11/21 私の音楽仲間 (333) ~ 私の室内楽仲間たち (306)
鎮静効果がありマス
これまでの 『私の室内楽仲間たち』
シューベルトの名曲に、ピアノ五重奏曲『鱒』があります。
ご存じのように、歌曲『鱒』のテーマが使われている曲で、日頃
冷遇されがちなコントラバスにとっては、貴重なレパートリーです。
作曲されたのは1819年といいますから、シューベルト22歳の年。
同じ年に初演されており、全曲に明るさが満ち溢れています。
同じ五重奏でも、最後の室内楽曲となった弦楽五重奏曲とは、
曲想も含めて大変な違いです。 こちらは、亡くなる年の1828年
に作られ、初演は死後の1850年になってからのことでした。
曲全体の基本となっている調は、イ長調。
第Ⅳ楽章が、歌曲『鱒』のテーマによる変奏曲で、ニ長調です。
この部分の原曲は変ニ長調ですが、弦楽器向きの調ではありま
せん。 ピアニストからは、「ニ長調の方が嫌だ」…という声も耳に
しますが。
"Andantino" と書かれた、冒頭のテーマは、弦4人が Violin
にリードされ、素朴に奏でます。
第Ⅰ変奏は、ピアノが両手の単音 (オクターヴ) でテーマを
繰り返します。
コントラバスが、ピツィカートの分散和音 (8分音符) で支え、
間では他の弦の、細かく動く分散和音が聞かれます。
第Ⅱ変奏は、低弦が Viola にリードされてテーマ
を受け持ち、これにピアノが応答します。
Violin は、前の変奏で聞かれた細かい6連符の
リズムを引き継ぎ、自由に動いています。
第Ⅲ変奏は、チェロ、バスがユニゾン (オクターヴ) で、力強く
テーマを奏でます。
ピアノはまたしても、両手の単音でオクターヴ。 ただしここ
では、忙しい32分音符で走り回り、まるで運動会のようです。
ff で二短調が突然現われると、第Ⅳ変奏が始まります。
テーマの動きは ピアノと Violin に聞かれます。
しかし、主体は6連符の動きで、分散和音を骨格として
います。 これはまずチェロ、バスに現われ、やがてピアノ
や Violin が模倣して、後半の自由なパッセジに引き継がれ
ます。
すると音楽は静まり、pp の二短調に落ち着きます。
初めて現われた変ロ長調は、ここではとても柔らかく感じられ
ます。 第Ⅴ変奏の始まりで、p、pp が支配する世界です。
変ロ長調の "ドミソ" を主体とした、チェロの瞑想的な調べ。
テーマは骨格だけを残して、自由な形に変容します。
後半は、変ニ長調、変ニ短調、イ長調、嬰ヘ短調と転調を
続け、短いフェルマータで止まり、ニ長調を準備します。
コーダのテンポは、それまでの Andantino から Allegretto
に変わります。 最後のこの部分になって初めて、原曲の
歌曲にもっとも近い音楽が聞かれます。 変奏というより、
むしろテーマそのものと言ってもいいでしょう。
ここでテーマを奏でながら呼び交わすのが、Violin とチェロ。
ピアノは、やはり6連符を盛んに奏でます。 ただしここでは、
頭が休符で、原曲の歌曲に見られる特徴的な形です。
まるでシューベルトが、「この五重奏曲は、私のオリジナル
のテーマ、そして、この伴奏音形が基になっているんだよ」…
と言っているかのようです。 "自筆署名" の代わりに、自身
の原曲を最後に記したのでしょうか。
やはり6連符を担当するのが Violin。 ほぼ休み無しに、ここ
では全体を仕切ります。 忙しかったピアノは、ここでは沈黙し
がち。 弦楽器群に譲る場面が多くなります。
活気のある楽章ではありましたが、穏やかに始まり、最後は
静かに終ります。 楽しい一時よ、さようなら…。
この第Ⅳ楽章の前後には、急速な Scherzo (イ長調、Presto、
3/4拍子) と、やはり活発な Finale (イ長調、Allegro giusto、2/4
拍子) があり、その間に置かれています。
"変奏曲" という性格もあってか、全体の印象はおとなしく、
第Ⅱ楽章の Andante と共に、鎮静作用を果たしています。
奏者① 「鎮静作用ですって!? 第Ⅲ変奏の32分音符の連続に
は、息つく暇も無いのですよ!? 一瞬の瞬きも許されません。」
奏者② 「そうさ、覚醒効果がある。 その前の第Ⅰ、第Ⅱ変奏
から、すでに眼は白黒。 弦楽器を、ピアノの右手と同じように
考えられては困ります。」
奏者③ 「第Ⅰ変奏の分散和音だって、弾きっ放しなのは自分
だけ。 せっかくその後でテーマが出て来ても、音域は低いし、
周りは音で密集していて聞こえにくいんだ。 "それでいい" と
いう考えもあるけど。 あとは単純作業の連続で、蔭に回ること
が多い。」
奏者④ 「瞑想的だか、迷走的だか知らないけど、高音弦の
変ニ長調なんて、興奮を抑えるのに大変ですよ。」
奏者⑤ 「結構目立つように書いてくれてはいるが、日頃の
鬱憤を晴らすには、まだまだ不充分。 なぜシューベルトは、
もう一曲書いてくれなかったんだろう?」
おやおや! 各演奏者が、ずいぶん勝手なことを言って
いますね。 まあまあ、鎮静剤でも服んでください。
それは、演奏者の贅沢というもの。 こんなに楽しくて、
素晴らしい曲があるだけでも、幸せだと思わなければ…。
その中でも特に、もっとも長い苦情を口にしている演奏者
は誰でしょう? まだまだ反省が足りないようです。
シューベルトに "醜帯" を晒してはいけません。
なおこの『鱒』の編曲作品には、リシュト (リスト、1811?1886)、
ゴドフスキィ (1870?1938) のピアノ独奏曲があります。
[音源]は、テーマ、第Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ変奏、コーダから編集
したものです。
関西在住の仲間とご一緒したときのものですが、以下、
その折の記事がしばらく続きます。
ピアノ T.さん、Violin T.さん、チェロ T.さん、バス H.さん、
Viola は私です。
五重奏曲『鱒』の音源サイトです。 ②には歌曲も含まれて
います。
[音源サイト ①] [音源サイト ②]