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パフューム -ある人殺しの物語-◆愛の異端者の罪と罰

2007-03-08 17:41:36 | <ハ行>
   

「パフューム -ある人殺しの物語-」 (2006年・ドイツ)
  監督・共同脚本・音楽: トム・ティクヴァ
  共同脚本: ベルント・アイヒンガー/アンドリュー・バーキン
  出演: ベン・ウィショー/レイチェル・ハード=ウッド
      アラン・リックマン/ダスティン・ホフマン
  
たぐいまれな嗅覚を持つ男のたどった道は、夭折の天才を思わせて短く、はかなかい。悪臭漂うパリの魚市場に産み落とされて孤児となり、愛を知らぬまま、ただ究極の香水づくりのために次々と女を殺めていく。しかし殺人者となっても、男には無垢な求道者のイメージがつきまとう。才能は野獣のような猛々しさで彼を駆り立てたが、同時に人として味わえたはずの幸せを奪い去った――。原作は1985年にドイツでベストセラーとなり、世界各国で推定1500万部を売り上げた、パトリック・ジュースキントの「香水-ある人殺しの物語」。映画はこの孤高の天才の数奇な運命を、細密かつ壮麗な映像美で描いた異色作だ。

超人的な嗅覚を持つジャン=バティスト・グルヌイユ(ベン・ウィショー)は孤児院を出た後、皮なめし職人のもとで働く毎日。ある日、パリの街角で出会った赤毛の少女の匂いに惹きつけられ後を追うが、誤って彼女を死なせてしまう。匂い立つ芳しいその香りは、少女の肉体に留まることなく命とともに消え去った。やがて調香師バルディーニ(ダスティン・ホフマン)のもとへ弟子入りしたグルヌイユは、女の香りを保つ方法を模索しはじめる。しかし師の工房では生き物の香りを抽出できないと知ると、香りの聖地、グラースへと旅立つ。この街で油脂を使う採取法を会得したグルヌイユは、ついに禁断の香水づくりに手を染めはじめる。

パリの暗い路地裏で、グルヌイユが横たわる赤毛の少女の肌に鼻を這わせるシーンは独特の官能に満ちている。グルヌイユの感じる陶酔はもちろん嗅覚による陶酔なのだが、映像ではこれが視覚的な陶酔へとみごとに変換されている。匂いという映像では表現しえない感覚が、この映画ではさまざまな場面で視覚や聴覚に置き換えられる。冒頭の市場のシーンでは、ぬかるみや魚や汚物が悪臭を表現し、クライマックスの処刑場のシーンでは、激しい憎悪が愛へと変わる群集の集団的陶酔を描いて、「究極の香り」の威力をまざまざと見せつける。

体臭なき男の悲劇

グルヌイユが香水づくりに求めた香りは女の体臭だったが、彼自身は体臭を持たない男だった。グルヌイユは山の岩場でそのことに気づいて絶望するが、このシーンは後の展開にとって大事な意味を持っている。実は男性の体臭は、女性に選ばれるための重要なファクターだという説がある。アメリカの研究者によると、数人の男性の体臭に女性がどんな反応を示すか実験したところ、女性が好ましいと判断した体臭には一定の傾向があったと報告されている。人間には免疫に関係するHLAという遺伝子があって、カップルとなる男女の間でその遺伝子の型が違うほど、生まれる子どもの免疫力は高まる。この遺伝子の違いはなぜか体臭に表れるらしく、実験で被験者の女性が好ましいと感じた体臭の男性は、DNA検査の結果、やはりHLAの型が大きく違う遺伝子を持っていたそうだ。つまりこの説によれば、女性は体臭で男性の好悪を判断していることになる。体臭のないグルヌイユが女性の愛を得られないことを本能的に察知したとすれば、彼の絶望感の深さと究極の香水づくりへの異常な情熱が理解できる。

13人の少女の犠牲のもとに完成した究極の香りは、裁判官や法王、死刑執行官はじめ処刑場に集まった群集を陶酔の極致へといざない、罪深い殺人者は愛の使徒として迎えられる。しかし天上の香りに酔いしれて愛の行為にふける群集の中心で、グルヌイユはひとり、初恋ともいうべき赤毛の少女を追想しながら涙を流す。その痛々しい孤独感は、才能と引き換えに愛を失ったひとりの異端者の運命を象徴していて、切々と胸に迫る。グルヌイユは結局、孤独に耐えられなかったのだろうか。究極の香水を全身に振りかけて彼が望んだのは、食い尽くされるほどの激しい愛だった。人々がひれ伏した究極の香りは、グルヌイユの体とともにパリのぬかるみに吸い込まれる。その結末こそが、彼の受けた罰なのかもしれない。

グルヌイユ役のウィショーは、殺人者であり無垢な天才児でもある主人公の、野性味と繊細さをみごとに演じ切った。出演当時15歳というローラ役のハードウッドの美しさ、そしてベルリンフィル・ハーモニー管弦楽団が奏でる眩惑的な旋律も、この映画の大きな魅力だ。



満足度:★★★★★★★★★☆



<参考URL>

 ■映画公式サイト「パフューム -ある人殺しの物語-」
 ■原作翻訳本「香水-ある人殺しの物語」(パトリック・ジュースキント著/文春文庫)
 


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6 コメント

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こんばんは。 (hyoutan2005)
2007-03-15 23:37:11
TBのお返しありがとうございました。
>グルヌイユ役のウィショーは、殺人者であり無垢な天才児でもある主人公の、野性味と繊細さをみごとに演じ切った。出演当時15歳というローラ役のハードウッドの美しさ、そしてベルリンフィル・ハーモニー管弦楽団が奏でる眩惑的な旋律も、この映画の大きな魅力だ。
同感です。スタッフと出演者の魅力が、この映画を引き立てていたと思います。
私は、冒頭の処刑方法を聞いただけで卒倒しそうになりましたが、最後まで目をそらさず観ることができました。
ウィショーば本当にうまく演じていましたね。
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●hyoutan2005さん (masktopia)
2007-03-17 00:33:20
こんばんは。
TBとコメントをありがとうございます。

考えてみれば「パフューム」はかなり猟奇的な話でしたね。
映像の美しさと奇抜な展開が、物語を一種のおとぎ話に
仕立てているため、案外抵抗なく受け入れられました。

>冒頭の処刑方法を聞いただけで卒倒しそうになりました

そうですね。冒頭の部分ではどうなることかと思いましたが、
処刑場でのどんでん返しで運命が反転したのには驚きました。
それにしても主演のウィショーはグルヌイユ役にぴったりだったと
思います。とにかく楽しめる映画でした。
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こんにちは (syunpo)
2007-03-29 11:12:54
実は、この映画の音楽をベルリン・フィルが演奏している、というだけの理由で観にいきました。芳香と悪臭を音楽化する、という謳い文句につい惹かれてしまったのです(笑)。
もちろん、映画そのものも良くできていたと思います。

>体臭のないグルヌイユが女性の愛を得られないことを本能的に察知したとすれば、彼の絶望感の深さと究極の香水づくりへの異常な情熱が理解できる。
……なるほど。納得です。

>そしてベルリンフィル・ハーモニー管弦楽団が奏でる眩惑的な旋律も、この映画の大きな魅力だ。
……監督自身が作曲にも関わっているようで、マルチな才能には脱帽です。ベルリン・フィルも、やはり素晴らしい。

私の方は、今回は冒頭に記したようにサウンドトラックに焦点をあてた変則的なレビューですので、関心がなければスルーして下さいね。
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●syunpoさん (masktopia)
2007-03-30 23:20:36
こんばんは!

この映画では音楽が匂いの映像化に深く貢献していましたね。
ベルリン・フィルの演奏ということで、音楽ファンの方々に
訴える映画だったと思います。

映画のパンフレットには――
「BPO(ベルリン・フィル)にサントラを録音してもらうのは、
いわばローマ教皇にポップスを歌ってもらうようなもの」
という一文がありましたが、それだけ異例ですごいことだったのでしょう。

>監督自身が作曲にも関わっているようで、マルチな才能には脱帽です

ほんとうにそう思います。音楽も手掛けてしまう監督は
珍しいのではないでしょうか。「ラン・ローラ・ラン」の
テクノっぽい曲も作品にマッチしていてよかったです。

>私の方は、今回は冒頭に記したようにサウンドトラックに焦点をあてた変則的なレビュー

クラシックは不得手なので、ぜひ拝見させていただきますね。
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こちらにもお邪魔します (マダムS)
2007-03-31 09:13:56
>男性の体臭は、女性に選ばれるための重要なファクター
この説、興味深く読ませて頂きました!
なるほど、人間も本能的に種族の保存の為に相手を選んでいるのかもしれないですね!驚き。
グルニイユの哀しみがmasktopiaさんのレビューではっきりしたように思います。
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●マダムSさん (masktopia)
2007-03-31 20:44:37
こちらにもコメントをありがとうございます!

この説は以前ディスカバリー・チャンネルで紹介されて
いました。
女性にしてみれば体臭で男性の好みが左右されるというのは意外でしょうが、
「なんでこんな男と・・・」と思ったときは、この説のおかげで
諦めがつくのではないでしょうか(笑)
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