情や思考に無頓着であったならば、あなたの振動数は低下を避けられない。つまり、エネルギーを奪われることになるのだ。


353 十分に高い振動数を持つシステムは、周りの人を自然に「落ち着かせ」「穏やかにし」「活気づける」。


354 自分の思考は選択できる。


355 思考が感情を生み出す。


356 よって、感情も選択できる。


357 自分の思考および感情を選択することによって、自分の光の質が決定される。


358 つまり、自分の光の質も、自分の選択の結果なのである。


359 この、光の質によって、自分が人々にどのような影響を及ぼすか、また自分がどのような体験をすることになるのか、それらが決まってくる。


360 そして、自分のエネルギーをどのように用いるかに関する決断と、その影響が周囲に及ぶまでの時間差は、ない。


361 決断した瞬間、影響が及ぶのである。


362 そしてその決断の内容は、あなたが誰であり、何であるか、そのものである。


363 魂から生じるエネルギーは、瞬間性のもの。時間が存在しない。


364 一方、パーソナリティから生じるエネルギーは、物理的な光と同じ道を辿るもの。


365 宇宙は、上端も下端もない、階層構造をしている。


366 そして、すべての階層間で、合意が成立している。


367 その合意とは、「より高度の認識レベルにある存在は、認識拡大に努める低い次元の存在たちを援助できるし、そうすべきである」というものである。


368 つまり、宇宙では常に、より高いレベルからの支援が与えられている。


369 となれば、もしもUFOが光速を超える推進機関を用いて銀河系外からやって来たのだとしたら、もはや「地球侵略」などという低次元の意図を持ち合わせていないだろう。


370 「より高度の認識レベルにある存在は、認識拡大に努める低い次元の存在たちを援助できるし、そうすべきである」


371 あなたも、この合意とプロセスに間違いなく関わっている。


372 ただ、パーソナリティが気づいていないだけだ。


373 なぜならば、これは魂レベルで行われていることであり、パーソナリティレベルでは見えないことだからだ。


374 ともあれ、あなたが物理的現実の中に出現させる自己の一面は、それよりも何倍も重要で複雑な力に支えられている、ということだ。


0609Evolution 6sense(完)

0608Evolution 5sense

2015-02-14 22:27:43 | 日記


0608Evolution 5sense


252 畏敬の念を持たずに生きることは、私たちにとって不自然なことである。


253 なぜならば、そのような生き方は、魂の基本的なエネルギーを分離した状態で生きることに他ならないからである。旅に必要な道具を捨てて旅をするようなものだ。


254 畏敬の念を持たないとき、私たちの行いは野蛮であり、破壊的である。


255 畏敬の念を持つとき、私たちの行いは、思いやりと優しさに満ちてくる。


256 私たちは遅かれ早かれ、生命の全てを畏れ敬うことになる。つまり、畏敬の念へたどり着くことになる。


257 私たちに選択できるのは、「その旅をいつ始めるか」及び「その旅で体験することの質」だけである。


258 豊かな感情を抑圧する原因は、外側のパワーを追究する姿勢である。


259 豊かな感情やフィーリングを閉ざすことは、自分の「思考や行動を活性化するエネルギー」の流れとの接触を断つことに他ならない。


260 豊かな感情やフィーリングを閉ざしているとき、私たちは、それらが自分自身に、自分の環境に、そして他の人々に、どんな影響を及ぼすか、それを理解するプロセスをスタートすることができない。


261 豊かな感情やフィーリングを閉ざしているとき、私たちは、自分及び他人の怒り、悲しみ、喜びが、どのような結果を導くことになるかを、理解できない。


262 自分の豊かな感情やフィーリングを知らないでいるとき、私たちは思いやりを示すことができない。


263 自分自身の苦しみや喜びといった感情を体験できないで、他の人たちの苦しみや喜びを共に感じる(共感する)ことなど、どうしてできよう。


264 豊かな感情やフィーリングは、私たちを通じて流れる「エネルギー」なのである。


265 そのエネルギーの流れを認識することが、「自分のさまざまな体験がどのようにして、またなぜ出現するのか」を知るための最初のステップである。


266 自分のさまざまな感情を知らない限り、あなたは畏敬の念も手にできない。


267 畏敬の念は、感情ではない。


268 畏敬の念は、意識の状態である。


269 畏敬の念に通じる道は、あなたのハートを経由している。


270 そしてそのハートは、あなたが自分のさまざまな感情、フィーリングを知ることで、初めて開通する。


271 自分の人生に意識的に介入する決意は、加速エネルギーとなる。


272 その加速エネルギーは、その人の人生の「等速直線運動」に力を加える。


273 そして、自身が延々と行っている「自身のカルマが生み出す状況に無意識に反応する」運動コースから外れることができる。


274 悪とは、光の不在である。


275 不在の治療は、存在をもって行うもの。


276 悪は光の不在であり、光の不在によっては決して癒されない。


277 もしあなたが、悪や悪に手を染めた人を憎んだとしたら、それは「光の不在」に手を貸したことになる。


278 つまり、悪を憎んだところで悪は決して消滅することがないどころか、悪は強化されるということである。


279 悪を憎む、ということは、悪に対して暗闇(光を不在にする)を与えることに他ならない。


280 悪に対して暗闇(光を不在にする)を与えるとき、悪が持つ苦悩を受け取る「交換」が行われる。


281 ゆえに、憎んだ人間も苦悩にさいなまれる。


282 憎んだ人間も光から遠ざかるのだ。


283 もしあなたが、思いやりを持たずに暗闇に攻撃を加えたとしたら、そのときは、あなた自身も暗闇に進入することになるのだ。


284 悪人が逮捕されることはある。しかし、悪そのものは逮捕されたのだろうか?


285 邪悪なグループが投獄されることはある。しかし、その邪悪さは、投獄されたのだろうか?


286 「悪とは光の不在である」


287 そう認識したときから、あなたのものの見方は変わる。


288 自分のあらゆる決断を、「これは自分を光に近づけるものか、遠ざけるものか」という視点から吟味するようになる。


289 他感覚型人間が持っている中心的な認識の一つに「自分は孤独ではない」というものがある。


290 彼らは、より進化した知性との意識的なコミュニケーションが行える。


291 そしてそれは、「物事の判断を、自分自身の認識や解釈のみに頼る必要がない」ことを意味している。


292 多感覚型人間は、どんな状況に直面した時にも、より妥当な選択を可能にしてくれる「思いやりに満ちた非個人的な援助」を意識的に利用することができる。


293 またその援助は、彼らが自分自身のさまざまな部分を探索するためにも利用することができる。


294 私たちはこれまで、種としての起源以来、進化の道の上で「衝動」「閃き」「突然の洞察」などの形でもたらされる支援を、数限りなく受けてきた。


295 「衝動」「閃き」「突然の洞察」その種の導きに私たちは気づいてこなかった。


296 それは、私たちが、「現実を、五感のみを通じて見ていたから」なのだ。


297 「現実を、五感のみを通じて見ている」五感型観点では、「衝動」「閃き」「突然の洞察」といったものを「進歩した知性群からのメッセージ」と考えることができない。


298 多感覚型人間にとって、直感は「“自分よりも深い理解と思いやりに満ちた視野を持つ存在たち”との接点であり、彼らからのメッセージ」である。


299 自分の直感、フィーリングを追跡し続けることで、その源に到達することができる。


300 直感、フィーリングに従って短絡的に行動するのではなく、それらを冷静に分析するのだ。


301 自分の直感、フィーリングを客観的に分析することによって、自分が抱えている「クリアすべき課題」に行き着くことができる。


302 現象として現れる前に、その現象の源であるフィーリングに対してアプローチすれは、現象を待たずに教訓が得られるのだ。


303 導きは、あなたが求めれば、与えられる。


304 科学的な成果というものは元来、人類の知的進化というよりも、霊的進化を投影するものである。


305 聞いてもらえない質問はひとつもない。答えをもたらされない質問もひとつもない。「求めよ、さらば与えられん」はまさしく真理である。


306 しかしあなたは、「求め方と与えられ方」を学ぶ必要がある。


307 あなたがどんな知識を身につけたとしても。それを他の人たちの利益となるよう処理し、利用することを怠ったとしたら、それによる悪影響があなたに及ぶ。


308 知識の意図的な誤用によってつくられるカルマ的負債は、無知によってつくられるそれよりも、はるかに大きい。


309 もしあなたが、「これを行えば他人に害が及ぶ」と知っていながらそれを行ったとしたら、そのときあなたが創造するカルマ的負債は、「知らずに」行ったときよりもずっと大きいのだ。


310 あなたが今、他人を犠牲にして利益を得ることを計画しているとしたら、あなたは今、あなたの知性をその目的通りに用いていないことになる。


0608Evolution 5sense(完)

0607Evolution 4sense

2015-02-13 22:25:10 | 日記

0607Evolution 4sense


186 私たちは、裁いたとき、ネガティブなカルマを創造する。


187 「彼には価値がない」「これは間違っている」と言ったときばかりか、「これは正しい」「彼女には価値がある」と言ったときまでも、ネガティブなカルマを創造する。


188 もし私たちが、「怒り」や「正義感」や「犠牲者意識」などの動機によって行動に出たとしたら、それは決して妥当なことではない。それは「自分と他人を比較して、他人を裁いている」ことに等しいからだ。


189 フィーリングというものは極めて有用なものであり、それを利用して私たちは、魂の「癒しを必要としている部分」を特定することができる。


190 あなたの「魂に至る道」は、あなたのハートを経由しているのだ。


191 裁くことのない正義とは?キリストもガンジーも、裁くことのない正義を知っていた。


192 裁くことのない正義とは、あなたに人生内のあらゆるものを見させてくれるとともに、あなたのネガティブな感情を一切呼び起こさない認識である。


193 いずれ、すべてのバランスが取られる。


194 カルマの法則から脱出できるものは何一つない。


195 そのような認識は、極めて自然に「理解」と「思いやり」を誘発する。


196 裁くことのない正義は、「ネガティブな反応を一切示すことなく、見えているものを見、体験しているものを体験する自由」である。


197 それは、宇宙の知性と輝きと、愛の自由な流れを、私たちに直接体験させてくれる。


198 裁くことのない正義は、「魂とはどのようなもので、どのように進化するのかを理解する心」から、自然に流れ出るものである。


199 魂が進化のために必要とする体験の質は、パーソナリティの「姿勢」によって決定される。


200 「弱肉強食」というアイデアは、人間が生命を食い物にする行為を正当化するには、都合がいい。


201 しかし私たちは、生命というものを軽く見過ぎている。


202 「この世界は、食うか食われるかの世界だ」と私たちは言う。


203 そして、「そんな世界で生き残るには、“利用される前に利用しなくてはならない”」と付け加える。


204 私たちはお互いを、自分のニーズ(心理的、物理的)を満たすために存在する獲物として見ている。


205 私たちは人生を、「勝者と敗者を作り出す戦いの場」として眺めている。


206 だから、他の人たちや生き物たちのニーズが自分たちにとって脅威に映ると、躊躇なく攻撃を仕掛ける傾向にある。


207 脅威=驚異×恐怖。


208 私たちの行動パターンや価値観は、「畏敬の念を欠く認識」の影響をあまりにも強く受けてきたため、今や畏敬の念とは何かさえも分からなくなっている。


209 もし私たちが、競争相手をののしったり、誰かの力を奪おうとしたりしたとしたら、そのとき私たちは、畏敬の念から遠ざかっている。


210 もし私たちが、与えるためにではなく奪う(もらう)ために働いているとしたら、そのとき私たちは、畏敬の念を持たずに働いている。


211 もし私たちが、他人の安全を犠牲にして自分の安全を確保しようとしているとしたら、そのとき私たちは、畏敬の念を自分自身から奪い去っている。


212 もし私たちが、他人を裁いているとしたら、そのとき私たちは、畏敬の念を自ら遠ざけている。それは、自分自身を裁いているときでも、またある人間を他の人間と比較して、あちらが優れていると考えているときも、同じである。


213 畏敬の念を欠いたあらゆる行い、「ビジネス」「政治」「教育」「男女関係」「子育て」「社交」などのすべてが、「人間による他の人間の不当な利用」という、全く同じ結果を引き起こす。


214 地球上に住む他の生命体のニーズ、あるいは地球自体のニーズは無視する一方で、自分たちのニーズは意欲的に満たすことに努めてきた。


215 自分たちのニーズは意欲的に満たすことに努めてきたことの過程で、陸地、海洋圏、大気圏を汚してきた。


216 私たちは、「我々には意識があるが、宇宙にはそれがない」と、思いこんでいる。


217 また、私たちは、「自分たちの存在は、この生涯で終わってしまう。一回限りの唯一のもの。だから、他人に対しても、永遠に続く宇宙に対しても、自分たちには何の責任も負う必要がない」と考えている。


218 畏敬の念を持つということは、あらゆる形あるものと深いレベルで接触することなのである。あらゆる形あるもの、その本質と接触することである。


219 目に見えているものは単なる外装、あるいは殻であり、その下にこそ、真のパワー、本質が存在する。


220 それを、知っていなくてはならない。


221 畏敬の念は、生命を尊ぶ姿勢である。


222 畏敬の念を手にしている人は、いかなるものにも危害を加えない。


223 畏敬の念はまた、単純に「全ての生命体が、存在するだけで価値がある」ということを、真実として受け入れている心の状態でもある。


224 敬意と畏敬の念は別物である。


225 敬意とは裁きの結果であり、ある対象には払えるが、それ以外には払えないというものである。


226 畏敬の念は裁きの結果ではなく、ある知覚の結果である。ある人には向けられるが、それ以外の人には向けられないというものではない。


227 動物が別の動物を食べて生存を果たすという、地球全体で行われているシステム。このシステムが残酷なものに見るのは、畏敬の念を欠いた目を通して見たときに限る。


228 畏敬の念を持ってこのシステムを見るとき、それは自然なギブ&テイク、それは積極的なエネルギー交換、そして生態環境の自然な姿として映る。


229 異なった王国間で、ギブ&テイク、エネルギー交換、エネルギーの再分配が、自然に行われている。


230 エネルギーを必要以上に用いたり、必要のないエネルギーを溜め込んだりしている王国は、ここにしかない。


231 つまり、私たちの王国、人間世界(人間社会)のみである。


232 この、人間の王国のために、地球全体のエネルギー循環のバランスが著しくゆがめられてしまっているのだ。


233 畏敬の念は、私たちに、異なった種間の相互関係の実態を、より包括的かつ思いやりに満ちた観点から見させてくれる。


234 畏敬の念は、私たちに、それぞれの生物の大切さを明確に分からせてくれるとともに、思いやりに満ちた宇宙の発展的な営みまでをも垣間見せてくれる。


235 畏敬の念は、生命プロセスに対する「無条件の敬意と保護の意思表明」である。


236 畏敬の念は、私たちが真のパワーに向けた成長の旅を歩む過程で、いかなるものにも危害を加えないよう、私たちを導いてくれるものでもある。


237 しかし私たちは、真のパワー獲得に向けた旅の過程において、生命に対して頻繁に危害を加えてきた。それは、畏敬の念をもたなかったからである。


238 その過程には常に、「加害者と被害者」が存在した。


239 私たちは、「生命について学びながら、生命を破壊し続けてきた」のだ。


240 生命や自然を破壊してまで進歩を果たす必要があるだろうか?どこにもない。


241 生命を、畏敬の念なしで認識できるのは、パーソナリティのみである。なぜなら、魂は畏敬の念で満ちているからだ。


242 生命を畏敬の念なしで認識できるパーソナリティは、常にカルマ的負債を創造することになる。


243 パーソナリティは、魂と同調したときから、いかなる生命をも畏敬の念で見ることになる。


244 パーソナリティは、魂と同調したときから、いかなる生命をも畏敬の念なしで見ることはできなくなる。


245 つまり、パーソナリティが魂と同調することは、畏敬の念を持たない他のパーソナリティが創造するカルマ的負債から、自分の魂を守ることになる。


246 五感型パーソナリティから見ると、畏敬の念を持つビジネスマンは、ひどく不利な立場にいるように見えるだろう。


247 外側のパワーが唯一のパワーだと認識される世界の中では、彼らの持つ「霊性を重んじる姿勢での活動範囲」は、ほとんどないからだ。


248 五感型パーソナリティから見ると、畏敬の念を持つビジネスマンは、ひどくリーダーシップを欠いているように見えるだろう。


249 しかし、多感覚型パーソナリティから見ると、畏敬の念を持つビジネスマンは、「ある新しいエネルギーを集合意識の中にインスパイアし、意識の変化を促している」ことが見えるだろう。


250 どのような意識の変化を促しているのか?それは、「奉仕することで発生する利益、この利益の追求意識」から、「利益によって可能となる奉仕、この奉仕の追及意識」への変化を、である。


251 「この地球が、さまざまな権利を持っている」というアイデアは、私たち人類がまだ認知さえしていないアイデアのひとつである。


0607Evolution 4sense(完)

0606Evolution 3sense

2015-02-12 22:22:29 | 日記


0606Evolution 3sense


136 魂が具象化するとき、魂のパワーは、物理的な次元で活動するにふさわしい規模へと大幅に「削減」されることになる。


137 それは、魂のパワーの「時間を超えた不滅の生命」システムから、「時間の制限を受ける生命」システムへのシフトダウンである。


138 それは、無数の人生を同時に直接的に体験できる知覚システムから、五感システムへのシフトダウンである。


139 魂は自らを癒すために、この体験を手にすることを、自主的に選択している。


140 パーソナリティは、「癒しを必要としている魂の一部」と、「その癒しに必要な思いやりや愛であふれた魂の別の一部」で構成されている。


141 簡単に言えば、「癒して欲しいという部分」と「癒します、癒すことができますと言う」部分で構成されている。


142 魂の「癒しを必要とする側面」は、癒されるために、物質と相互作用し合う必要がある。


143 だからしてあなたは、内側で「引き裂かれた苦しみ」と「優雅な美しい性質」の双方を見ることができる。


144 魂は存在する。


145 それは、始まりもなければ終わりもなく、常に調和に向かって流れている。


146 パーソナリティは、「魂が物理的な世界の中で活動するために用いるエネルギー装置」である。


147 魂の仮面であり、魂が物質と交流するための媒体である。


148 パーソナリティが、魂から独立して活動することはない。


149 パーソナリティは、魂に近づけば近づくほど、癒されることになる。


150 なぜならば、「癒しのエネルギー」は外側(パーソナリティ)にではなく、中核部すなわち魂の領域に集中しているからだ。


151 人生における不調和の規模。これは、パーソナリティのエネルギーが魂からどれだけ離れているか、すなわちパーソナリティが「創造に関していかに無責任であるか」、に正比例している。


152 パーソナリティが充分にバランスのとれた状態であったならば、どこまでがパーソナリティでどこからが魂であるかは、不明瞭である。


153 私たちの多くにとって、「責任を負わせられる」ということは、逮捕されることにも等しい。


154 そこで私たちは、可能な限り責任を回避しようとする。


155 しかし、責任からは永遠に逃れられない。


156 あらゆる行動、思考、フィーリングが、意図によって動機づけられている。


157 意図は、「何らかの結果と一体となって存在する、原因」である。


158 もしも私たちが何らかの原因に関わったとしたら、私たちは「その原因の結果」と関わらないことは不可能である。


159 そのような深いレベルで、私たちは「自分の全ての意図、思考、行動、フィーリングに関する責任を負わせられている」のだ。


160 私たちは、「自分の意図の果実」の全てを、自ら食べなくてはならないのである。


161 よって、自分のさまざまな意図を認識するとともに、どの意図がどんな結果を作り出すかを整理し、「自分が作り出したい結果(食べねばならない果実)」につながる意図を選択することは、賢いことである。


162 私たちは、物理的現実内での経験を通じて、さまざまな意図とそれらの結果を学んできた。


163 しかし、「意図が特定の結果を生み出すこと」そして「その結果がどんなものであるかを学ぶ」作業は、それが「物理的体験のみ」を通じてなさねばならないとしたら、極めて遅々としたものにならざるを得ない。


164 あなたが体験する「愛」「恐れ」「思いやり」「怒り」などは、あなたが見ていない、より大きなエネルギーシステムの愛、恐れ、思いやり、怒りの小さな一部に過ぎない。


165 カルマの法則は、非個人的なエネルギー力学である。


166 カルマの法則によって発生する結果は、パーソナリティの観点から体験されたとき、原因である意図のエネルギーが方向転換して戻ってきたものとして体験される。


167 「あなたは、自分が世界に与えたものを、世界から受け取ることになる」というものだ。


168 結果をまだ生み出していない原因の全てが、まだ完結していない出来事である。


169 それはアンバランスなエネルギー状態にあり、バランスした状態に向かう過程にある。


170 そしてそのバランスは、「ひとつの生涯」の中でとられるとは限らない。


171 一般にパーソナリティは、それ自身の魂の「別のパーソナリティが作り出した結果」を、頻繁に体験する。


172 と同時に、それとは裏腹に、そのパーソナリティ自身の生涯の中では正されない「エネルギーのアンバランス」を作り出しもする。


173 たとえば、あるパーソナリティが他人をだましたとする。


174 そのときそのパーソナリティは、「エネルギーのアンバランス」を作り出したことになる。「他人にだまし返されることで正される」というエネルギーのアンバランスを創造したことになる。


175 そして、もしもそれが、そのパーソナリティの生涯が終わるまでに正されなかったとしたら?


176 同じ魂の別のパーソナリティが、「他人にだまされることを体験することになる」ということだ。


177 そして、その「他人にだまされることを体験することになった」パーソナリティが、「この体験は、過去に作られた原因の結果である」という理解および「私がだまされることによって、ある非個人的なプロセスが完結する」という理解をしていなかったとしたら?


178 そのパーソナリティは、「だまされた」ことに対して、個人的な観点から反応を示すことだろう。


179 個人的な観点から反応を示す、つまり、またもや「バランスを取る必要のあるエネルギーアンバランスを創造する」ことになるのだ。


180 魂は、それ自身が作った原因の結果を体験する。


181 魂内でエネルギーのアンバランスが起きているところは、魂の不完全な部分であり、それがパーソナリティを形成する。


182 私たちが、ある人のその境遇に同情することは、妥当なことである。しかし、それを「不公平なこと」として認識することは、妥当ではない。なぜなら、実際それは、不公平なことではないからだ。


183 「身勝手で意地悪な行為をするパーソナリティ」を見たとき、そうする理由を知ることはできない。理由は不可視の領域にあるからだ。しかしだからとて、彼のネガティブな行為を認めてやるべきであるというわけではない。ただ、私たちは「彼を裁くことができない」というだけである。


184 暴力行為を行っている人間はそのとき、自分自身がひどく傷ついているのだ。


185 健康でバランスの取れた魂には、他人を傷つける能力がない。


0606Evolution 3sense(完)

0605Evolution 2sense

2015-02-11 22:21:15 | 日記

0605Evolution 2sense


65 すべての人間が、魂を持っている。


66 しかし、五感型知覚領域にとどまり続けている人間は、魂の存在に気づかない。ゆえに、魂による影響を認識することができない。


67 パーソナリティつまりあなたの意識が、あなた自身の魂を認識するには、五感型を打ち破り、多感覚型になる必要がある。


68 五感では魂は認識できないからだ。


69 多感覚型になったときから、あなたというパーソナリティは、自分の「直感」「閃き」「フィーリング」といったものを重要視するようになる。


70 「直感」「閃き」「フィーリング」といったものを重要視する。言い換えれば「自分自身や他の人々や周囲の状況に関する、五感では入手できない情報を入手できる」ようになる。


71 多感覚型では、言葉や行為の背後にあるさまざまな「意図」を知覚できるだけでなく、言葉や行為にではなく「意図に対して反応」するようになる。


72 つまり、一見怒り狂っているかのような態度の背後にある「温かい心」や、いかにも親切そうな言葉の背後にある「冷たい心」を、明確に認識できるようになる。


73 多感覚型人間は、自分の内側のエネルギーのさまざまな流れを見ることができる。


74 さらに、異なる流れを識別できる。


75 そして、そのさまざまな流れの感情的効果、心理的効果、肉体的効果を特定できるようにもなる。


76 たとえば、怒りや不穏な思考、破壊的な行為などを作り出すのはどの流れか、といったことが分かってくるのだ。


77 その、「エネルギーの流れと効果の認識」はやがて、「創造性」や「愛」や「癒し」などを発生させる流れを好み、その流れと同調できるようになる。


78 その流れと同調できるようになるとともに、「不調和」「暴力」そのたのネガ性質を持つものを発生させる流れに立ち向かい、それを排除することもできるようになる。


79 パーソナリティは、このようにして魂のエネルギーを体験する。


80 あなたの魂は、あなたの胸の中の一空間を占有する受動的な存在、あるいは単なる理論上の存在、などでは、決してない。


81 あなたの魂は、あなたという人間の中心部に存在する、確たる目的を持つ積極的な力である。


82 魂、それは、「あなたが関わっているエネルギー力学の性質を理解する」あなたの一部である。


83 魂、それは、「万人を無条件に愛し、まったく裁くことなく受け入れることのできるあなた」の一部である。


84 魂のエネルギーは、それがパーソナリティによって知覚され、認識され、尊重されたときから、パーソナリティの生命を奮い立たせる。


85 もしパーソナリティが、それ自身の魂のエネルギーに充分に奉仕できるようになったとしたら、そのこきこそが、パーソナリティにとって、真のパワーで満たされるときである。


86 そして、そうなることが、私たちの進化のプロセスのゴール。


87 そこに行き着くことが、私たちが今ここに存在している理由である。


88 地球上であなたが手にする体験。その体験のすべてが、あなたというパーソナリティとあなたの魂との「同調をうながすためのきっかけ」である。


89 これまでもそうであったし、これからもずっとそうである。


90 遭遇するあらゆる環境、状況が、あなたにこの道を選択する機会を与えている。


91 「パーソナリティと魂の同調への道」を。


92 あなたは、この道を選択したとき、あなたの魂に対して、「あなたを通じて自由に輝かせること」を選択したことになる。


93 やがてあなたの魂は、あなたを通じて、生命に対する果てしない畏敬の念と愛を、この物理的な世界の中に、たっぷりと持ち込んでくるだろう。


94 魂には、始まりも終わりもない。


95 私たちのほとんどは、「私たちが進化プロセスに参加できるのは、ひとつの生涯、ひとつの存続時間(つまりこの人生)のみである」という信念になじんでいる。


96 それは、五感型パーソナリティの観点を如実に投影した信念だ。


97 生命を物理的に体験することを「進化の手段」として選んできた魂。それは、自身のエネルギーをいくつもの心理的・物理的形態の中に何度も具象化させ、多くの人生を体験してきた。


98 魂は、それ自身が体験する人生ごとに、異なったパーソナリティと肉体を創造する。


99 魂は、創造の力を持っている。


100 創造力こそ、魂のエネルギーである。


101 五感型人間にとって、パーソナリティと肉体は、人生を体験する唯一無二の媒体である。


102 しかし、魂にとっては、それらは「ある体験をするという目的に完璧に合致したユニークな道具」である。


103 それぞれのパーソナリティが、それ自身の特別な方法で、特別な姿勢を養い、また特別な教訓を学ぶなどして、それ自身の魂の進化に貢献する。


104 母親。


105 戦士。


106 娘。


107 牧師。


108 愛。


109 攻撃されやすさ。


110 恐れ。


111 喪失。


112 やさしさ。


113 怒り。


114 反抗。


115 むなしさ。


116 嫉妬。


117 これらの体験。


118 これらの体験のすべてが、魂の進化を助長する。


119 パーソナリティと肉体の持つ特徴の全てが、魂の目的と完璧に合致している。


120 五感型パーソナリティは、自分の魂が他にも多くの人生を体験しているということに気づいていない。もちろん、魂の存在すら気づいていない。


121 多感覚型パーソナリティは気づいている。それは時に、「前世」や「来世」として認識することがあるかもしれない。それは、そのパーソナリティの「魂による体験」である。


122 魂の観点からすると、魂が体験する人生は、全てが同時に存在する(パラレルワールド)。


123 魂が創造するいくつものパーソナリティの全てが、一度に存在するのだ。


124 よって、ひとつの人生の中で、ネガティブな特徴が排除されたとしたら、その好影響はその人生のみならず、魂が体験している他のあらゆる人生にも及ぶことになる。


125 魂は、それ自体、時間による制限を受けない。そのため、パーソナリティが恐れや疑いの流れを排除すると、その好影響はパーソナリティの未来のみならず、過去にまでも及ぶことになる。


126 パーソナリティとその肉体は、魂の擬似的な現れである。


127 パーソナリティと肉体は、それら自身の機能を果たし続け、やがてその生涯を終える。


128 その時点で、魂は、その人生を生きてきたパーソナリティと肉体を放棄する。それが死だ。


129 しかし、魂は終わらない。


130 ひとつの人生が終わると、魂はそれ自身の本質である「不滅で時間のない状態」に戻っていく。


131 そうやって、魂は思いやりと明晰さ、そして際限のない愛であふれたそれ自身の「ナチュラルな状態」へと戻るのである。


132 それが、私たちの進化の背景。


133 つまり、魂のエネルギーの持続的な具象化。


134 言い換えるなら、魂の「生まれ変わり」「輪廻転生」「地球という学校への度重なる帰還」。


135 この繰り返しの過程で、私たちは進化を果たすのである。


0605Evolution 2sense(完)

0604Evolution 1sense

2015-02-10 20:26:24 | 日記
0604Evolution 1sense


1 真に進化した人間は、愛にあふれている。


2 私たちの内なる理解は、「真に進化した人間とは、自分よりも他人のことを考え、物理的なものよりも愛を重んじる人間である」と語っている。


3 「生命に対する畏敬の念で満ちている」とき、私たちの活動は、生き生きと輝く。


4 人生の活動において、生命に対する畏敬の念が消えたとき、現れてくる結果は、残忍、野蛮、そして孤独である。


5 物理的世界が五感のみで認識されているとき、その中における最も強力な動機は「恐れ」である。


6 恐れを動機としたときは、自分の環境およびまわりの人たちを支配するパワーが不可欠なもののように思えてくる。


7 恐れを動機としたとき、「物理的支配の必要性」が生じてくるのだ。


8 物理的支配の必要性は、ある種の競争を生み出す。


9 その競争は、国家間や友人間の「調和を求める自然な傾向」を破壊する。


10 すべての争いの原因は、「相手を圧倒するパワーを手に入れようとする」意図にある。


11 私たちは、無防備な状態で世界とかかわることを恐れている。


12 私たちは、シンボルが象徴するパワー、そしてそのパワーに守られている人たち、そのどちらかあるいは両方を恐れている。


13 パワーを外側のものだとする認識は、私たちの経済システムを形作ってきた。


14 経済を支配する力。それは、地域、国内、国際のいずれであっても、ほんの一握りの人々の手に集中している。


15 その、ほんの一握りの人々から労働者を守るために、労働組合が作られた。


16 その、ほんの一握りの人々から消費者を守るために、公正取引委員会が作られた。


17 その、ほんの一握りの人々から貧困者を守るために、福祉制度が作られた。


18 これらは、私たちが「パワーをどのようなものとして認識してきたか」を完璧に投影するものである。


19 どのような認識をしてきたか?それは、「パワーとは、一握りの人々が所有するものであり、大多数の人々は彼らに奉仕する立場、犠牲者的な立場にある」というものだ。


20 お金はまさしく、「外側のパワー」のシンボルである。


21 お金を持っている人=環境と他の人を支配する力を持っている人。そのように認識している。


22 お金を持っていない人=環境と他の人を支配する力を持っていない人。そのように認識している。


23 「学歴」「社会的地位」「名声」「所有物」これらもまた、外側のパワーのシンボルと言える。なぜなら私たちは、それらを得ることで安心感を得ており、それらを失うことを恐れているからだ。


24 私たちが、「失うことを恐れているもの」は、皆、外側のパワーのシンボルである。たとえそれが、頭のよさや信念、夢といったものであろうとも。


25 「外側のパワーを獲得するための競争」。これが、あらゆる暴力行為の中心部にある。


26 対立する双方が追い求めているのは、外側のパワーである。


27 パワーを外側のものだと認識しているために、争いが起きるのだ。


28 パワーを外側のものだとする認識は、あらゆる精神を、分裂する方向へ向かわせる。


29 私たちは、「進化」というものを、「環境とお互いを支配する能力の持続的な向上のプロセス」と理解してきた。


30 この進化への理解は、恐れによって誘発される、外側のパワーを得るための競争と、現実を五感のみで知覚することの限界を投影している。


31 パワーを外側のものだとする認識の奥には、恐れが横たわっている。


32 その恐れは、外側のパワーをいくら獲得しようとも、癒すことができない。


33 その証拠に、私たちは、何世紀にも渡って、個人的にも集団的にも、野蛮な行為を「繰り返して」きたのだ。


34 より深い理解、内なる理解は、別の種類のパワーである。


35 すべての生命に、愛を示すパワー。


36 自分が出会ういかなる人間も、決して裁かないパワー。


37 どんな生命あるいは物事の中にも、意義と目的を見出すパワー。


38 これが、内側のパワー。すなわち、「真のパワー」である。


39 このパワーを体験しているとき、私たちは自分の思考、感情、そして行動を、自分自身の一番ハイレベルな部分と同調させている。


40 自分自身の一番ハイレベルな部分と同調させているとき、私たちの人生は、熱意、目的、意義で満たされ、満ち足りている。


41 自分自身の一番ハイレベルな部分と同調させているとき、私たちは豊かであり、苦い思考をまったく巡らさず、何も恐れず、自分たちの世界と親しく関わり続ける。


42 真のパワーの奥には、恐れがない。


43 真のパワーは、私たちという存在の一番深い源から来るものである。


44 私たちは、真のパワーに向けた旅の途中にいる。


45 真のパワーで満たされることは、進化のプロセスのゴールであり、存在していることの目的でもある。


46 私たちは今、「外側のパワーを追求する種」から、「真のパワーを追求する種」へと、進化しつつある。


47 すなわち、自分たちの進化の唯一の媒体としてきた「物理的な世界の探検」から、離れつつある。


48 物理的な世界と五感のみにとらわれた認識は、これからの私たちにとって、もはや不適切である。


49 私たちは、五感型人間から、多感覚型人間へと、進化しつつある。


50 五感型人間の知覚は、物理的現実を認識する。


51 しかし多感覚型人間の知覚は、物理的現実をほんの一部とする力学システムにまで延びている。


52 物理的現実を、ほんの一部とする、大きな力学システム。


53 この不可視の領域にこそ、私たちの価値観の源が存在する。


54 私たちは、この物理的で無機質な宇宙で生きている、孤独な存在である。というのが五感型の認識である。


55 しかし、多感覚型の認識では、私たちは誰一人孤独ではなく、宇宙は生きており、意識があり、知的である。


56 選択の内容が、あなたの進化のプロセスを決めている。


57 人間であることを特徴づけるものとされる「恐れ」や「ネガティブな感情」。これらは、パーソナリティによってのみ体験されるものである。


58 「恐れ」「怒り」「嫌悪」「恨み」「悲しみ」「恥」「後悔」「絶望」「皮肉」「孤独」これらを感じることができるのは、パーソナリティのみである。


59 裁いたり、操ったり、搾取したりすることができるのも、パーソナリティのみである。


60 外側のパワーを追求するのも、パーソナリティのみである。


61 しかし、「愛」「思いやり」「賢さ」は、パーソナリティからやって来るのではない。それは、魂からやって来る。


62 つまり、魂は初めから、「愛」「思いやり」「賢さ」に満ちているのだ。


63 あなたの魂は、永遠に死ぬことのない、あなたの一部である。


64 死ぬのはパーソナリティのみである。


0604Evolution 1sense(完)