久保田潤一郎の不健康日記

久保田潤一郎の日常と医療情報

遅ればせながら、金冠日蝕

2012年05月28日 | Weblog
1週間前の大騒ぎ、すごかったですね。テレビの実況、ラジオの実況。専用のメガネを持っていなかったので、家にあった厚紙で手製のピンホールカメラらしきものを作り、観察できるようにしておきました。いつもの私ですと、こういう大騒ぎには参加しないのですが、年を取ってきたせいか一応何か残そうと思ったのか、準備万端です。但し、カメラで紙に写った像を撮るので、特別のフィルターは用意してませんでした。
当日はいつものように午前5時前には起床。天気を確認、道具を玄関前に用意。あとは待つだけでした。少し雲がかかっていましたが何とか観察できました。但し、金冠日蝕直前、雲が・・・・・。ピンホールでは光が弱いと紙に写らないのです。これにはマイッタ。慌てふためく私に息子が、雲の中に肉眼でよく見えるよと。解決です。普通のデジカメで、露出を補正してモニターを通して見ました。望遠レンズ着ける時間がなかったのでちょっと小さい像でしたが、はっきりとみることができました。金冠日蝕の大騒ぎは自宅玄関前で、あっけなく終了したのでした。まあ、こんなものでしょう。
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空を見上げて

2012年05月07日 | Weblog
最近空を見上げることってあまりなかったように思いますね。特に夜空を見ることはないです。なぜって、東京では夜も明る過ぎて星がほとんど見えません。昨夜は月が大きく見える(スーパームーン?)ということで、ずっと空を見上げてました。たまたま、午後の天候が不安定で激しいにわか雨が降った後の晴天でしたから、空気が澄んでいて、いつもより星が見えます。星のことはよくわからないのですが、西の空にひときわ明るく見える星は金星でしょうか。月はどこから顔を出すのでしょう。何度も家の外に出てみます。待つこと30分、南東の空から上がってきました。確かに大きく見えました。月の表面の模様も肉眼ではっきり見えました。よし、写真を撮ろうと三脚をセットしデジカメに望遠レンズ着けましたが、これが全然うまく撮れないのです。色々設定を変えたのですがダメ。私のデジカメは長時間露光の設定ができないのでした。ただ明るい丸にしか写らない・・・・・・。
今月はもう一度空を見上げます。金環日食。晴れるといいですね。
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季節の花

2012年04月29日 | Weblog
徒歩で通勤していて一番良いことは、季節の花を愛でながら歩けることかもしれません。街路樹、花壇、雑草、春になると順番に花が咲きます。ソメイヨシノは日本中が大騒ぎしますが、私は野に咲く花が好きです。10代後半、山歩きをしていた頃は高山植物をよく見ていたことを今も鮮明に思い出します。車で通勤、忙しくて余裕のない頃は何も思い出す花がありません。強いて言えば、大学病院のアンズの花と駐車場のフェンスに咲くセイタカアワダチソウ。
今は余裕ができたというより、ゆっくり生活する習慣、速いスピードについていけない、年とった・・・・・ということでしょう。健康だからできること、感謝。
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もうすぐ1才

2012年04月14日 | Weblog
おととしの10月、母ネコが二匹の子猫を連れて我が家の玄関に来るようになって、宿を借りたいと言う?ものですから軒下をお使いなさいと貸してあげたんです。食事はないのですかと言う?ものですから、少し用意しましょうねとなったわけです。いずれ慣れてきたら捕まえて手術と考えてきました。そのうち、少し寒いというので、ネコのクッションハウス?をあげたのですが、3匹では少し狭いというので、小型犬用の小屋を購入して毛布を入れて、入口にはカーテン付けて・・・・・・。
昨年2月初めに黒の子猫(チビチビ)を捕まえて手術成功。あとは白黒ブチ(ブッチ)を捕まえようとしましたがなかなか捕まらずにいました。母ネコは恐ろしく怒るので捕獲手術をあきらめざるおえませんでした。やっとの思いで2匹の子猫を捕まえて家に入れたのですが、その時には既にブッチのお腹が大きかったのです。
父の死や東日本大震災と一大事が続きましたが、5月連休開けにブッチは無事3匹の子猫を出産し、ブッチかあさんになりました。子育ては2匹で分担して一生懸命です。早いもので3匹の子猫(ミズキ、リュウ、ハナ)はもうすぐ1才になります。元気いっぱい家の中を走り回っていますが、たまにブッチかあさんに怒られてます。チビチビは優しいです。
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肥ってきた

2012年03月31日 | Weblog
 徒歩通勤は続けていますが、食べることの制限をゆるめてしまったら、徐々に肥ってきましたよ。単純に摂取カロリーが消費カロリーを上回れば肥るということですね。世の中には小難しいことや訳の分からぬこと言って、ダイエット本が売れたりしてますが、要は食べる量を減らせばよいのですよ。それができないから、色々な方法にお金をかけて、リバウンドしたとか効果がないとか言ってるわけです。
 食べる量が増えたのは、食べても良い状況にあったわけですね。それはロードバイクに乗って運動していたからです。今は、前にも書いたとおり怪我で乗れない、運動量が減っているのです。乗りたいのですよ。でも、もう一度、左肩を強打すると、鎖骨が皮膚を突き破って飛び出す危険があるので、まわりが乗ることを許してくれないのです。それでも、先週バイクの整備はしました。チェーンとスプロケットの清掃、タイヤの空気!、ブレーキの点検などなど。腕の荷重を少なくしようと、サドルを少し下げて、ハンドルをアップライトにして・・・・。妙なバランスになってしまいました。バインディング・ペダルは使わないことにしました。ちょっと乗ってみると、お尻があたる。サドルをカムフォートタイプに変える?ロードバイクじゃないなあと思いつつ整備終了しました。そこで、今考えていることはリハビリ用または低速で使いやすい自転車を買うこと。そうだ、それが良いと思って本屋で立ち読み。ウーン、種類が多過ぎてわからない、決められない。この状態で近くの自転車屋に行けば、その店にある自転車を買ってしまうか、店員さんお勧めを買ってしまうに決まってます。師匠に相談すれば、分不相応の高級車を買うことになってしまうし、困った。
食事制限を再開するかな、酒飲みダイエットにするかな、他の運動考えるかな、悩ましい。
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スキーできました

2012年03月24日 | Weblog
 3月18-19日にスキーに行きました。若い頃は八方尾根(白馬)をメインにスキーばかりしていました。最近は年に3-4日スキー場に行ければ良いほうです。コブ斜面や深雪はどうにも筋力が足らない。そうです、平坦な斜面専門と化していたのです。昨シーズンまではそれでも頑張っていたんですよ。平らであれば斜度は問題なかったのです。
 3年前からシーズン中1回は緩斜面で広く、雪質が軽いのが気にいって、パルコール嬬恋に行ってます。ホテル1泊分に2日分のリフト券が付いているので得した感がありますね。プラス、シニア割引。これは良いのか悪いのか微妙なのですが、安いことは良いこと?です。高校からの親友と二人旅です。見ようによっては不気味なのですが、当人たちは気楽で、スキーに専念できるので良いのです。
 18日午前8時半すぎ、自宅を出発。友人が車で迎えに来てくれるので、私はいたって楽ちん。関越道から上信越道経由です。横川サービスエリアで休憩。軽井沢インターで高速道をおりて、一般道で、軽井沢経由嬬恋です。この時間に家を出てくると渋滞はほとんどありません。3時間弱でスキー場に着いてしまいます。今回は18日の気温が異常に高く軽井沢で+5℃ありました。スキー場もプラスの気温、風なし。こういう天気だと霧が出ることが多いですが、まさに霧、ガスっていて視界不良。まあ、私は鎖骨が偽関節ですからリハビリスキーのつもりで来ているので良いのですが、それにしても全く見えないのです。昼食はホテルの食堂!で山菜そば、相方はラーメン。去年と全く同じ内容です。
 ゴンドラで山頂へ。2000mを超えているので多少気温が低くなるのですが、すごい霧。。ゆっくり滑る以外ないのでリハビリにはちょうど良いのですが、何も見えないのでどこを滑っているのか、浮遊感というかなんか変な感じです。その上にゴーグルに水滴が付くのでますます見えないのです。こんな状態で滑るの久しぶり。
翌19日は打って変わって冬型。雪、気温マイナス5℃以下、北西の風強し。山の天気は気まぐれの典型のようです。春の雪は重いし、寒いし、色々辛いし、9時から滑りはじめて11時半終了としました。おじさん二人にはちょうど良いのでしょう。撤収作業は慣れたもので12時には、さあ帰ろうです。帰り道、嬬恋の「あさぎり」というそば屋に寄るのが楽しみです。でも、頼むそばはかけそばだったり、たぬきそばだったり、友人に呆れられてますが気にしない。
今回は友人が「雷鳥の里」というお菓子をお土産にしたいというので、懐かしい話で盛り上がりました。「雷鳥の里」は長野県の大町市?で、長いこと作られているお菓子です。私が初めて八方尾根に行った48年前にはあったと思うので、ずいぶん長いこと売れているのです。これを買って帰ろうということでさがすことにしましたが、ここは群馬県、ホテルの売店にはない。嬬恋村には土産物屋なんてないし。軽井沢に行けば長野県にちょっと入るから売っているでしょうと向うのですが、冬季の軽井沢はさびしい限り。長野に買いに行く?なんて冗談とも本気ともとれる会話・・・・。もう少し若かったら本気で行くんですよ、これが。結局買えないまま、軽井沢インターから高速道路にのりました。「横川の釜めし」を買いたかったので横川サービスエリアへ。なんのことはない、ここで売ってました。めでたしめでたし。3時過ぎには自宅に到着、お疲れ様。
スキー場の写真は悪天候のため、無しです。
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再始動

2012年03月14日 | Weblog
何が再・始動なのかというと、一年前に身体をもどそう。生活も戻そうということで、再始動。大げさなもんじゃないのです。スキーは7年間のブランクがありましたが、ここ数年はシーズン中に2-3回行くようになってました。昔取ったきねづかで好い気になって結構とばしてます。ロードバイクは友人の勧めで始めたものの、日曜・祭日が仕事を休めないために、毎朝練習するだけで、ちっとも坂に慣れません。上りになるといきなりよれよれになってしまいます。イベントに参加するも怪我してばかり。皆さんに迷惑のかけどおし。昨年7月に大けがした顛末は以前書いたとおりです。母が心配して、スキーもロードバイクも止めてくれと言われるとなかなか再始動しにくいのです。
 現在、やっていることは徒歩通勤だけ。まあ、片道3km弱の歩きですから大した運動になりません。もう少し運動負荷をしたいのですが、トレーニングセンターやプールに行くのがまっぴらです。すぐに飽きてしまうに決まってます。かといって、おおっぴらに自転車を再開するのも気が引ける。どうしたら良いのだ、悩む悩む。
左肩鎖関節の偽関節でできることは何か?ロードバイクのポジションをアップライトにしたら肩に負担がないのか、新しいバイクを買う方が良いのか。但し、バイクが増殖すると自宅に置く場所ないし、安いバイクを買って軒下で保管?それもかわいそうだし、どうすればよいのだ。悩む悩む。
先ず、スキー場に行ってみます。スキーができなければ、ロードバイクなんて無理無理。リハビリスキーに行きます。
結果は後日ご報告します。
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寿命

2012年03月07日 | Weblog
 寿命を耐用年数という言葉に置き換えることはないと思っていた。1年前の震災後の原発事故で「寿命」という言葉を考えることが多くなった。
 人の寿命は平均でいくつと毎年官報で報告される。超高齢化社会といわれるぐらい長寿国だと言われている日本。この長寿になった理由についての見解は様々なのだろうが、ヒトが哺乳動物の中でも突出して長寿であると何かの書物で読んだ気がする。温暖な気候と安定した食物供給が幸いしているといわれているようだ。その中で睡眠の重要性について語られていた。睡眠時に身体をメンテナンスしていることはよく知られていると思う。もし、起きている時に常にメンテナンスが可能であれば、眠る必要がなくなってくる。逆の考え方をすれば、毎日睡眠をとっている間に集中的に身体を治しているので、長持ちするといえる。鉄筋コンクリートのビルが耐用年数がたった30年程度。木造建築はダメな部分を交換することができるので、100年でも耐えることができる。部品を変えること、常にメンテナンスすることが重要なことがよくわかる。原発事故の避難地区の家屋がすでに朽ち果てているという。人が暮らしていないだけで荒廃する。土地だって荒れる。
 ところで、原子力発電所は巨大なコンクリートと鉄の塊にすさまじい数の配管を持った湯沸かし器である。この原発を維持するために毎日2000人近くの作業員が働いていると聞く。この人数は平常時であるから、原発事故後の処理と同じくらいの人数が平常時の発電所に必要だということである。これはすごいことだ。もし完成品として安全安心な機械であれば毎日のメンテナンスにこれだけの人員が必要なのだろうか。多分、最初から不完全な装置をだましだまし使うために必要なのだろう。しかし、肝腎の中心部は換えられないので、30年で廃炉と決まったのではないか。これを条件によって延ばすのだそうだ。どういうことだろう。ダメになっているところは高放射線環境で見ることはできないのにどうやって判断するのだろう。きっと安全安心装置が日本の原子力発電所には特別に付いているのだ。そうだ、そうに違いない。日本の技術はすごいのだ。世界一なのだ。
 何か、むなしくなってきた。寿命は必ずあるのだ。不老不死は不幸だ。
元気に溌刺と社会貢献する、これこそ私の考えるアンチエイジング。年寄りは子供たちにお節介しよう、色々文句を言おう、教えてあげよう、これが社会貢献。若人は聞く耳を持とう、余裕でできるだろ。
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国会中継のおもしろさ

2012年02月29日 | Weblog
私、NHK好きという訳ではないのですが、党首討論、予算委員会、与野党協議などの国会中継がおもしろくてしようがない。テレビ中継よりラジオがよい。お互いに原稿を読んでいることが多いにも関わらず、質問と答弁がすれ違う。ひどい答弁になると質問と全く関連のないことをとうとうと述べる。楽しいですね。これが夫婦の会話だったらどうだようか。おもしろいですよ、これは。血の雨が降る?実家に帰る?家庭崩壊・別居・離婚?ということは日本空中分解。
隠蔽、言い逃れ、嘘も方便。マニフェストって何ですか?なんだかよく分からなくなってきました。
これだけかみ合わない質疑応答というのは許されるのですかね。私たちが税金で養っているのですよ。そうでないと言うなら、議員、公務員はボランティアとはいわないから、誇りをもって、正々堂々と低賃金で働きなさい、天下国家のために。
 そういえば、全然関係のない話なんですが、最近、火曜日のNHKテレビの歌謡ショーを毎週見ています。他に見る物がない結果なのですが、案外気に入ってます。他局では絶対作れないですよ、あういう番組。ビッグバンドの演奏で歌うオールドスタイル、いいですね。皮肉なことですが、テレビはもう終わっているのかもしれませんね。
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ケガの顛末

2012年02月17日 | Weblog
昨年7月17日(誕生日の翌日)に不注意からサイクリング大会の初っ端で大転倒してしまいました。左側頭部打撲・脳振盪、左肩鎖関節骨折、左肋骨骨折(5本)、左血胸、左肩・左肘挫創、左腸骨稜打撲・血腫、こんな病名が並ぶのですが、痛み以外は何とか我慢できるのです。
治療は何するかというと、打撲と挫創は保存的治療。肋骨骨折も大きな骨転位がなければ保存的治療です。但し、今回は肩鎖関節骨折の手術のために全身麻酔をかけるために、肺に穴が開いてては困るので、手術前に胸腔ドレーンという管を入れて、胸腔の血液を持続的に抜きました。幸い肺の損傷はほとんど無いようでした。
全身麻酔下に鎖骨の上の皮膚を切開し鎖骨に至り、チタンプレートで固定。勿論、手術中意識はありませんから、見てきたようなうそなんですが、一応医師なので推測できます。
手術が終わると、尿道に導尿の管、腕に点滴注射の管、左胸の管はそのままという状態で目覚めるのです。痛みが強烈で、痛み止めが点滴の中に入っていても耐えられない。鎮痛剤の坐薬の使用、麻薬に準じた薬剤の使用など、どのように痛みをコントロールするかが一番重要になります。この点は近年ずいぶん進んでますね。それでも痛いんですよ。怪我はしちゃいけない・・・・・。
5日間入院で退院しました、というより逃げ出しました。左上肢は90度以上挙げられないので、前開きの衣服以外着られないことを除けば日常生活は可能です。もちろん仕事は可能です。
時は過ぎ、12月に再び入院して、全身麻酔下にプレートを抜去しました。3日間の入院で、退院した日の午後から仕事です。主治医より肩関節をどんどん使ってくださいと言われたので、普通に使っていたら退院4日目の朝、痛みは増強しているよな気がしました。1週間目の外来で、X線撮影、骨折線が開いている。要するに骨がくっ付いていないのです。それから2カ月、左肩には神輿こぶのような突起。腕を動かすと、骨折部分が動くのです。これを偽関節といいますが、こうなると骨はくっつきません。再び手術が必要なのです。骨を削ってしまうので、骨が足りません。腸骨(こしぼね)から骨をとって、移植する必要があるのですが、あちこち長期間痛みが残るし、移植骨が溶けて吸収したり、感染の危険も増大するので、躊躇してます。
 いまのところ、このまま経過観察でどうでしょうかと、整形外科の先生に相談してます。肩がガクガクいうのと、肩に突起がありますが、手術、その他の仕事は問題なくできますからこれで良しとしましょう。
但し、ロードバイクは乗れません。スキーも多分できないでしょう。それが何とも悩ましい。
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