はがき随筆・鹿児島

はがき随筆ブログにようこそ!毎日新聞西部本社の各地方版に毎朝掲載される
「はがき随筆」は252文字のミニエッセイです。

雪の下

2017-06-16 21:51:23 | はがき随筆


 我が家の裏庭に回ると「雪の下」が盛りだ。白い花は横向き、上の3枚の花びらは短く赤い斑点がある。下の2枚は左右長さが異なり、鴨の足の形に見えるので「鴨足草」とも書くと歳時記にあった。葉は円く表面は緑色、裏は暗赤色で毛が密集している。かれんな花に見入っているうち亡き父を思い出した。
 父は晩年、庭の一画に箱庭を設け、軽石で家や橋を造り、盆栽の草木を植えて故郷の風景を再現していた。今の時期に帰省すると箱庭の周りには雪の下が咲いて楽しそうに語る父がいた。父もこの花形の珍しさと優しい色合いが好みだったのだろう。
  出水市 年神貞子 2017/6/11 毎日新聞鹿児島版掲載

かくれんぼ

2017-06-16 21:40:53 | はがき随筆
 青蛙を見つめていた。バックネット裏の紫陽花の上。ちょこんと座っている大きな目。
 日曜日、野球部の練習が終わると、監督は帰っていった。それからが、僕らのかくれんぼタイム。いろんな物陰に散っていくユニホーム。今でも夢の中にでてくる光景である。オニの私は、不思議と寂しさはなく、ワクワクして探しまわる。見つけられたときのみんなの表情。びっくりした顔とはじける笑い声。今度は私が隠れる番。息を潜めてしゃがんでいた。ぴょんと青蛙がと飛び跳ねた。そこで目が覚めた。「お父さん、寝ながら笑っていたよ」と娘が言った。
  出水市 山下秀雄 2017/6/10 毎日新聞鹿児島版掲載

真央の涙

2017-06-16 21:33:59 | はがき随筆
 「体も心も出し切ったので」。スケートの女王、浅田真央の引退記者会見での言葉である。その決断までには想像を絶する苦悩があったことであろう。しかし彼女はそのことをおくびにも出さず、終始笑顔をたやさず丁寧に堂々と応答していた。まさにメダルを超えた王者の風格であった。私は感じ入ってみつめていた。
 最後に立ち上がってあいさつしようとするとき、一瞬記者団に背を向け目頭を押さえた。しかしすぐまた向き直り、もとの笑顔であいさつを終えた。なんとつつましい仕草であることか。私も思わず目が潤んだ。
  鹿児島市 野崎正昭 2017/6/9 毎日新聞鹿児島版掲載