最近、「栄光」に満ち満ちた歴史を賞賛する輩が多く、忘れられ勝ちになっている「教訓」としての歴史を考えさせられる一冊。もちろん、それが著者の大きな意図の一つである。その結論は、
「政治的指導者も軍事的指導者も、日本をリードしてきた人びとは、なんと根拠なき自己過信に陥っていたことか(中略)そして、その結果まずくいった時の底知れぬ無責任です。今日の日本人にも同じことが多く見られて、別に昭和史、戦前史というだけでなく、現代の教訓でもあるようですが」(「むすびの章」)
ということばに要約されるであろう。もちろん、ジャーナリストとしての著者は、この結論にたどりつくまでに、数多くの歴史的事実(まだ余り知られていない事実も含めて)を積み重ねている。
例えば、昭和20(1945)年6月15日の昭和天皇の「御不例」(体調不良による静養)。著者は、ここで敗戦止むなしの決意を天皇が行ったとの推察をする(「御不例」の事実そのものは、ハーバート・ビックス『昭和天皇』にも述べられているが、木戸日記に基づき「天皇が和平について真剣に考慮するように最初に求められたのは1945年6月9日であった」としている。「文藝春秋」2月号の半藤・保坂正康・宮沢喜一鼎談「昭和天皇ご聖断へ『謎の静養』」も参照されたい)。
また、昭和6(1931)年6月には、満洲事変を起こそうと策動していた陸軍に対して、陸軍大臣を叱りつけていた西園寺公望が、昭和7(1932)年の五・一五事件以降は、テロを怖れて「もう歳をとった。ほんとうにくたびれた。元老の仕事を返上したい」などと口走り、軍部に対して弱腰となったなど、小生は知らなかった(おそらく原田熊雄『西園寺公と政局』に記述があるのだろうが未見)。
その他、意外な事実に驚かされたり、興を覚えることが多々ある。いかにも文藝春秋の元編集者らしい発言、
「城山三郎が小説『落日燃ゆ』で非常に持ち上げたためたいへん立派な人と広田(弘毅)さんは思われているのですが、二・二六事件後の新しい体制を整えるという一番大事なところで広田内閣がやったことは全部、とんでもないことばかりです」
などは、面白く感じた(一方、担当編集者だった松本清張に対しては、やや点が甘い)。
以上のほか、「平和主義者」として強調するためか、昭和天皇の軍事指導面に関してはあまり触れられていないのは、物足りないところ。ご興味のある向きには、ピーター ウエッツラー『昭和天皇と戦争―皇室の伝統と戦時下の政治・軍事戦略』(原書房)との併読をお勧めする。
半藤一利
『昭和史』
平凡社
価格 本体1,600円(税別)
ISBN4582454305
「政治的指導者も軍事的指導者も、日本をリードしてきた人びとは、なんと根拠なき自己過信に陥っていたことか(中略)そして、その結果まずくいった時の底知れぬ無責任です。今日の日本人にも同じことが多く見られて、別に昭和史、戦前史というだけでなく、現代の教訓でもあるようですが」(「むすびの章」)
ということばに要約されるであろう。もちろん、ジャーナリストとしての著者は、この結論にたどりつくまでに、数多くの歴史的事実(まだ余り知られていない事実も含めて)を積み重ねている。
例えば、昭和20(1945)年6月15日の昭和天皇の「御不例」(体調不良による静養)。著者は、ここで敗戦止むなしの決意を天皇が行ったとの推察をする(「御不例」の事実そのものは、ハーバート・ビックス『昭和天皇』にも述べられているが、木戸日記に基づき「天皇が和平について真剣に考慮するように最初に求められたのは1945年6月9日であった」としている。「文藝春秋」2月号の半藤・保坂正康・宮沢喜一鼎談「昭和天皇ご聖断へ『謎の静養』」も参照されたい)。
また、昭和6(1931)年6月には、満洲事変を起こそうと策動していた陸軍に対して、陸軍大臣を叱りつけていた西園寺公望が、昭和7(1932)年の五・一五事件以降は、テロを怖れて「もう歳をとった。ほんとうにくたびれた。元老の仕事を返上したい」などと口走り、軍部に対して弱腰となったなど、小生は知らなかった(おそらく原田熊雄『西園寺公と政局』に記述があるのだろうが未見)。
その他、意外な事実に驚かされたり、興を覚えることが多々ある。いかにも文藝春秋の元編集者らしい発言、
「城山三郎が小説『落日燃ゆ』で非常に持ち上げたためたいへん立派な人と広田(弘毅)さんは思われているのですが、二・二六事件後の新しい体制を整えるという一番大事なところで広田内閣がやったことは全部、とんでもないことばかりです」
などは、面白く感じた(一方、担当編集者だった松本清張に対しては、やや点が甘い)。
以上のほか、「平和主義者」として強調するためか、昭和天皇の軍事指導面に関してはあまり触れられていないのは、物足りないところ。ご興味のある向きには、ピーター ウエッツラー『昭和天皇と戦争―皇室の伝統と戦時下の政治・軍事戦略』(原書房)との併読をお勧めする。
半藤一利
『昭和史』
平凡社
価格 本体1,600円(税別)
ISBN4582454305