Kuni Takahashi Photo Blog

フォトグラファー高橋邦典
English: http://www.kunitakahashi.com/blog

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焼き場に立つ少年

2007-03-09 16:08:12 | 日本
昨夜、一枚の写真を見て衝撃を受けた。

この写真は、原爆が落とされてまもなくの1945年9月、廃墟の長崎で写されたものだ。撮ったのは米空爆調査団のカメラマンとして日本を訪れた、ジョー・オダネル軍曹。

以下は、彼がこの写真を撮ったときの回想インタビューからの引用だ。

「佐世保から長崎に入った私は、小高い丘の上から下を眺め
ていました。すると白いマスクをかけた男達が目に入りまし
た。男達は60センチ程の深さにえぐった穴のそばで作業をし
ていました。荷車に山積みにした死体を石灰の燃える穴の
中に次々と入れていたのです。

10歳ぐらいの少年が歩いてくるのが目に留まりました。お
んぶひもをたすきにかけて、幼子を背中に背負っています。
弟や妹をおんぶしたまま、広っぱで遊んでいる子供の姿は
当時の日本でよく目にする光景でした。しかし、この少年の
様子ははっきりと違っています。重大な目的を持ってこの焼
き場にやってきたという強い意志が感じられました。しかも
裸足です。少年は焼き場のふちまで来ると、硬い表情で目
を凝らして立ち尽くしています。背中の赤ん坊はぐっすり眠
っているのか、首を後ろにのけぞらせたままです。

少年は焼き場のふちに、5分か10分も立っていたでしょうか。
白いマスクの男達がおもむろに近づき、ゆっくりとおんぶひも
を解き始めました。この時私は、背中の幼子が既に死んで
いる事に初めて気付いたのです。男達は幼子の手と足を持
つとゆっくりと葬るように、焼き場の熱い灰の上に横たえま
した。

まず幼い肉体が火に溶けるジューという音がしました。
それからまばゆい程の炎がさっと舞い立ちました。真っ赤な
夕日のような炎は、直立不動の少年のまだあどけない頬を
赤く照らしました。その時です、炎を食い入るように見つめる
少年の唇に血がにじんでいるのに気が付いたのは。少年が
あまりきつく噛み締めている為、唇の血は流れる事もなく、
ただ少年の下唇に赤くにじんでいました。夕日のような炎が
静まると、少年はくるりときびすを返し、沈黙のまま焼き場を
去っていきました」

この写真についてこれ以上の説明は必要ないだろう。

少し調べてみたが、原爆被害を撮ったもののなかでも、この「焼場に立つ少年」はかなり世に知られた写真のようだ。中学の国語の教科書にも使われていたらしいが、僕はどうして今まで知らなかったのだろう。

僕が報道写真の世界に足を踏み入れるきっかけとなったベトナム戦争の写真はよく見ていたのだが、原爆写真はそれほど多く見た記憶がない。考えてみたら、僕は長崎には行ったことがないし、広島にも修学旅行で一度訪れただけだ。

報道カメラマンとして、すこし恥ずかしくなった。。。が、遅ればせながらでもこの写真に出会えたことは良かったと思う。

間違いなく、この直立不動の少年の表情は僕の胸に一生焼き付いて残るだろう。そういう一枚なのだ。
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32 コメント

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脳裏から離れない (jojo)
2007-03-10 09:15:02
この少年の姿勢。
規律正しく順番を待つ。
くいしばる唇。
この幼児を失い、彼にはもう家族が残っていないのかも知れない。

写真は知っていましたが、回想インタビューは知りませんでした。
何を書けばいいのかわかりません。
後ほど、トラバを頂きます。
Unknown (NOWAR)
2007-03-10 11:11:47
高橋さんそれは恥ずかしいことです。
この写真は日本人として誇りを持つべき写真なのです。
Unknown (Kuni Takahashi)
2007-03-10 13:12:53
「誇りを持つべき写真」というのは理解できません。どういう意味でこう言われているのでしょうか?
今君は (je t'aimer rock)
2007-03-10 17:42:16
此の少年は
今世に居ないかも知れませんが
どんな心持ちで世を過ごしたんだろう

こんな「記録」の一つ一つが
ボタン一つで自分は危険無く簡単に殺傷してしまうモノがどれだけ浅はかかを物語ってると思います
そして危険を侵して迄戦わざるえない最前線にいる人達の葛藤も見えてきますね。
有り難う御座居ました
私も (シゲ)
2007-03-10 23:50:34
私もこの写真のことを知りませんでした。
そしてここでそれを知ることができて良かったと思います。
どうも有難うございました。

国際社会や現在の社会事情だけではなく、
自分自身の生き方なども考えるきっかけになる写真であると感じました。
初めまして (うさ)
2007-03-11 01:43:28
初めまして。いつもブログ興味深く拝読しています。

この写真のことはよく覚えています。
今日、こちらに伺い写真を目にした瞬間、ああ、この背中の子は息絶えていたのだったなと・・・。

日本で初めてこれを含む一連の原爆投下後の写真の写真展が開かれた時に見たのだと思います。多分1992年頃、日本カメラ博物館・JCIIフォトサロンにて。

長年公開されていなかった写真ですし、当時の「スミソニアン」事件など米国事情を考えると米国にいらしてはなかなか出会えなかったのも当然のように思えます。日本で公開される前に米国でも写真展などあったようですが、おそらく小規模だったのではないでしょうか。

被写体の少年/原爆についていろいろな思いを呼び起こすと同時に、一人の率直で良心的な米国の若者(当時)のまなざしと米国という国家の冷徹さ(いくら戦時とはいえ)とのはざまも伺える写真だと思います。

4月のシカゴで雪に降られたことがあります(普通?)。
シカゴの寒さにめげずにお過ごしください。


そっか。。 (雪)
2007-03-11 07:54:50
そっか・・。この写真、ご存知なかったんですね。
かなり有名な写真です。

私もこの写真を見て、事情を知った時には涙が出ましたよ。でも、当時こんな子供が「死体の山の分だけ」いたのですものね。悲しくなります。

長崎にも行きましたよ。
くにさんも思うでしょうが、百聞は一見にしかず・・ですよね。「現場」というのは独特なものがあります。原爆の歴史を超えて、立ち上がざるを得なかった町は どこか「割り切り」と「さびしさ」が漂います。でも、長崎はとてもやさしい町で「それもこれも含めての長崎」を実感しました。いい町でしたよ。

そうやって人は、立ち上がり乗り越えて・・それが人間のすばらしい所でもあり、また同じ戦争をして同じ涙を流す愚かな所でもあり。

くにさんがおっしゃっていたように、政治も世界も「母性」にしか救えない部分がありますよね。

きっと、くにさんにとって忘れられない瞬間になったのでしょう・・。よかったですね。
この少年が どんな大人に育ったか、母である私はそこが心配です。
この写真 (りこ)
2007-03-11 20:19:36
とても有名な写真です。何度か目にしたことがあります。高橋さんがご存じなかった事に少し驚きです。

原爆や戦争中の沖縄の写真を見て、現地まで旅をしたことがあります。
ひめゆりは記念館の中に入るとすぐに涙が出るほどでした。自閉症の兄と行ったのですが、その兄が神妙になる程でした。

写真から伝わる事って本当にたくさんあるけど、その地に行く事で伝わることってあるんですね。
右傾化する日本 (bluesnow)
2007-03-14 21:58:40
この少年に、戦争をどう思うか、と聞いてみたいものですね。昨今は、防衛庁は防衛省になり、北朝鮮の核危機から、平和ぼけするな、危機感をもって「戦え」といった言葉が当然のごとく若い人から飛び出すなど、日本も日本人も確実に右傾化していると思います。「戦争は魅力的、平和は退屈」という論を私は信じています。大義名分を掲げて、国民を戦争に煽ることなど、国家権力にとっては朝飯前のことだからです。なぜ、この写真が誇りになるのか。。メンツとエゴで動く国家権力でもつぶせない、人間の底深いdignity を鮮明・尖鋭に表現しているからだと思います。この人の人生が、そのdignityに突き動かされたもの、決して復讐と迎合による自己保身だけの人生でなかったことを心から願います。
3人の息子 (ヒロシ)
2007-03-15 06:17:05
帰宅し、3人の息子に写真だけ手渡した。
この写真から何が分る?
「戦争中なの?」「何で裸足なの?」「足真っ黒だ。」
「赤ちゃん寝てるの?死んでるの」「何で気をつけしてるの」

布団に入ってからの読み聞かせの時間に
回想インタビュー部分を聞かせた。
「お父さんとお母さんはいないの?」
「白いマスクの人たちと一緒にくらせばいいのに」
「アメリカと戦争してたの?」「バクダン落とされたの?」
「やっつけられちゃったの?」「いっぱい死んだ?」

「写真」がもつ無口な伝える力(受け手任せだけど)と、
はっと驚かされる「ペン」の力(発信側の主観が入るかも知れないけど)に
感動した。
この夜、子供たちの心に何が刻めたのか。
家族 (ウメさん)
2007-03-20 22:33:24
私もこの写真を見たことがありませんでした。

きっとこの幼子は少年のたった一人の家族で、死んでしまったことは分かっていても、離れたくなかったのでしょうね。
直立不動の決心をもってしても、自らおんぶひもをほどくことはできなかったのだと思います。
少年はひとりで何を思い、どこに帰っていったのでしょうか。その日の夜は眠ることはできたのでしょうか。
多分私は貧しさに耐えられない。子どもを失ったら、1分でも立っていられない。
胸をかきむしられるような写真です。
Unknown (Kuni Takahashi)
2007-03-21 12:04:25
>なぜ、この写真が誇りになるのか。。メンツとエゴで動く国家権力でもつぶせない、人間の底深いdignity を鮮明・尖鋭に表現しているからだと思います

bluesnowさんの書き込みですが、この点がまだちょっと理解できないんですよね。この少年は明らかに軍国教育を受けていますよね。だから弟が死んでもこうして涙もこらえて「気をつけ」の姿勢でがんばっているわけです。これは軍国主義が人間の自然な感情表現さえも許さないという怖い現実を写してだしていると思うのです。そう考えると、とても「日本人として誇れる」写真とは思えないのですが。。。
Unknown (bluesnow)
2007-03-23 02:58:07
軍国主義が人間の自然な感情表現を許さないのが怖い現実ですか??う〜ん、私はそうは思わないですね。泣けるーつまり自然な感情表現ができるのは、恵まれた環境にあるということですよ。極限におかれたとき、人間は泣かない、泣けない、泣く余裕はないと思っています。われわれは生まれた国、時代、社会を選べません。どんな教育を受けるかも選べません。でも、私があの写真に感じたのは、時代も国も超越して、大量の死を眼前にしてもくぐり抜け、生き続けねばならない人間の生の強靭さ、それこそ人間たるものの誇りですね。それが見事に表現された顔だと思いました。「日本人」の誇りと思うかどうかは、その人の考え方次第でしょうし、私自身は「日本人」云々はしたくありませんけど、戦前のこんな年少の少年に、この顔ができたんだと思うと、すごいな、とは思います。今の、それこそ「平和ぼけ」して退屈して、国家によって戦争に駆り立てられつつことに危機感をもてない若い人には、この顔はできないのでは。。。教育勅語や軍国主義がこの顔を作ったのかも知れない。でも、今も「この顔」はもつべきだ、もてる人間にならねば、とは思いますね。問題はどうやって、ですけれど。もちろん、かつてのような教育勅語教育や軍国主義によってではなく、ですよ。
教育勅語 (**kom)
2007-03-23 16:13:13
bluesnowさん、こんにちは。

私は昨年「教育勅語」をテーマに写真を撮ろうと思っていました。それは、私の祖母が少女時代にそれを暗記させられ孫である私に聞かせたことが発端でした。

しかし、調べて行くうちに祖母のそれはカラオケで歌を唱うように覚えられていたものだと知りました。内容などなんとなくしか理解していない。そしてまた、使用されていた教育勅語の基本がすっぽり抜けているということを最近知りました。本来教育勅語は理論を非常に重視していたのに、そこが(意識的に)すっぽり抜いたものを広めていたということを知ったのです。確かにプロパガンダでした。

理論重視を抜いて、広めたのは誰だったかということも隠されています。書いた人は明治天皇になってますが。

戦後全ての価値観はひっくり返り、その時代に少年だった人たちは大人の話をそのまま受け入れてはいけない、自分の頭で考えるということを身につけた最後の世代だと私は思っています。信じていたものがある日突然ゼロになると体感した人たちでした。

この写真の子どもは人間としての誇らしい姿というよりは、祖母も含め周囲もそうだったからそうするしかなかったことや、身近な人間が「お国のために」と亡くなって行ったことを考えれば、その少年はそうするほか選択肢がなかったのではないでしょうか。

きっと本人は誇らしくありたいと思うより、それしかわからなかったのだと思います。それは誇りではなくて、ただの選択肢の少ない人だと思えます。もしかしたら少年は戦争を(日本のやり方を)確実に恨んでいた可能性もあります。うちの祖母がそうでしたから。

右翼化していく若者といいますが、彼らの一部は「戦争を回避するための最低の装備を自国の力で補うべきだ」と語っていることも多くこのあたりは、議論になるところなので詳しく書かないほうがいいと思いますが、たぶん邦さんが書きたかったのは「生きて行くのに選択肢が多いほうがいいでしょう」という基本的なことだったのかと思います。選択肢を狭まれたところにある「誇り」は「誇り」といえるのだろうか、というようなことなのかなと私は考えました。

何回もすいません。 (**kom)
2007-03-23 16:36:30
「選択肢をせばめられたところにある誇りは」の部分ですが、これに付け加えたいと思います。

「これが誇りだ」と定められた「誇り」しか選択できないことが「人の誇り」と言えるのだろうかということです。

「愛」と同じで抽象的な言葉はそれに個々に意味付けというかそうする自由があっていいと思うわけです。極端に言えば、確実に間違っている誇りを抱いていてもそれを「オレの誇りだ!」とする人がいてもいいということなのですけれど。

そういう点で見るとどうでしょうか。それでも「この顔」は持つべきなのでしょうか。人の誇りを示した写真になるでしょうか。私にはどうにもならない思いを言うこともできないし、どうすることもできないから歯を食いしばるしかない少年に見えるのですが。

ちなみに見かたは自由なので、こう見て欲しいということではないです。しかし、”見る”ということは難しいことですよね。本当に。

あと付けたしですが、教育勅語は「見る」ことを重視して拡げられました。言葉の解らない人に絵や双六で伝えたのです。軍国主義を広め、各自の見かたを統一方向に持って行き、整えたところに広められたもようです。

ありがとうございます (bluesnow)
2007-03-24 03:25:03
ご意見感謝です。考える刺激になります。いろいろあってたぶん書ききれないし、書いているうちに自分でもわからなくなる可能性大です。(笑)思いついたところだけ。。少年が教育勅語を理解していたかどうか。。そこまで踏み込むなら、答えはたぶんノーでしょう。私自身、小学生の時「君が代」をよく歌いましたが、今だに意味不明のところ多々ですから。(笑)ただ、教育というおおきな枠組みで考える時に、教育勅語自体をただ「悪」として切り捨てねばならないのか、と問うとき、私はイエスとは言えません。この問題は非常に大きな問題だろうし(専門家ではないのでよくわかりませんが。。笑)ただ自分の経験から思いおこすに、戦前の教育を受けた人間には何か、戦後の教育が教えなかった確固とした気骨のようなものがある、という感覚があります。それが何か私にもいまだにはっきりとはわかりません。私が戦前の教育を受けた人から聞いた言葉ー「ふ仰天地に恥じず」が今の私を支えています。こんな言葉を戦後教育で聞いたことがありますか。昔はあったのです。この言葉には、たとえばアメリカの個人主義と通じる普遍性があるー生きる力があると私は思ってます。戦後教育はただ、自由があって選択肢があることがいいと教えたかもしれません。でも、選択肢が多くなったからといって、それがそのまま社会がいい方向に向かうことになるのかどうか、私にはわかりません。ただ、われわれが肝に命じなければならないのは、自由や選択肢が多いことを、ほんとに生産的に、意義あるものとして使える人間は、非常な恵まれた能力、才能をもち、そしてたゆまない努力ができる人です。戦後教育が教えたのは、戦前教育はただ「悪」だった、自由や民主主義といった観念的な大義名分を振り回すだけで、ほんとは人間そのものはそれほど変わってないのではないか、という懸念があります。。そう思うと、やはりあの写真の顔はすごいな、と私は思います。言葉にならなくともー意味がわからなくても、身体に刻み込まれたものはものすごい力をもってますから、私が当初書いたとおり、彼の人生が、復讐とか狭い自己保身で終わることがなかったことだけを願いますね。今、思っているのは、人間の学問で一番大事なのは哲学なのに、戦後教育は輸入された抽象観念を上っ面にとらえただけで、人間はどう生きるべきか、人間社会はどうあるべきか、といった思想・哲学を教えず、ただ社会は人間は、軽薄短小、利便性・拝金主義に流れただけではないのか。が、少なくとも教育勅語には、それがあったのではないか。(読まれたこと、ありますか。いいこと、言ってますよ)軍国主義に利用されたのは不幸でしたけど。。すみません。とりとめもなくなって。。
すみません。。 (bluesnow)
2007-03-24 03:40:50
”「これが誇りだ」と定められた「誇り」しか選択できないことが「人の誇り」と言えるのだろうかということです”

もちろん、言えないでしょう。私が写真に見た「誇り」は、彼自身の「誇り」です。彼という人間が奥底にもっている、人間本来の強靭な「誇り」ーてっとり早く言えば、とにかくこの日を生き抜かねば、という動物的な強さと人間としての「誇り」ーはい、私は、やはりあんな顔がもてる人間になりたいと思います。(といって、もう手遅れですけど。。笑)そう、歯をくいしばっているだけ、でしょう。でも、下腹部に力を入れて、食いしばっている顔って美しいな、と思います。
何回もすいません (**kom)
2007-03-24 20:53:01
bluesnowさん

私は教育勅語が”悪”とは思っていません。
儒教が基本だと思われるので。戦後に廃止されましたけれど。
ただもともと教育勅語の基本には「理論を重んじる」という
おおもとの部分があったと言われています。

しかし、市販されている関係書はそのほとんどが
「理論を重んじる」部分を抜き広められた「教育勅語」に
ついて書かれている肯定本です。

すでにそこに問題があると私は思います。
未だに基になるもの(原本)さえ広められておらず、
プロパガンダとして広められた「教育勅語」にのみ焦点が
当てられている。ディスカッションされているのは、
教育勅語から抜き出されたパーツについてです。
私はそのおおもとを探しているんですが。


ほぼ戦後から60年。
未だにそれらを知るためにウソみたいな体力が必要なんですよ。
軍事主義というものは、こういうものだと思っています。
語られど語られど、実は本質の外をぐるぐる回ってるものばかり。
核心にせまる資料など本当に手にできるのかどうか。
現在、資料集め2年めです(笑)。

Unknown (hyuma)
2007-03-26 01:01:10
久しぶりに訪問させていただいて目に入った写真..。言葉を失いました。このようなことを二度と起さない努力を怠ってはいけないと改めて心に誓いました。ありがとうございました。
Unknown (seto2007)
2007-04-05 11:36:58
>報道カメラマンとして、すこし恥ずかしくなった。。。
とおっしゃる真摯な気持ちは大切だと思います。


>高橋さんそれは恥ずかしいことです。
などと他者が言うべきことではないと思います。
そんな人に日本人としての誇りなど語って欲しくない。
昨日 (toti)
2007-09-25 13:23:04
初めてコメントいたします。
昨日この写真を見て、たいへん心打たれました。
この写真のこと、今まで知らなかったことが、
とても恥ずかしいような気持ちです。
少しでも多くの方にこの写真の少年を見てもらいたくて、今日のブログの記事にリンクをつけさせていただきました。 無断で付けてしまったものでよかったのか心配になりました。ご迷惑でしたら取り下げさせていただきますので、おっしゃってくださいませ。
有難うございます。 (ナミ)
2007-09-25 14:27:43
この写真を初めて見ました。
撮影者が亡くなったという記事を見かけて、この写真をネットで探しました。
載せておいていただき、ありがとうございました。
長崎にて (一里)
2008-01-15 03:08:33
資料館を出た売店の手前の通路一番最後に展示されていた写真がこの一枚でした。何気なく歩いていた私でしたが、この写真を通り過ぎる手前で立ち止まってしまいました。その前に原爆の版画もあったので、そちらも迫力があったのにもかかわらずです。
きっと、この写真を撮ったカメラマンさんも、撮らずにはいられなかったのだと思います。手が体が自然に動いていたのだと思います。
そこには国の事情も戦争も関係ないくらいの人間としてのシンプルな心のまなざしがあったのではないでしょうか。この少年の顔がどうだからとかそういうものは重要ではなかったようにも感じます。
だからこそ、これだけ見る人の心に訴えかけてくるのだと思います。この写真を知らなくても知っていてもいつか見る機会を得たその時に、ひとりひとりが考え思うことになるきっかけになるほうが重要にも感じました。この写真には、その力があると思います。
きっとむこうから歩いてくる少年のまわりの空気が、凍った湖に鳥の足跡がついているというような、はりつめた空気感。それに満ちていたのではないでしょうか。だから撮った。
日本人としての尊厳 (日はまたのぼる)
2009-02-06 00:05:07
 この写真を見て、この写真がなにを表しているのか理解されてない方が多いことに深い悲しみを感じます。
この少年に日本人としての誇り、気高さ、尊さをなぜ同じ日本人として感じられないのでしょうか。それとも日本人ではないのですか?
この写真の少年は、このとき深い深い悲しみの中にいたでしょう、こんな小さな少年が一人きりで肉親と最後のお別れをしに焼き場に来ているのです。たった一人の最後の肉親なのかもしれません。
ですが、少年は深い悲しみの中にいてなお、直立不動で感情を荒げるとこなく立派に肉親と最後の別れを迎えようとしています。
なぜ少年はこの時に、泣き叫ぶことなく、血がにじむほど唇をかみ締めて立っていたと思いますか?
それは一人ではなく他人の目があったからからです。
泣き叫びたいほどの悲しみの中にいてなお、感情を内に秘め耐え忍び、自分をしっかりと持っている立派な姿・・・。
正直いまの日本人にはこういう人は少なくなってしまいました。
いまの日本人は、自分勝手に公の場所でも泣き叫んだりしてしまうかも知れません。
戦後、敗戦国として日本の正しい歴史、文化、思想を奪われた徹底したアメリカの反日政策と、中国、韓国、朝鮮によるマスコミなどを使った左翼活動、ロシアの共産主義思想を使った日本人の洗脳などがその背景にあります。
日本人としての正しい歴史認識と思想、文化を取り戻し、この少年の写真の真の意味を理解する人が一人でも多く現れることを切に切に願います。
Re: 日本人としての尊厳 (voicebrown)
2009-02-06 04:49:38
何で悲しみに泣き叫んじゃいけないんだろう.
何で嬉しさに跳び上がっちゃいけないんだろう.
何で失望に肩を落しちゃいけないんだろう.
何でガッツポーズしちゃいけないんだろう.

「立派な日本人」ってロボットのことですか.まるで奴隷ですね.
Unknown (Kuni Takahashi)
2009-02-07 12:43:48
>>この少年に日本人としての誇り、気高さ、尊さをなぜ同じ日本人として感じられないのでしょうか。それとも日本人ではないのですか?

これがどうして「日本人」である必要があるのでしょうか?まだ「古い価値観」のようなものを引きずっている部分のある僕個人としては、この少年の我慢を美徳とする思いはわかります。ただ、これは人間の尊厳としての問題で、日本人であるからとかどうだとかいうことには本質的に関係ないのではないでしょうか。「日本人だから」と物事を括ってしまうことは偏狭な国粋主義につながる危険があると思います。
人間の品格 (fumi)
2009-02-16 00:32:31
はじめまして、この写真を見たのは結構前になるのですが、初めて見た時は衝撃的であり、かつこの後何が起こるのかを考えると悲しくて涙がでました。この少年の方が私の何百倍も絶望的な状況のはずなのに...現代の人間は確かに恵まれているのだと思います。姿勢が良いのはきっと当時の教育のせいなのでしょう。少年の服はボロボロで靴さえはいていません、多分孤児なのかも知れません。なのにこの少年は決して打ちのめされた顔はしていません、なにやら毅然とした人間としての迫力を感じます。だからこそこのカメラマンの目に留まったのでしょう。最近は良く何とかの品格という言葉を良く耳にしますが、そういったものは本を読んでも身につくものではないと思います。この写真は厳しく、悲しく、恐ろしく、(そしてやはり月並みですが)敗北してもなお起ちあがる人間の強さ、美しさが一瞬に表現されているのではないかと思います。
Unknown (匿名希望)
2010-01-14 11:40:23
高校の時この写真についての文章が英語の教科書に載っていて色々と考えさせられた記憶があります…
Unknown (父親)
2010-03-04 10:13:29
写真の事はみた事がありましたが、悲しいとかかわいそうとかいったような自分から距離のあるものへの感情は初めて目にしたときからありました。しかし結婚し子供を持つようになってからはこの写真を見るたびに自分は岐路に立ったとき家族の前で写真の少年のように自分のなすべき事の為に自分の感情をこらえ、なすべきことを全うできているのか?と考えさせられています。最近は報道などでも大人や人を導く立場の者が恥ずかしく自分本位な行動をとった事件・事故を目にしますが本当の幸とは何かよく考えないといけないと思います。
参考までに (匿名希望)
2010-06-06 17:11:50
写真に関する記事
3 見つけた「友の写真」
http://ido-shien.mobi/johnlennon/message/obama.html
Unknown (Unknown)
2012-08-07 11:52:19
これを見た外人が思ったのは
「こいつらを洗脳しなくちゃ行けないのか、やっかいだな」
だと思う。
でも簡単でしたね(笑)
燃やせてもらえた日本人 (tu-ta)
2013-08-07 03:27:18
日本人で原爆に殺された人たちは埋めて、もやしてもらうことができたのですが、日本に連れてこられた、あるいは来るしかなかった朝鮮の人たちは、なかなか燃やしてももらえず、その死骸をカラスが貪っていたという話を石牟礼道子さんが書いています。それを絵画として表現したのが、原爆の図・第14部『カラス』です。

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