ウォール・ストリート・ジャーナル 10月27日(火)10時7分配信
新作SF映画「オデッセイ(原題:The Martian)」を見れば分かるが、火星はこの上なく住み心地の悪いところだ。映画のようにハリケーン並みの砂じんの嵐が吹き荒れることはないが(起きるのは弱い砂嵐だけ)、地表は強い放射線にさらされている。平均気温が中緯度でカ氏マイナス60度(セ氏マイナス51度)と聞けば、南極はピクニックにちょうどいい場所のように思えてくる。しかも、大気は96%が二酸化炭素なので人間は息をすることができない。
これだけの困難があるにもかかわらず、われわれは世間で言われているよりも早く人類の火星定住を実現することになりそうだ。イーロン・マスク氏の宇宙開発企業スペースXは2027年に数十人の火星到達を目指している。最近、火星に水が流れた形跡を発見した米航空宇宙局(NASA)もいずれは火星に宇宙飛行士を送り込む方針を示している。輸送手段が確立されれば定住はそれほど先の話ではなくなるだろう。では、ここから約4億キロメートルも離れた厳しい環境の中で人間はどうやって生きていくのだろう。
まず食料について考えよう。最初の数十年間は食料のほとんどをフリーズドライの状態で地球から運ぶことになる。ただし、生鮮野菜には困らないだろう。火星の土に似た土壌を使って地球上で実験したところ、植物の生育に適していることが分かったが、移住者は水栽培や空中栽培などもっと管理しやすい方法を選択することになりそうだ。火星で農作物を栽培するのはもっぱら移住者を励ますためだ。人間は新鮮な野菜をばりばりと食べることが好きなのだ。
次は水について。火星にある全ての水分を溶かして地表に集めたら、1000フィート(約305メートル)の高さまで水に覆われるだろう。水は地下では帯水層に、土壌の中では氷結した状態で、砂の層の下には氷河として、極地方には氷として存在している。さらに源流である可能性のある場所からときおり流れることさえある。にもかかわらず、水を集めたり溶かしたりするのは容易なことではない。したがって、初期の移住者は水蒸気吸着反応炉(WAVAR)――火星の湿った大気から水分を抽出する、NASA向けに開発された吸湿装置――のようなものを使うことになるだろう。
地球上ではわれわれは厚い大気や磁場によって宇宙線や太陽放射から保護されているが、火星には厚い大気も磁場もない。放射線を遮る方法の1つは建物の周囲に土(レゴリス)を盛って保護することである。NASAには、レゴリスに少量のプラスチックを加え、電磁波で焼いてレンガを作る優れた装置があるから、移住者はレンガで厚い壁を作ることができる。もっと単純な方法は洞穴を見つけることだ。火山活動でできた溶岩洞があればさらに便利だ。
人間の体は1平方インチ当たり14.7ポンドの気圧に耐えられるようにできている。火星の気圧は非常に低いため、特別な与圧服は欠かせない。与圧服がなければ体が膨張して皮膚や臓器が破裂する。人間は最低5ポンドの気圧があれば生きられることが研究によって示されている。つまり、火星で着用する装備はマリアナ海溝に潜りに行くのかと言いたくなるようなぎこちない宇宙服ではなく、比較的軽く着心地のいいものになるだろう。
当然のことながらわれわれは呼吸をしなければならない。これには機械が役に立つ。NASAは2020年に火星に「Moxie(モキシー)」という実験装置を試験用に運び込む予定だ。この装置で火星の大気を処理して酸素を取り出し、ロケットの燃料や呼吸に使う。
移住者たちはやがて困難な火星での生活にいら立ちを募らせて、地球のような環境を作ろうと言い出すだろう。このテラフォーミング(惑星地球化計画)の目的は火星の気温を上げることである。極地方の気温が数度変われば、さまざまな現象が起きる。気温を上げるには、巨大な鏡のようなソーラーセイル(太陽帆)を軌道に乗せて、極地方に太陽光を反射させる方法がある。気温はすぐに数度上昇し、これをきっかけに連鎖反応が始まる可能性がある。極地方の凍った二酸化炭素がガスに変化すれば、大気は厚みを増し、より多くの太陽エネルギーを蓄えることができるようになる。こうして火星で温室効果ガスが繰り返し発生するようになる。数十年以内に、赤道付近の温暖な地域では液体の水が流れるかもしれない。水があれば植物が育ち、大気中の酸素がさらに増える。水蒸気が増えればより多くの放射線を遮断できるだろう。
われわれはこのような人間を火星人と呼ぶようになるだろう。彼らが地球を訪れるときには特別な宇宙服やヘルメットが必要になるかもしれない。
こうしたことは大ごとに思えるかもしれないが、10億年後には寿命が近づいた太陽が膨張し始め、地球を吸収して火星も脅威にさらされることを考えなければならない。太陽系の他の惑星と比べれば火星は天国だ。いつか人間は当たり前のように宇宙旅行をする種となって、全く別の太陽系で地球のような住まいを見つける必要がある。火星への移住はそのための練習である。
(筆者のスティーブン・ペトラネック氏は米科学雑誌「ディスカバー」の元編集長。著書に「How We’ll Live on Mars<われわれは火星でどのように暮らすのか>」がある)。
By STEPHEN L. PETRANEK