わくわく記録帳

一日に見聞きすることをすべて記録すると文庫24冊になるらしい。
そんなに!?
記録しておかないのはもったいないよね。

グラレコ3.0 ~どこを目指して、何を頑張っていくのか?

2021-04-21 07:05:16 | グラレコ
今年から仲間に入れてもらった会計士の田中先生が主宰するフリーランス塾。塾長の鶴の一声?で先日、「伝える」をテーマにゲリラ講義が行われました。


フリーランス塾は「回避地」なので(なんのことやら、わかる人にはわかる、わからない人にはわからない)、そこで話されたことの詳細は割愛しますが、田中先生から、

「伝える」ってことに関して言うと
自分のためにやっていること、自分が楽しんでやっていること、これが第一段階。
そしてそれを外に出す(伝える)ことで、誰かが喜んでくれる。ただ、この時点ではまだお金を稼ぐ仕事にはなっていない。これが第二段階。
問題は、どう稼いでいくか?ってこと。これが第三段階。


というお話しがありました。相当意訳してます、都合のよいようにしか聞かない/聞けないので(汗)


で、ひめはグラレコ描いて、共有してくれるじゃん、それってどうなの?と振られたので、「えぇえぇええええぇーー、瞬発力ないから突然振るの辞めてほしい」と思ったことはナイショで、脳みそフル回転しながら答えたことをあらためてまとめておこうと思います。


まずは自分が楽しくて描いている第一段階。グラレコ1.0とでも言いましょうか。
わたしがグラレコを始めたきっかけをお話しすると、最初はスケッチブックプレゼンと呼んでおりました。そう、記録ではなくて伝えるツールとして使い始めた。正確にはグラレコとは呼べないものだけど、プロジェクターのない施設でワークショップをやるときに、スケッチブックに手書きで進行を描いて見せたのが始まり。おともだちのWSD同期のゆみちゃんが既にワークショップでやっていて、これいい♡って思ったのがきっかけです。これがなんだかウケちゃって、手書きで伝えるっていいなぁ、とそれ以降、ワークショップの進行や、ミーティングの席上で手書きでしこしこと描いていたのです。当時はスケッチブックにペンとクレヨンを使っていました。


そして、それを見た人に「それいいね、今度ワークショップやるんだけど描いてくれないかな?」と誘ってもらったのが第二段階、グラレコ2.0。自分のために、自分が楽しくて描いていたものが誰かの役に立つんだ!という経験でした。この頃から、会議やミーティングでグラレコして、「それってこういうことですよね」とばかりに、議論が煮詰まった時にスケッチブックを見せる、すると、そうそうそういうこと!じゃ、これを決めて・・・・と議論が収束していくさまをありありと見てきました。


そんな感じで、自分が楽しく描いていたものが、誰かの役に立つことを知って、さらにはアウェイな場でもグラレコ描いていると「それいいですね!見せてください」「共有してもいいですか?」とコミュニケーションが生まれて、居場所ができることにもずいぶんと助けられました。特に、福岡に来てからは、グラレコを描くことで居場所ができて、知り合いが増えて、世界が広がった。


そして、田中先生がおっしゃるところの第三段階。金を稼ぐ。
仕事として対価が発生する案件のお声もいただいたりと、「稼ぐ」に足を踏み入れ始めていても、わたしはどうにもお金をもらって描くことに抵抗がありました。
それってなんでだ?


ひとつは、楽しくてやってるのにお金もらっちゃっていいの?っていう思い。
もうひとつは、お金をもらうに値するアウトプットなのかっていう自信のなさ。世の中にはデザイン出身の画力もあって、すばらしいグラフィックを描く人がたくさんいて、それに引き換えわたしは・・・といつも自信がなくて人様のグラレコを見るたびに落ち込んでいました。
さらには、どんなにキレイでうまくまとめられたグラレコでも、結局自分が描いたものがいちばん理解できるんだよなぁ、って思い。人の描いたものは「作品」としてしか認識できなくて、内容が理解できないのです。これはわたしの理解力、読解力の問題かと思いますが(汗) だから、自分で描いた方がいいのにーってずっと思ってた。企業から会議やプロジェクトのワークショップの様子を描いてほしい、という依頼をいただくこともあって、「ううぅうううん、絶対に中の人が描いた方がいいのにー」って毎回思っていた/思っている。だって、会議ってその会社の未来を決める/つくるものなんだから、当事者が描いた方が圧倒的に内容はわかるし、伝わるよね。


「描く」行為で稼ぐために、絵の練習、勉強をしたこともあった。セミナーや勉強会、講座にも参加したし、図解や構図の練習、勉強もした。でも、わたしが努力するのは、自分の「描く」スキルを上げることじゃない気がしていた。単に努力ができないだけ、でもあるが(汗)
(さらに言っちゃえば、グラレコは画力があればいいってもんでもなくて、たぶん「聞く」「感じる」「切り取る」ってことが大事な気がする)



そう、それで第三段階。グラレコ3.0。
いろんなところで描いていると「わたしも描きたいー」「教えてほしい」という声をいただくようになった。ちょうど、仕事で教壇に立たなければならない事情ができて、インストラクションの訓練が必要になったこともあって、グラレコ講座を開催することにしたのでした。なんて利己的な(汗)


おかげさまで多くの人に参加いただいて、開催しては修正して・・・を繰り返すことで、講座としてもそれなりに収れんされていったと思う。評判が評判を呼ぶ感じで、いろんなところからお声かけをいただくようになり、恩師のゼミに呼んでいただいたのが、また大きな転換点になりました。
グラレコを知って、あまりにも楽しくて、自分のノートに描くだけでは飽き足らなくて、「グラレコ描かせてください!」といろんなイベントやワークショップに越境していく学生を見て、あぁ、こういうのほんとにいいな、こんなふうに誰かの行動を変えるきっかけになれるってシアワセなことだな、としみじみと思った。


「残したいものを楽しく描く」
講座を始めたときから、いつも最後にメッセージしていた言葉です。それを体現してくれている人を見て、あぁ、楽しく描く人がもっともっと増えるといいのに、とそう思った。


だから、わたしのグラレコ3.0は自分のスキルで稼ぐ、そのために努力する(伝える)ではなくて、楽しく描く人を増やすこと、なんだな。
そんなわけで、今、なんでグラレコ描いてるのかって言ったら、もちろん自分が楽しくて、残したいと思うから描いていることには違いないんだけど、「ひめさんみたいに描いてみたい」と言ってもらうために描いている、というのが正解なのかもw


※グラレコ3.0を図解するとこんな感じ?


描くことが楽しくなると、人の話を聞くのが楽しくなる、学ぶことが楽しくなる、新しいことを知るのが楽しくなる。そんな連鎖、循環ってステキじゃない? わたしのグラレコ講座がそのきっかけになったら、これ以上の喜びはないのですよ、だから、経済的基盤は別に持ちながら、楽しく描く人を増やすために活動していきたいなーと思うこの頃なのです。


どこを目指して、何を頑張っていくのか?
自分が描くことを頑張るんじゃなくて、楽しく描く人を増やすために頑張るってことだ。


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「ききかき」始めました~なんではじめたの?なんでやってるの?を考えてみた

2021-04-02 23:59:44 | グラレコ
大学院同期のみなさんのキャリアをグラレコしながら聴かせてもらって、後日1枚のグラフィックにまとめる「みなさんのキャリアを聞かせて描かせて」プロジェクト(通称:ききかき)をこの3月から始めました。



昨年秋に、四方山ナイトと称した交流のイベントがあり、そこでは先生方のこれまでのキャリアやお仕事のお話しをお聞きしました。そのときに、あぁああああ、背景を知るってこういうことなんだ、背景を知ることで発する言葉ひとつひとつに意味や価値ができるんだーと静かに衝撃を受けた。そして、年末に仕事で来福されていた同期のオリトさんにお会いして、あぁあぁああ、みなさんのことをもっと知りたいし、ただただ話を聞きたい、とそう思った。そこから怒涛の妄想ラッシュ。年明け早々に、頼りになる同期のむーちゃんに相談して、レポートがひと段落したのを機に「ききかき」プロジェクトを始めることにしました。


なんで「ききかき」始めたんだろう、なぜやっているんだろう?
ゲストさんとしてお話しをしてくれたれいちぇるが、「ききかき」されてみてを振り返りしてくれて、それを読んで、あらためてなんでやっているんだろう?をぐるぐるうにうにと考えた。全然まとまっていないけど、文章化しておこう。1年間レポート書いてきた効果がまったくない駄文なのが情けない(涙)


「キャリアを聞く」ってことは、昔からずっとやっていた。産能大学院のOBOGのイベント「イブニングダイアローグ」がそのスタート。これだけOBOGがいるんだから、一人ずつこれまでのキャリアと学びロードを語ってもらって、偉大なる先輩、今や超有名人の法政大学の石山先生(先生と呼ぶと怒られるw ついでにWikipediaが充実しててびっくり!)に「キャリア論的に言うとね」と最新のキャリアに関する知見を取り混ぜて解説していただいて、参加者とダイアローグするっていいんじゃない?という思いつきと思い込みでイベントをやっていました。


ここで大事にしていたのが、日経の「私の履歴書」に載っちゃうような話じゃなくて、その人のリアルな話を聞きたいってこと。100人いれば100通りのキャリアがあって、キラキラなだけがキャリアじゃない、意味付けするのは自分であり、自分が納得できてればそれでいいじゃん、って思ってた。人の話を聞くことで、自分自身に重ね合わせて考えることができるのがステキだなぁ、ってそんなふうに思って運営していた。

(ずいぶんと以前の記事ですが、産能大の橋本先生のブログに当時のことが書かれています。何と動画付き。わたしのブログ記事もリンクが貼ってある((+_+)) 


福岡に来てからは「キャリアバラエティ」というコミュニティを運営している。尊敬する“福岡の父”よっしーさんが長年あたためていた構想で、多様な生き方をしている人を応援していきたい思いで、ゲストへのインタビュー、記事にして公開、ゲストを交えたトーク会の開催を不定期に実施しているもの。キャリバラでは、よっしーさんのこだわり、あたたかさでもあるのだけれど「すごいキャリアじゃなくていい、その人の今の話、今に至る話を丁寧にきく」ってことをだいじにしている。必然なのか偶然なのか、内省が進むからなのか、キャリアバラエティに登場した人はほぼほぼキャリアチェンジするというジンクスもw 


そういえば、産能大学院時代の修論のテーマは「仕事観の創出とロイヤリティの関連性」だった。どうしたって親会社の基準で「できてない」「イケてない」と思われがちなメンバーたちだったけど、いいとこいっぱいあるし、可能性だってたくさんある、自社版のキャリアアンカーを作れたらいいよね、って思っての問題提起でした。蛇足ながら、産能大学院は「組織の課題を解決する」ことがアドミッションポリシーで、修論は持ち帰って自社で実践することを前提としていたのでこんなテーマにたどり着きました。(当時は某大手情報サービス会社の障害者特例子会社の経営企画部門にいた)


あぁ、そうか、わたしは話をきくことで、その人のことが好きになって、その人のためになにかしたい!って思いが原動力になっていたんだな、と今回「ききかき」をやって、R社時代の暑苦しさを思い出した。


その人のこれまでの話を聞いて、参考になった!わたしも〇〇しよう!とは思わないし、なるほど〇〇が転機だったんだね、みたいに分析しようとも思わない。だってね、100人いたら100通りのキャリアがあって、ただのひとつも同じものはないし、比較できたり、優劣をつけられるものでもない。フツウのキャリアなんてないのよ。その人のキャリアはその人だけの大切なものなんだもの。大事なことなので何度でも言います、フツウの人、フツウのキャリアなんてないのよ。


そして、話を聞くと、好きになる。ただ好きになる。あぁ、この人ステキだなぁ、いいなぁ、ってじんわりと「好き」って感情が沸き起こってくる、そんな状態がとっても心地よくて幸せに包まれる。それを味わいたくてやっているのかも、極めて利己的だ(汗)


グラレコしながら聞いて、まとめたものをお渡しすると、皆さん一様に喜んでくださる。自分が話したことが形になるからなのか、グラレコが新しいツールだからなのか、いろんな理由はあると思うけど、語ったことで振り返りができて、自分の価値観や軸みたいなものが「そうか!」と繋がって明確になっていたらステキじゃない?そんな思いで毎回聞いて描いてます。

(一方で掘り起こす、掘り返すって本当にハッピーなのかしら?もしかしたらずっと蓋をしておいた方が幸せなこともあるんじゃないか?余計なことをしてるんじゃないか?と思うこともあります。なので、キャリバラも聞き描きも基本的には「話したい」と思ったことだけ話してくれればいいな、って思ってる。)



そしてもうひとつが居場所。
入学してからしばらく、課題についていくのが精いっぱいで気持ちに余裕がなくて、予定が合わなくてHappyHour(学生が自主的に企画して始めたオンライン懇親会)にも全く参加できなくて、居場所がない感をちょっとだけ味わっていました。れいちぇるが企画してくれたストレッチ会に参加したときに、コンテンツがあるとはじめてでも参加しやすいし、その場にいていいんだよ、って空気、雰囲気を感じた。れいちぇるの場づくりのおかげです。ほんとにありがとう。


人それぞれ距離の取り方、関わり方はあるけれど、もしも、「もっとコミュニケーションを取りたい、けど、きっかけがつかめない」って感じている人がいたらその手助けにもなるんじゃないか?と思った。ラジオ感覚で聞くだけでも参加できるし、誰かのことを深く知って、距離が縮まる。そんな場になったらステキだなぁ、という思いも。わたし自身が雑談が苦手だから余計にそう思うのかもしれないけど。


福岡に来た当初、知り合いなんて誰一人いなくて、どこに行ってもアウェイで居心地が悪かった。そんなときに、グラレコでノートをとっていたら、周りの人とコミュニケーションできて、描いたグラレコをシェアすることで感謝されて、広がって、わたしは居場所ができた。グラレコがあったから、今も福岡で働いて、暮らすことができているのかもしれない。


自分が好きで、ちょっとだけ得意なことで誰かの役に立つなら、こんなに幸せなことはない。


「聞き描き」はキャリアの専門家でもなく、イラストレーターやデザイナーでもない、中途半端な立ち位置のわたしだからできることなんじゃないかと思ってる。
話してもいいよ、描いてほしい、って人がいる限り続けていきたいなぁ、卒業しても。
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