戦争を挟んで生きた女性の回顧録

若い方が知らない頃のセピア色に変色した写真とお話をご紹介いたします。

アスパラガスを15本近く収穫しました。     04/30

2010-04-30 16:57:13 | Weblog
朝、快晴。外に出て今日は暖房は要らないと思った。抜いた草をかけておいたアスパラガスを8本、一昨日は6本だから結構な収穫があった事になる。山では鶯はホーホケキョイ、と最後の所を知り上がりに啼く。同じ鶯かどうか知らないが、今度はホーホケキョケキョケキョケキョと続けてさえずる。見上げると山桜の花盛り・・・春爛漫といいたい所だが、又雪が降るか霜が降りるか分からない最近の異常気象だ。でも、作物や草花は幾らか早い、遅いはあっても必ず芽吹く。なまじの人間よりえらい。今年の夏の予想は冷夏だそうだが、酷暑と寒いような日が代わりばんこに訪れられては敵わない。老齢の人間はよほど恵まれている人は別としてそんな時、参ってしまうに違いない。
気象条件が身体に及ぼす影響は大であると思っている。これから快晴の連休が終わるとじきに梅雨が訪れる。今迄、梅雨のはしりのように雨の多い日が続いたが、暑さと共にカビもやって来る。湿気とばい菌に気をつけなければならない。これまでのように、食べ物を出しておけば直ぐ腐る。やはり寒いほうが良いかな?月末も無事過ごした。連休は殆ど私ひとりで奮戦する。いつもより時間があるのでブログにも時間を割ける。又好き勝手な事を書いてみたい。楽しみ・・・

消えてしまった原稿が出て来た。  22/04/29

2010-04-29 17:44:13 | Weblog
恥ずかしい!!!と思った途端に私は何の考えもなく、ブログを消し始まっていた。約半年以上いや、1年になるかも知れないほどの量だった。それを後悔し始まってから約半年になる。その中の原稿“にゃんにゃん踊りで貰ったおまんじゅうの行方“の原稿を探したが、覆水盆に帰らずの譬えのようにどうしても出てこなかった。内容は分かっているがどうしても同じには書けない。パソコンは厳重に定期的に保存してあるが、その見方が分からない。今迄必要がなかったから見た事が無い。仕方なく星野先生のお出でを待った。保存のCDの中には勿論あったが、いろんな分類の中に間違いなく私の原稿はあった。嬉しかった。お金なら何とかなる。けれどにゃんにゃん踊りなどは同じに書けといわれても書けるものではない。何でも捨てる!と意気込んでいた私だが、改めて、二重にも三重にも予防線を張ってから・・・に切り替えた。勿論、見ただけで捨てる物もあるが、間に何か挟まっている場合もある。70年来の失敗をこんな時こそ生かさなければならない。捨てる物も吟味して・・・うっかりして捨ててしまった、と云う事にならないようにしよう。

家族が発見されても引き取りを拒否される自殺者 04/28

2010-04-28 10:33:09 | Weblog
最近、悲惨な自殺者の身内の話を聞いた。それは男女2名で2つのベッドにそれぞれきちんと横たわって、多分薬を飲み、覚悟の自殺であったらしい。男のほうの娘が知り合いであった為、相談を受けたが、娘は引き取りを拒否したいとの事であった。女の方はなかなか親族が見つからず、DNA鑑定までして相当な時間をかけて親と連絡が付いたが、やはり遺体の引き取りは拒否するという答えだったという。どちらも親族が遺体の引き取りを拒否しているからには、生前の生活がどのようなものであったか、想像に難くない。周りに迷惑を掛け通し、娘にすら見放されていた。そのような環境で育ったにも拘わらず、そのひとり娘は30歳前、泥沼に咲く一輪の蓮の花のようであった。全く働かず、金さえあれば酒に手を出す父親の元を、早いうちから離れてひとり働きながら生活をしていた。親といって何もしてくれた事のない男が自殺したからといって、若い身空で警察に行き、万端を処理してやるほどの事は出来ない。それは仕方の無い事だと思った。
全く引き取り手の無い遺体はどのように処理されるのだろうか?それは聞く事は出来なかったが、多分国民の血税、警察の予算の中から賄われるのだろうと思った。生きて周囲に迷惑をかけていた人間は、死んだ後でも迷惑をかけて人生を閉じた。

昨夜は何とも無く無事にすごせたが・・・  22/04/27

2010-04-27 13:12:50 | Weblog
又今日は寒い。昨日と同じ服装ではまずい。特に一昨日、あんなに激しい動悸を経験した私は、恐ろしくて気温にも太陽の光線にも気を使う。昔から寒さには弱く暑さにも強くなかった。それで真剣にハワイへ移住したいと考えた位だから・・・この美しくも無いランの花は老齢化して尚一層暑さ寒さの影響を受けるようになった。最近は良く風邪を引く。でも気がつくのが早い為、殆ど1日で治る。昨日の動悸も風邪の前兆だったらしく、やはり熱があった。手当てが早いので大事に到った事はない。そのような時は必ず「風邪ひきそう・・・」と申告する。最近はお医者さんに行っても、血圧などは測っても熱を計る事は殆どない。昔は必ず体温計を渡されたものだが、待合室で体温計を使っているのは時たまの私だけである。それとも診察室に入って症状によって体温を計るのだろうか?それでも私の場合、先生に体温計を渡された事はない。熱のある人は往診して貰うのだろうか。でも、昨夜は事無きを得て朝目覚め、ほっとした。これからこんな事が度々、そして頻繁に訪れる事だろう。老いとは、死とはなどと考えてばかりいる。老いたる両親の同年代の頃、思いやりを以って接してやらなかった事が悔やまれる。本当に孝行をしたい時には親はいない。

早鐘のようになる動悸とカッカッという顔の火照り・・・22/04/26

2010-04-26 12:52:50 | Weblog
激しい動悸と息づかいに起きてみると、間違いなく午前1時過ぎだった。暑かった。兎に角暑く、動悸音を立てているようにドッキン、ドッキンと早鐘のように凄かった。部屋の温度は20度に設定してあるが、室温は24度だった。石油ストーブなので設定してある温度より寒い時は低かったり、だんだん暖かくなると高い時もある。けれど室温だけならこんなに激しい動悸は起きない。もう少しで76歳、いよいよお迎えの時が来たか?と本当に思った。一応階下の茶の間に行き、いつも用意してある水にポットのお湯をさして飲んだ。目の前にある血圧計で測る事は出来なかった。若し、高ければそれだけで私は参ってしまうような性格だから。階段を下りる時はいつもより気をつけた。救急車を呼ぼうか?と一瞬思った。以前、これに近い夢を見た事がある。あれは夢だったが、これは夢ではなかった。救急車に来て貰うように電話をして気を失ったら・・・階下(した)には降りられる。今のうちに降りておいて玄関の鍵を開けておけば、気を失っても大丈夫と思った。ベッドにいるトイプードルのハナちゃんはそのままにしておけば良い。でも、近所でみんな起き出して来る。嘗て2度救急車のお世話になった事がある。その時の事が思い出された。もう少し早い時間だったが、救急車の窓から幾つもの目玉がそれこそ何十というほどの目玉が私を見ていた。それで諦めた。死んだっていいや・・・どうせ死ぬんだから、と思うようになっても動悸と顔の火照りは消えなかった。ドアを開け放ち、ストーブは消してある。死ぬのは良いけれど、身体が利かなくなる方が怖い。そんな事を思いながらベッドに潜り込んだ。
朝、6時迄ぐっすりと眠った。直ぐ起きて1時間ほど外の仕事、ゴミ袋の整理などをしてから血圧を測った。正常だったが脈拍のみ、いつもは70から60なのに今朝は80台だった。82、83,82と続いた。午後はお医者さんに行ってこよう。気を付けて早く遺言を書きなさいという神様やご先祖様からのお知らせと思っている。

「雑草という草は無い」と仰せられた昭和天皇。 22/04/25

2010-04-25 13:55:16 | Weblog
那須高原の御用邸においでになった昭和天皇は、お付の侍従と散策に出られた。あちこちに生えている草花の名は良くご存知であったが、或る草花に目をとめられて「この花は何という花か?」と訪ねられた。
「それは雑草でございます」と答えると陛下は「雑草という草は無い」と仰せられ、侍従は大変に恐縮したと新聞か何かに載っていた。どのような事にもなおざりにしない陛下のご気性を良く表わしている。
今朝、こんな陛下の事を思い出しながら私は庭の雑草を抜いていた。私も庭の雑草についての知識は無い。今度から写真に撮っておこうと思った。結構可憐な可愛い花が付いていて可哀そうだが出来るだけ抜く事にしている。雑草を抜いた所に12,3センチのアスパラガスが伸びていた。それで又付近の草を取り除いたら、6本の可愛いアスパラの芽が出ていた。これは今週中に食べられる。踏まないように石でまわりを囲っておいた。一段上の山では鶯が上手に“ホーホケキヨ 、ケキョケキョケキョ・・・とさえずっている。上の段にはたけのこが沢山出るが、1月から2月にかけて竹は全部切り倒してしまった。岩山なので土は殆ど無い。岩の崩れた砂と落ち葉だけの上に生えている竹が、一生懸命に伸びて竹林のようになってしまっていた。前はただ草が生えていただけだが、手入れをしないとこうなるという見本のような荒れた竹林になってしまっていた。これ以上竹を増やすわけにはいかないと今年に入ってから雑木も含めて全部伐り倒した。今年のたけのこは駄目かもしれないと思った。

どんなに探しても消えてしまった原稿は出てこない。 04/24

2010-04-24 16:10:17 | Weblog
必要に迫られて前に書いた原稿を探したが、あまりにも多くて必要な物が出てこない。ブログに書いておいた物の1部だが、ある時、こんなものを世界中に発信してしまった!!!どうしても取り戻したいと思い、折角続いたブログの大半を消してしまった。消したのは一瞬のうちに・・・である。毎日苦労して書き溜めておいたのに消すのは一瞬だった。そのうちの幾つかが必要になり、月に1度は保存してあるが、それも膨大な量でその中から私の欲しい物を探すのは何日かかかる。えらい事をしてしまった!!!と思ったがもう遅い。この忙しい私が時間をかけて探すほか手段は無い。やるしかない。もう1度書く事は出来ても全く同じではないから、何でも捨てる時は3度位念を入れているのにあの時ばかりはアッという間であった。恥ずかしい、と思ったらいてもたってもいられなくなってしまった。これからは原稿を消す時は印刷して残すようにしようと決心した。これから保存のCDから探し始めます。探すものは“にゃんにゃん踊りで貰ったお饅頭の行方”などです。

もっとスピードアップしないと間に合わない毎日の生活  04/23

2010-04-23 16:19:55 | Weblog
昨夜セントラルに行って「靴を間違えられた方は分かりましたか?」と聞いたら笑って「ハイ」と答えた。「どなた?お会いしてお詫びが云いたい」と云ったら「いいですから」と教えてくれなかった。直接お詫びしたいのに・・・でもそれ以上追求はしなかった。私だってそう云うだろうから。これからはもっと気をつけて何事にも対処しようというきっかけを作って頂いたと思った。昨夜もとても寒くて、いつもなら冷たいと思うプールも暖かく感じた位だ。最近は水に入ると程なくして直ぐ暖かく感じるようになった。いつもプールの水に馴染まず、温度が低いといつまでも冷たく感じていた私にとっては良い傾向だ。毎日プールで歩く事を目標としている。そのお陰で忙しい毎日を送っている。朝はどんなに遅くても8時には来て仕事にかかり切っているが、午後も又忙しく、7時にはプールに行く用意をする為、駆け足の時もある。今日もそんな1日だった。朝来てパソコンでメールやFAXを確認し、直ぐ返事を出す必要のある時で、自分で処理できる場合はその場で返事を送る。担当者が来てからの場合もあるが、いい忘れないようにしなければならない。自分のブログも目を通し、コメントが入っている時は暇になった時間に返事を書く。今日は未だ返事を書く段階には到らない。これだけで私の時間は大体午後の半分は消える。その間もお客様の応対や電話で寸断される。そりゃあ、こんな事を書いているより品物が売れるほうが嬉しいから仕方がない。それで最初書き出したのは朝の9時頃だから、ここで4時を過ぎてしまった。もう少しスピードアップしないと残された時間に限りがある。スピード社の水着やゴーグルを使っても間に合わない。水着だけでなく、昼間着るブラウスやズボンもスピード社製にしなくては駄目かな?


間違えて人様の靴を履いてきてしまった...

2010-04-22 13:08:41 | Weblog
生まれて初めての体験である。お寺での法事の時、あれだけ多い他人の靴の中から自分の履物を探し出すのは大変だと、いつもしるしを付けて端のほうに置いてあったのに、一昨日の晩、セントラルを出た時に人の靴を履いて帰ってしまった。その上、気がついたのは翌朝起きてからである。なんと云う事だ!!!色は黒いだけで模様も形も違うではないか!
「私の靴が無いっ」とお帰りになる方は騒いだに違いない。でも履き心地は全く違和感が無かった。まあ、ぴったりと良く合って「岩淵スポーツで買う時だって最初からこんなにぴったりの靴にはぶつからないわ」というほどだった。朝会社に行ったら1番先にセントラルに電話をして・・・と思ったが、今日はとても忙しくてそれどころでは無かった。お昼も続いている仕事に立ち食いのありさま・・・やっと電話が出来たのは午後2時を過ぎていた。
折角電話をしたのに「あら?そうですか?」「昨日お帰りの時に靴が無いと騒いでいる方がいたでしょう?」「いえ、そんな事聞いて居りません」それはおかしい。自分の靴が無ければ私なら大騒ぎだ。それで「若し連絡があったら伝えておいて欲しい」と頼んでおいた。
午後も忙しかったのでセントラルへ出かけられたのは、いつもより30分遅い夜7時半を回っていた。玄関を入って下駄箱を見たら、あった!私の黒いズックがあった。ひと目で自分の靴は判る。履いてきた靴よりは古く、ドタ靴といっても良いような靴だった。フロントで履いてきてしまったズックを出し、「どなたの靴か判りましたか?」と聞いたら「誰もそのようなお申し出は受けておりません」「じゃあ、未だ誰の靴か分からないの?」「「はい」受付の可愛い女の子は笑いながらそう答えた。「それじゃあはだしで帰ったのかしら?」私のズックは甲の面に光るシールが貼ってある。「今度はかかとの方にも貼るわ」いや、何で間違えたのかというと、そんなシールの貼ってない他人の靴で黒いというだけで取ってしまったのだ。やはり年を取って注意力散漫なのが問題なのだ。これからはもっと注意しながら生きていこうと思った次第である。

異常気象でお茶は8割も駄目になったというが・・・04/21

2010-04-21 13:00:15 | Weblog
お茶を買いに市内へ出かけた。
今年はお葬式が多く、お茶がお返しとして付いてくるので、少しで良いと思ったがお茶の見本の入ったところに新茶が無い。
いつもならもう新茶の出回る頃で、その時期にお茶を買うようになると、真っ先に新茶を求める。緑茶の好きな私は緑茶は吟味して買っているので、絶対に人に頼まない。
自分でもうっかりしていつも買うお茶と金額が同じ物を他店で買った事がある。そうしたらまるで違ったお茶であった。其処のほうが高かったらしく、悪いお茶がきてしまった。いつものお茶やさんでも、「いつもと同じ・・・」と頼んだら、金額と思ったらしく、その時は値上がりしていたので安いお茶のほうが来てしまった。それ以来、お茶の値上がりにも気をつけて吟味して買うようになった。
私が見本のお茶を見てばかりいるのでお茶やのご主人が出てきた。
「今年は未だ新茶が出ないんですよ。この寒さで静岡あたりのお茶の葉が殆どやられてしまって、全滅に近いんです。この辺で新茶が出回っているとしたら、宮崎辺りの物ですね。問屋にもお茶のストックが底を付いて困っているそうです」私は日本茶が好きで相当な量を飲んで、というより食べてしまっている。パナソニックのお茶すり器で抹茶のようにしてしまうからだ。最近はこれに本格的な抹茶を加えて飲んでいる。だからお茶が良くなくても困る。兎に角最高級品の下のランクで頼んだ。そうしたら、それは少ししか無くて最上級のお茶と混ぜればあるという。それでも良いからといつも買う分量、500グラムを頼んだ。そして会社に持ち帰った。今年の夏はお茶は大丈夫だろうか?来年のお茶のシーズン迄お茶はなくならないだろうか?