十方世界共生山一法寺

自己の世界を建設しよう
 日本のことも世界のことも自分自身のこともみな自己の内のこと。

信仰と信心の違い

2017年03月21日 | 一法言

宗教の信者がその信ずる態度を表すのにそれが信仰であったり信心と呼んだりしている。

信仰は自分の外に尊崇する神、佛、等の対象を持ちそれを信じ仰ぐことと解する。多くの宗教、宗派がこれに該当するように思う。

一方信心はというと、そもそも佛教における信の意味は心を澄浄することをいう。佛道を修めるにはこの信が何より大切なのである。

心というのは普通はココロを意味するが、佛教の心はそれよりはむしろ生命というのが当たっているとは内山興正老師に教わったことがある。

その意味で禅佛教は信心と呼ぶに相応しい。

浄土教は信ずる心が大切という意味で信心というが、阿弥陀佛と対象を自分の外においているのだから信仰の方が合っているように思う。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

3月期親睦囲碁会で優勝

2017年03月13日 | 道楽
3月の囲碁例会がいつもの碁会所で行われた。

昨日に不参加も連絡が一人あって今日は参加者は5名。
 
一人は対戦者がいなくて待機で時間つぶし。私は運良く連続で4戦できてスムーズに対戦できた。
いつもは最後の最後のところで石が取られてギブアップということが多いのだが、今日は全体をよく見て危なそうなところには用心して手入れするようにしたら、3勝1敗。
 
1敗したのは攻められて逃げ回った挙句大きくなったところで召し捕られた。
 
今日は時間が進行が遅く、時間が足りなくなってきたので、スピードアップを図るために対局時計と途中から使用することになった。石を打った後自分側のボタンを押すと時計が止まり、相手側の時計が動き出す。次に相手が石を打ってボタンを押してこちらの時計の持ち時間が減じていく。
 
初めて使ったので要領が得なくて押し忘れることもしばしば。大分時間を損したが私はそれほど時間を使わない方なのでタイムアップで負けということはなかったが、何となく急かされるので気が気でない。
 
ところで今年の年頭を飾る囲碁界の話題は昨年3月、韓国のイ・セドル九段を相手に圧倒的な強さを見せ話題を呼んだグーグルの人口知能「AlphaGo」がさらにバージョンアップして、日中韓のプロ棋士たちと対局、60戦全勝したことだろう。
 
AlphaGoがあまりにも強いので、AlphaGoが打ち出した定石をプロが真似するのが流行りだしたらしい。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日本の宗教が消滅の危機か

2017年03月03日 | 他教

女優 清水富美加の幸福の科学で出家という話題でTVのワイドショーなんかで何回となく取り上げられているようだが、そんなに話題性のあることなのだろうか。

幸福の科学という宗教という名にも値しないような教団になぜ惹かれるのか訳が分からない。

そもそも教団の名前がインチキである。幸福なんてものは個々人の主観の問題で、客観性を重視する科学に馴染まない。

しかし、ある意味うまいネーミングである。

今の日本人は個人的幸福を追求したがる輩ばかり、憲法第13条には幸福追求権という規定まである。
つまり幸福という言葉に弱いのである。

また、信頼できるものとして科学がある。科学に基づくとか科学的とか言われると安易に信じ込む。つまり科学という言葉に弱いのである。

欲しい幸福が科学的な方法で手に入るというように理解するのだろう。
馬鹿げている、ちょっと理性を働かせれば分かりそうなものなのだ。

実際、教義とされていることはあの世、彼らから言わすと次元の違う世界の話。あの世での幸福、そんな当てにならないものをと思うのがそう信じ込むことが今の幸福ということなのだろう。

昔、ハンドルがウルトラマンという御仁とパソコン通信の会議室でやり取りしたことがあるが、すぐ次元を変えて逃げてしまう。大川総裁は9次元世界に入ることができる、焼死した作家景山民夫はあの世で指導者になっていて忙しくしているなんて実しやかにいうのは驚いたことがある。

また以前は霊言集と称して偉人を騙り、最近では今現に生きて活躍している人の守護霊にインタビューするという内容の本出している。これって騙りという犯罪行為でないかと思う。

しかし、自民党二階幹事長やらDaigoやら誰彼なしなのは驚いた。

大川には守護霊ならぬゴーストライターが憑いているのだろう。

さて、話変わって

「日本の宗教が消滅の危機か「マイルドヤンキー現象」と「スマホ」が原因と指摘も」という記事がネット上でアップされていたので紹介しておきたい。

スマホをいじっていると幸福という人が増えてきたのだろうか。

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12180-493278/

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

金正男の殺害に北朝鮮が関与

2017年02月22日 | 世相

今日のニュースでマレーシア警察が金正男の殺害に北朝鮮が関与、主犯格が北朝鮮大使館の2等書記官で、北朝鮮航空会社の社員と共に大使館に逃げ込んでいるという。

北朝鮮、韓国、シナ、日本近傍の諸国は、ろくでもない国ばかり。

最近、南京における虐殺事件は4回あり、殺害の多くはシナ人によるものとの小名木善行氏の談話がユーチューブにアップされていた。

南京入城のことしか知らなかったが、あと3回ありそれぞれが関連していることを知って目からウロコだった。松井石根大将は名うての親中派だったところから派遣されたのであって、その彼が虐殺を命令するはずもなかったのだ。

https://www.youtube.com/watch?v=E0qRG4cG_T4

虐殺はシナ人がやったという話がよく分かった。
1時間ほどかかるが是非聴いてもらいたい。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

皇紀2677年 建国記念の日を祝う

2017年02月11日 | 世相

近所に天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)を祀る神社があり、朝から時々音楽が流れたり建国記念の日を祝う行事をやっていたので午後になってお参りに行って来た。

鳥居の前で5人ほどの人が片付けをしていて、境内には誰一人いなかった。朝で行事が全て終わっていたようだ。

天之御中主神の神は古事記で1番最初に神で古事記の記述では何も書いていないが、天つまり宇宙の真ん中、根源となる神である。以後この神からいろいろな神々に生まれてくる。進化型の神である。

さて、神々の代を経て神話では神武天皇が東征の末建国をしたという。以来2677年というのが我が日本という国である。西暦より660年も前の話である。釈尊の誕生の前でもある。

神話だから事実とは言えないが、全くそのようなことがなかったのかというとそうもいえない。

「神話をなくした民族は命をなくす」(フランス神話学者デュメジル)

交声曲 北原白秋(作詞)、信時潔(作曲)の「街道東征」を聴いた。曲に乗った大和言葉の美しさを堪能できた。

https://www.youtube.com/watch?v=s-whJx_gl94&t=142s

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

何を信じて生きるのか(2)

2017年02月09日 | 人生

諸兄は何を信じて生きておられるか。あれから、お考えになられましたか。

私の答えは一度前にも書いたと思いますが、

 今、自分が絶対的に確信することは何かということである。それは自分が今生きているということである。それは明日太陽が昇るより確かなことなのである。太陽が昇ることを疑う人は誰もいない、誰しも絶対的に確信することのように思えるが、これはそうではない。何となれば自分が存在しなければ自分にとって太陽が昇るとは言えないし、時間も場所も不明なら確かめようもないのである。

 自分が今生きているということは、今誰しも確信できることである。まともな人間なら俺は死んでいるなんてことはありえない。

 今生きているということは、五感が働いていることである。五感が働いて生きていること実感できる。そして自分の周りの世界の認識する。認識するからあらゆるものが存在するのである。認識しないことは自分にとっては存在することにならない。

 自分がいて自分の世界がある。この確信が自信というべきものである。

「自己の拠り所は自己のみなり」(法句経)です。

自分がいて自分の世界がある。このことを日本臨済宗の開祖栄西禅師のこう述べておられる。

「天地、我を待って覆載(ふうさい)し、日月我を待って運行し、四時我を待って変化し、万物我を待って発生す。大いなるかな心や」
 覆載:天が覆い、地が載せる  四時:春夏秋冬  心:いのち

内山老師の自己生命図を再掲すると以下のとおり。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

福は外 寒さ蹴飛ばし 鬼ごっこ

2017年02月03日 | 一法言

節分には「福は外」を提唱しているが、今年は俳句にしてみた。

「福は外」は世間とは違うが節分でのことだし、「寒さ」も冬の季語、こういうのは季重なりというのだろうが、まあ、いいとして、、、。

大体、物事は出す方が大事で、生きていく上で一番大事なのは呼吸だが呼気に気をつければ吸う方は勝手に入ってくる。

食事もお腹をすかせれば、美味しく食べられる。グルメだとかいってうまいものを追いかける番組も結構多いが空腹にまずいものなしだ。

我輩がやっている囲碁でもそうだが、相手にも陣地を与える、捨て石をするということが大事だが、それがなかなか出来ないで強くならない。今年は「福は外」で外回りで打ってみようと思う。

 

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

何を信じて生きるのか

2017年02月01日 | 人生

元新体操の選手でタレントをしていた山崎浩子は統一協会に入会していたが、マインドコントロールが解けて脱会。その体験を著書にしたが、その本の副題にあったのが「何を信じて生きるのか」

本のタイトルは覚えていなかったが、妙にこの「何を信じて生きるのか」という言葉が印象に残っている。

さて、諸兄は何を信じて生きておられるのだろうか。これをはっきりさせておくべきだろうと私は思うがいかがだろうか。

一度の自問して、答えを出してみてください。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

年頭一言

2017年01月26日 | 一法言

母が12月6日に亡くなり、葬式も98歳にもなっていたこともあり、近親者だけで執り行いました。

この22日に満中陰を迎えて同じく菩提寺で法要を行い死亡に伴う行事を終了しました。

まだ、納骨ができていませんがこれはいつでもいいのでそのうちにと思っています。

いつも年賀状の交換する人に喪中欠礼の挨拶状を送っていなかったので、多くの方から年賀状をいただきました。それらの方々に寒中見舞いのはがきを送ったところです。

年賀状にはいつも何か思うところを書いているので、寒中見舞いにも年頭一言として次の句を書きました。

「十方佛土中 出逢うところわがいのち」

佛土とは自己世界のこと、宇宙一杯だから佛土なのです。この世は穢土なんて言っていたのではいつまでたっても浄土になりません。

みんな繋がっている、だから、出逢うところわがいのちなのです。

出逢うところのわがいのちは内山興正老師の言葉です。内山老師は「出逢うところのわが生命」ですが、ちょっと変えました。

この言葉は素晴らしい。嬉しいことがあっても出逢うところわが生命、嫌なことがあっても出逢うところわが生命、だってそうなんですから。

 

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

1月期親睦囲碁会

2017年01月17日 | 道楽

今年最初の親睦の囲碁会が16日に実施。

いつものメンバー6人が集まった。

最初から3連勝して調子がよく、最後の1戦も好調に推移、いただきと思っていたら最後のところで大ポカ。

相手の殺したはずの石がとどめを刺していなかったので生き返り、反対にその石に接していた自分の石が死んで逆転負け。

3勝1敗が3人になって、結局、基本点の多いつまり強い者から順番に順位を決定。一番弱い我輩は3位ということになった。

囲碁会に参加するようになって、ハンデが全然変わらない。棋力が上がればより楽しみもアップするのだが・・・。

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

天皇陛下の譲位 新元号は平成31年元日から 皇室会議を経て閣議決定へ

2017年01月11日 | 世相

天皇陛下の譲位が視野に入ってきた。陛下のご意向を尊重する方向で譲位が検討されているのは望ましいこと。

産経新聞の記事から。

天皇陛下が在位30年を節目として譲位を希望されていることを受け、政府は、平成31(2019)年1月1日(元日)に皇太子さまの天皇即位に伴う儀式を行い、同日から新元号とする方向で検討に入った。

 国民生活への影響を最小限とするには元日の譲位が望ましいと判断した。譲位に伴う関連法案は、有識者会議の報告と衆参両院の論議を踏まえ、5月上旬にも国会に提出する見通し。譲位は「一代限り」として皇室典範改正は最小限にとどめる方向で検討を進める。

http://news.livedoor.com/article/detail/12517629/

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

去年の交通事故死者、67年ぶり4000人下回る

2017年01月04日 | 世相

昨年の交通事故者、67年ぶりに4000人下回る。

という記事があったので紹介したい。

67年前といえば我輩が7つの時、自動車交通が発達してそれに伴い交通事故の死者も鰻登り。交通戦争といわれるほどで1万人を超える時代が長く続いた。

1万人の戦死者ということは、軍隊で言えば一個師団が全滅するということ。まさに戦争だ。

4000人でもまだ多い、もっと減ってくれることを祈りたい。

https://news.nifty.com/article/domestic/society/12198-78000/

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

謹んで新年のご挨拶を申し上げます

2017年01月02日 | 世相

謹んで新年のご挨拶を申し上げます。

昨年は多くの方にご来訪を頂きありがとうございました。

本年もよろしくお願い致します。

皆様におかれましても今年が良き年でありますようお祈りします。

 

 一法 拝

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

ともかくも あなたまかせの 年の暮れ

2016年12月31日 | 一法言

平成28年大晦日になりました。

目下 忌中につき 「ともかくも あなたまかせの 年の暮れ」文字通りの状態です。

この俳句は小林一茶のものですが、あなたとは阿弥陀さんのこと。6日に亡くなった母親は中陰のちょうど真ん中にやってきて明日が4七日に当たります。

しかし、中陰とか中有とかいうのは、本来の佛教にはない考え方です。東南アジアの上座部佛教に中陰という考えはありません。佛教が大衆化しヒンズー教の教えと習合した大乗佛教が起こったことによるものです。

さて、今年、1年私の拙文をご覧になっていただいた方々に感謝いたします。

来年もよろしくお願いします。m(_ _)m

コメント
この記事をはてなブックマークに追加

糸魚川大火 

2016年12月23日 | 世相

被災者の皆様に御見舞申し上げます。

昨日12月22日午前10時ごろ、フェーン現象下で新潟県糸魚川で火災が発生、強風により火の粉が撒き散らされ次々と類焼、少なくとも140棟以上、約75000m2が延焼ということである。

今日昼のニュース時でもあちこちで残り火から火が出る現象が見られ鎮火に至っていない。

20年来最大の火災で糸魚川大火と呼ばれるようだ。

大火の基準をネットで調べてみると、東京消防庁のHPの記事に次のように書かれている。

「損害保険料率算定会の『大火調査資料』(昭和29年発行)では、大火の定義の困難性を指摘しながらも、結果的には焼失建物50戸以上の火災を、一応の大火の基準として調査対象としています。
 昭和26(1951)年4月23日に、国家消防庁(現在の総務省消防庁)消防研究所技術課長と同庁管理局総務課長の連名で出された「大火災の動態調査報告方について」では、「焼失面積が3千坪(約1万平方メートル)以上の火災」と指定しながらも、「2千坪(約6,600平方メートル)以下のものでも通常『大火』と呼ばれるものに準用する」としています。
 今日、大火の基準らしきものとしては、『消防白書』の資料欄に掲載されている昭和21(1946)年以降の大火があり、その注に「大火とは、建物の焼失面積が33,000平方メートル以上の火災をいう」と書かれています。ただし、これにしても、あくまでも資料として選出するために便宜上定めた基準です。」

これに当てはめると、大火だといえる規模のものだったことになる。

大火といえばやはり阪神淡路大震災の大規模な火災が思い出される。
ついで、私が子供の頃びっくりしたのは火災は鳥取火災、焼損棟数6786棟(昭和27年)。
 
火事の怖いですね。下手すれば何もかも失ってしまうのですから。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加