しかし、日本では暴動の代わりに首相の首のすげ替えが行われる。「金枝篇」で言う“王殺し”なのかもしれない。古代に天変地異が続くと“王の責任”として王は犠牲に捧げられ新しい王が誕生した。今の不況も避け得ない天変地異と思われているのかもしれない。
不況が続く限り首相の首はすげ替えられる。斯くして木馬は回転し続けるだろう。木馬の回転を止めた小泉政権期は今のところ最後の経済成長をもたらした。野田政権には小泉政権の功績を振り返ることからはじめて欲しいものだ。
民主党の代表選挙は野田吉彦が漁夫の利を得る格好となりました。今度の民主党代表戦も「脱小沢」とかいうのが主軸で議論されていたが、メディアはなぜ小沢一郎を未だに評価するのでしょうか?Twitterで「というか、小沢一郎って政争に弱いと思う。」とつぶやいてみたが、みんな気づいているのでしょうか?
以前にもブログに投稿したことがあって(「民主党代表選挙」)、その中で
小沢一郎が選挙に強いというのは“都市伝説”の類いです。自民党幹事長だった時に衆院選を勝利に導いたのは彼の力というよりは当時師事していた金丸氏の力によるものでした。自民党を離党してからも、先の参院選に勝つまでは負けっぱなし。
更に、党内抗争にはからっきしなのが小沢一郎です。自民党を離党したのも竹下派の主導権争いに負けた結果で、離党後も民主党に落ち着くまでは度々解党に至るほど、内部抗争に弱いのです。
と書いたのですが、結局はこの通りの展開になりました。これほど負け続ける人に、何故メディアは「剛腕」とか「闇将軍」といった形容をするのでしょうか?これはメディアの方が小沢一郎というキャラクターを必要としているからなのではないでしょうか。即ち、政界を分かりやすく図式化するのに「強い悪役」の存在は絵解きとしては楽だということです。
今回のことで小沢一郎の影響力の衰えを解説する人もいますが、小沢一郎の影響力のピークはもしかしたら20年前に終わっていたのかも知れません。それが時を同じくして政界の悪役である田中角栄や金丸信が舞台を去ったために小沢一郎が悪役として時にはダーティーヒーローとしてもてはやされてきたのではないかと思います。
原因には全く影響を与えられないのに、結果のインパクトは受けなければいけないというのが本当に腹が立つ。
旧聞に属することだが、高岡蒼甫のフジテレビ批判について考えたことを少し書いておく。
最初に断っておくと、僕は高岡氏もフジテレビも擁護も批判もする気は無い。なので、エキサイトする様な話にはならないので悪しからず。
まず、高岡氏の「事実に基づく真相」を読むと彼がこういう行為に至った経緯が良く分かる。芸能人である彼に対する遠慮会釈ない取材や記事。ドラマや舞台の現場での鬱屈。それらのストレスが彼を追い詰めていた。
精神的には浮沈はあった様だが、3.11はその精神に新たな衝撃を与えた。それらの報道の中で、彼はフジの報道姿勢が原発擁護に映ったのだろう。そこに彼の精神世界で一つの科学反応が起きたのだと思う。
ストレスによって自殺まで考えたという事は、基本的には彼は現場での衝突も、報道される内容についても自分を責めていたのだと思う。「自分が悪い」とまで思っていたのかもしれない。それがフジの報道姿勢が「正義にもとる」と思った時点で「自分は悪くない」と思うに至ったのだろう。そこにかつて自分が批判された韓国での出来事もあいまって、批判の口火が「韓流推し」になったのかもしれない。
高岡氏は非常に繊細で、多分頭が良いのだと思う。色々なことに思いが巡るのだろう。それが悩みが悩みを呼び、終わることのないストレスに苛まれているように思う。そんな彼を抱える事務所はもっと彼のケアに気を使うべきだったのではないだろうか。あっさりと高岡氏が事務所を辞めたことから考えると、事務所との信頼関係が希薄だったのかもしれない。
今後のことを考えるに、高岡氏にはもっと精神的な支えが必要だ。彼の繊細な頭の回転が、より創造的な未来に向かうような支えが必要ではないかと思う。