一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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『昭和史発掘 2』を読む。

2005-05-15 00:06:35 | Book Review
1960年代に週刊誌連載の後、単行本化され、1970年代に文庫化されたものの新装版(新装版第2巻は、旧文庫第2巻の一部(「三・一五共産党検挙」)+旧文庫第3巻+旧文庫第4巻の一部(天理研究会事件)。

第2巻は、
「三・一五共産党検挙」
「『満洲某重大事件』」
「佐分利公使の怪死」
「潤一郎と春夫」
「天理研究会事件」
の5編よりなる。

「三・一五共産党検挙」は、昭和3(1928)年3月15日未明に行なわれた日本共産党の一斉検挙事件。
「『満洲某重大事件』」は、同じく昭和3年6月4日の張作霖爆殺事件。
「佐分利公使の怪死」は、昭和4(1929)年11月29日、箱根富士屋ホテルでおきた駐中公使佐分利貞男が怪死した事件。
「潤一郎と春夫」は、谷崎潤一郎と佐藤春夫との、谷崎夫人・千代をめぐっての事件の顛末。
「天理研究会事件」は、天理研究会(天理教の分派)の信者、主宰者大西愛治郎以下385人が、昭和3年4月4日に不敬罪容疑で大検挙された宗教弾圧事件。

「三・一五共産党検挙」では、この検挙事件から翌年の「四・一六事件」にかけての日本共産党の内情が、関係者の証言を交えて、かなりヴィヴィッドに描かれている。党にもぐり込んだ官憲のスパイK、軽率な行動によって党員名簿を押収された真庭末吉などから、台湾で警官隊に包囲され拳銃自殺を遂げた渡辺政之輔、山本懸蔵の自宅からの脱走、ロシア潜入の顛末、などなど。
次巻以降で、おそらくこの事件に続く、佐野学、鍋山貞親などの転向問題が扱われるのではないか。彼らの転向と、本書「天理研究会事件」での非転向を比べると、知的なイデオロギーが信仰よりも浅い層(個人においても、社会においても)にしか根を張っていないことが分る。もっとも、現在の利益法人化、巨大化、官僚化した新興宗教団体は、まったく別であるが。

「『満洲某重大事件』」は、既に多くの史書で書かれている題材だから、1965年に週刊誌に発表された本書の内容には、特に目新しい事実があるわけではない。強いて言えば、首謀者・河本大作大尉の背後に、スポンサーとして政治的には森恪が、金銭的には久原房之助がいたことを明らかに書いている点くらいか。
ちなみに、当時の奉天総領事吉田茂は、森恪などと気脈を通じて、中国全土の植民化を狙っていたことを忘れてはならないだろう。
――もちろん、吉田は後の総理大臣である。「親英米派」や「良識派」といっても、中国に対しては強圧的に出ることを辞さないのは、重慶無差別爆撃〈百一号作戦〉の責任者井上成美も同様。この作戦に関しては、前田哲男『戦略爆撃の思想』に詳しい。この辺に、近代日本特有のねじれた「コロニアリズム」が表れているような気がする。

「佐分利公使の怪死」は、自殺か他殺かという推理小説的な興味が先に立ち、時代との切り結びが浅いのが、本書の欠点。ちなみに、松本自身は、中国外交問題をめぐっての、強硬外交派の国粋主義団体による他殺という線を打ち出している。

「潤一郎と春夫」は、昭和の文壇ゴシップに詳しい方ならご存知の、谷崎夫人千代が、潤一郎との離婚後、佐藤春夫と結婚したというだけの出来事である。
それが、谷崎と佐藤が連名で知友に挨拶状を送ったことから、「お互いの女房を交換した」という噂になり、世間を騒がしたというもの。
松本も書いている通り、
「社会的にみれば、単なる私事であってとるに足りないことかもしれない。政治、社会の流れに何らの影響を与えた事件でもない」
のである。
二人の文学者にご興味をお持ちの向きは、お読みになってください。多少の新事実が述べられているかもしれないので。

さて、「天理研究会事件」の章が、小生は一番興味深く読めた。
一つは、この事件に関して無知であったこと(その他、宗教弾圧にもかかわらず、非転向を貫いた教派としては、「ものみの塔」がある)。
もう一つは、原理主義と非転向の問題である。
原理主義といえば、今日では「非寛容」の代名詞として、悪名のみ高いが、本当だろか、また日本に原理主義は今まで存在したのだろうか。
と「原理主義」の「原理」にまで遡って、考察をしたいところであるが、ここでは、本書の紹介にとどめておこう。

「天理教」は、中山みきによって幕末に創立された新興宗教である。教義は、社会不安からの解放・社会変革を求める民衆の欲求を反映して、「世直し」的色彩が強い。しかし、教団が発展・巨大化するにしたがって、当初の「世直し」的色彩は薄れ、「教祖の精神を喪った形骸だけのもの」となったと判断する人々も出てきた。
その一人が、本章で扱われている「天理研究会」(第一次検挙の後「天理本道」と改称)の主唱者・大西愛治郎である。

その教義は、治安当局によれば、
「天理研究会において大西愛治郎は天理教祖の後継者にして日本を支配すべきものにして神聖犯すべからず、大神は天皇の当時を欲せざる故に必ず近く天災地変続出し、大戦惹起し、国運窮迫し、これを免るる途」
がないから、現在の天皇を廃し、大西を日本の真柱とすべきである、と称しているとして、不敬罪容疑により検挙することになったのである。

その後の経過は、本書を読んでいただくこととして、
「予審判事の取調べでも、大審院での尋問でも、大西以下は何の恐れるところもなく所信を表明していたという。彼らが『不敬な言葉』を大胆率直に次々といいだすものだから、かえって取調べる側が狼狽した」
という事実を、重く受け止める必要があるだろう。

良くも悪くも、宗教は、現在の社会制度を食い破る力を持っている。
ひるがえって考えるに、小生ら無宗教者に、それだけの思想的力はあるのだろうか?
「原理主義」の「原理」にまで遡って、考察したく思う由縁である。

松本清張
『昭和史発掘 2』
文春文庫
定価:本体829円+税
ISBN416710699X