生き生き箕面通信

大阪の箕面から政治、経済、環境など「慎ましやかな地球の暮らし」をテーマに、なんとかしましょうと、発信しています。

生き生き箕面通信199 ・終末期医療のホスピスについて「まともな理解」を

2009-06-08 06:36:42 | 日記
おはようございます。

生き生き箕面通信199(090609)をお届けします。



・終末期医療のホスピスについて「まともな理解」を

 昨日の「病院で死ぬということ」の著者、山崎章郎医師が続編で「そして今、僕はホスピスに」を書いています。ホスピスについては日本でもかなり理解が進んできた

ようですが、それでもまだ「姥捨て山」的な感覚で見られる面も少なくないのが実態です。その点を踏まえて山崎医師は、ホスピスに対する「まともな理解」として次

の2点をあげています。





 〔1〕施設としてのホスピスは、決して人間の「死に場所」ではなく、最後まで人間らしく「行き抜く場所」です。

 〔2〕施設としてのホスピスは、支えあいの場所でもあるが、同時に生ある人間はいつかは必ず死んでいくのだということを事実として知る場所でもあります。



 そして、「 ホスピスとは何か」については、具体的に次の13点にまとめています。

1)ホスピスケアを自ら望む末期患者、とくに末期ガン患者およびその家族を応援するための施設でもあり、応援するためのプログラムでもある

2)ホスピスを支える理念は、末期ガン患者がその最後のときまで、快適で患者自身の選択と意志にもとづいて行き抜くことを応援するということである



3)ホスピスで行われる医療は、患者の苦痛を取り除くことに最大の力が注がれる。とくに疼痛のコントロールは大きな柱となる。しかし、通常の制ガン治療も延命治療も患者が望むのであれば、当然提供される

4)ホスピスでは患者の意志と人権は最大限尊重され、守られるだろう



5)ホスピスでは患者本人の本音にもとづいた意志を応援するために、常に患者に対して正しい情報が伝えられるだろう。ただし、患者自身が伝えないでほしいと望めば、それも可能である

6)ホスピスではキリスト教でも仏教でも他の宗教でも、患者の望む宗教的援助が受けられるだろう



7)ホスピスでは、患者の家族は、患者同様に応援されることになるだろう

8)ホスピスを支える人たちは医者、看護婦だけでなく、ソーシャルワーカー、栄養士、宗教家、そして多種多様な職業からなるボランティアなどであり、これらの人たちがチームを組んで、患者のあらゆるニーズを可能な限り応援するだろう



9)ホスピスは施設でのケアもできるが、在宅のプログラムも持っているので、患者が最後まで住みなれた自宅にいたいと望めば、それも充分可能となるだろう

10)ホスピスでは患者は定期的に行われるコンサートや、絵画の展示などの芸術に触れたり、参加することもできる。そのようなプログラムを持つからである



11)ホスピスでは、患者が歌手で、自分の余命がいくばくもないことを承知していて、その最後をステージで歌を歌い、聴衆の喝采の中で迎えたいと望めば、その実      

 現のために最大限の努力がなされるだろう

12)ホスピスの個室では、患者が患者の愛する人とともに同じベッドの中にいたとしても、だれも非難しないだろう。それは人間であれば、ごく自然なことだから



13)ホスピスでは、患者は患者の親しい人たちとの出会いを喜び、そして近く確実に訪れる別れのときを、患者がなくなってからではなく、お互いに気持ちの交流が

 できる間に、涙を流しながら心から悲しみ合うことができる。偽りがないのだから、患者は患者が誰かを愛し、誰かが患者を愛していることを具体的に感じながら生 

 きることができるのだ



 僕自身は、終末期には点滴などさまざまな管が体にとりつけられるいわゆる”マカロニ症候群”は拒否しようと思いますし、もちろん延命治療もお断りすることを妻

とも常々、話しています。そして、僕の”看取り”というか、エンディングは、周囲に迷惑にならないうちに「ありがとう。おもしろかった」といっておさらばすることですが、そのようにうまくいってくれることを願うばかりです。






最新の画像もっと見る

コメントを投稿