十方世界共生山一法寺

自己の世界を建設しよう
 日本のことも世界のことも自分自身のこともみな自己の内のこと。

内山興正老師 安泰寺へ残す言葉

2010年10月07日 | 佛教

 仏教に関しては内山興正老師からいろいろ教わったが、その老師が平成10年に亡くなられて今年5月に13回忌法要が行われたところである。
 安泰寺からお供養の品をいただいたが、中に内山老師が安泰寺住職を引退される時に提唱された録音をCD化したものがあったので、それを紹介したいと思う。

 提唱は1975年2月23日、京都の安泰寺で出家、在家の弟子に対して話されたものである。私は残念ながら参加していない。

 最初と最後に四弘誓願が全員で3回読誦されるが、これは誓願を非常に大切にされる内山老師の提唱スタイルである。
 
 残す言葉は、7項目と人生詩1である。

1 人情・世情ではなく仏法ために仏法を学し仏法のために仏法を修すべきこと。
2 坐禅こそ本尊であり正師である。
3 坐禅は具体的に「得はマヨイ、損はサトリ」を実行し二行(懺悔行、誓願行)、三心(喜心、老心、大心)として生活の中に働く坐禅でなければならない。
4 誓願を我が生命とし深くその根を養うこと。
5 向上するのも堕落するのも自分持ちであることを自覚して修行向上に励むこと。
6 黙って10年坐ること、さらに10年坐ること、その上10年坐ること。
7 真面目な修行者達が悩まないでいいような修行道場であることを願って互いに協力すべきこと。

「安泰寺を去る」
 老人としての私には私なりの仕事がある。
 それは若い時のように外に向かって働くことではない。
 ただ、内に向かって自己を見つめ
 大空の中に雲が消えて行くように静かに消えていくことだ。

URLは次のとおり。

1枚目
https://www.sugarsync.com/pf/D390622_6288202_954553

2枚目
https://www.sugarsync.com/pf/D390622_6288202_954565

佛教に親しくない人には音声だけではどういう意味なのか分からないところが多く出てきます。前後の説明からそれとなく分かるところも多いのですが、次回その佛教語と意味をアップしたいと思います。

ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« やっとPCの引越し完了 | トップ | 内山興正老師 安泰寺へ残す... »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (山形)
2016-12-20 21:51:47
はじめまして。ネルケ無方さんのブログにこちらのリンクが貼ってありましたので訪ねてみました。内山老師に師事されておられた方でしたか、現在も実在されていたのですね^_^、いまや本の中だけの伝説になったものと思っておりました。私は今年に藤田一照、ネルケ無方さんの本で只管打坐の驚くべき凄さを垣間見、更に内山、澤木老師の本にても学び始めた40代の男です。仕事もしないで北国の坐禅堂に通いひりひりするような坐禅を探しながら日々すごしております。
今後は、至宝ともいうべきこちらの超大先達のブログからも学ばさせていただきたく存じます。よろしくお願いいたします。
Unknown (一法)
2016-12-21 08:23:01
閲覧ありがとうございます。

内山老師に教わったことを違った視点から書いています。
違和感を持たれるかも知れません。
参考になればと思います。

以後よろしくお願いします。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
  • 30日以上前の記事に対するトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。