雨安居の最後の1ヶ月を禁酒すると宣言しながら何度かアルコールを口にしてしまい、すでに禁酒から節酒にクラスダウンした私……
これではいけないと思い、ちょうど
サンガジャパンの最新号が戒律を特集していますので、いくつかの記事の飲酒に関する部分をピックアップして、我が身を顧みなが読んでみようと思います。
「ブッダが説いた『五戒』の真意」 アルボムッレ・スマナサーラ(初期仏教長老)
例えば酒を止めて、また飲みたくなったとする。飲みたくなった自分を観察してみれば、何かを発見するはずです。「自分には○○という問題があって、飲みたくなったのだ」と。そこで、「自分が弱かったから」という答えがでてきます。「自分は芯が弱いんだ。悔しいから、次はその芯の弱さに負けないぞ」となる。このように、道徳は理解・納得に基づいて日々実践するべきものです。
はい、おっしゃる通り「自分は弱い」です。弱いからお酒を飲みたくなるのです。でも、なかなか実践(禁酒)に行かないのは、自分に対する発見が不足しているのが大きな一因でしょう。と言うか、あえて発見を避けているのでしょう、弱いから。(あっ、堂々巡りになってしまいました)
長老が指摘されたように、自分の問題を逃げずに見て理解して実践する、それが瞑想践者としてのあるべき態度なことは自覚しておかなくては。
「戒律に守られ、自由に生きる」プラユキ・ナラテボー師(タイ・スカトー寺住職)
お酒に関しては、在家であればお付き合いなどもありましょうからまったく飲まないということも現実的ではないかもしれません。そうであれば「コップ一杯、グラス一杯以上は飲まない」など自分なりの戒律を設定して、我を忘れてしまわないように工夫してみるのも一考かと思います。
やった!プラユキさんは飲酒を認めているではないですか。……いや、あくまで日本社会でスムーズに暮らしていくための、お付き合いの上での話。これを自分の楽しみのための飲酒も全面OKと読み解いてしまうのは、誤読でしょう。ションボリ……
「インタビュー 不殺生戒こそが、仏教の根本」 佐々井秀嶺師(インド仏教復興の指導者)
酒を飲むことによって一切の五戒は壊れてしまう。十戒であれ二十戒であれ、全部壊れてしまう。だから、一切の罪をつくるのは不飲酒戒、酒を飲むことだ。不邪淫戒も壊してしまうだろうし、不偸盗戒も壊してしまうだろうし、不妄語戒も壊して、すべてを壊してします。
ガーン、おっしゃるとおりです。今まで酒を飲んで、どれだけの黒歴史を作ってきたことか。どれだけ人を傷つけ、自分を貶めてきたか……
まれに飲酒の席で人の助けとなったこともありますが、それでも圧倒的にマイナス面の方が多いのはたしかです。
「五つのマインドフルネス・トレーニング(五戒)を実践すればうつ病も治せる」 ティク・ナット・ハン
ギャンブル、アルコール、麻薬などをはじめとして、ウェブサイト、テレビゲーム、テレビ番組、映画、読み物、会話でも不健全な類いのものにはいっさい触れません。今、この瞬間を深く生き、自分の内と周りにある滋養のあるすがすがしい要素に触れ、過去を悔やんだり、悲しみ、不安、恐れ、渇望に囚われないようにします。消費に没頭することで寂しさや不安やその他の苦しみをごまかさないようにします。
マインドフルネスな消費──これがトレーニングの五つ目の課題です。伝統的には「不飲酒戒」と解釈されていますが、このトレーニング(戒)はとても深い教えであり、お酒だけの問題ではありません。
うーん、私はアルコールだけでなく不健全なマンガも大好物。耳が痛いです。
ところで、この記事はフランスのプラム・ビレッジのサマーリトリートの法話を元に構成されていますが、戒をトレーニングと訳すところが欧米を中心に活動されているハン師ならでは。
十戒は「the Ten Commandments」になりますが、戒めや命令といったニュアンスの ”Commandments” ではなく、ここではトレーニングという言葉を使用しています。強制ではなく自発的な取り組みであると示すことが、より欧米の人たちのやる気を促すのでしょう。日本という西洋的文明社会で育った私にも、たしかにトレーニングとした方が抵抗なく取り組めそうです。
「ミャンマーで『ティラシン(戒の人)になりました」天野和公(みんなの寺 坊守)
正直なところ、それまでは仏教徒を自称していながら平気で飲酒していたわけで、それがどうして気が変わったかのかと言うと、実際に体験してみてそのメリットを実感したことが一番の理由でしょうか。
「戒は後悔なきを目的とし、後悔なきを利益とする」
ブッダはひと言で説明していますが、「しないこと」を決めているのはたいへん合理的です。悩まされる場面が減りました。
ミャンマーでの出家生活後、それまでの八戒に代わり五戒を受け直して帰国した天野氏。その後の8年間で、五戒を破ったのはとっさについた嘘が一回だけという、優秀さ!
天野氏のブログ「みんなの寺 絵日記」は初期から楽しく拝見していました。たしかビールネタもあって「仲間だ!」と思っていたのですが……今でははるか上空の「戒の人」。
たしかに、私が今までしてきた後悔の多くが、五戒と関連しています。戒を守ることで、ずっと悩みが減って穏やかに暮らせるようになるのは、想像に難くありません。
(単行本
「みんなの寺 絵日記 夫婦でお寺をはじめたよの巻」でも確認しましたが、こちらはより抜き構成のため確認できませんでした。もしビールネタが私の記憶違いでしたら、大変失礼いたしました)
と、今回の「戒律特集」を読んで、なんだかボディブローを受けまくった感じです。これが効いてこれからはお酒とも、もう少し健全な関わり方ができるような気がします。
さあ雨安居は19日まであと1週間ちょっと、これらの言葉を糧に禁酒に取り組んでいきます。
(おまけ)
ところで紹介した文章の多くは酒のところをギャンブルでも、ネットでも、恋愛でも、依存の対象に置き換えて読むことができます。そういった意味では五戒は依存症対策のヒントになるのではないでしょうか。