小浜逸郎・ことばの闘い

評論家をやっています。ジャンルは、思想・哲学・文学などが主ですが、時に応じて政治・社会・教育・音楽などを論じます。

日本人の自己評価は、なぜこんなに低いのか

2013年11月15日 20時08分00秒 | エッセイ
日本人の自己評価は、なぜこんなに低いのか


 大学のゼミで、今回はじめてこんな試みをやってみました。
 社会現象についてさまざまな調査項目を設定し、学生各人に割り当て、ネット情報を使って表やグラフなどの資料を引き出してもらいます。それを学生全員にコピーして配り、ある項目を担当した学生には、その資料内容の特色を分析させ、感想を述べてもらいます。
 たとえば、

●殺人認知件数の年次推移
●殺された人の数の国際比較
●交通事故死の年次推移
●未婚率の年齢別、男女別、年次推移
●失業率の国際比較、年次推移
●世界の平均寿命ランキング

といった具合です。
 これをやると、いま日本がかつてと比べてどんな時代であり、他国と比べてどんな国かという大まかなイメージが得られます。結論から先に言いますと、概して今の日本は昔と比べても他国と比べても「天国」といって過言ではない状態だということです。
 殺人件数、交通事故死は共に数十年前に比べて激減しています。殺人の国際比較では、人口比で、日本はイギリスとともに最低、アメリカの15分の1、ロシアの50分の1です。失業率は世界最低水準、平均寿命は、ここ何年かトップを続けています(特に女性)。
 未婚率だけは急速に上昇していて、しかも低所得者、非正規労働者ほどその率は高いので、「天国」という形容にはふさわしくないかもしれません。しかし、これも考えようによっては、個人の自由選択度が増した(特に女性に経済力がついた)ということを示してもいるわけですから、必ずしも「ただまずい状態」とは言いきれません。少子化担当相などというのがありますが、そもそもなぜ少子化に是が非でも歯止めをかけなくてはならないのか、という根本問題がきちんと議論されたためしがありません。
 なおまた、自殺者数の高止まり、景気回復の先行き不透明、各種インフラの劣化、近隣諸国の不穏当で不当な動静、グローバリズムの暴力的な浸透とそれに対抗する政治力の頼りなさ、などを考え合わせると、不安材料はいくらでもあり、この先「天国」はもうおしまい、ということにならないとも限りません。
 それでも、上のような試みは、過去や他国と比べて、いまの日本がさまざまな点でいかに優れた状態にあるかということを知る一つの目安にはなると思います。そうして、そのことを知った上で、だからこそ、この優れた状態(秩序と平和と豊かさと国力と人倫意識)を守るために、それを侵すあらゆる危険に対して国民が力を合わせて闘わなくてはならないのだと思います。
 ところで、そのように国民が適切な力を発揮するために必要なことは何でしょうか。これはいろいろ考えられますが、私が重視するのは次の点です。
 すなわち、他国に対して卑屈・弱気にならず、自国の優れた点をきちんと客観的に評価し、そのことに誇りと自信を持つこと。
 根拠のないお国自慢、感情的な意地っ張りは、ご近所のどこかの国(複数)のようにみっともないですが、裏付けのある自恃(じじ)の念をもつことは、この国を不幸な状態にしないための士気をしっかりと踏み固める道に通じますから、とても大切なことだと思います。
 ところがです。
 同じ授業で、「世界評価と自国評価の違い」という項目を設けて学生に発表させてみました。これはたとえば、日本人は日本という国をどの程度肯定的に評価しているか、他国の人々の日本に対する評価はどうか、ということを比較する試みです。アメリカの場合はどうか、中国の場合はどうか、等々。
 ここにそのことを示す有力な資料があります。英国BBC放送が世界28か国、約3万人を対象に定期的に行っている調査の2012年版です。



 これを見て一目瞭然なように、日本以外のすべての国は、自国評価のほうが世界評価よりも高く、唯一日本だけが、自国評価が低くなっています。その低さは、ここに表された国の中ではパキスタンに次いで第2位です。また日本に対する世界評価は50%を超えており、ドイツ、カナダ、イギリスに次いで第4位です。
 このギャップ、情けないと思いませんか。多くの日本国民が自国の状態を正確に知らないからこういうことになるのです。逆に自分の国のことをうぬぼれている人々も世界にはたくさんいるのですね。
 学生たちに、他国とのこの違いはなぜだと思う? と聞いてみたところ、日本人はもともと謙虚な国民性の持ち主だから、とか、根のところでは自信を持っているのだが、海外に遠慮して慎ましくふるまう、などの答えが返ってきました。
 もちろん、これらは当たっているところがあるでしょう。しかし、たとえばもし日露戦争直後くらいの時期に同じような調査をやっていたら、これと同じ結果が出たでしょうか。どうもそうは思えません。
 つまり、大東亜戦争であれだけコテンパンにやられて以後、この過度の自己卑下と劣等意識が形づくられた部分が相当程度あるのではないかと思います。特に欧米に対する実力コンプレックス、中韓に対する道徳的コンプレックスはいまだに拭いがたく、政治・外交・学問・思想・言論などの面にその傾向が顕著に表れています。この自虐的な精神構造こそが、「戦後レジーム」の核心にあるものです。そこからの脱却を本当に成し遂げたいと思うなら、まずこの精神構造を克服しなくてはなりません。
 それはやろうと思えばできるはずです。製造業、サービス業の水準の素晴らしさをさらに発展させること、欧米に比較してはるかに行き届いた公共サービスの実態を維持すること、年次改革要求、TPPなど、アメリカ主導の強引な主権侵害的経済政策に対して、きちんと抵抗できる交渉力を身につけること、学問・思想・言論分野におけるいわれなき欧米跪拝の風潮から早く脱すること(及ばずながら私は、当ブログの言語論や倫理学の分野でそれを試みています)。これら現実的な実践過程を通して、徐々に裏付けのある自信を身につけていけばよいのです。
 しかし間違っても、ご近所のどこかの国(単数)の独裁政府のように、自分が世界の中心だなどと妄想してはなりません。他国のいいところを素早く読み取って、謙虚にそれを吸収し、自家薬籠中のものにする、これが日本の伝統的な得意技でもあるからです。自国評価と世界評価とがともに高まり、同レベルになることが理想ですね。
 


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3 コメント

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初めてコメントいたします (ランピアン)
2013-12-05 22:52:55
大学時代に『男が裁くアグネス論争』を手に取って以来、御本はすべて拝読しております。

小浜先生がブログを開設しておられるとは知りませんでした。嬉しい驚きです。楽しみに拝読したいと思っております。

「現代ではもはや左翼・右翼の区別は無意味」といわれるようになって久しいのに、依然として旧態依然とした左派知識人が健在で、自虐的な日本文化批判が罷り通っている現実は嘆かわしい限りです。

先生のご指摘のとおり、自国文化に適度な自信を持つことこそが、社会を自由で開放的なものにする上で重要だと考えます。むろん、夜郎自大は見苦しいですが。

自信のない者ほど他者に対して攻撃的・閉鎖的になるというのは、心理学においても常識ではないかと思うのですが、こうした当然の理屈が通らない日本の論壇の退嬰ぶりは、本当に困ったものだと思います。

日本人がまっとうな自己認識を持てるように、先生が今後とも先生の積極的なご発言を期待しております。

ランビアンサンへ (kohamaitsuo)
2013-12-06 00:47:10
コメント、ありがとうございます。
拙著を追いかけていてくださるとのこと、うれしい限りです。

今年の3月からブログを始めたのですが、情報環境の急激な変化になかなか適応できず、四苦八苦しております。

日本人の自虐意識については、相当長い歴史もあり、これを克服することは、たいへん大きな思想課題だと思っています。誠に非力ながら、老骨にムチ打ってこの線で頑張ろうと思っていますので、これからもよろしくお願いいたします。
Unknown (ランピアン)
2013-12-06 21:16:42
こちらこそ、よろしくお願いいたします。

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