妻が入院した。もともと,先天的に股関節に問題を抱えていたようだが,結婚当初はもちろん,約20年間はそれとは感じさせず,元気に歩いていた。その後,少し無理をすると痛みが出るようになり,昨年初めころから悪化のスピードが速まった。この状態では近い将来外国旅行も不可能になると感じた私は、昨年の夏、妻をドイツ還暦(感激)旅行に誘った。ゆったりとした旅程を組んだつもりであったが、実際に彼地に着くと、どうしてもみたいところばかりで、あちこち足を運んだのがたたり、帰国後は、数歩歩くのも困難という(見ていても痛々しい)状況となったので,人工股関節手術を検討することになった。昨秋,医者の診断を仰ぐと,「即手術」状態だと宣告を受けるも,順番待ちで,5ヶ月先になるという。ほかに選択の余地はなく,ただ待つことになった。
今年の2月になって,どういうわけか、予定より早い入院の知らせをうけた。毎日のように痛み止めの薬をのみつつ、その頻度や量が増しつつあった状態を嘆いていた妻にとっては、願ってもないことであった。
1週間ほど,いろんな検査を経て,明日が手術という前夜,担当の医者から説明を受けた。股関節の現状や手術のやり方等についてレントゲンや図面を示しつつの懇切な説明に,親切で優しい先生だなと,好感を覚えつつ聴いていると,次に危険性について説明をします,とおっしゃる。そして,①麻酔事故,②出血,③手術中の骨折、この3つが大きなリスク要因で、いずれも絶対にないとはいえないと,いわれた。もちろん,あくまで万一だし,相応の準備はするので大丈夫ですが,一応承知はしてくださいと念押しされた。手術を間近に控えた家族としては,今さら,考えさせてくださいとはいえない。よろしくお願いしますと,頭を下げるだけである。以上で,インフォームド・コンセント終了。
当日は,役所を休んで待機。しかし,手術が始まってしまうと,することがない。「待機」は娘にまかせて,当方は税金の申告等に出かける。敵前逃亡のようだが,実は,あの「待つ」状態がいやなのだ。以前,子宮筋腫の手術で,手術室に向かった妻を見送って,病室で待機したことがある。予定の2,3時間をすぎても,看護婦等から何の連絡もない。5時間以上経過したあと,無事終了しましたよと,看護婦から告げられ,大手術だったのですかと尋ねると,「いえ,そうではありません。前の手術が長引いて開始が2時間遅れただけです。」とごく当たり前のような返事。「それならそれでどうして言ってくないの」と口まで出かかったが,手術が無事すんだことの安心感から,怒る気力が失せていた。
そういうことで,病室での待機を回避して,用事にかまけたわけだが,手術は予定を少し超過したものの,無事終了。さすがに安堵した。
ところが,麻酔の薬があわなかったのか,同日夜から,すべての飲食物を拒否し,胃液まで出るという嘔吐の連続。あたりに人声や人のいる雰囲気自体が気に触るのか,看護師さん以外は入室禁止。私も近寄り難い状況で,接近禁止命令をうけたDV加害者同然の有様で退散した。翌々日の朝,娘の「おかゆさん」でなんとか食欲が回復し,顔色にも生気が戻る。本来なら,血栓発症に伴う塞栓事故の予防のための歩行をすぐに始めなければならないのだが,上記の状況で1日目は取りやめていた。しかしその日から,医師の強い励ましと,本人のやる気で,歩行練習とリハビリが開始され,ひと安心。
あとは,順調な回復を待つばかりと思っていたが,物事は必ずしも単純に進まない。私はあとで知ったのだが,術後縫合していたところの端が、うまくひっつかず、再度の縫合が必要となる事態となった。ひと針分だけなので、かなり痛い麻酔の注射をうつのとは変わらないということから、麻酔なしでの縫合をした模様。これを聴いて,痛がりの私の方が,がたがた震えた。
妻の回復をめざす意欲は強く,その後,熱心に歩行(練習)に励んだ結果,当初の予定通り,手術後約3週間で,無事退院した。自宅復帰後,病院での節制生活の成果がでて,妻の体重は減少。一方,メタボ進行中の私の体重は,水泳に精を出すも,妻の留守をいいことに相当量の酒量を確保した生活を続けたので,やや増加。そのため、信じがたいことに、結婚以来はじめて、私の体重が妻の体重を上回ったのだ。妻にとって,減量は好ましいことなので,喜ばしいが,実は、ずっと以前に、妻との間で,「体重が逆転すれば,相当額の金員を贈与する。」との約束をしていたことを思い出した。絶対あり得ないとたかをくくっていたので、かなり高値に設定したはずだ。
ひと息ついた今、この贈与約束を実行するかどうか,思案中だ。 (風船)
今年の2月になって,どういうわけか、予定より早い入院の知らせをうけた。毎日のように痛み止めの薬をのみつつ、その頻度や量が増しつつあった状態を嘆いていた妻にとっては、願ってもないことであった。
1週間ほど,いろんな検査を経て,明日が手術という前夜,担当の医者から説明を受けた。股関節の現状や手術のやり方等についてレントゲンや図面を示しつつの懇切な説明に,親切で優しい先生だなと,好感を覚えつつ聴いていると,次に危険性について説明をします,とおっしゃる。そして,①麻酔事故,②出血,③手術中の骨折、この3つが大きなリスク要因で、いずれも絶対にないとはいえないと,いわれた。もちろん,あくまで万一だし,相応の準備はするので大丈夫ですが,一応承知はしてくださいと念押しされた。手術を間近に控えた家族としては,今さら,考えさせてくださいとはいえない。よろしくお願いしますと,頭を下げるだけである。以上で,インフォームド・コンセント終了。
当日は,役所を休んで待機。しかし,手術が始まってしまうと,することがない。「待機」は娘にまかせて,当方は税金の申告等に出かける。敵前逃亡のようだが,実は,あの「待つ」状態がいやなのだ。以前,子宮筋腫の手術で,手術室に向かった妻を見送って,病室で待機したことがある。予定の2,3時間をすぎても,看護婦等から何の連絡もない。5時間以上経過したあと,無事終了しましたよと,看護婦から告げられ,大手術だったのですかと尋ねると,「いえ,そうではありません。前の手術が長引いて開始が2時間遅れただけです。」とごく当たり前のような返事。「それならそれでどうして言ってくないの」と口まで出かかったが,手術が無事すんだことの安心感から,怒る気力が失せていた。
そういうことで,病室での待機を回避して,用事にかまけたわけだが,手術は予定を少し超過したものの,無事終了。さすがに安堵した。
ところが,麻酔の薬があわなかったのか,同日夜から,すべての飲食物を拒否し,胃液まで出るという嘔吐の連続。あたりに人声や人のいる雰囲気自体が気に触るのか,看護師さん以外は入室禁止。私も近寄り難い状況で,接近禁止命令をうけたDV加害者同然の有様で退散した。翌々日の朝,娘の「おかゆさん」でなんとか食欲が回復し,顔色にも生気が戻る。本来なら,血栓発症に伴う塞栓事故の予防のための歩行をすぐに始めなければならないのだが,上記の状況で1日目は取りやめていた。しかしその日から,医師の強い励ましと,本人のやる気で,歩行練習とリハビリが開始され,ひと安心。
あとは,順調な回復を待つばかりと思っていたが,物事は必ずしも単純に進まない。私はあとで知ったのだが,術後縫合していたところの端が、うまくひっつかず、再度の縫合が必要となる事態となった。ひと針分だけなので、かなり痛い麻酔の注射をうつのとは変わらないということから、麻酔なしでの縫合をした模様。これを聴いて,痛がりの私の方が,がたがた震えた。
妻の回復をめざす意欲は強く,その後,熱心に歩行(練習)に励んだ結果,当初の予定通り,手術後約3週間で,無事退院した。自宅復帰後,病院での節制生活の成果がでて,妻の体重は減少。一方,メタボ進行中の私の体重は,水泳に精を出すも,妻の留守をいいことに相当量の酒量を確保した生活を続けたので,やや増加。そのため、信じがたいことに、結婚以来はじめて、私の体重が妻の体重を上回ったのだ。妻にとって,減量は好ましいことなので,喜ばしいが,実は、ずっと以前に、妻との間で,「体重が逆転すれば,相当額の金員を贈与する。」との約束をしていたことを思い出した。絶対あり得ないとたかをくくっていたので、かなり高値に設定したはずだ。
ひと息ついた今、この贈与約束を実行するかどうか,思案中だ。 (風船)
あなたの妻を救ったのは医療従事者であってあなたは全くの無力です。感謝の言葉が出てくるのは人として当然だと思うのですが・・・
今の世の中は違うのでしょうか?
ものすごく疑問に思いました。
3番目の「一般人」さんのコメントで、はっきりと分かりました。
そう言えばここ数年、患者さんから「感謝」という物無く、殺伐と医療行為を「仕事」としてこなしていた事に気づきました。
本当に(相手側に)感謝の気持ちが無かったのか、あるいはあったんだけど、それすら感じられない精神状態に私自身が陥っていたのか(多分後者でしょうね)
こういう心のない裁判官に、今の医療が目茶苦茶にされていたのかと改めて実感しました。
加えて、そのあおりで、3番目の一般人さんのような方にも、ご迷惑をおかけしているかもしれない事に、申し訳ない気持ちになりました。
以前、医療裁判に詳しい弁護士さんの講演を聴く機会があり、「上記のような副作用についても、投薬前に患者・家族に説明するべきですか?」と質問しました。「もちろん、事故が起これば説明義務違反を問われるので、必ず説明しておいてください」とのお返事でした。
その後、錯乱状態の患者を前にして、家族に「この興奮を抑えるための薬はありますが、投薬の希な副作用で命に危険が及ぶことがあります」と説明しています。殆どの家族は投薬しないで下さい、となり、結局ガチガチに身体拘束をするはめになっています。
ただ、そのような副作用は希なので、もし、我が家族がそのような状態になれば、迷わず私は投薬しますが。
数年前まではあいまいな説明のまま、何とか無事に投薬して切り抜けてきましたが、昨今の医療裁判事情を鑑みると仕方がないのでしょうね。
困ったことです。
ましてや感謝など、そんな感情が起こるはずも無い
さすが日本を背負って立つ法曹界の方ですね
頼もしい限りで~す
で、判事様は医死にどうしろと?
ま、そんなことを尋ねても、自分の判決に責任を持たなくていい判事様ですから、こんなブログごときにおける発言になんて責任なんて持つ筈もないでしょうから、無駄でしょうね。
万一の合併症に対して万全の体制で手術に臨んでも、家族からこう思われてると思ったら、やってられないでしょうね。
家族や当人の不安を煽らないと有罪!って言い続けたのは、誰でもない、司法なんじゃないの??