かんじゃまのつぶやき(海の見えるチベットより)

日本一細長い四国佐田岬半島での慣れない田舎暮らしの日常や風景、
  そして感じたこと、思い出などをひとコマひとコマ

僕のTシャツ(8:ネパール再び・前編)

2007-12-04 11:21:18 | 旅行

3回目のネパール訪問は、エベレスト方面へのトレッキングを目的にした。いわゆるエベレスト街道だ。といっても、エベレストに登るわけではなく、見に行く程度だ。キリマンジャロへ行くちょうど1年前の1992年の年末だった。

午前11時に成田を出発して、香港でトランジットして、当日の午後9時にカトマンドゥ空港に着いた。ホテルは、以前宿泊したことのあるナラヤニホテルだった。このTシャツは、そのホテルで買ったのではないだろうかと思っていたが、違っていた。「シェルパホテル」と書いてある。ということは、前回の旅行で宿泊したカトマンドゥのホテルで買ったものだ。このTシャツ、私にしては珍しくプリントではなく刺繍で、チベット仏教で有名な宗教具「マニ車」がデザインされている。マニ車は、円筒状になっており、側面にマントラが刻まれ、中には経典が納められている。そのため、これを手で右回りに回転させ、1回転させると経典を1回唱えたのと同じ功徳が得られるとされている。文字の読めない人への配慮がなされたハイテク・アリガタヤマシンだ。これにはガラガラに似たようなハンディタイプのものもある。 

そういえば、前回このシェルパホテルに泊まった時は、日本に帰る前日の夜、友人と二人でホテルの近くの人気のあるレストランへ夕食に出かけた。そして、ネパールのお金がまだ結構残っていたので、「使い切ってしまおう」くらいの勢いで、料理を注文し酒を飲んだ。ところが、調子に乗りすぎて飲みすぎたようで、会計の時二人のお金が足りなかった。そこで、事情を話し、宿泊しているホテルまで店員に一緒に来てもらい、ホテルのフロントで両替して支払ったという、ちょっぴり恥ずかしいことがあった。いわゆる「付け馬」と言うのだろうか。 

さて、旅行2日目の午前中は、バスで移動して市内観光を楽しんだ。そして午後は、翌日からのトレッキングに備えての休養ということで、自由時間となった。ツアーの他の皆さんは、市内観光やバザールなどに行ったようだが、私は年末の仕事疲れを癒そうと、ホテルの庭の芝生で寝そべって日向ぼっこをした。冬だけれど、太陽が出ると昼間はぽかぽかしており、本当にリラックスできた。そして夕方、散髪屋を探しにホテルを出た。なかなか見つからないので、あきらめかけて帰ろうとしたところで、小さな散髪屋を見つけた。年末の仕事の忙しさで、この週は2度徹夜しており、さらに日本を出発する前日も忘年会で飲んで、そのまま徹夜で成田に行ったため、散髪屋へいく時間がなかったもので、髪がうっとうしくなっていた。

入った散髪店は、うなぎの寝床のような細長いスペースだったが、4人分の椅子があり、店員はなかなかキビキビ働いている。髪型は店員に任せることにした。別段問題はなかったのだが、店員の手が冷たくて、特に髭を剃ってもらう時には、触られた首筋を思わずすくめてしまうくらいひんやりとしていた。そして、あごの下を剃ってもらっている時、と、突然停電になってしまった。あたってもらっている場所が場所だけに、ドキドキの緊張感が走り、少々怖かった。ところが、店員は慣れたもので、蝋燭に火をともして髭剃りを続けた。シャンプーはないのだけれど、マッサージが念入りだった。頭をやたらクシャクシャする。揉むというよりこする感じなのだ。頭のあとは、肩、腰、背中などもマッサージしてくれたので、なかなかのサービスだと感じた。ツアーリーダーに聞いたところ、散髪代は300円くらいだろうと言っていたので、覚悟していたが、代金は65ルピーだった(おそらく当時のレートは、1ルピー=約3円)。安いと思ったので、思わず5ルピーのチップを渡した。ちなみに昨夜ホテルで飲んだビールは110ルピーだった。すっかり気分を良くして、ホテルへ帰った。夕食はボリュームたっぷりで、つい食べ過ぎてしまった。 

旅行3日目、カトマンドゥからルクラ(2,834m)へ小型飛行機で飛んだ。ゆっくりトレッキングを楽しむ人は、ルクラまでも歩くようだが、今はほとんどのトレッカーは飛行機でルクラへ行き、ここからスタートするようだ。飛行機の窓越しに、ヒマラヤの山々がくっきりと見え、しだいに期待が高まってきたなか、40分ほどのフライトでルクラに到着した。ルクラのロッジで昼食を摂り、ゆっくり休憩した後、トレッキングをサポートしてくれるサーダー、ポーターたちと合流して、いよいよトレッキング開始だ。村のメインストリートを抜けると、段々畑が広がる。こういった風景は、我が地区に良く似ており、このあたりも私がネパールに惹かれる理由の一つだろうと思う。この日のルートは緩やかな下り坂で楽だった。「ビスターリ、ビスターリ」。途中、経文を彫りこんだマニ石や、家畜よけのため道の両側が石垣になったところなどを通る。そして、最後にドゥードゥ・コシ(川)の吊橋を渡ったところがパグディン(2,652m)で、本日宿泊するロッジがあった。ロッジ到着後、しばらく休憩などしたあと、ツアーのみんな(13名)が各自持参した酒とつまみを持ち寄り、飲み食いしながら夕食のできるのを待つ。夕食後は、自己紹介しながらにぎやかに過ごす。

旅行4日目、今日のルートはゆっくりとした上りが続く。ドゥードゥ・コシ沿いに徐々に高度を上げる。やがて雪で白く輝くタムセルク(6,608m)が見えてくる。モンジョで休憩・昼食を済ませたあと、サガルマータ国立公園管理事務所で入園手続きをする。にぎやかなイタリア・トレッカーの集団が我々を追い抜いていった。ここから、ドゥードゥ・コシ沿いに下りが続き、川に架かる木橋を渡る。おっかなびっくりで渡り終えると、河原の道を進む。そして、前方に高い(30mないしそれ以上か)吊橋が見えてきた。この吊橋は余り揺れなかったのだが、どうも私は吊橋が苦手だ。この橋を渡り終えると、いよいよナムチェ・バザールに向けての急登開始となる。途中の尾根で松の木の間から、はるか遠くにエベレストの頭が見えてきた。自分の肉眼で初めて見る世界最高峰に、しばし感慨にふける。茶店で紅茶を飲み、ビスケットを食べる。普段はほとんどこれらを飲食しないが、トレッキングをしているととても美味しく感じる。ずーと上りが続くので、この辺からしだいにしんどくなってきたので、ゆっくりゆっくり上る。同行の年配の女性は、カメラなど持たず、休憩のたびに短い時間を利用してスケッチをしている。こういう姿をみると、カメラで風景を写すのがとても貧弱な行為に思えてくる。 

そして、いよいよナムチェ・バザール(3,446m)に到着する。シェルパの故郷として知られるナムチェ・バザールは、古くからチベット交易の基地でもある。ここまでに、前回のアンナプルナ・トレッキングと大きな違いを感じていた。アンナプルナ方面では、しつこい物売りやお菓子をせびる子供達が多いが、エベレスト街道ではそういった光景は全く見られなかった。ヒンドゥー教とチベット仏教の違いだと感じた。今日のロッジは3階建てだった。夕食は、焼き飯や春巻きがでて、お腹いっぱい食べた。         ≪つづく≫