flow Trip -archive-

「漂い紀行 振り返り版」…私の過去の踏査ノートから… 言い伝えに秘められた歴史を訪ねて

宇頭古墳群

2008-02-27 00:00:23 | いにしえびとの睡

(愛知県岡崎市宇頭町・宇頭北町 1991年2月27日踏査)
 宇頭古墳群は、北部古墳群3基と、南部古墳群8基、和志山古墳群5基からなる古墳群である。今回は、その内の宇頭南部-後久1号、2号墳と、宇頭2号北裏古墳、11号荒子古墳及び宇頭大塚古墳を踏査した。
 後久1号墳(トップ写真:西側から撮影)は、名鉄本線沿いの神明社境内に位置し、半壊しているが円墳で、横穴式石室の石材が散乱している。2号墳は、1号墳の西隣に位置し、同じく半壊しているが円墳で、直径9m,高さ1.7mを測る。
(後久2号墳 東側から)
 続いて国道1号線(旧東海道)に面した宇頭大塚古墳に向かった。
墳丘自体が、薬王寺の土台となっており、かなり変形しているが前方後円墳とみられる。明治45年に、同寺堂宇の雨垂れを造ろうとした際に石室石材が発見され、東京帝国大学教授によって調査がされている。
 2号北裏古墳は、大塚古墳の北西に位置し、現在は大塚公園となっている。円墳で、直径27m,高さ4mを測る。
(北裏古墳 南西側から)
 北裏古墳の東には、11号荒子古墳があり、現在荒子公園となっている。円墳で、直径19m,高さ3.3mを測る。この2基の古墳は、昭和55年の区画整理の際、公園化して保存を図っており、好例の措置といえるものである。
(荒子古墳 南側から)

 この後は、北野廃寺へと向かった。


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