中村真一郎は1957年に最初の妻、新田瑛子を自殺で亡くしている。
それによって深い心の傷を負った中村は精神を病み、電気ショック治療を受ける。電気ショックによって1年分ぐらいの記憶が亡くなり、治療後も「激しい自殺衝動と強迫神経症」になったと『愛と美と文学』に書いてある。
他方で、不思議なことに、というべきか、こうした時期にも中村は間断なく作品を刊行しつづけている。激しくつらい体験は作品にどのような影を落としているのか興味を持っていた。『中村真一郎小説集成第4巻』がその時期の作品を載せている。
まず、短編「野性の女」「奇妙な解放」は新田の生前に書かれたもので、法学者の主人公が新田を彷彿とさせる奔放な女優と出会って結婚するが、家出すると言って1週間いなくなったり、かと思うと家に引きこもったり、躁鬱的な妻に翻弄される姿を書いている。短編「天使の生活」は新田が死んだ1957年に発表されたもので、二人の結婚生活の内実や妻が死に至る経緯などを書いている。「精神を病んでいる」どころかひどく落ち着いているように読めるが、これを書くのはとてもつらかっただろう。
長編『自鳴鐘』は1958年11月の刊行だから、新田の死後、電気ショックの前か後に書かれたものだろう。意外なことに精神の異常の影響を全く感じない。主人公は映画の輸入会社に勤める会社員とその凡庸な妻。会社員は学生時代に文学の同人誌をやっていたが、眠っていた文学への情熱が仕事の発注先の魅力的な女性心理学者に触発されて蘇り、詩集を出版する。会社員と女性心理学者はやがて激しい恋愛関係に至る。一方、妻は夫への不満からやはり不倫に走ろうとする。こうしていわゆるW不倫の話かと思ったら、終盤では女性心理学者のかなりとんでもない性生活が明らかとなり、物語は急転直下終わる。この女性心理学者の人物描写はまさに中村の好みの女性像であり、これに似たような人は後年の『四季』4部作にも出てくる。また実業家の妾から政治家の妾に転身した女性心理学者の母は、中村の「第三の母」そのものであるようだ。
長編『熱愛者』は1960年刊行で、『愛と美と文学』によれば、「妻の死による重い神経症から回復して最初に書いた長編」である。音楽評論家で、大物女優の愛人である主人公が、女優との関係を絶って、インテリアデザイナーの若い女性と熱愛し結婚。しかし、夢のような生活は1年も経つと変化し、妻は仕事をやめても仕事に復帰しても夫の関係がうまくいかず、若いデザイナーのもとへ去る。私には『自鳴鐘』の仕掛けや緊張感の方が面白く感じられたものの、ここにも新田瑛子との結婚生活の破綻の残響が聞こえてくるようである。
それによって深い心の傷を負った中村は精神を病み、電気ショック治療を受ける。電気ショックによって1年分ぐらいの記憶が亡くなり、治療後も「激しい自殺衝動と強迫神経症」になったと『愛と美と文学』に書いてある。
他方で、不思議なことに、というべきか、こうした時期にも中村は間断なく作品を刊行しつづけている。激しくつらい体験は作品にどのような影を落としているのか興味を持っていた。『中村真一郎小説集成第4巻』がその時期の作品を載せている。
まず、短編「野性の女」「奇妙な解放」は新田の生前に書かれたもので、法学者の主人公が新田を彷彿とさせる奔放な女優と出会って結婚するが、家出すると言って1週間いなくなったり、かと思うと家に引きこもったり、躁鬱的な妻に翻弄される姿を書いている。短編「天使の生活」は新田が死んだ1957年に発表されたもので、二人の結婚生活の内実や妻が死に至る経緯などを書いている。「精神を病んでいる」どころかひどく落ち着いているように読めるが、これを書くのはとてもつらかっただろう。
長編『自鳴鐘』は1958年11月の刊行だから、新田の死後、電気ショックの前か後に書かれたものだろう。意外なことに精神の異常の影響を全く感じない。主人公は映画の輸入会社に勤める会社員とその凡庸な妻。会社員は学生時代に文学の同人誌をやっていたが、眠っていた文学への情熱が仕事の発注先の魅力的な女性心理学者に触発されて蘇り、詩集を出版する。会社員と女性心理学者はやがて激しい恋愛関係に至る。一方、妻は夫への不満からやはり不倫に走ろうとする。こうしていわゆるW不倫の話かと思ったら、終盤では女性心理学者のかなりとんでもない性生活が明らかとなり、物語は急転直下終わる。この女性心理学者の人物描写はまさに中村の好みの女性像であり、これに似たような人は後年の『四季』4部作にも出てくる。また実業家の妾から政治家の妾に転身した女性心理学者の母は、中村の「第三の母」そのものであるようだ。
長編『熱愛者』は1960年刊行で、『愛と美と文学』によれば、「妻の死による重い神経症から回復して最初に書いた長編」である。音楽評論家で、大物女優の愛人である主人公が、女優との関係を絶って、インテリアデザイナーの若い女性と熱愛し結婚。しかし、夢のような生活は1年も経つと変化し、妻は仕事をやめても仕事に復帰しても夫の関係がうまくいかず、若いデザイナーのもとへ去る。私には『自鳴鐘』の仕掛けや緊張感の方が面白く感じられたものの、ここにも新田瑛子との結婚生活の破綻の残響が聞こえてくるようである。