うみかぜ通信

日々の記録

理 由

2011年10月31日 08時41分05秒 | Weblog
恐ろしい。
畳み掛けるように聞いてくる。
タイトルを見ただけでどきっとしたわww
薬を飲もうと思ったほど。
なぜ私が、質問攻めに遭わないとならないの?

いわゆる「普通」の人同士でもこうだもの、
相手がいわゆる「普通でない人」ならなおさらうまくいくはずはない。

だから、ね、「普通」だとか「普通でない」とかって、
人間関係において特記するような事情じゃないと思う。

「普通」「普通でない」を隠しておいても、
人間関係がうまくいかない人はうまくいかない。
そこに「普通でない」という事情が出てくると、
とたんに人は「やっぱりか!」って自分が正しいと思うんだろうね。。

彼女が苛立っているのは、ここを読んで私があの場で発言できない本当の気持ちを
知っているからじゃないのかな?

100人いたら100人の考え方がある。
同じ立場にいてもいろんな考え方の人がいる。

それを冷静な気持ちで受け入れられない人が、
「普通でない人」を受け入れられるはずがないじゃんか。

自分も人を傷つけていることに気づいていないんだろうね。
自分も知らないうちに罪を犯し、それを赦されて生きているってことに気づくと、
自分も人を赦さなければならないって知る。

それでなくても、あの場所は差別的な発言が垣間見られる。
自分が、無意識に差別をしているということにも気づいていないんだろうね。。
「異教徒」って何?
何を基準にして何を「異教」と決めているの?
あの人は「異教徒」の意味を知っているんだろうか?
とてもキリスト教徒のようには思えないけれども。。

あそこは「離婚相談所」みたいだね。

他者を受け入れる勉強の場として選んだけれども、
何ともいえない居心地の悪さ。

みんな目指すところが離婚だから、
離婚に消極的な私は場違いなのかな~なんて。


出会い厨

2011年10月30日 18時55分44秒 | Weblog
気楽に適当なことを書くために別のサーバでブログを始めたら、
簡単なゲームのようなものがついていた。

ブログはここと同じようにコメントもトラバも受け付けず、
誰とも関わらず一人でのんびり携帯から投稿していた。
ゲームもひとりで暇つぶし的にやるつもりだったんだけど、
始めてすぐに、「友だち申請」なるものをされた。
1人は女性、もう一人が男性だったが、特に断る理由もないので許可した。
「友だち」になるとお互いゲームの手助けのようなことができるということだった。
私は、その2人のゲームの進み具合を見て、時に手助けをしてきた。
そうすると、自分の持っているパワーが減ってしまうが、
そこまで必死でやるつもりもなかったので、何とも思ってはいなかった。

しばらくして、「友だち」の男性の方が、
いつも「友だち」を頼ってばかりで、自分のパワーを温存しているんじゃないかと思い始めた。
ゲームのコメント欄には「おはよう!」などと書き残してはいるが、
私のゲームに手助けをしてくれた形跡はない。
コメントの返事をしようとその男性のゲームを覗いてみると、
自分がやるべきことは放置してしまっている。
コメント欄を見た私が訪問して、手助けをしてくれると思っているのだろう。

そうするうちに、コメント欄に
「○○さんの住まいはどちらですか?」
「仕事は何ですか?」
などと、ゲームとは無関係のプライバシーを探る書き込みが増えてきた。
この男性の「友達リスト」に載っている人を訪ねてみると、
やはり、何人もの人に対して、住所や仕事や年齢などを尋ねる書き込みをしている。

おのれ~、出会い厨が!!!

しかし、何歳の人か全くわからないけれども、
私は嫁に行く年頃の娘を持つおばさんだけど、いいんだろうか?

とりあえず、コメント欄に「プライバシーを詮索しないでほしい」と書いてやった。

変な人

2011年10月30日 16時35分07秒 | Weblog
今日は次女と高速バスに乗って商業施設にお買い物。
世の中にはいろんな人がいるということを知るために。

最初の「変な人」は行きがけのバスの中で、途中で席を立った20歳前ぐらいの男性。
両替をするのかと思ったら、いつまでも運転手さんの横から離れない。
運転席を覗き込んだり、足踏みをしたり、くるくる回ったり。
ようやく座席の方へ移動したかと思ったら、膝の屈伸運動みたいなことを始めた。
運転手さんも気が散るだろうな・・と同情しながら見ていた。

次は、いろんなお店が並んでいる施設の中の通路で、
50歳代ぐらいの女性が、真正面からカートを押して向かってくる。
そのうち避けるだろうと思っていたが、真顔のまま一心不乱に、
私に狙いを定めたかのように私に向かってカートを押してくる。
え?え?ぶつかるつもり?
と思っていたら、直前になってふとわれに返ったようで
「あ、すみません」
と言って避けた。
真っ直ぐ私の方を見ながらぐんぐんカートを押してくるからびっくり。
次女は私の知り合いだと思っていたらしい。

もう一人は、
帰りのバスに途中から乗ってきた60歳代の女性2人と孫娘のような高校生ぐらいの女の子。
別のスーパーの前から荷物を提げて乗ってきたのだが、
乗ってくるときから大声で、
「生ものがよくなかった、タイがよくなかったわよね~!」
と話しながら、車内でも大声で会話をする。

バスが高速道路に入ったとき。
「あ~、高速に入った~!私高速が好きなのよ~!旅行みたいで!」
とテンションMAXのはしゃぎよう。

でも「変な人」ばかりではなかった。
お昼を食べるために入ったフードコートで、ひとりでおうどんを食べていたおじさん。
2つ並んでいた2人席のひとつに座っていた。
私たちがもうひとつの方に座っていいか尋ねてみると、
「ああ、どうぞどうぞ!」
と笑顔だった。

お店の出入り口で、傘がぶつかったかどうかもわからないぐらいだったのに、
「どうもすみません」
と謝ってくれた高校生ぐらいの女の子。

そういうわけで、私は今日も世の中にはいろんな人がいるということを勉強した。

ひとりごと

2011年10月29日 15時30分57秒 | Weblog
たぶん、いつかの1000を越すpvがそうだったんだろうね。
たぶん、キーワード検索でたどりついて、過去ログを全部読んだんだろう。
毎日熱心にネットで「勉強」をしているんだろうね。。

私も最初はネットであれこれ調べたけれども、
結局は自分自身のぶれない気持ちが大事だと気づいた。

人は、ただ、決められたとおりに生きて死ぬだけのこと。
私は「寛容」を学ぶために生きている。
私に用意されている「逃れるための道」はたぶん、世間一般の人の考えることとは違う。

先生は、最初に言葉の出ない私からそのことを気づいた。

穏やかであることには間違いない。
命までは奪われることはないだろう。

再 開

2011年10月27日 07時45分58秒 | ピアノ
何年ぶりだろう、体調が悪くなってからだから2年?
仕事が暇になったので、またぼちぼち始めたもののブランクがありすぎて指が回らない。
そのうえ頭までぼんやりして楽譜にも集中できない。

こんなんじゃなかったはずだ。
頭の中に流れるメロディーどおりに、鍵盤を見なくても指がその音に触れる。
指先に目がついているように、指が勝手に音を探し出していたはずだ。
指と指の角度とか、前の音からの距離とか、
そういうものの微妙な感覚が衰えてしまっている。

高島忠夫氏がうつ病になった時、リハビリとしてピアノを弾かれていたらしく、
(高島氏はもともとジャズピアニスト)
ピアノは心の均衡を取り戻すのに効果があるらしい。

また必死でやるしかない。
バッハのインベンションが好きだから、そのあたりから毎日、
自分で取り戻すしかない。


賑やかな季節

2011年10月27日 07時39分41秒 | 夫のこと
昨日から寒くてたまらないらしい。
布団に入っていないと風邪を引きそうだと言って昨夜は20時ぐらいからもう寝ていた。
寒ければ上着を着るとか、そういうことがどうも思いつかないらしい。
いつも着る服は上下の組み合わせまで決まっている。
私は寒ければ取り敢えずは上着を着るので、
夫と車で出かけると車中で暖房を入れられ暑くてたまらなくなる。

この季節になると、寒い寒いと騒いだり鼻をすすったり、歯をシーシー鳴らしたり、
夫はとてつもなくうるさくなる。

秋 冷

2011年10月26日 08時30分52秒 | Weblog
遅れてやってきた秋、というよりも寒すぎる。
昨日までは朝の犬の散歩でも薄手の長袖でよかったのに、
今朝はトレーナーの上にフリースのパーカー、
たぶん、気温が一気に10度近く下がったんではないだろうか。

この時間になると、金色の柔らかな日差しが部屋の中に差し込んでくる。
温暖化のせいか私の好きな秋はあっという間に通り過ぎる。
つかの間の秋を楽しもう、何をするということもないけれども・・。

「何これ」

2011年10月25日 12時02分45秒 | 夫のこと
次女に日焼け止めクリームを買ってほしいと頼まれていた。
種類がたくさんあるのでわかりやすいように写メールを送ってもらった。
買い物に出たついでに、ドラッグストアでその日焼け止めクリームを買おうと、
夫に寄ってほしいと頼んだ。

「何を買うの?」
と聞くので写メを見せると、
「それは何?誰の?」
と聞く。

なんでもいいからとにかくドラッグストアに寄ってほしいのだ。

買い終わって車に戻っても、夫はまだそれが何かが気になっていて、
「何それ、見せて」
と言うので夫に手渡した。
出先なので老眼鏡がなく、夫は目を凝らしてパッケージの文字を読む。
「素肌にすうっとなじむ、透明感…?何これ、誰の?」

家でも私が紙のようなものや本などを手に持っていると、
気になるようで目がずっと追ってくる。
「何それ?」
と聞くので、手渡して見せてようやく納得する。

なぜこんなに気になるのかよくわからない。

家に帰って、玄関ドアの前で、夫は鍵を開けるよりも先に郵便受けの中を覗く。
私は重い荷物を提げて鍵を開けてくれるのを待っていた。
郵便受けの中には、何かの紙切れが1枚、
「何これ」
夫はまた、その紙切れが気になって仕方ない。
鍵を開けるのも忘れて、また必死になってその紙切れに書いてあることを読もうとする。
目を凝らして凝らして、ようやく読める。
「○○ペイント…? ああ~、壁の塗り替えか」

それよりも先に、玄関の鍵を開けてくれたら、私は重い荷物から解放される。
そういうことがとっさにはわからない。
自分が気になったことで頭がいっぱいなのだ。

怒鳴る人

2011年10月25日 11時49分37秒 | Weblog
売り出しのスーパーはとても混雑していた。
すでにカートがなく、私は重い店内カゴを提げて、
たくさんの人で思うように身動き取れない店の中を買い物メモを見ながら回った。

カートがないのは全くの誤算で、
そのせいで私はキャベツとナシを諦めることになった。

食品売り場の狭い通路を通っていた時、
そばを歩いていた60歳代ぐらいの女性のカートが、70歳代ぐらいの男性の足にぶつかった。
女性はすぐに「すみません」と謝ったが、
男性は
「痛い!この馬鹿が!気をつけんか!」
と店内に響き渡るほどの大声を張り上げた。
「すみませんね」
と女性は重ねて謝ったが、それに応えるように男性は
「馬鹿が!この馬鹿が!」
と大声を張り上げる。

商品を並べていた店員さんが見かねて
「お客さま、大丈夫ですか?」
と声をかけたが、近くにいた人はみんなこの男性に引いていた。

わざとやったのでもなく、それほどひどくぶつけたわけではない。
そばを通る時に当たった、ぐらいのことだろう。
それを、家で自分の家族にでも当り散らすように、
大声で「この馬鹿が!」と怒鳴る。

思うに、こういう高齢者の大半が、家で一人暮らしなのだ。
男性が一人で買い物に来ていたことからもそれは推察される。
家で誰とも話すこともなく、食べるのに困るので自分で買い物には出てくるものの、
日ごろのストレスを吐き出す術もない。
だから、スーパーの店内で買い物カートが当たったぐらいで、
それも相手がすぐに謝っているのに、執拗に怒鳴りつけるのだろう。

高齢者が多いこの町の病んでいる部分を見るような気分だった。

探りすぎ

2011年10月25日 09時04分58秒 | Weblog
冷静に考えてみて、あの女性はあの場に出てこられるのはやめたほうがよかったんじゃないだろうか。
それだけ腹が立っていたのかもしれないが。

あの場で、彼女が誰であるのかみんなに特定されたのであれば、
名誉を回復するためにご自身の意見を主張するというのもあっただろう。
でも、どこの誰のことを言っているのか全くわからない状況で、
「私は本人ですが、この人の言っていることは違います!」
と出てきたのにはびっくりした。

言っている本人に直接苦情を申し入れられる立場なんだから、
あれは本人と直接話し合ったほうがよかったんではないだろうか。

あの男性については最初からほんとに当事者なんだろうか、という疑問があった。
私の状況と違いすぎるのだ。
だから、いろいろと詳しく聞いてみたいと思っていたところに、
あの女性の登場で、ああ、なるほどね・・とすべて納得がいったのもあるけれども。

あの場所にいる人たちはみんな大人なんだろうか・・。
世の中にはいろんな人がいるとはわかってはいるが、
先日の別の女性の話もつじつまが合わないし、
言っていることが本当の話なら、とっくに人格が破綻しているだろうし、
仕事になど行けるはずはないと考える。

それに、あるひとつの事実についてはみんな共有しているのは間違いないが、
その背景にある生活の状況はそれぞれが全く違うはずだ。
それなのに、離婚を勧める人がいるという不思議。
離婚した後に、それを勧めた人が本人や子どもを養ってくれるのか、という疑問。

みんな高学歴で、華麗な経歴を持っていて、
誰かが「私は~です」と言うと、
「今まで黙っていたけれども私もです!」
みたいに華麗な経歴が披露され始める。

何がほんとで何が嘘か。
今回の女性の出現で、やっぱり嘘ばっかり、という感じも否めない。

病気になって医師や心理士さんの話をいろいろと聞くうちに、
やはり私自身人間の心理についての知識は豊かになったという感じはする。

私が探りすぎるのがよくないんだろうか。
人の心の裏を読もうとするから、いつも手前で気づいて、
親密な人間関係が築けないのだろうか。

もう立ち寄るまいと決めていたのが正解だったかもしれない。