まさおレポート

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風呂の記憶

2017年03月10日 22時20分31秒 | 心の旅路

我が生家には風呂がなかったので子供時代は2,3日に一度銭湯に行く。4時から銭湯が開くがその時間帯つまり一番風呂に行くと職人が数名既に湯につかっている。いつもの顔なじみだ。背中一面に昇り竜や弁天様の彫り物をした職人たちが競輪や競馬の話で盛り上がっている。競輪や競馬に勝った負けたの話と今後の勝負の予想だ。湯船は子供には相当熱い。しかし職人たちは我慢比べのように真っ赤な顔で浸かり続ける。子供が風呂場ではしゃごうものなら容赦なく彼らから叱声が飛んでくる。

冬の寒い時期の夜更けに銭湯まで歩くのはつらい。母のおおきなマフラーで一緒に包んでもらい夜道を行くのだが10分ほどかかるので帰宅するとせっかくあったまった体がさめている。ときには近所の林さん宅でもらい湯をすることもある。林家の大勢の家族が風呂に入り終わって汗を吸収したお湯と桶と鉄桶、カビそれに隣の牛小屋の藁や牛糞が作り出す特有のにおいがする。銭湯にはない臭いだ。

林家のほとんど外と言ってもよい隙間だらけの寒い部屋で震えながらすばやく服を脱ぎ五右衛門風呂に飛び込んで底に踏み板をゆっくりと沈めて冷えた体をつける。50数えるとあがる。石鹸で体を洗った後に再び湯に浸かって冷えた体を十分温める。50メートルほど離れた我が家に飛んで帰り冷えた布団に潜り込む。銭湯と違い体はまだ温かい。

ある夜(その日はもらい湯には行かなかった)既に眠りに入っていたが火の見櫓の鐘がなり近所が騒がしいので目が覚める。家人とともに外に出ると林さんの家から炎が高く舞上がって空が赤く染まっている。火事の熱まで頬に感じられるほどだ。目の前で家が燃えるのを体験するのは後にも先にもこの時だけなのだがテレビに映る火事と違い目の前に燃え盛る火事は実に実に恐ろしい。

我が家の向かいの中村さんは畳を商っておりそのせいで見事な藁ぶき屋根で林さんの家の火事の火の粉が飛び類焼したら大変なことになる。そうなると我が家も間違いなく炎上する。村の消防団の消防車が駆けつけてホースで水をかけ林さんの風呂場を壊しようやく消し止めることに成功する。牛小屋の牛は逃げ遅れて焼け死んだそうだ。

その夜怖い夢を見た。姑にいじめられ続けた林家の嫁が出産後に産後の肥立ちが悪く、精神に異常をきたす。風呂焚き後の消し炭を消し壺に入れるところを狂った嫁は牛の敷き藁にまき散らす。瞬く間に火の手があがり牛は半狂乱で鳴き叫ぶ。林家の主は包丁で鶏をさばいていて連なった卵を取り出し啜っていたが毟った羽に火が燃え移る。夢から覚めたあとも羽の焦げたいやな臭いが鼻に残っていた。

火事をだした農家とはまったく関係のないある長屋で産後の肥立ちが悪い奥さんに夫が無理をさせ、気の毒な奥さんが精神に異常をきたしたという実話があり、それが火事の夜に夢の中で何故かゆえなく林家の嫁に結びついたものらしい。姑の嫁いびりなどがごく普通に行われていたころの記憶と夢の断片だ。

その後の風呂の記憶をだどってみると小学6年の頃はなんと舗装されていない道を砂埃を立てて走るバスに乗って銭湯に通っていた。銭湯に行くのにバスの往復を含めると2時間程度費やしていたことになる。なんというのんびりした時代だ。

高校時代は全寮制で大きな風呂棟があった。少し遅く入ると人気のない風呂は少々気味が悪い。湯は遅い時間には底のほうに30センチしかなく大勢の汗を吸って特有のにおいがする。特攻隊の宿舎を戦後そのまま高校の寮に転用しているため広い風呂屋に1人で湯につかっているとあらぬ想像がたくましくなり怖さを生む。教官官舎用の風呂が隣接していて悪がきが裏から覗いたとかの武勇伝が話のタネになったこともあった。腰のすこしまがった初老のおじさんが毎日二つの風呂を焚いていた。

電電公社の中央学園の寮に入ると箱根の温泉旅館ほどもある実に立派な風呂があった。広くて湯量も豊富で明るくて清潔で言うことのない風呂だった。これより後は家風呂を利用することになり風呂の記憶はしばらく途絶えるのだが10年ほど前に呉の銭湯でデジャビューのような経験をした。銭湯の風呂場の戸をひらくと中には7,8人の男がいて彼らはすべて彫り物を背負っていた。おじさんたちは竜や金太郎など伝統柄が多いが若い衆の背中は英語で彫ってあったのには思わず見入ってしまった。彼らは修羅場とは程遠い実に穏やかなひと時を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 

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