今日のころころこころ

おばさんのつぶやき

2017・9・9 おばさんぽ 国指定史跡・永福寺跡 頼朝公の夢の跡・・・

2017-09-09 21:46:08 | 日記
鎌倉の歴史も石器時代から始まる。
かつて日本国の中心であった歴史は1192年源平合戦で平家を滅ぼした源頼朝が鎌倉幕府を開いたことから始まった。
鎌倉市二階堂。この二階堂と言う地名は、頼朝公が中尊寺の二階堂を模して永福寺を建立したことに由来するという。
二階堂とは、今では当たり前な二階建てだが、当時の二階建ては今で言うなら高層建築物。最先端技術を駆使した絢爛豪華な仏教寺院建築を指すようだ。
二階堂の地には今は護良親王さまを祀る鎌倉宮さまが鎮座される。
京急バス・鎌倉宮バス停は終点。

鎌倉宮さまの横を行く。





テニスコートの横が国指定史跡・永福寺跡。
奥州で毛越寺や中尊寺に出合った頼朝公は奥州攻めを終えた1189年に建立を思い立ったという。
1192年には中心の二階堂が完成し、1194年には両脇の阿弥陀堂・薬師堂が完成したという。
頼朝公亡き後も歴代鎌倉将軍の寺として栄え、迎賓館としても使われたようだ。
が、たびたび火災に見舞われては再建され、最終的には1405年の火災以降の記録は無く、たぶんこの火災の後は廃寺になったと思われる。





初めてたずねたのは何年前になるのだろうか?
発掘を経て整備事業もほぼ終わったようだ。





発掘の成果をもとに当時のままに建物の木製基壇と庭園が復元された。
スマホのアプリで基壇の上に永福寺が鮮やかに蘇る試み。





それも面白い(^^♪
けど、不思議だなぁ。。
人っ子一人いない(後で気が付いたらりおちゃんみたいなチャリの方が木陰のベンチでのへたばってたけど(^^;)晴れたり曇ったり秋風吹き抜けトンボ飛び交うなかで昇り降りを繰り返しながら基壇を辿り基壇の上から眺めていると、そこに艶やかに当時が蘇る。











頼朝公は、己の加護のためにこの寺を建立したのではないと思う。
毛越寺も中尊寺も奥州藤原氏を護ることはできなかった。それは奥州藤原氏を滅ぼした頼朝公が一番よくわかっていたと思う。
ならばなぜ?
当時の仏教寺院は、宗教施設ばかりでなく学校であり病院であり美術館であり音楽ホールだったのである。
新しい国をつくる。この鎌倉の地を日本国首都にする。戦なんぞない平和な国にする。
そこには頼朝公の夢の実現があり、そして、永福寺跡は頼朝公の夢の跡。。。
私には、そんな気がするのです。









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2017・9・9 北鎌倉・こまき 鎌倉で一番好きな和菓子(^^♪

2017-09-09 11:21:10 | 日記
JR北鎌倉駅前。



その一角。

それはそれは美味しい和菓子がある(^^♪
こまきさん。

円覚寺さまの池に面した大きな素敵な窓。天然の風が吹き抜ける(^^♪
鎌倉能舞台と同じ建築家が手掛けたという。

池の手前の小さなお庭はこまきさんのお庭。
トンボが水を飲みにやってくる。

抹茶とその日の和菓子。今回は白露だった(^^♪
食べかけて気が付いて写真。

写真なんか忘れるくらいに美味しいのです(^^♪
私が鎌倉で一番好きな和菓子屋さん(^^♪
茶席用が主。作る菓子は一日たいてい一種類だけ。
値段は高くないし持ち帰りもできるけど6個から。しかも行ってみるなり事前に電話するなりしないとその日のお菓子はわからない。しかもしかも当日賞味。更にしかも閉店時間早い。
北鎌倉駅を起点に終点を定めずに一日ふわふわと歩き回ることの多い私には持ち帰りはちょっと無理。
でも、ここで一服は至福の時間なのです(^^♪





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