世界はキラキラおもちゃ箱・第3館

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ファンゴーの猿・7

2017-08-14 04:17:16 | 月夜の考古学・第3館


ある春先の日の晩のこと、人通りの多い表通りを、酒びんを手にいそいそと歩いていると、ファンゴーは、イオニスの花を両手いっぱいに持ったアネッサとばったりと出会った。

「あら、ファンゴーさん! 今、帰り?」
「ええ、親方に言われて、酒屋の使いの帰りなんです。でも、すごい花ですね。どうするんですか? これ」
「ふふふ、あしたね、おばさんの誕生日なの。パーティーを開くのよ」
「へえ、猫姉さんの?」
「ええ、おばさんは今さら誕生パーティーなんて恥ずかしいっていうんだけど、わたしが無理矢理おしきっちゃったの。でね、あしたは一日店を休んで、友達をたくさん呼んで、庭でダンスをするのよ」

古いれんがの舗道を、ファンゴーとアネッサは、肩を並べて、ゆっくりと歩いた。ゆるやかな夕べの風と、甘い花の香りが、二人の心を解きほぐして、いつしか彼らは、まるで古くからの友達のように、親しく語り合っていた。

「ねえ、あなたもパーティーにいらっしゃいよ」
「え? ぼくも? でも、親方が許してくれるかな? 仕事もあるし……」
「一日くらい休んだって、だいじょうぶでしょ?」
「でもなあ、親方がなんて言うか……」
「もう、しかたないわね。じゃ、わたしが神様に聞いてあげる。パーティーに来てもいいかどうか」
「神様?!」

ファンゴーは少し驚いて、つい大きな声で言ってしまった。
「そうよ、ちょっと待ってね」
そう言うと、アネッサは道の真ん中に立ち止まり、顔を空に向けて、ゆっくりと目をつむった。そして、少しの間じっとそのままでいたかと思うと、不意に、ふふっと笑って目をあけた。

「だいじょうぶ、神様は来てもいいって言ってるわ」
「なあんだ、神様なんて言って、からかったんだね?」
「からかってなんかいないわ。わたし、神様に会ったことあるもの」
「ほら、からかってるじゃないか」

ファンゴーがくすくす笑うと、アネッサはほおをふくらませて、すねたように言った。

「もう、いやね。じゃあ、とっておきの秘密を教えてあげるわ。ほら、耳を貸して、ほか人にきかれると困るから」
「へえ? 秘密?」

ファンゴーは、すっかり、アネッサがふざけているのだと思って、にやにやと笑いながら、耳をかたむけた。アネッサは、少し背伸びをして、ファンゴーの耳にくちびるを近づけて、ささやいた。

「いい? だれにも言っちゃだめよ。あのね、神様はね、お猿さんなのよ」
「はあ?!」

思わず、間の抜けた声を出して、ファンゴーはアネッサの顔をまじまじと見てしまった。アネッサは、ファンゴーの視線をうけとめて、真剣なまなざしを返した。
「ほんとよ、わたし見たの。そのお猿さんはね、わたしだけにしか見えなくて、苦しいことや、悲しいことがあると、勇気づけてくれたり、なぐさめてくれたり、いけないことは叱ってくれたりするの。とても優しいのよ」
「でもなあ……、猿が神様なんて……」

言いながら、ファンゴーはときどき自分の前にあらわれるあの猿のことを思い浮かべていた。

「ほんとだってば。ほんとにいるのよ。そのお猿さんがいなければ、わたし、今まで生きてこれなかったわ。お母さんが死んで、独りぼっちになってしまったときに、きっと死んでたと思うわ」
「ふうん、そうかあ……」
ファンゴーは、アネッサが、自分と同じ親なしであることを、前に猫姉さんに聞いて知っていた。

「本気にしてないわね?」
「いや、そんなことはないよ」
アネッサが、少し怒ったようなそぶりで、ふいと横を向いたので、ファンゴーはあわてて否定した。
「そうよね。わたしだって、最初は信じられなかったもの。でも、ほんとは、ファンゴー、あなただって一度は見たことあるはずなのよ。ただ、見えたって見えないふりしてるだけよ。見るのがこわいんだわ。だから信じたくないのよ、神様がいるなんて……」
「……アネッサ……」

おれも、何度か見たことがあると、ファンゴーはふと言いたくなった。だけど、なぜだか、言えなかった。何でだろう? ファンゴーにはわからなかった。彼は、少しの間、口をもぐもぐと動かしながら、アネッサの少し寂しげな白い横顔を見ていた。やがて、アネッサは、思い直したように、ふふっと笑って、ファンゴーの顔を見た。

「でも、そんなことはいいの。あしたは、きっとパーティーに来てね」
「うん、親方にたのんでみるよ」
ファンゴーは胸をなでおろしながら言った。

「だいじょうぶよ、きっと許してくれるわ。神さまがいるんだもの」
アネッサは、イオニスの花の向こうから、にっこりと笑って見せた。すると、ファンゴーも、何となく、アネッサの話が本当のことのように思えてきた。
「そうだね」
「じゃあ、きっとね」
「うん、じゃあね」

れんがの道が、いつの間にか、猫姉さんの店の前に来ていたので、ふたりは手をふりながら別れた。

(つづく)


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