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木村英紀「ものつくり敗戦―「匠の呪縛」が日本を衰退させる」 (日経プレミアシリーズ) (新書)

2009-05-05 17:50:50 | 読書
 木村英紀 「ものつくり敗戦―「匠の呪縛」が日本を衰退させる」 (日経プレミアシリーズ) (新書))を読みました。制御工学の大家が著した本書は、今年に入ってから読んだ本の中で最も刺激を受けた本です。

 以下、本書の内容を私なりに要約してみます。

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 「科学」とは世界の成り立ちについて知ろうとする哲学的な知的活動であるのに対し、「技術」は生きるための必要に駆り立てられた手段であり、両者は全く別物で相互の交流もなかった。ニュートンやガリレオらによる「第一の科学革命」は技術とは無縁であり、イギリスの産業革命も科学とは無縁である。しかし18世紀末のフランスで科学と技術を連携させた教育を行うエコール・ポリテクニクが設立されたことを嚆矢に、欧米で工学教育が本格化するようになると、科学は技術にシーズと合理的な基礎を与え、技術は科学に解くべき問題を提起する、理想的な協力関係が打ち立てられ、物質文明は一気に豊かなものになっていく。これが「第二の科学革命」である。

 日本が開国したのはまさに欧米がこの「第二の科学革命」により成果を挙げ始めた時期であり、明治政府は欧米から科学と技術をセットで効率的に導入して富国強兵策に活かすことができた。しかし資本力に劣るけれども優秀な労働力が豊富であった日本では、理論を重視し技術によって道具を機械化することで生産性を高めようとした欧米とは逆に、職人が腕を発揮しやすいような作業の場を与える方向に技術が活かされていく。
 しかもこの時期に萌芽を見せ始めていた「第三の科学革命」に対し、日本は取り組みが遅れてしまう。「第三の科学革命」は、ニュートン以来の力学的な世界観にそぐわない、大量生産と大量消費が生み出した「不確かさ」、「複雑さ」、そしてそれを克服する「情報」に関わる技術を対象とする科学であり、制御工学やOR、ネットワーク理論、計算機、通信理論、サイバネティックスなどの成果を生み出す。しかしこれらは「目に見えない」ものであり、「目に見える」ことを重視する日本の技術文化にそぐわないことから研究は軽視されてしまう。
 現場の技能を重視した日本は「ゼロ戦」のような傑作を生み出すのだが、理論を軽視し、「第三の科学革命」の成果を軽視したことが、第二次大戦で無残な敗戦を迎える一因となった。

 戦後も日本の科学技術政策は基本的には戦前のそれを継承したままであり、しかも昨今では理論軽視の風潮は数学の停滞に見られるように一層ひどくなっている。グローバリゼーションが進展する中、技術のシステム化が進み、競争力の軸足がハードからソフトに移ろうとしている中、日本のものつくりは大丈夫なのか。「技」や「匠」の世界を乗り越えその限界を超えなければ日本の技術の未来は無い。
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 以上のような論旨で、著者は科学技術の大きなトレンドから日本のものつくりの弱点について指摘、匠の技を礼賛する「ものつくり神話」を厳しく批判しています。

 本書を読んで私が真っ先に思い出したのは、先日倒産した金型メーカーのインクスです。同社は金型という熟練技能の塊ともいえる製品の生産のシステム化を進め、人間の熟練技能や判断が介入する要素を極力排し、まさに著者が主張するような「技」や「匠」の世界の限界を超えようとした日本企業の代表例だったと思います。しかし、同社の倒産の原因は単なる不況の影響だけでなく、人間を排した生産現場からは高付加価値な製品を生み出すことが出来なかったことも一因であったと考えています。ハイテクを支える「技」や「匠」の世界をシステム化で乗り越えるにはハードルがあまりにも多いのです。

 また、生産のシステム化を徹底した場合、雇用は一握りのエリート管理職、エンジニアと、大多数の非熟練労働者に二極分化していくように思われます。これは社会の安定性の観点から望ましくないだけでなく、現場からの改善提案で生産技術を高度化させてきた日本の製造業のダイナミズムを大きく低下させるような気がします。

 日本的な人間中心のものづくりの強みや良さを私は否定することができません。しかし本書を読んで、「技」や「匠」を過度に重視することの危険性、そして「理論」、「システム」、「ソフトウェア」の持つ重要性を知ることが出来ました。実際にものづくりに従事する方にも本書を読んでいただき、その感想をうかがってみたいと思います。

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106 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
制御も (KADOTA)
2009-05-05 19:21:54
こんにちは。この著者はブルーバックスでわかりやすい制御の本を書いています。制御が専門の方から見ると、熟練技もよいのですが、それだけでは現在技術を支えることはできないということを伝えたいのだろうと思います。制御や自動化の技術は対象が漠然としているので、なかなか一般の方に対してすぐにその素晴らしさを伝えることが難しいのです。この日経プレミアの新書は他にも科学技術系の話題でおもしろいものを出版しているという印象があります。
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連絡事項 (和田 好司)
2009-05-05 20:04:22
休みの間もBLOG更新しておられる様ですね。
この場を借りてOFF会の詳細をお知らせして置きます。

山本 さん 皆さん
愈々明日6日の午後1時ポルトアレグレ発のフライトでサンパウロ、シカゴ経由成田に向かいます。サンパウロ、シカゴでの待ち時間が合計12時間程あり成田着は、8日(金)の午後3時ですので都合38時間掛かる予定です。遠いですね地球の反対側からの日本は。。。
成田での機内検査、入国手続き(発熱すると顔が赤く写り捕まるそうです)、通関その他の手続きとホテルの横浜まで到着するには40数時間掛かりそうです。無事到着次第連絡しますが何とか入国出来ることを祈るばかりです。
参加者20名との事、了解しました。宜しくお願いします。


===========================
和田 好司 (YOSHIJI WADA)
E-mail : wada@sawayaka.com.br
HP: http://www.sawayaka.com.br
『私たちの40年!!』 HP http://40anos.nikkeybrasil.com.br/jp/index.php
『私たちの40年!!』関連blog http://blogs.yahoo.co.jp/yoshijiwada
====================== ========

From: 山本 芳雄 [mailto:yama1481@mail2.alpha-net.ne.jp]
Sent: Tuesday, May 05, 2009 7:01 AM
To: watasitatino40nen@yahoogroups.jp
Subject: Re: [watasitatino40nen][10892] 東京Off会、募集の途中経過

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Yahoo!グループからの重要なお知らせがメール下部にございます。ご確認ください。
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2009.5.10 東京オフ会

1.日時:5月10日(日) 午後5時から2時間の予定 

2.場所:新宿グルメ王 http://www.g-king.com/
      東京都新宿区新宿5-17-13 オリエンタルウェーブビル6F
    
   詳細場所:http://www.g-king.com/map/index.html 又は
      Google地図マップ
http://maps.google.co.jp:80/maps?f=q&source=s_q&hl=ja&geocode=&q=%E6%9D%B1%E4%BA%AC%E9%83%BD%E6%96%B0%E5%AE%BF%E5%8C%BA%E6%96%B0%E5%AE%BF5-17-13&sll=36.5626,136.362305&sspn=29.843226,56.25&ie=UTF8&ll=35.694668,139.705281&spn=0.007406,0.013733&t=h&z=16&iwloc=A&layer=c&cbll=35.692596,139.705158&panoid=wRpGb2fIklmE7rT7bBxbpA&cbp=12,15.185954557598664,,0,5
    より
アクセス
• 地下鉄丸の内線新宿3丁目駅より徒歩3分
• 山手線新宿駅東口より徒歩5分
• 西武新宿線西武新宿駅より徒歩5分
• 新宿駅の東口方面、伊勢丹デパートの新館の裏側。 靖国通り沿いの花園神社の横側。 オリエンタルウェーブビル6Fに、新宿グルメ王(旧東京大飯店)の看板が目印。
3.メニューコース:http://www.g-king.com/menu/index.html
   中華料理の「焼肉・バイキング&ラーメン」コース、
   ディナー食べ放題/飲み放題、3000円+αで4000円内の範囲
   予定会費として考えています。

4.申込み締切日: 5/7の連休明けを締切り日とします
  
5.参加者数:20名  (5/5現在)

20.M-Masakoさん
19.大内邦彦さん
18.須藤 優様
17.桃生苑子様
16.稲見正治郎さん
15.渡辺さん
14.五味 茂様
13.杉浦和子さん
12.杉浦英明さん
11.富田眞三さん@ブラジル
10.井川 實さん
9.越智幸輝さん
8.尾花博也さん
7.同社の技術者ALEXANDRE様@ブラジル
6.MACROTEX社(レントゲン照射器具製造販売会社=工場)の小川DECIO社長様@ブラジル
5.和田好司さん@ブラジル
4.秋山昌廣さん
3.秋山章子さん(会計の担当をお願い)
2.工藤 巌さん(司会の進行をお願い)
1.山本芳雄(世話人取り纏め役)

☆ 敬称から[様]印は、昨年のオフ会メンバーと比べて、初顔合わせの人です。☆

6.その他、注意事項

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制御の重要性 (kunihiko_ouchi)
2009-05-05 21:33:59
KADOTAさん、コメントありがとうございます。
>制御や自動化の技術は対象が漠然としているので、なかなか一般の方に対してすぐにその素晴らしさを伝えることが難しいのです。
恥ずかしながら制御工学の方が書いた本は今まで読んだことが無く、本書の内容は私にとって大変新鮮で刺激的でした。今まで技術というと鋳造やプレスなど要素技術のことに目が向きがちでしたが、制御やシステムというものも注目していきたいと思います。
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価値創造を金銭対価としてどう処理するか (デハボ1000)
2009-05-05 22:36:47
一月前に同業者の知人からこの本を薦められ、早速読んでいます。で、BLOGを書いてるんですが、すごい長さで、いつ公開ができるかどうか。
氏の論理構成には「知が技術を牽引する」ところを強く意識しているところにあります。確かに産学推進という側面が研究をすぐに産業に移管できるという幻想を感じさせたところが問題ですね。ただし実際には匠の技術の普遍化ということから研究にリバースすることは、種々の近代制御理論で成り立てているのですが見えにくい。その意味では研究者の視点からという偏りを意識したほうがいい本でしょうね。
氏は、これらの技術の歴史では軍用技術にある限りは進歩・改善・現場技術から研究へのリバースはまともに動かないという過程をあまり考えていないということです。
私は、近視眼的視点の蔓延が理論構築ののがれの傾向に加担していると考えます。その意味で、「技」や「匠」の世界に固執することを危惧するのは制御工学の専門家としてしごく納得することでありますが、「技」や「匠」のシステムを温存し残存者利益を得るというのも選択肢には入りうるでしょうね。匠や技をどうソフトとして認識するべきかという視点を提示しているところがもう少しあってもという気もします。どっちにせよある程度のスキルのある人が一読する価値がある本です。
(PS)インクスの問題は、読み方によっては、人間を廃した製造過程ではエンドユーザーの川下に人間がとこかにいる以上その感性評価を製造・設計・技術開発に転嫁するリバース思考回路あまり持たなかったことという視点がありましょう。
やれまた長くなってしまった。m(- -)m

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コメントありがとうございます (kunihiko_ouchi)
2009-05-09 21:29:18
>その意味では研究者の視点からという偏りを意識したほうがいい本でしょうね。
確かにそうですね。でも論理がしっかりしているので読み進めているうちに納得させられます。
>一月前に同業者の知人からこの本を薦められ、早速読んでいます。で、BLOGを書いてるんですが、すごい長さで、いつ公開ができるかどうか。
デハボ1000さんの視点から本書をどう読み解くのか楽しみにしています。
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