拙ブログの見出しにも鉄道路線の「乗りつぶし」「完乗」という言葉が出てくるが、改めてその言葉の意味を考えると、結構難しいものである。
私のJR乗りつぶしのルールとしては、「日中に乗る(ただし、夜行列車に乗った翌朝、外の景色を確認することができた区間も含める」「区間はJRの時刻表の巻頭地図に描かれている路線を対象とする」というものだが、今回「こだわりを持てばどこまでもこだわれるものだな」と感じた一冊の趣味本に出会うことができた。
『いとしの乗入れ列車』(北川祥賢著、双峰社刊)。
著者は別にプロの鉄道紀行作家とかライターという肩書はなく、現在も製薬関連会社に勤務する(一定の役職を持つ)サラリーマンである。北陸出身で横浜在住とあるが、これまでの転勤や転職で東京都内や兵庫にも住んだことがあり、長い会社生活を通して、出張の合間や、あるいは週末の休日を利用してあちこちの路線に乗りに出た、いわば「週末鉄道紀行」の数々である。仕事と趣味と家族生活をそれぞれ充実させているのが行間から感じ取れる。そこに至るのもなかなか難しいことだろう。
で、そのタイトルが「乗入れ列車」である。本書はその「乗入れ」と「渡り線」を乗り歩いた旅行記、鉄道日記。「いとしの」というのは、デレク・アンド・ザ・ドミノスの「いとしのレイラ」からいただいたとか。
鉄道の「乗入れ」とは、例えば関西で言えば阪神なんば線を介した近鉄と阪神の相互運転とか、朝夕の阪急と能勢電鉄といったところ。また、新大阪から特急「くろしお」や「はるか」に乗ればわかるように、途中で貨物線を通ってみたり、天王寺では大和路線のホームから阪和線の高架に上がる連絡線を通ったりというのが「渡り線」ということになる。近鉄特急で通る伊勢中川や大和八木の連絡線もそう。すでに著者は全国のJR、私鉄の乗りつぶしは達成しているが、今度はこれら「乗入れ」「渡り線」も乗りつぶしの対象として、「全国2周目」の完全制覇に向けて楽しんでいるようである。
うーん、「乗りつぶし」ということについてJRをはじめとした鉄道会社の公式ルールがあるわけではないが、多くの人は「普通に列車が走っている路線、区間」というのを対象としているだろう。それが著者の場合は貨物線とか、列車が他社線に入る際に通る引き込み線のようなところがターゲットになるのだから、奥が深い。それを思うと「JR全線乗りつぶし」などという私の次元はまだまだ低いのかもしれない。
文章は最新のものだけではなくかなり前のことにもさかのぼっている。おそらく当時の乗車時に手帳などにメモしたものを元にしているのだろうが、詳細にわたっている。その時に駅の売店で買ったおにぎりや飲み物の値段まで文中に書いていたり、何もそこまでしなくてもと思う(かえって文章がうるさく感じることも)が、著者の性格の表れなのだろう。薬学という理系畑をずっと歩まれているためか、短いセンテンスながらその時の出来事の一つ一つをきちんと観察し、理路整然と並べている印象である。叙情的な表現はほとんど出ていないため「文学作品」「紀行文」というのにはしんどいが、歯切れがあって読みやすいし、プロ作家ではない一般の方が書いた鉄道旅行日記としてはよくできていると思う。「渡り線」というのも新たな視点で、なるほどな、私も改めて乗ってみたいなと思わせる。
本書の出版元である「双峰社」というのは聞いたことがない出版社であるが、どうもこれ、北川氏の自費出版によるものという。東京出張の折に入った神田の某書店(鉄道関連書籍がフロアの一つの階を占めるという、その筋には有名なところ)で山積みで売られており、中を見て面白そうなので購入した次第。関西で現在鉄道関連を多く扱っているA書店では見かけなかったから、これも東京限定で出回っているのかもしれない。同じくサラリーマン鉄道紀行作家の西村健太郎氏の「週末鉄道紀行」「週末夜汽車紀行」(いずれも、アルファポリス文庫にも所収)よりもレア度は高い。
あとは、「気まぐれ鉄道日記」の「2」とあるから、「1」もある。ただこれは書店には置いておらず、ネットでも売られていない。合わせて読んでみたいところだが・・・。
書店にふらりと入って、書棚に並べられている(あるいは平積みされている)実物の背表紙に書かれたタイトルに引かれて購入した書籍も結構ある。本書のような自費出版ものとなると、特定の書店でしか見ることがない。ただ、こういう掘り出し物が見つかることもある。だから書店めぐりはやめられない。
本書、今後の鉄道旅行の参考になれば、と思うし、著者が夢見る「全国乗り歩きの日記」の今後の刊行も楽しみにしたいものである・・・。