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絵本の話を中心に、好きなもの、想うことなど。

見えているもの、いないもの

2010-11-09 15:01:47 | 好きな本
この物語の中心に居る、ゼンダー夫人(かつては、アイーダ・リリー・タル
という名でヨーロッパでオペラ歌手をしていた)は、主人公の少年、アメディオ・カプランに
向かってこう言います。

 「わたしがいいたかったのは、人の九十パーセントは目に見えないということなの。〈中略〉
人間というのはもっと見えているつもりかもしれないけど、やはり十パーセントしか
見えていないの」

父親が芸術家で、名付け親はアートセンターの館長をしている、アメディオは
その環境ゆえ、同年代の子どもの中では飛びぬけてアートに詳しい。
だから、モディリアーニが誰かも知っているし、ゼンダー夫人の家財処分品の中から
モディリアーニのサインが入った「裸の女の人」の絵が出てきた時も、親友のウィリアムに
裸とヌードは違うと、父親はいつも言っているといい、さらにガラスをふきながら、
アメディオはゼンダーさんの九十パーセントと十パーセントの話を思い出していた。
とつぜん、裸とヌードのちがいがわかった。裸は十パーセントを見せている。
だけどヌードは裸以外の九十パーセントが見えている。アメディオは半分
独り言のようにつぶやいた。「裸とヌードは断然ちがう」


ムーンレディの記憶
  E・L・カニグズバーグ 作  金原 瑞人 訳


引用した箇所は、↑の本の中で、とくに印象深かったところです。
一度読んだだけではわからないところがいくつかあったので、もう一度
図書館で借り直して読みました。

元オペラ歌手だったゼンダー夫人の家財処分品の中に、退廃芸術だと、かつて
ナチスから弾圧を受けたモディリアーニの作品があって、それが、ある家族の
歴史と結びついていたなんて、よくそんなストーリーを思いついたものだと
感心しながら、展開を追いました。

なぜ、その絵が、ゼンダー家にあるのかということだけでも歴史的なおもしろさは
ありますが、それを、アメディオとウィリアムという二人の少年が、ゼンダー夫人に
関わっていく中で「発見」したところが、物語を何重にも読み応えのあるものにしています。


冒頭に記した、90パーセントと10パーセント。

何人に生まれたか、どんな肌の色をしているかなど、目に見えるわかりやすい
10パーセントで、人間が人間を「分け」、レッテルを貼ったナチスの歴史的事実を、
作者はゼンダー夫人を通して、指摘していたのでしょかー。

見えていない残り90パーセントがあることを、「想像」する前に「認識」するようにと
言われているような気が、私はしています。




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4 コメント

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Unknown (jasumin)
2010-11-10 13:11:49
90パーセント。
多くを占めるけれど、その深さをきちんと分かる人に
なれるのかどうか・・・?
話してみなければわからない、付き合ってみなければわからない、
日常に使う言葉の、そんな部分でしょうか?

ただの愚痴になってしまうけれど(苦笑)
「想像」とは別の「憶測」だけで話す人を見て
なんだかなー・・・と淋しくなったのはつい先日。
アハハ・・・いろんなことがありますねぇ!

一時期、カニグズバーグ月間みたいな時があり
そのあと、金原瑞人祭りの時期があり、それなのに
まだこの本を読んでいません。
年内に読めるといいなー。私、モディリアニ好きです。
返信する
jasuminさんへ (ruca)
2010-11-10 16:30:24
こんにちは。

90%と10%。
見えていない部分が90%もあるの???が
私の本音です。
もうすこし、見えているんじゃないかなと思っているのですが
どうでしょう?

でも、見ようとしなかったら、そもそも
見えていない部分がある、と考えもしない人も
たくさんいるのが現実かなとも思っています。

>「憶測」だけで話す人を見て

なんとなくどんな人なのかわかるような、わからないような・笑。
本当にいろんな人がいますからね~
思わぬところで、傷つきそうになってしまいますよ。

jasuminさんが、金原瑞人訳のことを書いていたの、覚えてますよ。
この本未読だったなんて意外です。
カニグズバーグ作品、全部を読んだわけではないけれど
私的に、この作品はかなり上位です。
ナチスの政策について知らないことも多々出てきて、
自分の無知を知ると同時に、胸の痛みが大きくなりました。
そういう歴史を踏まえていると、やはり10%しか
見ていないと言いたくなるのかも、と思います。
返信する
Unknown (こもも)
2010-11-12 00:14:35
表紙は、覚えているけれど、内容を全く思い出せない・・・・・!!
頭を抱えました(笑)
久しぶりに、自分の読書記録を読み返したけれど
ちゃんとした記録じゃなかったし!
がっかり。そして、ショック。
でも、また、再読する楽しみが増えたってことだと思うことにします。

私の記録によると、登場人物が重なっていると知り、すぐに、スカイラー通りを読みたくなって、
おかげで、こちらの印象が薄れてしまった・・・と書いてありました(苦笑)

本当に。スカイラー通りは、ボンヤリとストーリーや印象に残った場面を覚えています。
今度は、そのときの感想通り、逆の順番に再読しよう。
でも、ゼンダー夫人が、とても魅力的だったことは、ちゃんと、覚えていました。
(あと、アイスクリームは、出てきませんでしたっけ?)

カニグズバーグの作品は、一度で理解するのが難しくて、いつも、何度も、反芻しながら読みます。
裸とヌードの違い。もう一度、反芻してみたくなりました。
返信する
こももさんへ (ruca)
2010-11-12 11:47:53
こんにちは。

そうだ、カニグズバーグを読もうと思い立ったとき
わたし、真っ先にこももさんの過去ログを探して
クライスラー通りとムーンレディ、どっちが先なんだったか
確認したんですよー
そしてちゃんと順番通りに読みました・笑。

クライスラー通りもおもしろかったけど、
ムーンレディの方が読みごたえがあったかなと思います。
やはり歴史とリンクしているところがおもしろかったし
勉強にもなりました。(いかに自分が何も知らなかったのかが
またよくわかったし)

アイスクリーム食べる場面ありますよ。
その時にゼンダー夫人が90%と10%のことを話すのです。
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