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田口ランディ 《被爆のマリア》2010-01-09

2022-05-09 | 本・映画・ドラマのレビュー&気になる作品
2010-01-09


田口ランディさんの本は何作か読んだことがあります。
ランディさんが広島のことを書くと、こういう短編集になるんだと、
感慨深く読ませて頂きました。

田口ランディ 
    《被爆のマリア》

ようやく結婚が決まった38歳の私に父が提案したのは、
結婚式のキャンドルサービスに「原爆の火」を使うことだった。
戦後60年を経てなお日本人の心を重く揺さぶる闇を
被爆者ではない4つの視点からみつめ、
「実在しないカタカナのヒロシマ」ではなく、
「正真正銘の広島」にたどり着こうとする、著者渾身の問題作。
            (文春文庫:裏表紙解説より)

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短編が4つ、収められています。
いずれの小説もレビューしにくいんだけれど、
つきつけられて、一番困る主題が
「キャンドルサービスに原爆の火を使えるか」だったので、
そのことを描いた《永遠の火》にしました。

この主人公、佳代子というのですが、
付き合って5年になる彼とはネットで知り合ったんです。
ハンドルネームが「キャシー」恋人は一郎でそのまま「イチロー」。
スキューバダイビングが共通の趣味なんだけれど、
実際に会うまでに掲示板の書き込みで意気投合するわけです。
でも、職場とか友達には旅行先でスキューバをきっかけに
知り合ったとしか言えない・・ネットであることのあいまいさと
リアリティのなさ。現代に横たわる、リアルであることの安全保障?
このあたり、人間心理って面白いなと思いました。
リアルであるからこそ警戒してこころを開かないのに、
ネットで語った真実がうさんくさいと想われる・・
ランディさんの《現代の身体感覚のあやうさと保守化》、さすがです。

それと対照的なのが《原爆の火》ですよ。
原爆で生き別れになった妹を探してたひとが、地獄絵図と化した、
被爆地から妹の代わりに持ち帰った《原爆による火災の残り火》。
その火があるうちは妹とつながっていられる、この火を消したくない・・
その思いを聞いた人が、原爆の火を守ろうと、全国にその火を
平和を願う運動として広めていったというのです。

佳代子の父親は元商社マンでほとんど家にいなかった、ゆえに
お互いこころには微妙な距離があるんですが、
その父親が《原爆の火》を分けてもらい、仏壇で守り続けている、
そして、佳代子に結婚式のキャンドルサービスに使えという・・。
父親は商社時代の手柄話を繰り返して自慢しているようなひとで、
決して宗教がらみ、理念がらみでそれを頼んだとは思えない。
でも何かあるんだろうと。それは何か。
父親の真意を測りかねるんです。

佳代子は結婚式のキャンドルサービスに原爆の火を使いたくない。
なんだか、特に何か大それたことに加担してきた半生ではないし、
自分の結婚式にとてつもなく重いものを背負い込みたくないというか。
でもあからさまに拒否したら、なんだかしてはいけない判断を
自分が下すことのような・・。
もし、自分がその立場だったら、どうでしょう?
結婚式に、23万爆死者の思いを引き継ぐ、みたいなこと、
できますか?
一郎は「やってもいいんじゃないの?」と無責任なことを言う。
友人は「使ったふりしてやめちゃえば」と気にしていない。
主人公はさらに、父がなくなったあと、
その火は誰が引き継ぐのかと考える。
こういうことを考えていくとすごくリアルに、
その火の重みが突きつけられると思わないですか?
思い余って、そもそもその火を全国に広めようとしたひとを
調べてたどってゆくと、すでにその運動の団体は解散してた!
しかも代表者はカンボジアにいて、地雷撤去のための活動を
しているんですから、カンボジアまでその火を持って
行けないですよね。

嫁ぐ前に突然、《原爆の火》を持ち出される・・
商社マンである父を、結婚する前に(別れるまえに)
理解を深めるよすがにするにはあまりにヘビーです、
でも、こういうことがなければ流れて行ったかもしれない、
父という人間を、たとえは悪いけど、ロムしてスルーする、みたいな。
父はこういう理由で、なんて語ってはくれない。
そうすると、自分からアプローチしていかなければならない。
その心のたびは素敵だなあと思いました。
佳代子がその問題から逃げ出さないことに感動したし。

ランディさんの小説はいつも素敵ですが、
この小説も娘さんに、そして昔娘さんだったひとに、
自分ならどうするか、考えつつ読んでほしいなと思います。
お奨めです。


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2 コメント

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Unknown (fan)
2010-01-10 23:21:33
田口ランディさん、いろいろとあるみたいですが、
私は結構好きなタイプの作家さんです。
これも読みました!

乙一さんも最近から読み始めていますが、
乙一さんは男性的で、
田口ランディさんは女性的表現が素晴らしく、
精神について語られている所も面白いですよね。

「アンテナ」が面白すぎて加瀬くん主演の映画のほうも
借りて見ちゃいました♪
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fanさんへ ()
2010-01-11 07:08:54
おはようございます、fanさん。
今回はまたありがとうございます。fanさんの儚げな絵のタッチ、
大好きです←あらためて告白

ランディさんの小説、面白いですよね。
「コンセント」は読んだけど、「アンテナ」は読んでないです。
すぐ忘れちゃうんだけど(汗)、小説以外のエッセイや対談も
気になるのでしばらくはランディブームに浸りそうです。

乙一さん、おお、最近のから遡って、読んでいるんですか?
早くGOTHの神山樹くんに逢ってくださいね。私のハンドルネームは
彼から取ったんですよ(あと、映画「ラブレター」の藤井樹と笑)
デビュー作の「夏と花火と私の死体」もぜひ、
あ、「幸せは子猫のかたち」も。
乙一さんを思うと、きりがなくなる私です、自重~(笑)
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