せいたいほうこくぶ。

ここに書いてあることは、ほとんどフィクションではありません。

天かける星

2012年07月24日 | つぶやき
 千尋が置いていった木札を眺めて、柊はひとつ息をついた。
 中つ国が滅ぼされて以来五年もの間、ただ一人の姫が身を隠していた異世界では、七月七日に笹の葉を飾り付け、願いを星に託す祭りがあると言う。
 こちらでもその祭りをやりたいと言い出した姫は、サザキや布都彦、遠夜あたりの協力的な輩はもちろんのこと、非協力の権化とも言える那岐をも巻き込んで、七夕の飾りを作り始めた。
 というのは、つい先ほど、この書庫を訪れた千尋本人から聞いた話だ。そして最後に、今柊の手の中に残っているこの木札を置いていったのだ。
「堅庭に飾ってあるから、柊も願い事を書いて持ってきてね」
 楽しそうにそう告げた笑顔は、さながら太陽のよう。禍つ神を打ち消す力を秘めた、白き光。
「我が君…そうして、あなたの可憐な瞳を向けていただく以上に、希うことなどございません」
 いつもの調子ではぐらかそうとしたのがわかってしまったのだろうか、千尋は柊の軽口に動じる様子もなく「じゃあそれを書いてみたら?お星様が叶えてくれるかも」と笑った。
 いつもは戸惑うか、機嫌を損ねるばかりだというのに、七夕祭りの準備がよほど楽しいと見える。
 亡国の姫として、凛と矢を射り皆を率いる姿も魅力的だが、あのように年相応の笑顔を見られると、こちらまで心が安らいでしまう。
 中つ国最後の王族としての重責が、あの華奢な体にどれほど重くのしかかっているのだろうと想像すると、まだほんの少女である彼女が不憫に思えた。
「…星の導きとは残酷なものです、我が君」
 星を読み、既定伝承をなぞる柊には、星がこちらの願いを叶えてくれるなど考えられない。
 星はいつでも、運命へと導くものだ。時に、かけがえのない存在を黄泉へ連れ去り、いたいけな姫を過酷な境遇へと誘っていく。
「…願うなど。望むなど」
 運命を刻む竹簡たちが、独り言に耳をそばだてている気がして、柊は唇を閉じた。
 代わりに、千尋に渡された木札をもてあそび、唇の端で、ふ、と笑う。
 矮小なこの身に許された望みの、なんと小さきことか。
 柊は竹簡の棚に背を向け、手の中の木札の、何も書かれていない表面をするりと撫でた。


「…光明のあらんことを」


 星よりも強く眩い、白き光明の、あらんことを。





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



フォロワーさんのお願いごとを叶えてみよう企画その2!

しきたんのための柊でした!初柊でした!
ちゃんと柊になってるのかしら、これ…なんか申し訳なくなってきた。。。
柊のあの独特の気持ち悪さ、やはり難しいのですね…

書いてて、ずいぶん4の設定とか忘れちゃってるなと思ったので4やりたいです。主にちびなぎに会いたい。


しきたん、お願いありがとー!よろしければお納めくだされ!
こんなのですみませぬ!

天かける橋

2012年07月24日 | 遙かのこと

 宿の者に言われたとおりに部屋をひょいと覗くと、文机の前にしゃんと座って眉間にしわを寄せている九郎を見つけた。正面から現れてやったというのに、まったく気付く様子がないところを見ると、よほど真剣に考え事をしているのだろうか。
 縁側に立ったまま文机の上を確認すると、短冊が数本見えた。珍しく歌でも詠んでいるのだろうか。
 何にせよ、声をかけて悪いということはなさそうだ。何しろ、短冊はすべて全くの白紙だし。
 長い付き合いからの経験上、そう判断して、弁慶は部屋の敷居を音もなく跨いだ。
「眉間にしわが寄っていますよ」
 気配をわざと消したまま声をかけると、九郎はびくりと肩を跳ね上げて顔を上げる。そのまま、気配もなくいきなり話しかけてきた相手の顔を見上げて、「なんだ、弁慶か…」と息をついた。
「人が入ってきたのにも気付かないほど真剣に、何を悩んでいたんです?」
「お前が気配を消していたんだろう」
 まったくたちの悪い奴だ、と小言を言われて、弁慶は一つまばたきをする。少々相手を見くびりすぎていただろうか、ばれているとは思わなかった。
「まあいい。ちょうどよかった、お前も書け」
 机の上の短冊を二枚ほど拾い上げ、手渡される。自分にも歌を詠めというのだろうか。
 視線を、短冊から九郎に戻す。
「僕に、歌でも詠めと?」
 寺での手習いもそこそこに暴れ回っていた過去を共有する相手に、微量に厭味を含んだ問いをかけたが、効果はいまいちどころかかすりもしなかったらしい。至極真面目な顔で「いや」と否定された。
 もっとも、通じないと思っているからこそ言ったのだからそれでいいのだ。たとえば、九郎がヒノエのように擦れた勘の鋭さを持っていたら、こうも長い付き合いにはならなかっただろう。九郎はこれでいいのだ。戦での勘さえ働けば、後の勘繰りはこちらの領分だ。
「先ほど望美に渡されてな。願い事を書くそうだ」
「願い事、ですか」
 この時期に願い事と言えば、と考えて、そろそろ七夕の時期だったなと思い出す。近頃は寝ても覚めても戦のことを考えているから、こういった季節の行事にもつい疎くなりがちだ。
 言われてみれば、確かに貴族の間では願い事を星に祈る風習があるようだが、望美がなぜそれを知っているのだろう。彼女のいた世界でも、似たような風習があったのだろうか。
「俺もすっかり忘れていたが、もうすぐ七夕だからと半ば強引に押しつけられたんだ。息抜きに、と言いながらああも強要されたのは初めてだ…まったくあいつは」
 小言を言いながらも、九郎はまんざらでもない様子だった。弁慶もつられて少し笑う。
 九郎が望美に捕まって、この短冊を押しつけられている様を、まるで見ていたかのように思い浮かべることができた。
「望美のいた世界では、このような短冊に書いた願い事や、色とりどりの紙で作った飾りを笹の枝に飾り付けて、七夕の夜を楽しむそうだ。先生も飾り作りを手伝っておられた」
「笹の枝ですか」
 望美のいたという世界は、自分達が今暮らしているこの世界と全く違っているようでいて、こうしてところどころ似ている部分がある。そうした符合は、望美や譲から話を聞いていても非常に興味深い。
「弁慶」
 顔を上げると、九郎が得意げに訳知り顔をしていた。
「お前、望美の世界の七夕の話を聞きに行きたいんだろう」
 なんと図星をつかれた。
 表情の読み難さには自信があるが、九郎は自分に対しては、たまにこうして妙に鋭いところがあるから油断ができない。
 弁慶は少し目を細め、
「そうですね、興味があります」
 と正直に答えた。
 九郎は弁慶の返事を聞いて、得たりとばかりに目を輝かせる。弁慶の表情を読み取れるのは限られた人間だけだが、九郎の表情を読み取れない人間はそうそういないだろう。
 あまりにわかりやすい九郎の表情の変化に、弁慶がつい吹き出しそうになったのには気付かず、九郎が筆を差し出してくる。
「ならば、さっさと願い事を書け!望美のところに行けば、どうせ書かされるぞ」
「そうでしょうね」
 筆を受け取り、思案顔をしてみせる。
 こんなところに書けないような願いならばいくらでもあるが、はてどうしようか。
「君は何を書くんですか?」
 話を振ると、九郎の表情は先ほどの深刻なものに戻る。
「今それを悩んでいたところだ」
 そうだろう。顔にそう書いてある。
「初めは、源氏軍の勝利と兄上の治める世を、と思ったが、望美たちの書いているのを少し覗いたら、他愛のないものばかりでな。そういうものなのかと思ったら、何を書けばいいかわからなくなってしまった」
 短冊を睨みつけながらやや苦そうに経緯を語る九郎の横で、弁慶はすらすらと短冊に筆を滑らせた。
 コトリと弁慶が筆を置く音に気付いて、九郎が顔を上げる。
「では、僕は先に行っていますね」
「何だと?もう書き終わったのか?」
 目を丸くする九郎に、弁慶は笑顔で短冊を振ってみせた。願いを読まれては困るので、一瞬だけ見せて伏せる。
「筆を貸していただいてありがとうございました。どうぞごゆっくり」
「弁慶!」
 さらりと踵を返した背中を九郎の声が追いかけたが、振り向かなかった。
 少しだけ時間をかけて出かける準備をしている間に、きっと追いついてくるだろう。


 大して怒ってもいないくせに、険しい顔で文句を言いながら現れる九郎の姿を、もう何度見たことか。

 あと何度、見られるのか。

「どうか」



『君の願いは、叶いますように』





☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆



フォロワーさんのお願いごとを叶えてみよう企画その1!

皐月さんのための、イノ詩以外の八葉ペアで七夕!です!
イノ詩以外って!?何を書けば!?と悩んだ末に五条になりました。
四神ペアってのも面白くないなぁと思ったんですがだからって五条も定番でしたねっと。

季節外れで申し訳ありません…こんなのでよろしければお納めくださいまし。

皐月さん、ありがとうございますたー!