出すことのない手紙

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肉じゃがのもと

2011-05-10 17:47:26 | 日々平安

  たまたまNHKを見ていたら、「きょうの料理」という番組をやっていて、手軽に肉じゃがを作る方法を紹介していた。見るともなしに見ていると方法がシンプルで自分でもできそうだった。

  大雑把に紹介すると、作業が3つの工程に分かれていて、
1 まず、「肉じゃがのもと」を作る。
2 材料のじゃがいもと玉ねぎは、あらかじめ電子レンジで加熱し串が通るほどのやわらかさにしておく。
3 炒めた肉に上記の材料を加え、適量の水と「肉じゃがのもと」を足したあと、落し蓋をして水分が飛ぶまで煮る。-以上である。間然するところがない。

  それに、「肉じゃがのもと」という(おうちゃくな)発想もネーミングもいい。ドラえもんの秘密のポケットから出てくる秘密兵器みたいだ。男は基本的にアホなので、こういう文章を見るとつい試してみたくなる。私もがぜんやる気になった。さっそく近所のスーパーに行った。「肉じゃがのもと」の材料は、昆布、干ししいたけ、ドライトマトとしょうゆ、酒、みりん、砂糖である。

  昆布、干ししいたけはすぐ見つかった。しかしドライトマトが見つからない。そもそも、ドライトマト自体、それまで見たことも聞いたこともなかった。すぐ手に入らないとそれが気になって仕方ない。ネットで発注する方法もあるが、イタリアから輸入したものは結構値段が高い。おまけに送料もかかるし届くまで2,3日はかかる。とてもそれまで待つ気になれない。夜が明けたら、京都駅の伊勢丹まで行くことに決めた。その夜は人生でいちばん長い夜だった。

  ドライトマトは、伊勢丹まで行かずとも京都駅前のイオンモールのスーパーで買うことができた。トマトを半分に切り、塩をして天日に干す-それだけのものらしいが、「肉じゃがのもと」の新しさはドライトマトを使うところにある、そんな気がしていた。レシピ通り正確に分量を計り、(100均までわざわざ買いに行った)ガラス容器に「肉じゃがのもと」を作った。冷蔵庫で一日置けば次の日から料理に使える。それは冷蔵庫の中でキラキラ輝いていた。

  ところで、自慢に聞こえたらご容赦願いたいが、私が作れる料理は3つある。
ひとつはカレーライス。これは、にんにくをたっぷり入れ、材料を長時間ぐつぐつ煮込めばそれなりの味になる。ふたつめは餃子である。これはいかに根気よく材料を刻むかにかかっている。玉ねぎ、キャベツ、白菜、ニラ、椎茸などをひたすら包丁で刻む。そしてもうひとつのポイントは、ミンチ肉ではなく安くてもいいから豚のこま切れ肉を使うことである。王将の餃子をおいしく食せる人(当然私も含まれる)であれば、お手製の餃子はその何倍もおいしいと請合える。最後はポテトサラダである。このレシビは、帝国ホテルの総料理長だった村上信夫氏直伝のものである。今まで何度か作ったが評判もいい。しかし「肉じゃが」については、男にとって手に余る料理だとおもっていた。なにせ、おふくろの味の常連料理である。というわけで、肉じゃががレパートリーに加われば、私の料理のリストは燦然と輝きだすだろう。
 
  男の料理、なんてカッコウつけても、その内実は単に初心者であるということの言い換えに過ぎない。要するに、「たかのくくり方」がわからないのである。それで、重要なことも瑣末なことも、レシピの一言一句に忠実に作らないと不安になる。ふだん当たり前に料理をつくっている奥さんから見れば、その有様は大仰にも、ことさら格好をつけているようにも見えるだろう。でもそこで、いいたい一言をぐっと我慢してほしい。いや、奥さんのおっしゃるひと言が正しいという点ではまったく異存はない。ただ、男は料理をつくりながら、どんなゴールに辿りつくのかという不安と懸命に戦っている。だからアドバイスに耳を貸す余裕がない。そのあたりの事情を汲んで、せめて無言で、或いはそれがひとこと励ましの言葉だったら゛望外の喜びである。

  それはさておき、某日、すべての準備を整えて私は台所に立った。いそいそと材料を切り、レンジにかけ、肉を軽く炒め、なべに移した材料に秘伝のタレと水を加えた。あとは落し蓋をしてひたすら煮るだけである。時間がたち、落し蓋を上げると、そこにはまぎれもない「肉じゃが」ができあがっていた。勿論、不足がないわけではない。じゃがいももにんじんも柔らかすぎたし、味も少し薄かった。絹さやも(早く入れすぎたので)鮮やかな緑が色あせていた。それでも、それは、肉じゃが以外の何物でもなかった。わたしにとってはそれで十分だった。いずれにしても、男の料理にできばえを問うのは「いとあぢきなきことなり」といわせてほしい。おだてれば豚も木に登る。いわんや男をや。


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