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ジョージィのおとなりさんたち

【個人史】「人生って、とっても楽しいもの」
そんな風に感じている今日この頃。Blogでメモっておきたい。

嫌われ者ジョージィ: 子ども時代の事故(1)

2007年09月17日 12時35分44秒 | Weblog
[個人史]: 放任主義子育て 子ども時代の大事故?
(改めて云うまでもないが、 これは 個人史Blog であって、 政治・社会Blog ではない。 満足のできる 政治・行政ではないので 私としても 「死ぬに 死ない。」 総裁選で政治が 死んでいるこの期間、 個人史記録を頑張る )


子どもがケガをしたニュースが流れても 「大したコトでも無い」 と考えるのは、 私自身がいつも小さなケガをしていたからだ。 ただ近年の問題は 子ども自身の行為で 大怪我や死亡事故に繋がっていることにある。 子ども達の危険認識・危険回避能力が低下している事が大問題だ。

<自分自身の子どもの頃>
自分の子ども時代を振り返ってみると、 いまでもフラッシュバックしてくる事柄がいくつもある。

昔、 私の子どもの頃は 危険に満ちていた生活文化だった。
川に架かる橋は 欄干も無い 床板に穴の開いた 簡単な造りのものばかりで そんな橋を平気で渡れる大人たちを不思議に感じていた。( 参照

<三輪車事件>
同時期だと思うが、 買って貰ったばかりの三輪車に乗って 自宅近くの空き地(木工所敷地)で遊んでいたとき、 大きなダンプトラックが バックして迫ってきた。 三輪車に乗ったまま 逃げても逃げても 大きな後輪が迫ってくるので とうとう三輪車から降りて逃げた。 買って貰ったばかりの三輪車は 私の目の前で あっさり踏みつぶされペシャンコになった。

ダンプは 近所の子ども達の遊び場であり、毎年何人かは池に落ちて命を落としていた 大きな貯木池 に隣接した 木材置き場に大きな丸太を運んできたのだ。 場内で回転する余裕が無いから 道路から バック(後進)で入場して来たのである。

<自己責任教育>
もし仮にダンプに轢かれて死んでも 両親は 「自分の子どもの不注意だった」 で終わっていたことだろう。 たとえ柵もない大きな貯木地に足を滑らせ命を落としても 「子どもの不注意」 なのだ。 なぜなら 事故を聞いた子ども達でさえ 「どうしてはい上がれなかった?」 と、自分が落ちたときの状況を想像して 危険回避に結びつけていたのだから..

当時の親が 子どもたちに 『危険』 を教えるのに 必死 だったのは云うまでもない。

(続)

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