一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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最近の拾い読みから(37) ― 『風船爆弾―純国産兵器「ふ号」 の記録』

2006-08-04 10:55:17 | Book Review
太平洋を横断する航空機の、東航と西航とでは、所要時間が異なることをご存知でしょうか(東航の方が、時間が短い)。
これは高度1万メートル前後の大気に、偏西風と呼ばれる東から西へ吹く強風があるからです(今日では「ジェット・ストリーム」の名の方が一般的。季節により風速が違い、晩秋から冬にかけて最も強くなる)。

晩秋から冬にかけて、日本上空1万メートル帯を平均秒速70メートル(=時速252キロメートル)以上で吹く偏西風は、日本の高層気象台の台長によって発見されていました。
世界的には無視に近い扱いを受けた、この発見に注目したのが、日本陸軍だったのです。

「風船爆弾」というと、原始的な兵器のような思われがちですが、著者の見解によれば、
「調べれば調べるほど〈ふ号〉計画(風船爆弾での米本土攻撃計画)は緻密によく練られたうえに、当時の日本のさまざまな分野のパワーを最大限に引き出しながら進められていたことに驚くのである。戦争末期の日本で、これほどの科学力と計画性と動員力を持ったプロジェクトは他に例をみない。
〈ふ号〉計画はけっして幼稚なものなどではなく、1944年当時の日本の国力の粋を集めた、巨大プロジェクトといえるのである。」
となります。

アメリカ軍の報告によれば、米大陸で発見された風船爆弾は361例に及び、
これは9,000発放球されたものの約4%。
しかし、報告を行なった責任者は、
「最終的にはすでに消滅した〈ふ号〉や広大な森林や高原のなかに未発見のままに放置されている〈ふ号〉などを加えると、この3倍の約1,000個の〈ふ号〉がアメリカ大陸に飛来していただろうと推定した。これは、9,000個の放球に対し11パーセント強の到達率ということになる。」

さて、本書は、そのような風船爆弾の前史から始まり、開発経過、製造過程(多くの女子学生が動員されたことは、林えいだい『女たちの風船爆弾』に詳しい)、敗戦と放球基地のあり様に到るまで、証言を元に詳述してあります(著者は学校教師で、学生たちの文化祭展示を機会に、彼らと一緒になって情報や証言を集めていった)。
現在、容易に入手できるものとしては、林えいだいの著書とともに、最もまとまった書籍ではないでしょうか。

なお、前回も触れたように、風船爆弾には生物兵器が搭載される計画もあったことは確かなようです(実際に搭載されたかどうかに関しては否定的)。
直接の証拠はありませんが、周辺からの証言や状況から見て、計画自体は、きわめて黒に近い灰色といったところでしょうか。

吉野 興一
『風船爆弾―純国産兵器「ふ号」 の記録』
朝日新聞社
定価:本体1,890円(税込)
ISBN4022575425