「ワイン村.jp」 (社団法人日本ソムリエ協会 オープンサイト)(2004年5月~2008年12月終了)に連載していた「キャッチ The 生産者」(生産者インタビュー記事)を、こちらにアップし直しています。
よって、現在はインタビュー当時と異なる内容があることをご了承ください。
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(更新日:2008年3月21日)
第44回 Antje Neumann
<Weingut Schloss Proschwitz Prinz Zur Lippe> <1>
今回はドイツのザクセン地域のワイナリー紹介第2弾ということで、
シュロス・プロシュヴィッツのアンテ・ノイマンさんを紹介します 。
<Antje Neumann> (アンテ・ノイマン)
シュロス・プロシュヴィッツの広報担当。
好きでよく飲むのは白ワインだそうです。
ザクセン最古のワイン醸造所
シュロス・プロシュヴィッツを紹介する際のキーワードは二つあります。
ひとつは 「ザクセン最古」、そしてもうひとつは 「ザクセン最大の個人所有」 です。
プロシュヴィッツ醸造所はザクセンで800年以上の歴史があります。
この地でのぶどう栽培は11世紀から始まっていたといわれ、特に16世紀に大きく繁栄しました。
その頃は貴族や王族がワイン産業に非常に興味を示していたことも、発展を後押ししたといいます。
現在、シュロス・プロシュヴィッツ醸造所はリッペ家が所有しています。
リッペ家は12世紀にまで遡る古い貴族の家柄で、ヨーロッパの王室などとも縁が深い家系です。
それは 「Prinz Zur Lippe」 という名前からもわかるように、 現当主は「プリンツ」 (英語ではプリンス)、つまり「王子」というわけですが(当主の正式な名前はDr. George Prinz Zur Lippe、50歳)、今に至るまでには、リッペ家には色々なことがあったようです。
リッペ家はザクセンに1900年代の初めの頃から居を構え、1918年からはドイツ政府の支配下に入りました。その後、1945年以降に西ドイツに移り、ホテル業をはじめ、さまざまなビジネスに携わってきました。
さて、その後のリッペ家がどうなったのかは、アンテさんに話を伺うことにしましょう。
マイセンでのワインづくり
マイセンはザクセンの中心地であるドレスデンから普通電車で北西に約40分行ったところに位置します。ドレスデンを拠点に観光すると、余裕をもって日帰りで行って帰ってこられる都市です。
マイセンは有名な陶磁器の産地として知られています。九州の有田とも姉妹都市の関係にあり、日本人にとってはなじみの深いドイツの都市のひとつではないでしょうか。
このあたりのぶどう畑はドレスデンから北に向かって流れるエルベ川沿いに広がり、ワイン生産地域でいえば、ベライヒ「マイセン」になります。
マイセンは陶磁器の名産地であっただけでなく、ワインの名産地でもあったわけです。
マイセンの街の中心部には大聖堂があり、私も見学してきましたが、その立派さはマイセンの司教の力の大きさを感じさせるものでした(下の写真参照)。
実は、シュロス・プロシュヴィッツの醸造所は1100年から1539年までマイセンの歴代司教の支配の下にあり、ザクセン地方の教会で使われる聖酒をつくってきたという歴史があります。
1539年以降、シュロス・プロシュヴィッツは色々な貴族によって支配され、第二次大戦の際にロシア共産党によって没収されるまで続いたのです。
マイセンの大聖堂から眺めたエルベ川
マイセンの駅でアンテ・ノイマンさんと待ち合わせをしてピックアップしてもらい、まずは車でぶどう畑に連れて行ってもらいました。
マイセンの駅前の通りは渋滞していましたが、エルベ川に架かる橋を渡る頃には順調な走りを見せ、左右に何もないガランと開けた野原(もしかしたら畑?)の中の田舎道を、アンテさんはビュンビュンと車を走らせます。
途中に見えるのは、なーんにもない平原・・・これは荒地?畑?
シュロス・プロシュヴィッツのぶどう畑はエルベ川を見下ろす南斜面に広がっていました。遠くにはマイセンの大聖堂も見えます。
川面に反射する光がまぶしく、もう12月だというのに豊かな日照を感じ、本当に気持ちの良いぶどう畑でした。
傾斜の奥に白く光って見えるのがエルベ川
Q.シュロス・プロシュヴィッツは個人としてザクセン最大のぶどう畑を所有しているということですが、広さはどのくらいありますか?
A.2007年現在のぶどう畑全体の広さは70haですが、ぶどうが植えられているのは50.2haです。
*ザクセン地域全体のぶどう畑の面積は450haですから、ここがかなり高い割合で畑を所有していることがわかります。
畑を見た後は再び車に乗り、今度は「シュロス」に向かいます。
「シュロス」とはドイツ語で「城」のことですが、「プリンツ」という名前から予想できたように、リッペ家はシュロスを所有し、当主家族はシュロスに住んでいます。
ただ、某テーマパークにあるようなお城ではなく、もっと落ち着いた雰囲気のお城です。
シュロス・プロシュヴィッツの外観
Q.ここは第二次大戦後の1945年から旧東ドイツ政府の所有になっていたということですが?
A.旧東ドイツ政府はなかなかシュロスを手放してくれなかったのですが、プリンツは多額のお金を積み、1990年から少しずつ買い戻していきました。
1997年には新しい醸造所も立て直しましたが、1990年から今日までの17年間で800万ユーロ(約14~15億円!)も投資したのです。
シュロス内を見学したところ、かなりの人数が会食できる部屋もあり、たしかに豪華ですが、シックな雰囲気が漂います。
シュロス内のガーデンホール
優雅なバンケットルーム
Q.こうした部屋はどんな時に使われるのですか?
A.実はシュロスはオープンにしています。先週はお茶とシュトレンを楽しむ100人のパーティがありましたし、ウエディングパーティーにも1日一組限定で貸し出しています。
シュロスに隣接する公園は誰もが入れますし、こうしたオープンな姿勢は当主プリンツの考えです。
次はシュロスから5km離れた Zadel (ザーデル)にあるワイナリーに移動です。
ザーデルにあるモダンなワイナリー
このワイナリーが1997年に完成したという新しいもので、外観はシュロスと雰囲気が似せてあります。
ところが、中に入ると、非常に近代的なつくりになっていました。
Q.このワイナリーはどんな特徴がありますか?
A.非常に近代的なスタイルの醸造所で、グラヴィティ・システムを利用し、収穫したぶどうを上から落とすなど、重力の力でぶどうや果汁、ワインを移動させ、ポンプの力を使わないようにしています。
左上のシューターからぶどうが落ちてタンクに入ります
プレスもソフトに行い、やさしい醸造を心がけ、温度コントロールのできる低温発酵システムも備えています。
マスト(発酵前の果汁)にケミカルなものは何も加えませんし、ワインを清澄する際にも化学的なものは使わず、ナチュラルなワインづくりを行っています。
セラー内はステンレスタンクがずらり
ただいま仕込み中のタンク
タンクの前面には細かな醸造記録が記されています
発酵中のワイン・・・ポコポコ湧いています
Q.どんなワインをつくっていますか?
A.栽培面積で一番多いのがグラウブルグンダー(=ピノ・グリ)の9.4haで、全体の18.8%あり、次がエルブリング4.5ha(11%)、バイスブルグンダー(=ピノ・ブラン)5.2ha(10.4%)、リースリング4.3ha(8.6%)と続きます。
赤ワインはシュペートブルグンダー(=ピノ・ノワール)が4.6ha(9.1%)、ドルンフェルダー4.2ha(8.3%)です。
Q.白ワインが多いですが、ザクセンの赤ワインの将来はいかがでしょうか?
A.ドルンフェルダーに大きな将来があると見ています。色も濃く、フルーツの感じがたっぷりとあるワインができています。
白はタンクで醸造しますが、赤ワインにはバリック樽を使います。アメリカンオークは甘くなりすぎるため、フレンチオークやサクソニアンオーク(ザクセン産)を使います。樽は6~7年で取り替えています。
赤ワインが熟成中の樽
→ Weingut Schloss Proschwitz <2> に続きます
よって、現在はインタビュー当時と異なる内容があることをご了承ください。
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(更新日:2008年3月21日)
第44回 Antje Neumann
<Weingut Schloss Proschwitz Prinz Zur Lippe> <1>
今回はドイツのザクセン地域のワイナリー紹介第2弾ということで、
シュロス・プロシュヴィッツのアンテ・ノイマンさんを紹介します 。
<Antje Neumann> (アンテ・ノイマン)
シュロス・プロシュヴィッツの広報担当。
好きでよく飲むのは白ワインだそうです。
ザクセン最古のワイン醸造所
シュロス・プロシュヴィッツを紹介する際のキーワードは二つあります。
ひとつは 「ザクセン最古」、そしてもうひとつは 「ザクセン最大の個人所有」 です。
プロシュヴィッツ醸造所はザクセンで800年以上の歴史があります。
この地でのぶどう栽培は11世紀から始まっていたといわれ、特に16世紀に大きく繁栄しました。
その頃は貴族や王族がワイン産業に非常に興味を示していたことも、発展を後押ししたといいます。
現在、シュロス・プロシュヴィッツ醸造所はリッペ家が所有しています。
リッペ家は12世紀にまで遡る古い貴族の家柄で、ヨーロッパの王室などとも縁が深い家系です。
それは 「Prinz Zur Lippe」 という名前からもわかるように、 現当主は「プリンツ」 (英語ではプリンス)、つまり「王子」というわけですが(当主の正式な名前はDr. George Prinz Zur Lippe、50歳)、今に至るまでには、リッペ家には色々なことがあったようです。
リッペ家はザクセンに1900年代の初めの頃から居を構え、1918年からはドイツ政府の支配下に入りました。その後、1945年以降に西ドイツに移り、ホテル業をはじめ、さまざまなビジネスに携わってきました。
さて、その後のリッペ家がどうなったのかは、アンテさんに話を伺うことにしましょう。
マイセンでのワインづくり
マイセンはザクセンの中心地であるドレスデンから普通電車で北西に約40分行ったところに位置します。ドレスデンを拠点に観光すると、余裕をもって日帰りで行って帰ってこられる都市です。
マイセンは有名な陶磁器の産地として知られています。九州の有田とも姉妹都市の関係にあり、日本人にとってはなじみの深いドイツの都市のひとつではないでしょうか。
このあたりのぶどう畑はドレスデンから北に向かって流れるエルベ川沿いに広がり、ワイン生産地域でいえば、ベライヒ「マイセン」になります。
マイセンは陶磁器の名産地であっただけでなく、ワインの名産地でもあったわけです。
マイセンの街の中心部には大聖堂があり、私も見学してきましたが、その立派さはマイセンの司教の力の大きさを感じさせるものでした(下の写真参照)。
実は、シュロス・プロシュヴィッツの醸造所は1100年から1539年までマイセンの歴代司教の支配の下にあり、ザクセン地方の教会で使われる聖酒をつくってきたという歴史があります。
1539年以降、シュロス・プロシュヴィッツは色々な貴族によって支配され、第二次大戦の際にロシア共産党によって没収されるまで続いたのです。
マイセンの大聖堂から眺めたエルベ川
マイセンの駅でアンテ・ノイマンさんと待ち合わせをしてピックアップしてもらい、まずは車でぶどう畑に連れて行ってもらいました。
マイセンの駅前の通りは渋滞していましたが、エルベ川に架かる橋を渡る頃には順調な走りを見せ、左右に何もないガランと開けた野原(もしかしたら畑?)の中の田舎道を、アンテさんはビュンビュンと車を走らせます。
途中に見えるのは、なーんにもない平原・・・これは荒地?畑?
シュロス・プロシュヴィッツのぶどう畑はエルベ川を見下ろす南斜面に広がっていました。遠くにはマイセンの大聖堂も見えます。
川面に反射する光がまぶしく、もう12月だというのに豊かな日照を感じ、本当に気持ちの良いぶどう畑でした。
傾斜の奥に白く光って見えるのがエルベ川
Q.シュロス・プロシュヴィッツは個人としてザクセン最大のぶどう畑を所有しているということですが、広さはどのくらいありますか?
A.2007年現在のぶどう畑全体の広さは70haですが、ぶどうが植えられているのは50.2haです。
*ザクセン地域全体のぶどう畑の面積は450haですから、ここがかなり高い割合で畑を所有していることがわかります。
畑を見た後は再び車に乗り、今度は「シュロス」に向かいます。
「シュロス」とはドイツ語で「城」のことですが、「プリンツ」という名前から予想できたように、リッペ家はシュロスを所有し、当主家族はシュロスに住んでいます。
ただ、某テーマパークにあるようなお城ではなく、もっと落ち着いた雰囲気のお城です。
シュロス・プロシュヴィッツの外観
Q.ここは第二次大戦後の1945年から旧東ドイツ政府の所有になっていたということですが?
A.旧東ドイツ政府はなかなかシュロスを手放してくれなかったのですが、プリンツは多額のお金を積み、1990年から少しずつ買い戻していきました。
1997年には新しい醸造所も立て直しましたが、1990年から今日までの17年間で800万ユーロ(約14~15億円!)も投資したのです。
シュロス内を見学したところ、かなりの人数が会食できる部屋もあり、たしかに豪華ですが、シックな雰囲気が漂います。
シュロス内のガーデンホール
優雅なバンケットルーム
Q.こうした部屋はどんな時に使われるのですか?
A.実はシュロスはオープンにしています。先週はお茶とシュトレンを楽しむ100人のパーティがありましたし、ウエディングパーティーにも1日一組限定で貸し出しています。
シュロスに隣接する公園は誰もが入れますし、こうしたオープンな姿勢は当主プリンツの考えです。
次はシュロスから5km離れた Zadel (ザーデル)にあるワイナリーに移動です。
ザーデルにあるモダンなワイナリー
このワイナリーが1997年に完成したという新しいもので、外観はシュロスと雰囲気が似せてあります。
ところが、中に入ると、非常に近代的なつくりになっていました。
Q.このワイナリーはどんな特徴がありますか?
A.非常に近代的なスタイルの醸造所で、グラヴィティ・システムを利用し、収穫したぶどうを上から落とすなど、重力の力でぶどうや果汁、ワインを移動させ、ポンプの力を使わないようにしています。
左上のシューターからぶどうが落ちてタンクに入ります
プレスもソフトに行い、やさしい醸造を心がけ、温度コントロールのできる低温発酵システムも備えています。
マスト(発酵前の果汁)にケミカルなものは何も加えませんし、ワインを清澄する際にも化学的なものは使わず、ナチュラルなワインづくりを行っています。
セラー内はステンレスタンクがずらり
ただいま仕込み中のタンク
タンクの前面には細かな醸造記録が記されています
発酵中のワイン・・・ポコポコ湧いています
Q.どんなワインをつくっていますか?
A.栽培面積で一番多いのがグラウブルグンダー(=ピノ・グリ)の9.4haで、全体の18.8%あり、次がエルブリング4.5ha(11%)、バイスブルグンダー(=ピノ・ブラン)5.2ha(10.4%)、リースリング4.3ha(8.6%)と続きます。
赤ワインはシュペートブルグンダー(=ピノ・ノワール)が4.6ha(9.1%)、ドルンフェルダー4.2ha(8.3%)です。
Q.白ワインが多いですが、ザクセンの赤ワインの将来はいかがでしょうか?
A.ドルンフェルダーに大きな将来があると見ています。色も濃く、フルーツの感じがたっぷりとあるワインができています。
白はタンクで醸造しますが、赤ワインにはバリック樽を使います。アメリカンオークは甘くなりすぎるため、フレンチオークやサクソニアンオーク(ザクセン産)を使います。樽は6~7年で取り替えています。
赤ワインが熟成中の樽
→ Weingut Schloss Proschwitz <2> に続きます
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