残った4人を沈黙が支配すること10分。上村の「今夜はもうええか。進展なさそうやし。三枝さん帰ってきいひんやろうし」の言葉で、一気に解散となった。
桑原君も腰を上げようとすると、「あ、ちょっと待って、桑原君」と京子の声が引き留めた。
「先、行くで」と待つ気もない上村たちに手を振り、「なんですの?」と振り向くと、京子の手に一冊の本があった。
「読んでみたら、って言ってたでしょ?“セブンティーン”。読んだわ。桑原君の言ってたこと、わかるような気がした」
6畳の壁に畳んで立てかけてあった卓袱台をもう一方の手で運ぼうとしている。
「僕がやりますよ」
卓袱台を奪い取るようにして、彼女の指差すまま部屋の中央に広げると、そのまま桑原君は京子と向き合うことになった。まだ、京都新聞北山橋東詰め販売所の住み込み販売員をしていた11月の頃だった。
「ちょっと寒いけど、いい?男の人の匂いが溜まってるんやもん。いい?」
窓を開けながら振り返る京子の横顔に、桑原君は生まれて初めて大人の女の色香を感じた。
「いいですよ~。なんか、暑いぐらいですわ」
開けると小さな庭があった。噂では、三枝は毎月多額の仕送りを受けているということだったが、それを裏付けるかのような景色だった。
「夏には銭湯行かんと、庭で行水してるんやて、三枝さん」
語尾に嫌味を込めて京子は台所へ向かう。翌日朝の配達を気にしつつも、2時までだったら大丈夫、自転車で来てることだし、と桑原君は腹をくくった。二個の湯飲みと一升瓶を両手に持ち、京子は微笑みながら戻ってきた。
「ちょっとだけ飲まへん?お酒もなしによう喋らはったなあ、みんな」
と湯飲みに注がれる酒を見ながらこれからの時間を想うと、桑原君の脇に汗が滲み出てきた。
改めて自己紹介をし、同い年であることを初めて知り、三枝の愚痴を聞いているうちに、酒の量は進み、京子との距離は縮まっていった。
桑原君の肩に京子の頭がしなだれかかってきてからは、「畳の痛さと風の冷たさくらいしか覚えてへんのよ、情けないやろう。俺、初めてやったしなあ」と桑原君が述懐するほど、瞬く間に二人は男女の仲になっていた。
そして遂には、「三枝さん、別れたがってるみたいなんやけど……」という京子の言葉に、「俺と暮らすのはどうや?」とまで言ってしまっていた。
午前3時過ぎ、なかなか離してくれない手を引き抜くように振り切り戻る川端通りで、桑原君は突然不安に襲われた。言葉の撤回はできないにしても、もう一度よく京子のことを知っておかねばならないと思った。そして、その日の夜から、三枝の部屋に一緒にいた3人を訪ね歩くことにしたのだった。
明日(7月7日)、つづきを更新します。
つづきをお楽しみに~~。 Kakky(柿本)
第一章“親父への旅”を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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第二章“とっちゃんの宵山” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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第三章“石ころと流れ星” を最初から読んでみたい方は、コチラへ。
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