カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ココロ 「センセイ と ワタクシ 1」

2015-09-23 | ナツメ ソウセキ
 ココロ

 ナツメ ソウセキ

 ジョウ、 センセイ と ワタクシ

 1

 ワタクシ は その ヒト を つねに センセイ と よんで いた。 だから ここ でも ただ センセイ と かく だけ で ホンミョウ は うちあけない。 これ は セケン を はばかる エンリョ と いう より も、 その ほう が ワタクシ に とって シゼン だ から で ある。 ワタクシ は その ヒト の キオク を よびおこす ごと に、 すぐ 「センセイ」 と いいたく なる。 フデ を とって も ココロモチ は おなじ こと で ある。 よそよそしい カシラモジ など は とても つかう キ に ならない。
 ワタクシ が センセイ と シリアイ に なった の は カマクラ で ある。 その とき ワタクシ は まだ わかわかしい ショセイ で あった。 ショチュウ キュウカ を リヨウ して カイスイヨク に いった トモダチ から ぜひ こい と いう ハガキ を うけとった ので、 ワタクシ は タショウ の カネ を クメン して、 でかける こと に した。 ワタクシ は カネ の クメン に 2~3 チ を ついやした。 ところが ワタクシ が カマクラ に ついて ミッカ と たたない うち に、 ワタクシ を よびよせた トモダチ は、 キュウ に クニモト から かえれ と いう デンポウ を うけとった。 デンポウ には ハハ が ビョウキ だ から と ことわって あった けれども トモダチ は それ を しんじなかった。 トモダチ は かねて から クニモト に いる オヤ たち に すすまない ケッコン を しいられて いた。 カレ は ゲンダイ の シュウカン から いう と ケッコン する には あまり トシ が わかすぎた。 それに カンジン の トウニン が キ に いらなかった。 それで ナツヤスミ に とうぜん かえる べき ところ を、 わざと さけて トウキョウ の チカク で あそんで いた の で ある。 カレ は デンポウ を ワタクシ に みせて どう しよう と ソウダン を した。 ワタクシ には どうして いい か わからなかった。 けれども じっさい カレ の ハハ が ビョウキ で ある と すれば カレ は もとより かえる べき はず で あった。 それで カレ は とうとう かえる こと に なった。 せっかく きた ワタクシ は ヒトリ とりのこされた。
 ガッコウ の ジュギョウ が はじまる には まだ だいぶ ヒカズ が ある ので、 カマクラ に おって も よし、 かえって も よい と いう キョウグウ に いた ワタクシ は、 とうぶん モト の ヤド に とまる カクゴ を した。 トモダチ は チュウゴク の ある シサンカ の ムスコ で カネ に フジユウ の ない オトコ で あった けれども、 ガッコウ が ガッコウ なの と トシ が トシ なので、 セイカツ の テイド は ワタクシ と そう かわり も しなかった。 したがって ヒトリボッチ に なった ワタクシ は べつに カッコウ な ヤド を さがす メンドウ も もたなかった の で ある。
 ヤド は カマクラ でも ヘンピ な ホウガク に あった。 タマツキ だの アイス クリーム だの と いう ハイカラ な もの には ながい ナワテ を ヒトツ こさなければ テ が とどかなかった。 クルマ で いって も 20 セン は とられた。 けれども コジン の ベッソウ は そこここ に イクツ でも たてられて いた。 それに ウミ へは ごく ちかい ので カイスイヨク を やる には しごく ベンリ な チイ を しめて いた。
 ワタクシ は マイニチ ウミ へ はいり に でかけた。 ふるい くすぶりかえった ワラブキ の アイダ を とおりぬけて イソ へ おりる と、 この ヘン に これほど の トカイ ジンシュ が すんで いる か と おもう ほど、 ヒショ に きた オトコ や オンナ で スナ の ウエ が うごいて いた。 ある とき は ウミ の ナカ が セントウ の よう に くろい アタマ で ごちゃごちゃ して いる こと も あった。 その ナカ に しった ヒト を ヒトリ も もたない ワタクシ も、 こういう にぎやか な ケシキ の ナカ に つつまれて、 スナ の ウエ に ねそべって みたり、 ヒザガシラ を ナミ に うたして そこいら を はねまわる の は ユカイ で あった。
 ワタクシ は じつに センセイ を この ザットウ の アイダ に みつけだした の で ある。 その とき カイガン には カケヂャヤ が 2 ケン あった。 ワタクシ は ふとした ハズミ から その 1 ケン の ほう に ゆきなれて いた。 ハセ ヘン に おおきな ベッソウ を かまえて いる ヒト と ちがって、 メイメイ に センユウ の キガエバ を こしらえて いない ここいら の ヒショキャク には、 ぜひとも こうした キョウドウ キガエジョ と いった ふう な もの が ヒツヨウ なの で あった。 カレラ は ここ で チャ を のみ、 ここ で キュウソク する ホカ に、 ここ で カイスイギ を センタク させたり、 ここ で しおはゆい カラダ を きよめたり、 ここ へ ボウシ や カサ を あずけたり する の で ある。 カイスイギ を もたない ワタクシ にも モチモノ を ぬすまれる オソレ は あった ので、 ワタクシ は ウミ へ はいる たび に その チャヤ へ イッサイ を ぬぎすてる こと に して いた。

 2

 ワタクシ が その カケヂャヤ で センセイ を みた とき は、 センセイ が ちょうど キモノ を ぬいで これから ウミ へ はいろう と する ところ で あった。 ワタクシ は その とき ハンタイ に ぬれた カラダ を カゼ に ふかして ミズ から あがって きた。 フタリ の アイダ には メ を さえぎる イクタ の くろい アタマ が うごいて いた。 トクベツ の ジジョウ の ない かぎり、 ワタクシ は ついに センセイ を みのがした かも しれなかった。 それほど ハマベ が コンザツ し、 それほど ワタクシ の アタマ が ホウマン で あった にも かかわらず、 ワタクシ が すぐ センセイ を みつけだした の は、 センセイ が ヒトリ の セイヨウジン を つれて いた から で ある。
 その セイヨウジン の すぐれて しろい ヒフ の イロ が、 カケヂャヤ へ はいる や いなや、 すぐ ワタクシ の チュウイ を ひいた。 ジュンスイ の ニホン の ユカタ を きて いた カレ は、 それ を ショウギ の ウエ に すぽり と ほうりだした まま、 ウデグミ を して ウミ の ほう を むいて たって いた。 カレ は ワレワレ の はく サルマタ ヒトツ の ホカ ナニモノ も ハダ に つけて いなかった。 ワタクシ には それ が だいいち フシギ だった。 ワタクシ は その フツカ マエ に ユイガハマ まで いって、 スナ の ウエ に しゃがみながら、 ながい アイダ セイヨウジン の ウミ へ はいる ヨウス を ながめて いた。 ワタクシ の シリ を おろした ところ は すこし こだかい オカ の ウエ で、 その すぐ ワキ が ホテル の ウラグチ に なって いた ので、 ワタクシ の じっと して いる アイダ に、 だいぶ オオク の オトコ が シオ を あび に でて きた が、 いずれ も ドウ と ウデ と モモ は だして いなかった。 オンナ は ことさら ニク を かくしがち で あった。 タイテイ は アタマ に ゴム-セイ の ズキン を かぶって、 エビチャ や コン や アイ の イロ を ナミマ に うかして いた。 そういう アリサマ を モクゲキ した ばかり の ワタクシ の メ には、 サルマタ ヒトツ で すまして ミンナ の マエ に たって いる この セイヨウジン が いかにも めずらしく みえた。
 カレ は やがて ジブン の ワキ を かえりみて、 そこ に こごんで いる ニホンジン に、 ヒトコト フタコト ナニ か いった。 その ニホンジン は スナ の ウエ に おちた テヌグイ を ひろいあげて いる ところ で あった が、 それ を とりあげる や いなや、 すぐ アタマ を つつんで、 ウミ の ほう へ あるきだした。 その ヒト が すなわち センセイ で あった。
 ワタクシ は たんに コウキシン の ため に、 ならんで ハマベ を おりて ゆく フタリ の ウシロスガタ を みまもって いた。 すると カレラ は マッスグ に ナミ の ナカ に アシ を ふみこんだ。 そうして トオアサ の イソ-ヂカク に わいわい さわいで いる タニンズ の アイダ を とおりぬけて、 ヒカクテキ ひろびろ した ところ へ くる と、 フタリ とも およぎだした。 カレラ の アタマ が ちいさく みえる まで オキ の ほう へ むいて いった。 それから ひきかえして また イッチョクセン に ハマベ まで もどって きた。 カケヂャヤ へ かえる と、 イド の ミズ も あびず に、 すぐ カラダ を ふいて キモノ を きて、 さっさと どこ へ か いって しまった。
 カレラ の でて いった アト、 ワタクシ は やはり モト の ショウギ に コシ を おろして タバコ を ふかして いた。 その とき ワタクシ は ぽかん と しながら センセイ の こと を かんがえた。 どうも どこ か で みた こと の ある カオ の よう に おもわれて ならなかった。 しかし どうしても いつ どこ で あった ヒト か おもいだせず に しまった。
 その とき の ワタクシ は クッタク が ない と いう より むしろ ブリョウ に くるしんで いた。 それで あくる ヒ も また センセイ に あった ジコク を みはからって、 わざわざ カケヂャヤ まで でかけて みた。 すると セイヨウジン は こない で センセイ ヒトリ ムギワラボウ を かぶって やって きた。 センセイ は メガネ を とって ダイ の ウエ に おいて、 すぐ テヌグイ で アタマ を つつんで、 すたすた ハマ を おりて いった。 センセイ が キノウ の よう に さわがしい ヨッカク の ナカ を とおりぬけて、 ヒトリ で およぎだした とき、 ワタクシ は キュウ に その アト が おいかけたく なった。 ワタクシ は あさい ミズ を アタマ の ウエ まで はねかして ソウトウ の フカサ の ところ まで きて、 そこ から センセイ を メジルシ に ヌキデ を きった。 すると センセイ は キノウ と ちがって、 イッシュ の コセン を えがいて、 ミョウ な ホウコウ から キシ の ほう へ かえりはじめた。 それで ワタクシ の モクテキ は ついに たっせられなかった。 ワタクシ が オカ へ あがって シズク の たれる テ を ふりながら カケヂャヤ に はいる と、 センセイ は もう ちゃんと キモノ を きて イレチガイ に ソト へ でて いった。

 3

 ワタクシ は ツギ の ヒ も おなじ ジコク に ハマ へ いって センセイ の カオ を みた。 その ツギ の ヒ にも また おなじ こと を くりかえした。 けれども モノ を いいかける キカイ も、 アイサツ を する バアイ も、 フタリ の アイダ には おこらなかった。 そのうえ センセイ の タイド は むしろ ヒ-シャコウテキ で あった。 イッテイ の ジコク に ちょうぜん と して きて、 また ちょうぜん と かえって いった。 シュウイ が いくら にぎやか でも、 それ には ほとんど チュウイ を はらう ヨウス が みえなかった。 サイショ イッショ に きた セイヨウジン は ソノゴ まるで スガタ を みせなかった。 センセイ は いつでも ヒトリ で あった。
 ある とき センセイ が レイ の とおり さっさと ウミ から あがって きて、 イツモ の バショ に ぬぎすてた ユカタ を きよう と する と、 どうした ワケ か、 その ユカタ に スナ が いっぱい ついて いた。 センセイ は それ を おとす ため に、 ウシロムキ に なって、 ユカタ を 2~3 ド ふるった。 すると キモノ の シタ に おいて あった メガネ が イタ の スキマ から シタ へ おちた。 センセイ は シロガスリ の ウエ へ ヘコオビ を しめて から、 メガネ の なくなった の に キ が ついた と みえて、 キュウ に そこいら を さがしはじめた。 ワタクシ は すぐ コシカケ の シタ へ クビ と テ を つっこんで メガネ を ひろいだした。 センセイ は ありがとう と いって、 それ を ワタクシ の テ から うけとった。
 ツギ の ヒ ワタクシ は センセイ の アト に つづいて ウミ へ とびこんだ。 そうして センセイ と イッショ の ホウガク に およいで いった。 2 チョウ ほど オキ へ でる と、 センセイ は ウシロ を ふりかえって ワタクシ に はなしかけた。 ひろい あおい ウミ の ヒョウメン に ういて いる もの は、 その キンジョ に ワタクシラ フタリ より ホカ に なかった。 そうして つよい タイヨウ の ヒカリ が、 メ の とどく かぎり ミズ と ヤマ と を てらして いた。 ワタクシ は ジユウ と カンキ に みちた キンニク を うごかして ウミ の ナカ で おどりくるった。 センセイ は また ぱたり と テアシ の ウンドウ を やめて アオムケ に なった まま ナミ の ウエ に ねた。 ワタクシ も その マネ を した。 アオゾラ の イロ が ぎらぎら と メ を いる よう に ツウレツ な イロ を ワタクシ の カオ に なげつけた。 「ユカイ です ね」 と ワタクシ は おおきな コエ を だした。
 しばらく して ウミ の ナカ で おきあがる よう に シセイ を あらためた センセイ は、 「もう かえりません か」 と いって ワタクシ を うながした。 ヒカクテキ つよい タイシツ を もった ワタクシ は、 もっと ウミ の ナカ で あそんで いたかった。 しかし センセイ から さそわれた とき、 ワタクシ は すぐ 「ええ かえりましょう」 と こころよく こたえた。 そうして フタリ で また モト の ミチ を ハマベ へ ひきかえした。
 ワタクシ は これから センセイ と コンイ に なった。 しかし センセイ が どこ に いる か は まだ しらなかった。
 それから ナカ フツカ おいて ちょうど ミッカ-メ の ゴゴ だった と おもう。 センセイ と カケヂャヤ で であった とき、 センセイ は とつぜん ワタクシ に むかって、 「キミ は まだ だいぶ ながく ここ に いる つもり です か」 と きいた。 カンガエ の ない ワタクシ は こういう トイ に こたえる だけ の ヨウイ を アタマ の ナカ に たくわえて いなかった。 それで 「どう だ か わかりません」 と こたえた。 しかし にやにや わらって いる センセイ の カオ を みた とき、 ワタクシ は キュウ に キマリ が わるく なった。 「センセイ は?」 と ききかえさず には いられなかった。 これ が ワタクシ の クチ を でた センセイ と いう コトバ の ハジマリ で ある。
 ワタクシ は その バン センセイ の ヤド を たずねた。 ヤド と いって も フツウ の リョカン と ちがって、 ひろい テラ の ケイダイ に ある ベッソウ の よう な タテモノ で あった。 そこ に すんで いる ヒト の センセイ の カゾク で ない こと も わかった。 ワタクシ が センセイ センセイ と よびかける ので、 センセイ は ニガワライ を した。 ワタクシ は それ が ネンチョウシャ に たいする ワタクシ の クチグセ だ と いって ベンカイ した。 ワタクシ は コノアイダ の セイヨウジン の こと を きいて みた。 センセイ は カレ の フウガワリ の ところ や、 もう カマクラ に いない こと や、 イロイロ の ハナシ を した スエ、 ニホンジン に さえ あまり ツキアイ を もたない のに、 そういう ガイコクジン と チカヅキ に なった の は フシギ だ と いったり した。 ワタクシ は サイゴ に センセイ に むかって、 どこ か で センセイ を みた よう に おもう けれども、 どうしても おもいだせない と いった。 わかい ワタクシ は その とき あんに アイテ も ワタクシ と おなじ よう な カンジ を もって い は しまい か と うたがった。 そうして ハラ の ナカ で センセイ の ヘンジ を ヨキ して かかった。 ところが センセイ は しばらく チンギン した アト で、 「どうも キミ の カオ には ミオボエ が ありません ね。 ヒトチガイ じゃ ない です か」 と いった ので ワタクシ は へんに イッシュ の シツボウ を かんじた。

 4

 ワタクシ は ツキ の スエ に トウキョウ へ かえった。 センセイ の ヒショチ を ひきあげた の は それ より ずっと マエ で あった。 ワタクシ は センセイ と わかれる とき に、 「これから おりおり オタク へ うかがって も よ ござんす か」 と きいた。 センセイ は タンカン に ただ 「ええ いらっしゃい」 と いった だけ で あった。 その ジブン の ワタクシ は センセイ と よほど コンイ に なった つもり で いた ので、 センセイ から もうすこし こまやか な コトバ を ヨキ して かかった の で ある。 それで この ものたりない ヘンジ が すこし ワタクシ の ジシン を いためた。
 ワタクシ は こういう こと で よく センセイ から シツボウ させられた。 センセイ は それ に キ が ついて いる よう でも あり、 また まったく キ が つかない よう でも あった。 ワタクシ は また ケイビ な シツボウ を くりかえしながら、 それ が ため に センセイ から はなれて ゆく キ には なれなかった。 むしろ それ とは ハンタイ で、 フアン に うごかされる たび に、 もっと マエ へ すすみたく なった。 もっと マエ へ すすめば、 ワタクシ の ヨキ する ある もの が、 いつか メノマエ に マンゾク に あらわれて くる だろう と おもった。 ワタクシ は わかかった。 けれども スベテ の ニンゲン に たいして、 わかい チ が こう すなお に はたらこう とは おもわなかった。 ワタクシ は なぜ センセイ に たいして だけ こんな ココロモチ が おこる の か わからなかった。 それ が センセイ の なくなった コンニチ に なって、 はじめて わかって きた。 センセイ は ハジメ から ワタクシ を きらって いた の では なかった の で ある。 センセイ が ワタクシ に しめした トキドキ の そっけない アイサツ や レイタン に みえる ドウサ は、 ワタクシ を とおざけよう と する フカイ の ヒョウゲン では なかった の で ある。 いたましい センセイ は、 ジブン に ちかづこう と する ニンゲン に、 ちかづく ほど の カチ の ない もの だ から よせ と いう ケイコク を あたえた の で ある。 ヒト の ナツカシミ に おうじない センセイ は、 ヒト を ケイベツ する マエ に、 まず ジブン を ケイベツ して いた もの と みえる。
 ワタクシ は むろん センセイ を たずねる つもり で トウキョウ へ かえって きた。 かえって から ジュギョウ の はじまる まで には まだ 2 シュウカン の ヒカズ が ある ので、 その うち に イチド いって おこう と おもった。 しかし かえって フツカ ミッカ と たつ うち に、 カマクラ に いた とき の キブン が だんだん うすく なって きた。 そうして その ウエ に いろどられる ダイトカイ の クウキ が、 キオク の フッカツ に ともなう つよい シゲキ と ともに、 こく ワタクシ の ココロ を そめつけた。 ワタクシ は オウライ で ガクセイ の カオ を みる たび に あたらしい ガクネン に たいする キボウ と キンチョウ と を かんじた。 ワタクシ は しばらく センセイ の こと を わすれた。
 ジュギョウ が はじまって、 1 カゲツ ばかり する と ワタクシ の ココロ に、 また イッシュ の タルミ が できて きた。 ワタクシ は なんだか フソク な カオ を して オウライ を あるきはじめた。 ものほしそう に ジブン の ヘヤ の ナカ を みまわした。 ワタクシ の アタマ には ふたたび センセイ の カオ が ういて でた。 ワタクシ は また センセイ に あいたく なった。
 はじめて センセイ の ウチ を たずねた とき、 センセイ は ルス で あった。 2 ド-メ に いった の は ツギ の ニチヨウ だ と おぼえて いる。 はれた ソラ が ミ に しみこむ よう に かんぜられる いい ヒヨリ で あった。 その ヒ も センセイ は ルス で あった。 カマクラ に いた とき、 ワタクシ は センセイ ジシン の クチ から、 いつでも たいてい ウチ に いる と いう こと を きいた。 むしろ ガイシュツギライ だ と いう こと も きいた。 2 ド きて 2 ド とも あえなかった ワタクシ は、 その コトバ を おもいだして、 ワケ も ない フマン を どこ か に かんじた。 ワタクシ は すぐ ゲンカンサキ を さらなかった。 ゲジョ の カオ を みて すこし チュウチョ して そこ に たって いた。 このまえ メイシ を とりついだ キオク の ある ゲジョ は、 ワタクシ を またして おいて また ウチ へ はいった。 すると オクサン らしい ヒト が かわって でて きた。 うつくしい オクサン で あった。
 ワタクシ は その ヒト から テイネイ に センセイ の デサキ を おしえられた。 センセイ は レイゲツ その ヒ に なる と ゾウシガヤ の ボチ に ある ある ホトケ へ ハナ を タムケ に ゆく シュウカン なの だ そう で ある。 「たったいま でた ばかり で、 10 プン に なる か、 ならない か で ございます」 と オクサン は キノドク そう に いって くれた。 ワタクシ は エシャク して ソト へ でた。 にぎやか な マチ の ほう へ 1 チョウ ほど あるく と、 ワタクシ も サンポ-がてら ゾウシガヤ へ いって みる キ に なった。 センセイ に あえる か あえない か と いう コウキシン も うごいた。 それで すぐ キビス を めぐらした。

 5

 ワタクシ は ボチ の テマエ に ある ナエバタケ の ヒダリガワ から はいって、 リョウホウ に カエデ を うえつけた ひろい ミチ を オク の ほう へ すすんで いった。 すると その ハズレ に みえる チャミセ の ナカ から センセイ らしい ヒト が ふいと でて きた。 ワタクシ は その ヒト の メガネ の フチ が ヒ に ひかる まで ちかく よって いった。 そうして だしぬけ に 「センセイ」 と おおきな コエ を かけた。 センセイ は とつぜん たちどまって ワタクシ の カオ を みた。
「どうして……、 どうして……」
 センセイ は おなじ コトバ を 2 ヘン くりかえした。 その コトバ は しんかん と した ヒル の ウチ に イヨウ な チョウシ を もって くりかえされた。 ワタクシ は キュウ に なんとも こたえられなく なった。
「ワタクシ の アト を つけて きた の です か。 どうして……」
 センセイ の タイド は むしろ おちついて いた。 コエ は むしろ しずんで いた。 けれども その ヒョウジョウ の ウチ には はっきり いえない よう な イッシュ の クモリ が あった。
 ワタクシ は ワタクシ が どうして ここ へ きた か を センセイ に はなした。
「ダレ の ハカ へ まいり に いった か、 サイ が その ヒト の ナ を いいました か」
「いいえ、 そんな こと は なにも おっしゃいません」
「そう です か。 ――そう、 それ は いう はず が ありません ね、 はじめて あった アナタ に。 いう ヒツヨウ が ない ん だ から」
 センセイ は ようやく トクシン した らしい ヨウス で あった。 しかし ワタクシ には その イミ が まるで わからなかった。
 センセイ と ワタクシ は トオリ へ でよう と して ハカ の アイダ を ぬけた。 イサベラ ナニナニ の ハカ だの、 シンボク ロギン の ハカ だの と いう カタワラ に、 イッサイ シュジョウ シツウ ブッショウ と かいた トウバ など が たてて あった。 ゼンケン コウシ ナニナニ と いう の も あった。 ワタクシ は アントクレツ と ほりつけた ちいさい ハカ の マエ で、 「これ は なんと よむ ん でしょう」 と センセイ に きいた。 「アンドレ と でも よませる つもり でしょう ね」 と いって センセイ は クショウ した。
 センセイ は これら の ボヒョウ が あらわす ヒト サマザマ の ヨウシキ に たいして、 ワタクシ ほど に コッケイ も アイロニー も みとめて ない らしかった。 ワタクシ が まるい ハカイシ だの ほそながい ミカゲ の ヒ だの を さして、 しきり に かれこれ いいたがる の を、 ハジメ の うち は だまって きいて いた が、 シマイ に 「アナタ は シ と いう ジジツ を まだ マジメ に かんがえた こと が ありません ね」 と いった。 ワタクシ は だまった。 センセイ も それぎり なんとも いわなく なった。
 ボチ の クギリメ に、 おおきな イチョウ が 1 ポン ソラ を かくす よう に たって いた。 その シタ へ きた とき、 センセイ は たかい コズエ を みあげて、 「もうすこし する と、 きれい です よ。 この キ が すっかり コウヨウ して、 ここいら の ジメン は キンイロ の オチバ で うずまる よう に なります」 と いった。 センセイ は ツキ に イチド ずつ は かならず この キ の シタ を とおる の で あった。
 ムコウ の ほう で デコボコ の ジメン を ならして シン ボチ を つくって いる オトコ が、 クワ の テ を やすめて ワタクシタチ を みて いた。 ワタクシタチ は そこ から ヒダリ へ きれて すぐ カイドウ へ でた。
 これから どこ へ ゆく と いう アテ の ない ワタクシ は、 ただ センセイ の あるく ほう へ あるいて いった。 センセイ は イツモ より クチカズ を きかなかった。 それでも ワタクシ は さほど の キュウクツ を かんじなかった ので、 ぶらぶら イッショ に あるいて いった。
「すぐ オタク へ オカエリ です か」
「ええ べつに よる ところ も ありません から」
 フタリ は また だまって ミナミ の ほう へ サカ を おりた。
「センセイ の オタク の ボチ は あすこ に ある ん です か」 と ワタクシ が また クチ を ききだした。
「いいえ」
「ドナタ の オハカ が ある ん です か。 ――ゴシンルイ の オハカ です か」
「いいえ」
 センセイ は これ イガイ に なにも こたえなかった。 ワタクシ も その ハナシ は それぎり に して きりあげた。 すると 1 チョウ ほど あるいた アト で、 センセイ が フイ に そこ へ もどって きた。
「あすこ には ワタクシ の トモダチ の ハカ が ある ん です」
「オトモダチ の オハカ へ マイゲツ オマイリ を なさる ん です か」
「そう です」
 センセイ は その ヒ これ イガイ を かたらなかった。

 6

 ワタクシ は それから ときどき センセイ を ホウモン する よう に なった。 ゆく たび に センセイ は ザイタク で あった。 センセイ に あう ドスウ が かさなる に つれて、 ワタクシ は ますます しげく センセイ の ゲンカン へ アシ を はこんだ。
 けれども センセイ の ワタクシ に たいする タイド は はじめて アイサツ を した とき も、 コンイ に なった その ノチ も、 あまり カワリ は なかった。 センセイ は いつも しずか で あった。 ある とき は しずかすぎて さびしい くらい で あった。 ワタクシ は サイショ から センセイ には ちかづきがたい フシギ が ある よう に おもって いた。 それでいて、 どうしても ちかづかなければ いられない と いう カンジ が、 どこ か に つよく はたらいた。 こういう カンジ を センセイ に たいして もって いた モノ は、 オオク の ヒト の ウチ で あるいは ワタクシ だけ かも しれない。 しかし その ワタクシ だけ には この チョッカン が ノチ に なって ジジツ の ウエ に ショウコ-だてられた の だ から、 ワタクシ は わかわかしい と いわれて も、 ばかげて いる と わらわれて も、 それ を みこした ジブン の チョッカク を とにかく たのもしく また うれしく おもって いる。 ニンゲン を あいしうる ヒト、 あいせず には いられない ヒト、 それでいて ジブン の フトコロ に いろう と する モノ を、 テ を ひろげて だきしめる こと の できない ヒト、 ――これ が センセイ で あった。
 イマ いった とおり センセイ は しじゅう しずか で あった。 おちついて いた。 けれども ときとして ヘン な クモリ が その カオ を よこぎる こと が あった。 マド に くろい トリカゲ が さす よう に。 さす か と おもう と、 すぐ きえる には きえた が。 ワタクシ が はじめて その クモリ を センセイ の ミケン に みとめた の は、 ゾウシガヤ の ボチ で、 フイ に センセイ を よびかけた とき で あった。 ワタクシ は その イヨウ の シュンカン に、 イマ まで こころよく ながれて いた シンゾウ の チョウリュウ を ちょっと にぶらせた。 しかし それ は たんに イチジ の ケッタイ に すぎなかった。 ワタクシ の ココロ は 5 フン と たたない うち に ヘイソ の ダンリョク を カイフク した。 ワタクシ は それぎり くらそう な この クモ の カゲ を わすれて しまった。 ゆくりなく また それ を おもいださせられた の は、 コハル の つきる に マ の ない ある バン の こと で あった。
 センセイ と はなして いた ワタクシ は、 ふと センセイ が わざわざ チュウイ して くれた イチョウ の タイジュ を メノマエ に おもいうかべた。 カンジョウ して みる と、 センセイ が マイゲツレイ と して ボサン に ゆく ヒ が、 それから ちょうど ミッカ-メ に あたって いた。 その ミッカ-メ は ワタクシ の カギョウ が ヒル で おえる ラク な ヒ で あった。 ワタクシ は センセイ に むかって こう いった。
「センセイ ゾウシガヤ の イチョウ は もう ちって しまった でしょう か」
「まだ カラボウズ には ならない でしょう」
 センセイ は そう こたえながら ワタクシ の カオ を みまもった。 そうして そこ から しばし メ を はなさなかった。 ワタクシ は すぐ いった。
「コンド オハカマイリ に いらっしゃる とき に オトモ を して も よ ござんす か。 ワタクシ は センセイ と イッショ に あすこいら が サンポ して みたい」
「ワタクシ は ハカマイリ に ゆく んで、 サンポ に ゆく ん じゃ ない です よ」
「しかし ついでに サンポ を なすったら ちょうど いい じゃ ありません か」
 センセイ は なんとも こたえなかった。 しばらく して から、 「ワタクシ の は ホントウ の ハカマイリ だけ なん だ から」 と いって、 どこまでも ボサン と サンポ を きりはなそう と する ふう に みえた。 ワタクシ と ゆきたく ない コウジツ だ か なんだか、 ワタクシ には その とき の センセイ が、 いかにも こどもらしくて ヘン に おもわれた。 ワタクシ は なおと サキ へ でる キ に なった。
「じゃ オハカマイリ でも いい から イッショ に つれて いって ください。 ワタクシ も オハカマイリ を します から」
 じっさい ワタクシ には ボサン と サンポ との クベツ が ほとんど ムイミ の よう に おもわれた の で ある。 すると センセイ の マユ が ちょっと くもった。 メ の ウチ にも イヨウ の ヒカリ が でた。 それ は メイワク とも ケンオ とも イフ とも かたづけられない かすか な フアン らしい もの で あった。 ワタクシ は たちまち ゾウシガヤ で 「センセイ」 と よびかけた とき の キオク を つよく おもいおこした。 フタツ の ヒョウジョウ は まったく おなじ だった の で ある。
「ワタクシ は」 と センセイ が いった。 「ワタクシ は アナタ に はなす こと の できない ある リユウ が あって、 ヒト と イッショ に あすこ へ ハカマイリ には ゆきたく ない の です。 ジブン の サイ さえ まだ つれて いった こと が ない の です」

 7

 ワタクシ は フシギ に おもった。 しかし ワタクシ は センセイ を ケンキュウ する キ で その ウチ へ デイリ を する の では なかった。 ワタクシ は ただ ソノママ に して うちすぎた。 イマ かんがえる と その とき の ワタクシ の タイド は、 ワタクシ の セイカツ の ウチ で むしろ たっとむ べき もの の ヒトツ で あった。 ワタクシ は まったく その ため に センセイ と ニンゲン-らしい あたたかい ツキアイ が できた の だ と おもう。 もし ワタクシ の コウキシン が イクブン でも センセイ の ココロ に むかって、 ケンキュウテキ に はたらきかけた なら、 フタリ の アイダ を つなぐ ドウジョウ の イト は、 なんの ヨウシャ も なく その とき ふつり と きれて しまったろう。 わかい ワタクシ は まったく ジブン の タイド を ジカク して いなかった。 それだから たっとい の かも しれない が、 もし まちがえて ウラ へ でた と したら、 どんな ケッカ が フタリ の ナカ に おちて きたろう。 ワタクシ は ソウゾウ して も ぞっと する。 センセイ は それ で なくて も、 つめたい マナコ で ケンキュウ される の を たえず おそれて いた の で ある。
 ワタクシ は ツキ に 2 ド もしくは 3 ド ずつ かならず センセイ の ウチ へ ゆく よう に なった。 ワタクシ の アシ が だんだん しげく なった とき の ある ヒ、 センセイ は とつぜん ワタクシ に むかって きいた。
「アナタ は なんで そう たびたび ワタクシ の よう な モノ の ウチ へ やって くる の です か」
「なんで と いって、 そんな トクベツ な イミ は ありません。 ――しかし オジャマ なん です か」
「ジャマ だ とは いいません」
 なるほど メイワク と いう ヨウス は、 センセイ の どこ にも みえなかった。 ワタクシ は センセイ の コウサイ の ハンイ の きわめて せまい こと を しって いた。 センセイ の モト の ドウキュウセイ など で、 その コロ トウキョウ に いる モノ は ほとんど フタリ か 3 ニン しか ない と いう こと も しって いた。 センセイ と ドウキョウ の ガクセイ など には ときたま ザシキ で ドウザ する バアイ も あった が、 カレラ の いずれ も は ミンナ ワタクシ ほど センセイ に シタシミ を もって いない よう に みうけられた。
「ワタクシ は さびしい ニンゲン です」 と センセイ が いった。 「だから アナタ の きて くださる こと を よろこんで います。 だから なぜ そう たびたび くる の か と いって きいた の です」
「そりゃ また なぜ です」
 ワタクシ が こう ききかえした とき、 センセイ は なんとも こたえなかった。 ただ ワタクシ の カオ を みて 「アナタ は イクツ です か」 と いった。
 この モンドウ は ワタクシ に とって すこぶる フトク ヨウリョウ の もの で あった が、 ワタクシ は その とき ソコ まで おさず に かえって しまった。 しかも それから ヨッカ と たたない うち に また センセイ を ホウモン した。 センセイ は ザシキ へ でる や いなや わらいだした。
「また きました ね」 と いった。
「ええ きました」 と いって ジブン も わらった。
 ワタクシ は ホカ の ヒト から こう いわれたら きっと シャク に さわったろう と おもう。 しかし センセイ に こう いわれた とき は、 まるで ハンタイ で あった。 シャク に さわらない ばかり で なく かえって ユカイ だった。
「ワタクシ は さびしい ニンゲン です」 と センセイ は その バン また コノアイダ の コトバ を くりかえした。 「ワタクシ は さびしい ニンゲン です が、 コト に よる と アナタ も さびしい ニンゲン じゃ ない です か。 ワタクシ は さびしくって も トシ を とって いる から、 うごかず に いられる が、 わかい アナタ は そう は いかない の でしょう。 うごける だけ うごきたい の でしょう。 うごいて ナニ か に ぶつかりたい の でしょう。……」
「ワタクシ は ちっとも さむしく は ありません」
「わかい うち ほど さむしい もの は ありません。 そんなら なぜ アナタ は そう たびたび ワタクシ の ウチ へ くる の です か」
 ここ でも コノアイダ の コトバ が また センセイ の クチ から くりかえされた。
「アナタ は ワタクシ に あって も おそらく まだ さびしい キ が どこ か で して いる でしょう。 ワタクシ には アナタ の ため に その サビシサ を ネモト から ひきぬいて あげる だけ の チカラ が ない ん だ から。 アナタ は ホカ の ほう を むいて いまに テ を ひろげなければ ならなく なります。 いまに ワタクシ の ウチ の ほう へは アシ が むかなく なります」
 センセイ は こう いって さびしい ワライカタ を した。

 8

 サイワイ に して センセイ の ヨゲン は ジツゲン されず に すんだ。 ケイケン の ない トウジ の ワタクシ は、 この ヨゲン の ウチ に ふくまれて いる メイハク な イギ さえ リョウカイ しえなかった。 ワタクシ は いぜん と して センセイ に あい に いった。 そのうち いつのまにか センセイ の ショクタク で メシ を くう よう に なった。 シゼン の ケッカ オクサン とも クチ を きかなければ ならない よう に なった。
 フツウ の ニンゲン と して ワタクシ は オンナ に たいして レイタン では なかった。 けれども トシ の わかい ワタクシ の イマ まで ケイカ して きた キョウグウ から いって、 ワタクシ は ほとんど コウサイ-らしい コウサイ を オンナ に むすんだ こと が なかった。 それ が ゲンイン か どう か は ギモン だ が、 ワタクシ の キョウミ は オウライ で であう しり も しない オンナ に むかって おおく はたらく だけ で あった。 センセイ の オクサン には その マエ ゲンカン で あった とき、 うつくしい と いう インショウ を うけた。 それから あう たんび に おなじ インショウ を うけない こと は なかった。 しかし それ イガイ に ワタクシ は これ と いって とくに オクサン に ついて かたる べき ナニモノ も もたない よう な キ が した。
 これ は オクサン に トクショク が ない と いう より も、 トクショク を しめす キカイ が こなかった の だ と カイシャク する ほう が セイトウ かも しれない。 しかし ワタクシ は いつでも センセイ に フゾク した イチブブン の よう な ココロモチ で オクサン に たいして いた。 オクサン も ジブン の オット の ところ へ くる ショセイ だ から と いう コウイ で、 ワタクシ を ぐうして いた らしい。 だから チュウカン に たつ センセイ を とりのければ、 つまり フタリ は ばらばら に なって いた。 それで はじめて シリアイ に なった とき の オクサン に ついて は、 ただ うつくしい と いう ホカ に なんの カンジ も のこって いない。
 ある とき ワタクシ は センセイ の ウチ で サケ を のまされた。 その とき オクサン が でて きて ソバ で シャク を して くれた。 センセイ は イツモ より ユカイ そう に みえた。 オクサン に 「オマエ も ひとつ おあがり」 と いって、 ジブン の のみほした サカズキ を さした。 オクサン は 「ワタクシ は……」 と ジタイ しかけた アト、 メイワク そう に それ を うけとった。 オクサン は きれい な マユ を よせて、 ワタクシ の ハンブン ばかり ついで あげた サカズキ を、 クチビル の サキ へ もって いった。 オクサン と センセイ の アイダ に シモ の よう な カイワ が はじまった。
「めずらしい こと。 ワタクシ に のめ と おっしゃった こと は めった に ない のに ね」
「オマエ は きらい だ から さ。 しかし たまに は のむ と いい よ。 いい ココロモチ に なる よ」
「ちっとも ならない わ。 くるしい ぎり で。 でも アナタ は たいへん ゴユカイ そう ね、 すこし ゴシュ を めしあがる と」
「トキ に よる と たいへん ユカイ に なる。 しかし いつでも と いう わけ には いかない」
「コンヤ は いかが です」
「コンヤ は いい ココロモチ だね」
「これから マイバン すこし ずつ めしあがる と よ ござんす よ」
「そう は いかない」
「めしあがって ください よ。 その ほう が さむしく なくって いい から」
 センセイ の ウチ は フウフ と ゲジョ だけ で あった。 いく たび に タイテイ は ひそり と して いた。 たかい ワライゴエ など の きこえる ためし は まるで なかった。 ある とき は ウチ の ナカ に いる モノ は センセイ と ワタクシ だけ の よう な キ が した。
「コドモ でも ある と いい ん です がね」 と オクサン は ワタクシ の ほう を むいて いった。 ワタクシ は 「そう です な」 と こたえた。 しかし ワタクシ の ココロ には なんの ドウジョウ も おこらなかった。 コドモ を もった こと の ない その とき の ワタクシ は、 コドモ を ただ うるさい もの の よう に かんがえて いた。
「ヒトリ もらって やろう か」 と センセイ が いった。
「モライッコ じゃ、 ねえ アナタ」 と オクサン は また ワタクシ の ほう を むいた。
「コドモ は いつまで たったって できっこ ない よ」 と センセイ が いった。
 オクサン は だまって いた。 「なぜ です」 と ワタクシ が カワリ に きいた とき センセイ は 「テンバツ だ から さ」 と いって たかく わらった。

 9

 ワタクシ の しる かぎり センセイ と オクサン とは、 ナカ の いい フウフ の イッツイ で あった。 カテイ の イチイン と して くらした こと の ない ワタクシ の こと だ から、 ふかい ショウソク は むろん わからなかった けれども、 ザシキ で ワタクシ と タイザ して いる とき、 センセイ は ナニ か の ツイデ に、 ゲジョ を よばない で、 オクサン を よぶ こと が あった。 (オクサン の ナ は シズ と いった) センセイ は 「おい シズ」 と いつでも フスマ の ほう を ふりむいた。 その ヨビカタ が ワタクシ には やさしく きこえた。 ヘンジ を して でて くる オクサン の ヨウス も はなはだ すなお で あった。 ときたま ゴチソウ に なって、 オクサン が セキ へ あらわれる バアイ など には、 この カンケイ が いっそう あきらか に フタリ の アイダ に えがきだされる よう で あった。
 センセイ は ときどき オクサン を つれて、 オンガクカイ だの シバイ だの に いった。 それから フウフヅレ で 1 シュウカン イナイ の リョコウ を した こと も、 ワタクシ の キオク に よる と、 2~3 ド イジョウ あった。 ワタクシ は ハコネ から もらった エハガキ を まだ もって いる。 ニッコウ へ いった とき は モミジ の ハ を 1 マイ ふうじこめた ユウビン も もらった。
 トウジ の ワタクシ の メ に うつった センセイ と オクサン の アイダガラ は まず こんな もの で あった。 その ウチ に たった ヒトツ の レイガイ が あった。 ある ヒ ワタクシ が イツモ の とおり、 センセイ の ゲンカン から アンナイ を たのもう と する と、 ザシキ の ほう で ダレ か の ハナシゴエ が した。 よく きく と、 それ が ジンジョウ の ダンワ で なくって、 どうも イサカイ らしかった。 センセイ の ウチ は ゲンカン の ツギ が すぐ ザシキ に なって いる ので、 コウシ の マエ に たって いた ワタクシ の ミミ に その イサカイ の チョウシ だけ は ほぼ わかった。 そうして その ウチ の ヒトリ が センセイ だ と いう こと も、 ときどき たかまって くる オトコ の ほう の コエ で わかった。 アイテ は センセイ より も ひくい オン なので、 ダレ だ か はっきり しなかった が、 どうも オクサン らしく かんぜられた。 ないて いる よう でも あった。 ワタクシ は どうした もの だろう と おもって ゲンカンサキ で まよった が、 すぐ ケッシン を して そのまま ゲシュク へ かえった。
 ミョウ に フアン な ココロモチ が ワタクシ を おそって きた。 ワタクシ は ショモツ を よんで も のみこむ ノウリョク を うしなって しまった。 ヤク 1 ジカン ばかり する と センセイ が マド の シタ へ きて ワタクシ の ナ を よんだ。 ワタクシ は おどろいて マド を あけた。 センセイ は サンポ しよう と いって、 シタ から ワタクシ を さそった。 さっき オビ の アイダ へ くるんだ まま の トケイ を だして みる と、 もう 8 ジ-スギ で あった。 ワタクシ は かえった なり まだ ハカマ を つけて いた。 ワタクシ は それなり すぐ オモテ へ でた。
 その バン ワタクシ は センセイ と イッショ に ビール を のんだ。 センセイ は がんらい シュリョウ に とぼしい ヒト で あった。 ある テイド まで のんで、 それ で よえなければ、 よう まで のんで みる と いう ボウケン の できない ヒト で あった。
「キョウ は ダメ です」 と いって センセイ は クショウ した。
「ユカイ に なれません か」 と ワタクシ は キノドク そう に きいた。
 ワタクシ の ハラ の ナカ には しじゅう サッキ の こと が ひっかかって いた。 サカナ の ホネ が ノド に ささった とき の よう に、 ワタクシ は くるしんだ。 うちあけて みよう か と かんがえたり、 よした ほう が よかろう か と おもいなおしたり する ドウヨウ が、 ミョウ に ワタクシ の ヨウス を そわそわ させた。
「キミ、 コンヤ は どうか して います ね」 と センセイ の ほう から いいだした。 「じつは ワタクシ も すこし ヘン なの です よ。 キミ に わかります か」
 ワタクシ は なんの コタエ も しえなかった。
「じつは さっき サイ と すこし ケンカ を して ね。 それで くだらない シンケイ を コウフン させて しまった ん です」 と センセイ が また いった。
「どうして……」
 ワタクシ には ケンカ と いう コトバ が クチ へ でて こなかった。
「サイ が ワタクシ を ゴカイ する の です。 それ を ゴカイ だ と いって きかせて も ショウチ しない の です。 つい ハラ を たてた の です」
「どんな に センセイ を ゴカイ なさる ん です か」
 センセイ は ワタクシ の この トイ に こたえよう とは しなかった。
「サイ が かんがえて いる よう な ニンゲン なら、 ワタクシ だって こんな に くるしんで い や しない」
 センセイ が どんな に くるしんで いる か、 これ も ワタクシ には ソウゾウ の およばない モンダイ で あった。
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