『ブラッド・ムーン』
ドームの外の街では静かに異変が起きていた。
例の男のチームの奴ら全員が消えたのだ。
そしてそれに合わせたかのようにドームの中でも変化が起きた。
「今日からはここへお願いします」
いつもと同じアタッシュケースと一緒に初めての時と同じようにメモ用紙を渡された。
「いつもと住所が違うんだな」
僕がそう言うとかげろうのような男は薄く笑って「ええ」と頷いた。そしてこう付け加えた。「ああ、だけどがっかりすることはありませんからね」
眉根を寄せた僕だったけど、そのメモ用紙に書かれた住所に行った時にその意味を理解した。
ドームの建物はすべて統制されている。だから建物の高さも、形も色までまったく一緒。その場所だけは違う見慣れた建物はだけど二階の窓から僕を眺めるカナリアがいた。
「引っ越した?」
インターホンを鳴らした。
『ああ、運び屋さんね。待っていてちょうだい。今、玄関の鍵を開けるから』
玄関の鍵が開いた。
中から出てきたのは中年の女性であった。
そして中から聞こえてくるのはいつも聴くカナリアの声だった。
外の街に帰った僕は廃車のボンネットに座って、分厚い紫の雲に覆われた空を眺めていた。
数百年前の戦争でこの地上からは空は失われた。
これより未来はどうなのかは知らないが、少なくとも数百年前からは空は失われていた。
空を包み込む分厚い紫の雲を僕は見つめていた。
「あ、あの、AAA」
掠れた声。それに含まれるのは恐怖だ。
そちらに視線をやると、例の子どもがいた。
ただ見つめるばかりで何も言おうとしない僕に彼はおどおどとしながら言った。
「あ、あの、ミーシャが病気なんだ。それで・・・」
「それで?」
「お、お金を・・・お薬を買う・・・お金を貸してください。か、必ず返しますから・・・」
彼は言いにくそうにそう言った。
そして僕はポケットにあったお金をすべて投げ渡した。
「返さなくっていいから」
そう言った瞬間、彼はとても哀しそうな顔をした。
思えば不思議な子どもだ。あの事件以来、他の子ども達は僕の周りから消えた。だけどこの子だけが変わらずに僕にくっついてくる。
「なんでそんな哀しそうな顔をする?」
「だってAAAが哀しい事を言うから」
「哀しい事? 何が」
「だって、借金でもそれはAAAと僕との繋がりだから・・・」
おかしな事を言うと思った。
――繋がりなんかいらないじゃないか。
そしてまた独りとなった。
紫の空を見つめる。そこに何かを探すように…。
そう言えば僕は月の光を求めなくなった。
月の光を考えなくなった。
ここに来るまで…いや、カナリアに出会うまでは死と同意語であった月の光。それを考えなくなったのは 僕が死を求めなくなったから?
違う。僕は相変わらず生に執着なんかしていない。
じゃあ、どうして?
『月はもう見えないわよね、永遠に。だけどこの崩壊した世界のどこかにあるドームには月の光の結晶が住むという話を聞いたことがあるわ。月の光をこよなく愛する一族がいて、その一族は月の光が無いと生きていけないのよ。だから彼らはこの星のどこかに埋まっていた月の欠片からそれを作ったって。そして自分達が作った月の結晶の光に照らされ癒されながら生きているって。貴方も実はその一族だったりしてね。永遠に本当には癒される事の無い人。だってそれは本当の月じゃないんだから』
探し求めていた答えを見つけたような気がした。
次の週、僕は仕事をサボった。
かげろうのような男との待ち合わせの時間となってもその場所には行かなかった。
僕は月を求めていた。
死ぬんだったら月の明かりに照らされながら死にたいと望んでいた。
それに執着するあまりか僕はどのような死の局面に立たされても生き残った。生になんか執着していないくせに。
だけど実はこうであったら?
僕はこの街にカナリアがいることを無意識に知っていた。だからカナリアに出会うまでは死ねぬと、無意識に生存本能を発揮させてここまで生き残ってきた。ただ月を求めて。
そして僕はここでとうとう月を見つけた。
だからここに居着いた。
あれだけ想った月の光を浴びる事―――それは毎週一回カナリアの歌声を聴く事。
そう、僕はもう死ぬ環境を得ているんだ。
あとは誰に殺されるか、だけ・・・。
僕はそれを確認するために仕事をサボった。
彼女の歌声を聞かなければ、また僕の心は月の光に飢えるのかを知りたくって。
結果は地、獄だった。
胸が苦しい。
胸が張り裂けるようだ。
ただカナリアの歌声を想った。
「やっぱり彼女が僕が求めていた月なんだ」
それを確認した時、新たな疑問が生まれた。
じゃあ、こんなにもカナリアを欲する僕は誰なんだろう?
『月はもう見えないわよね、永遠に。だけどこの崩壊した世界のどこかにあるドームには月の光の結晶が住むという話を聞いたことがあるわ。月の光をこよなく愛する一族がいて、その一族は月の光が無いと生きていけないのよ。だから彼らはこの星のどこかに埋まっていた月の欠片からそれを作ったって。そして自分達が作った月の結晶の光に照らされ癒されながら生きているって。貴方も実はその一族だったりしてね。永遠に本当には癒される事の無い人。だってそれは本当の月じゃないんだから』
僕は本当にその一族なんだろうか?
あのかげろうのような男なら、僕の知りたいその答えを知っていると想った。
様々な理由で次の週の仕事の日が待ち遠しかった。
僕はかげろうのような男と出会うためにいつもの場所に行った。先週仕事をサボったから、もう彼はそこには来ないのではないのかとは思わなかった。何の理由かは知らないが、ドームの中に入れるのは僕だけだと気づいていたから。
「やあ、やはり今週は君がちゃんと来てくれましたね、AAA君」
君が?
「ああ、何も訝しむ必要もありませんし、何も君が気に病む必要もありません。では、仕事を。いつものこれと、それと今日からはここへお願いします」
アタッシュケースと一緒にまた新しい住所をメモった紙を渡された。
「また、住所が変わったのか?」
「と、言うよりも相手が、ね。ちゃんとルールは守らねば。ああ、君が気に病む必要はありませんよ。私と君との間にあるルールに仕事をサボらないというルールはありませんから。そう、君も今回のサボりでそんな事をしても自分が苦しいだけだという事を理解したでしょうから」
「・・・」
やはりこの男は知ってる。
「貴方は僕の知らない何を知っている?」
「君は君だ。今の君がすべてだろう?」
男はそう言って笑うと、その場から消えた。
僕はいつものようにドームに入った。
そして新しい住所にやはりカナリアはいた。
彼女の声が月の光だと認識した僕は家の中から聞こえてくるそれにすべての感覚を向けた。
どくん、と心臓が脈打った。
ものすごく恋しくって、切ない・・・
―――欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。カナリアが欲しい。
気が狂いそうだった。
いや、もう壊れているんだと想った。
僕は懐の拳銃に手を伸ばした。そこでふと左胸が痛んだ。痛んだのは心じゃない。古傷だ。
その傷の痛みに僕は何の意味も無くすべてが怖くなった。
僕は悲鳴を大きく開いた口から迸らせながら道を走った。
その僕の前に小さな人影が立った。
僕はその影にぶつかって、一緒に転んだ。
冷たく硬い石畳に両手をついて体を起こすと、僕の下にいたのはあの子どもだった。
「AAA。助けてぇ。僕を助けてぇ」
彼は泣きじゃくりながらそう言った。そしてそう言った彼の首筋には二つの小さな傷と、そして大きく開かれた口からは犬歯と言うには鋭すぎる八重歯が覗いていた。
「おま、え、どうしてここに?」
彼は泣きじゃくるばかりで何も言おうとはしなかった。
とにかく僕はここでは埒があかないので、彼の手を引っ張り、助けてと言う癖に外へ連れて行こうとするのを嫌がる彼を無理やりドームの外に連れ出した。
瞬間、彼の全身が焼けるように崩れ出した。
「な・・・」
彼の全身に広がっていくケロイドのような傷を僕は大きく見開いた両目でただ見つめる。
「早くドームの中に入れないと、彼、死んでしまいますよ」
どこからか現れたかげろうのような男が子どもを抱きかかえて、ドームの中に入っていった。
僕らは一番最初にカナリアがいた家に来た。
家具も何もかも置き去りにされたそこで、僕はベッドに眠る瀕死の子どもを横に男を問いただした。
「先週、君、仕事サボったでしょう。それでその代わりこの子が来たんです。ほら、この子、いつも君の後を追っていたから行動パターンは把握していたんでしょうな。それで時間になっても現れぬ君に諦めて私が去ろうとしたら、この子がいつもの君の仕事を自分がやると言い出したのです。まあ、私の仕事はぶっちゃけアタッシュケースさえ届けばかまわないんですよね、それで。君を選んだのはただ面倒事が無いから選んだだけですから。だから彼に行ってもらった。ドームの中へ」
「面倒事・・・」
僕に彼は最後まで言わせなかった。
彼は僕の皺を刻んだ眉間に銃口を押し付けると、何の躊躇いも無くトリガーを引いた。
そして本当なら僕はそれで死んでいるはずなのに、なぜか目を覚ました。
―――どうして?
「簡単な話ですよ。君が人間じゃないからだ。ここのドームに住む彼らと同じ闇の者。この子どもと同じで元々は人間であったんですけどね。ああ、不思議に思ったでしょう。だったらなぜ君も外の空気に触れた途端に死なないのかって。過程が違うから結果も違うんですよ。あの子は血を吸われて、ウイルスに汚染され、何千万分の一の確率によって闇の者になった。反対に闇の者であった君は人間の心臓を取り付けられたから、そうなった。普通は異種族の臓器など着床しないのですよ。君はすべてが規格外なんですよ」
彼は僕に笑うと、続けた。
「仕事を続けなさい。そうすればドームに暮らせない紛い物の君でもカナリアの声を聴ける。あれの声は君らの生命エネルギーを高める効能を持っている。現に君もあれの声を聴くようになってからは心が満たされているはずだ。アタッシュケースを運び続ければ君はカナリアの声を聴ける。我々人間ではあの子どものように、そしてあの子どもを殺そうとした男の仲間達のようにドームの中の奴らに血を吸われて死んでしまうか同類になってしまうんだ。奴らは汚染された外の奴らの血を吸えば自分達も死ぬとわかっているのに、本能で人を襲い血を吸い死んでしまう馬鹿な奴らだから。ここに君がいなければ私もドームには入りませんよ、実際ね」
・・・。
「一つ、訊きたい・・・」
「なんです?」
「貴方らがカナリアを作った?」
「ああ。月の欠片から作り上げた。この地上で一番の美しき物だよ、あれは。だからあれもこのドームの中でしか生きられない。それに君ら闇の者に触れられただけでも死んでしまう。そしてその逆もしかり。君らには綺麗すぎるんだね」
「貴方ら人間は彼らに生命エネルギーを与える事のできるカナリアを提供することで何を得ている?」
「血、ですよ。奴らの血には魔力が流れている。その血に流れる魔力を使って、魔導科学を確立させようとしているのですよ。この未来の無い星から抜け出すために」
「前の僕は貴方を知っていた?」
「ええ。両方とも知っていましたよ。君の左胸にある心臓は月の結晶にされたカナリアの恋人の者だった。その彼はカナリアを救い出そうと、人間の癖に彼らに立ち向かい、殺された。それをうちのスタッフが回収して実験でその肉体に心臓を移植したんですよ。でも、失敗だった。いや、失敗だと誤信してしまった。廃棄所で廃棄されるぎりぎりに覚醒し、生き延びたんでしょうな、君は。で、君はいったいどっちなんですか体か心臓か」
僕はすべてを思い出していた。
そう、死ぬ間際に僕は願ったんだ。カナリアを助けたいと。
そう、僕は彼女を殺し、殺されるためにここまでやって来たんだ。
僕は相棒の旧式回転装飾拳銃を片手にその家を飛び出した。
そしてカナリアがいる家を目指そうとした。
だが、その僕の前に彼らが立ちはだかった。僕が人間であった時と同じように。だけど今は僕も同じ存在だ。そして純粋な闇よりも光と闇が混沌する僕の方が異形だったんだ。
僕は彼らを皆殺しにした。
「カナリア」
僕は彼女を呼んだ。
窓から外を眺めながら歌を歌っていた彼女は静かに僕を振り返った。
「カフス。ようやく迎えに来てくれたのね」
そう、それが僕の名前。
「ようやく見つけたよ。これでようやっと君を抱きしめられる」
腕を大きく開くと彼女は僕の胸に飛び込んできた。
ぎゅっと抱きしめる。
体と体を・・・
唇と唇を・・・
そして心と心を重ね合わせた。
その瞬間に彼女は光となって蒸発し、僕も僕の中に流れ込んだ許容量を超える力に崩壊していくのがわかった。
床に仰向けに転がる僕の顔をかげろうのような男が覗き込む。
「ありがとう。計画通りだよ。君も知っての通りに私ら人間では闇の者は殺せない。ドームの天井を開閉してしまえば殺せるが、それでは大切な魔力を含んだ血までも蒸発してしまう。まったくのイレギュラーだった君が人間を救うんだ。ありがとう」
笑う彼を眺めながら僕も笑った。
彼は忘れているから。
このドームにまだ・・・
「うぎゃ―――」
かげろうのような男があげた断末魔の声を聞きながら僕は瞼を閉じた。
闇の中でただ青白い蒼銀色の光に包まれているカナリアが笑っていた。
【END】
OMCの試験で提出したお話だったりします。^^;
だから約1年と半年ぐらい前のお話でしょうか。^^;
それにしてもデスノート、すごい展開だったですね。(><
本当にま、の後が気になります!
これが判るのは最終回なんでしょうね。^^; もうラストも近いのかな?
ディー・グレイマン、ナルト、銀魂、21、武装蓮金も面白かったので満足です。でも子どもの頃はジャンプって買ったら全部読んでたんですけどね。^^; なんとなく読まない漫画もあるのに買うのはもったいない気もしないでもありません。^^;
ガンダム、第二のナグモさんのカキコが面白くって笑えます。なんとなく最近は第一のカキコで笑って、テレビを見てそれを確認して楽しむというなんとなく変な見方です。^^;
でもきっとメイリンが裏切るのではなくって、Vの時のカテジナみたいにルナマリアが裏切るのだと想う。そして結構土曜日のブログってガンダム関連の記事が多くって笑えます。
ツバサの新刊も読めて満足でした。^^ 今回は敵の事が少し知れて、おおーという驚きがあって。
小狼がどうなるのか楽しみです。^^
それでは読んでくださりありがとうございました。^^
ドームの外の街では静かに異変が起きていた。
例の男のチームの奴ら全員が消えたのだ。
そしてそれに合わせたかのようにドームの中でも変化が起きた。
「今日からはここへお願いします」
いつもと同じアタッシュケースと一緒に初めての時と同じようにメモ用紙を渡された。
「いつもと住所が違うんだな」
僕がそう言うとかげろうのような男は薄く笑って「ええ」と頷いた。そしてこう付け加えた。「ああ、だけどがっかりすることはありませんからね」
眉根を寄せた僕だったけど、そのメモ用紙に書かれた住所に行った時にその意味を理解した。
ドームの建物はすべて統制されている。だから建物の高さも、形も色までまったく一緒。その場所だけは違う見慣れた建物はだけど二階の窓から僕を眺めるカナリアがいた。
「引っ越した?」
インターホンを鳴らした。
『ああ、運び屋さんね。待っていてちょうだい。今、玄関の鍵を開けるから』
玄関の鍵が開いた。
中から出てきたのは中年の女性であった。
そして中から聞こえてくるのはいつも聴くカナリアの声だった。
外の街に帰った僕は廃車のボンネットに座って、分厚い紫の雲に覆われた空を眺めていた。
数百年前の戦争でこの地上からは空は失われた。
これより未来はどうなのかは知らないが、少なくとも数百年前からは空は失われていた。
空を包み込む分厚い紫の雲を僕は見つめていた。
「あ、あの、AAA」
掠れた声。それに含まれるのは恐怖だ。
そちらに視線をやると、例の子どもがいた。
ただ見つめるばかりで何も言おうとしない僕に彼はおどおどとしながら言った。
「あ、あの、ミーシャが病気なんだ。それで・・・」
「それで?」
「お、お金を・・・お薬を買う・・・お金を貸してください。か、必ず返しますから・・・」
彼は言いにくそうにそう言った。
そして僕はポケットにあったお金をすべて投げ渡した。
「返さなくっていいから」
そう言った瞬間、彼はとても哀しそうな顔をした。
思えば不思議な子どもだ。あの事件以来、他の子ども達は僕の周りから消えた。だけどこの子だけが変わらずに僕にくっついてくる。
「なんでそんな哀しそうな顔をする?」
「だってAAAが哀しい事を言うから」
「哀しい事? 何が」
「だって、借金でもそれはAAAと僕との繋がりだから・・・」
おかしな事を言うと思った。
――繋がりなんかいらないじゃないか。
そしてまた独りとなった。
紫の空を見つめる。そこに何かを探すように…。
そう言えば僕は月の光を求めなくなった。
月の光を考えなくなった。
ここに来るまで…いや、カナリアに出会うまでは死と同意語であった月の光。それを考えなくなったのは 僕が死を求めなくなったから?
違う。僕は相変わらず生に執着なんかしていない。
じゃあ、どうして?
『月はもう見えないわよね、永遠に。だけどこの崩壊した世界のどこかにあるドームには月の光の結晶が住むという話を聞いたことがあるわ。月の光をこよなく愛する一族がいて、その一族は月の光が無いと生きていけないのよ。だから彼らはこの星のどこかに埋まっていた月の欠片からそれを作ったって。そして自分達が作った月の結晶の光に照らされ癒されながら生きているって。貴方も実はその一族だったりしてね。永遠に本当には癒される事の無い人。だってそれは本当の月じゃないんだから』
探し求めていた答えを見つけたような気がした。
次の週、僕は仕事をサボった。
かげろうのような男との待ち合わせの時間となってもその場所には行かなかった。
僕は月を求めていた。
死ぬんだったら月の明かりに照らされながら死にたいと望んでいた。
それに執着するあまりか僕はどのような死の局面に立たされても生き残った。生になんか執着していないくせに。
だけど実はこうであったら?
僕はこの街にカナリアがいることを無意識に知っていた。だからカナリアに出会うまでは死ねぬと、無意識に生存本能を発揮させてここまで生き残ってきた。ただ月を求めて。
そして僕はここでとうとう月を見つけた。
だからここに居着いた。
あれだけ想った月の光を浴びる事―――それは毎週一回カナリアの歌声を聴く事。
そう、僕はもう死ぬ環境を得ているんだ。
あとは誰に殺されるか、だけ・・・。
僕はそれを確認するために仕事をサボった。
彼女の歌声を聞かなければ、また僕の心は月の光に飢えるのかを知りたくって。
結果は地、獄だった。
胸が苦しい。
胸が張り裂けるようだ。
ただカナリアの歌声を想った。
「やっぱり彼女が僕が求めていた月なんだ」
それを確認した時、新たな疑問が生まれた。
じゃあ、こんなにもカナリアを欲する僕は誰なんだろう?
『月はもう見えないわよね、永遠に。だけどこの崩壊した世界のどこかにあるドームには月の光の結晶が住むという話を聞いたことがあるわ。月の光をこよなく愛する一族がいて、その一族は月の光が無いと生きていけないのよ。だから彼らはこの星のどこかに埋まっていた月の欠片からそれを作ったって。そして自分達が作った月の結晶の光に照らされ癒されながら生きているって。貴方も実はその一族だったりしてね。永遠に本当には癒される事の無い人。だってそれは本当の月じゃないんだから』
僕は本当にその一族なんだろうか?
あのかげろうのような男なら、僕の知りたいその答えを知っていると想った。
様々な理由で次の週の仕事の日が待ち遠しかった。
僕はかげろうのような男と出会うためにいつもの場所に行った。先週仕事をサボったから、もう彼はそこには来ないのではないのかとは思わなかった。何の理由かは知らないが、ドームの中に入れるのは僕だけだと気づいていたから。
「やあ、やはり今週は君がちゃんと来てくれましたね、AAA君」
君が?
「ああ、何も訝しむ必要もありませんし、何も君が気に病む必要もありません。では、仕事を。いつものこれと、それと今日からはここへお願いします」
アタッシュケースと一緒にまた新しい住所をメモった紙を渡された。
「また、住所が変わったのか?」
「と、言うよりも相手が、ね。ちゃんとルールは守らねば。ああ、君が気に病む必要はありませんよ。私と君との間にあるルールに仕事をサボらないというルールはありませんから。そう、君も今回のサボりでそんな事をしても自分が苦しいだけだという事を理解したでしょうから」
「・・・」
やはりこの男は知ってる。
「貴方は僕の知らない何を知っている?」
「君は君だ。今の君がすべてだろう?」
男はそう言って笑うと、その場から消えた。
僕はいつものようにドームに入った。
そして新しい住所にやはりカナリアはいた。
彼女の声が月の光だと認識した僕は家の中から聞こえてくるそれにすべての感覚を向けた。
どくん、と心臓が脈打った。
ものすごく恋しくって、切ない・・・
―――欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。欲しい。カナリアが欲しい。
気が狂いそうだった。
いや、もう壊れているんだと想った。
僕は懐の拳銃に手を伸ばした。そこでふと左胸が痛んだ。痛んだのは心じゃない。古傷だ。
その傷の痛みに僕は何の意味も無くすべてが怖くなった。
僕は悲鳴を大きく開いた口から迸らせながら道を走った。
その僕の前に小さな人影が立った。
僕はその影にぶつかって、一緒に転んだ。
冷たく硬い石畳に両手をついて体を起こすと、僕の下にいたのはあの子どもだった。
「AAA。助けてぇ。僕を助けてぇ」
彼は泣きじゃくりながらそう言った。そしてそう言った彼の首筋には二つの小さな傷と、そして大きく開かれた口からは犬歯と言うには鋭すぎる八重歯が覗いていた。
「おま、え、どうしてここに?」
彼は泣きじゃくるばかりで何も言おうとはしなかった。
とにかく僕はここでは埒があかないので、彼の手を引っ張り、助けてと言う癖に外へ連れて行こうとするのを嫌がる彼を無理やりドームの外に連れ出した。
瞬間、彼の全身が焼けるように崩れ出した。
「な・・・」
彼の全身に広がっていくケロイドのような傷を僕は大きく見開いた両目でただ見つめる。
「早くドームの中に入れないと、彼、死んでしまいますよ」
どこからか現れたかげろうのような男が子どもを抱きかかえて、ドームの中に入っていった。
僕らは一番最初にカナリアがいた家に来た。
家具も何もかも置き去りにされたそこで、僕はベッドに眠る瀕死の子どもを横に男を問いただした。
「先週、君、仕事サボったでしょう。それでその代わりこの子が来たんです。ほら、この子、いつも君の後を追っていたから行動パターンは把握していたんでしょうな。それで時間になっても現れぬ君に諦めて私が去ろうとしたら、この子がいつもの君の仕事を自分がやると言い出したのです。まあ、私の仕事はぶっちゃけアタッシュケースさえ届けばかまわないんですよね、それで。君を選んだのはただ面倒事が無いから選んだだけですから。だから彼に行ってもらった。ドームの中へ」
「面倒事・・・」
僕に彼は最後まで言わせなかった。
彼は僕の皺を刻んだ眉間に銃口を押し付けると、何の躊躇いも無くトリガーを引いた。
そして本当なら僕はそれで死んでいるはずなのに、なぜか目を覚ました。
―――どうして?
「簡単な話ですよ。君が人間じゃないからだ。ここのドームに住む彼らと同じ闇の者。この子どもと同じで元々は人間であったんですけどね。ああ、不思議に思ったでしょう。だったらなぜ君も外の空気に触れた途端に死なないのかって。過程が違うから結果も違うんですよ。あの子は血を吸われて、ウイルスに汚染され、何千万分の一の確率によって闇の者になった。反対に闇の者であった君は人間の心臓を取り付けられたから、そうなった。普通は異種族の臓器など着床しないのですよ。君はすべてが規格外なんですよ」
彼は僕に笑うと、続けた。
「仕事を続けなさい。そうすればドームに暮らせない紛い物の君でもカナリアの声を聴ける。あれの声は君らの生命エネルギーを高める効能を持っている。現に君もあれの声を聴くようになってからは心が満たされているはずだ。アタッシュケースを運び続ければ君はカナリアの声を聴ける。我々人間ではあの子どものように、そしてあの子どもを殺そうとした男の仲間達のようにドームの中の奴らに血を吸われて死んでしまうか同類になってしまうんだ。奴らは汚染された外の奴らの血を吸えば自分達も死ぬとわかっているのに、本能で人を襲い血を吸い死んでしまう馬鹿な奴らだから。ここに君がいなければ私もドームには入りませんよ、実際ね」
・・・。
「一つ、訊きたい・・・」
「なんです?」
「貴方らがカナリアを作った?」
「ああ。月の欠片から作り上げた。この地上で一番の美しき物だよ、あれは。だからあれもこのドームの中でしか生きられない。それに君ら闇の者に触れられただけでも死んでしまう。そしてその逆もしかり。君らには綺麗すぎるんだね」
「貴方ら人間は彼らに生命エネルギーを与える事のできるカナリアを提供することで何を得ている?」
「血、ですよ。奴らの血には魔力が流れている。その血に流れる魔力を使って、魔導科学を確立させようとしているのですよ。この未来の無い星から抜け出すために」
「前の僕は貴方を知っていた?」
「ええ。両方とも知っていましたよ。君の左胸にある心臓は月の結晶にされたカナリアの恋人の者だった。その彼はカナリアを救い出そうと、人間の癖に彼らに立ち向かい、殺された。それをうちのスタッフが回収して実験でその肉体に心臓を移植したんですよ。でも、失敗だった。いや、失敗だと誤信してしまった。廃棄所で廃棄されるぎりぎりに覚醒し、生き延びたんでしょうな、君は。で、君はいったいどっちなんですか体か心臓か」
僕はすべてを思い出していた。
そう、死ぬ間際に僕は願ったんだ。カナリアを助けたいと。
そう、僕は彼女を殺し、殺されるためにここまでやって来たんだ。
僕は相棒の旧式回転装飾拳銃を片手にその家を飛び出した。
そしてカナリアがいる家を目指そうとした。
だが、その僕の前に彼らが立ちはだかった。僕が人間であった時と同じように。だけど今は僕も同じ存在だ。そして純粋な闇よりも光と闇が混沌する僕の方が異形だったんだ。
僕は彼らを皆殺しにした。
「カナリア」
僕は彼女を呼んだ。
窓から外を眺めながら歌を歌っていた彼女は静かに僕を振り返った。
「カフス。ようやく迎えに来てくれたのね」
そう、それが僕の名前。
「ようやく見つけたよ。これでようやっと君を抱きしめられる」
腕を大きく開くと彼女は僕の胸に飛び込んできた。
ぎゅっと抱きしめる。
体と体を・・・
唇と唇を・・・
そして心と心を重ね合わせた。
その瞬間に彼女は光となって蒸発し、僕も僕の中に流れ込んだ許容量を超える力に崩壊していくのがわかった。
床に仰向けに転がる僕の顔をかげろうのような男が覗き込む。
「ありがとう。計画通りだよ。君も知っての通りに私ら人間では闇の者は殺せない。ドームの天井を開閉してしまえば殺せるが、それでは大切な魔力を含んだ血までも蒸発してしまう。まったくのイレギュラーだった君が人間を救うんだ。ありがとう」
笑う彼を眺めながら僕も笑った。
彼は忘れているから。
このドームにまだ・・・
「うぎゃ―――」
かげろうのような男があげた断末魔の声を聞きながら僕は瞼を閉じた。
闇の中でただ青白い蒼銀色の光に包まれているカナリアが笑っていた。
【END】
OMCの試験で提出したお話だったりします。^^;
だから約1年と半年ぐらい前のお話でしょうか。^^;
それにしてもデスノート、すごい展開だったですね。(><
本当にま、の後が気になります!
これが判るのは最終回なんでしょうね。^^; もうラストも近いのかな?
ディー・グレイマン、ナルト、銀魂、21、武装蓮金も面白かったので満足です。でも子どもの頃はジャンプって買ったら全部読んでたんですけどね。^^; なんとなく読まない漫画もあるのに買うのはもったいない気もしないでもありません。^^;
ガンダム、第二のナグモさんのカキコが面白くって笑えます。なんとなく最近は第一のカキコで笑って、テレビを見てそれを確認して楽しむというなんとなく変な見方です。^^;
でもきっとメイリンが裏切るのではなくって、Vの時のカテジナみたいにルナマリアが裏切るのだと想う。そして結構土曜日のブログってガンダム関連の記事が多くって笑えます。
ツバサの新刊も読めて満足でした。^^ 今回は敵の事が少し知れて、おおーという驚きがあって。
小狼がどうなるのか楽しみです。^^
それでは読んでくださりありがとうございました。^^