せいたいほうこくぶ。

ここに書いてあることは、ほとんどフィクションではありません。

#非公式リツイートで指定いただいたのでなんか書いた③皐月さんへ!

2012年05月13日 | いのしのこと

 師匠に頼まれた届け物の仕事を間違いなく完了して、今日のイノリの仕事はこれで終わりだ。
 しかし、真っ直ぐ帰るにはまだ日が高い。土御門の邸に寄って、馴染みの顔でも見てから帰ろうか。馴染みの顔、といっても、浮かんできたのは一人の顔ばかりだ。春の日差しのように微笑む顔を思い浮かべると、つい、口元が緩みそうになってしまう。
 そんな気持ちに水を差すように、鼻先にぽつりと雫が当たる。思わず立ち止まって空を見上げると、先ほどまであんなに気持ちよく晴れていた空が、いつの間にかすっかり曇ってしまっていた。
 ぽつ、ぽつ、と落ちてくる雨に急かされて足を早めるが、雨足の方が数段上手で、イノリが家に着くのを待たずに本降りになってしまう。
「ったく、勘弁しろよ!」
 細いながらもしっかりまとまって降ってくる雨を避けるようなものは、何も持ち合わせていない。腕をかざして走るしかないが、この分では家に着く頃にはずぶ濡れになってしまうだろう。
 この橋を渡ったら、雨宿りできる場所を探そう。
 そう思って走りながら橋の向こう側を見はるかすと、籠や桶を持って走る商人の間に、被衣をはためかせて走ってくる小柄な者があるのに気付いた。
 視界が雨に遮られて気付くのが遅れてしまったが、被衣で頭からすっぽり隠れてしまっている相手の方が、さらに一歩遅れてこちらに気付いたようだ。
 危ない。
 ぶつかってしまいそうでヒヤリとするが、イノリの持ち前の反射神経は鈍りなく力を発揮して、身を躱す。
 正面衝突は免れたものの、はためいた衣の袖が一瞬絡む感覚に、思わず振り向いた。
 相手も同じく立ち止まって振り返る。
 袖が絡んだのよりしっかりと、視線がかち合った。同時に、目が見開かれる。
「…詩紋」
 意識せず、口が相手の名をつぶやいた。あまりに驚きすぎて、声に感情が乗らない。
 被衣の作るおぼろげな陰の中で、詩紋の唇も小さく動く。
『イノリくん』
 しとやかな雨にさえ遮られてしまうような微かな声だったようだが、そう、呼ばれた気がした。
 詩紋が距離を詰めるのに、とんとんと鳴った靴音の方が、よほどよく聞こえる。
 それ以上何も言わずに近付いてきた詩紋は、状況についていけず呆けてしまっているイノリの目の前まで来て、被衣の端を掴んだ腕を掲げた。
「…濡れるよ」
 すでにやや雨を含んでしっとりとした布の重みが、降ってくる。雨の音が、少し遠ざかった。
 覗き込んできた詩紋の瞳が急に現実を連れてきて、我に返る。
 思いがけない出会いに呆然としてしまった自分と、目が合うなり何より先にイノリの心配をした詩紋の対比がどこか滑稽で、笑いが漏れた。
「ありがとな」
 端を握ったままの詩紋の手ごと、被衣の片端を受け取る。
 と、慌てて橋を渡らなくても、橋の袂に入れば雨を避けられることに、急に気付いた。
「なあ、雨宿りしようぜ」
 言うと、詩紋はうれしそうに笑みを浮かべてうなずく。先ほど思い浮かべたのと同じ、春の日差しのようなほほえみだった。
 邸まで行かずともこの笑顔に会えるとは、急に雨に降られてついていないと思ったのは、とんだ勘違いだったらしい。

 細い雨に打たれながら、被衣の中で二人寄り添う。冷たい雨に肌が冷えることは、きっとない。



「雨、降ってよかった」
「ん?何か言ったか?」



 橋の袂で雨宿りをしながら、このまま止まなければいいのにと、恋の音が胸に響いた。


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お題は「舞一夜ごっこをするイノ詩」だったんですが…これ…ごっこだろうか…
皐月さんすみません><リテイク受け付けます!

雨の中出会ったのがイノ詩だったら、どんな恋のお話になったんでしょう…いや詩紋が怨霊なんて嫌だ…消えちゃうなんて嫌だ…でもそんな切ないイノ詩も大好きだ…!!

RTありがとうございました!


#非公式リツイートで指定いただいたのでなんか書いた②夕貴さんへ!

2012年05月13日 | いのしのこと

「…んっ…」
 息継ぎがうまくいかなくて、ついイノリの腕を掴んでしまうと、唇は案外あっさり解放された。
 察してくれたのかな、と思う間もなく、自分で自分の唇に触れたイノリがつぶやく。
「なんか、スースーする」
 それでか。
 やけにあっさりしていた口付けの理由を察して、苦笑が漏れた。
 口の中に残っているかけらを転がして、そう言えば、イノリがこの世界に来てからまだ半年も経っていないことを思い出した。
 驚くほどこの世界に馴染むのが早かったイノリも、さすがにこの味は初体験だったらしい。
「これだよ、イノリくん」
 手に持っていたミントキャンディの包みを、イノリの視線の先でカタカタと振ってみせる。イノリの目が興味深そうに見開いた。
「なんだそれ、飴?」
「イノリくん、いきなりキスするんだもの」
 口の中に飴が残っているのに不意を衝かれたことに愚痴を言ってみるが、相手は聞いていないようだった。そんな様子も、微笑ましくて笑みが漏れる。
「食べてみる?」
 ぱっと顔を上げて、こくこくと頷いて、差し出された手に、一連の仕草の可愛らしさに少し笑いながら、最後の一粒をその手の上に落としてやった。可愛い、なんて言ったら「お前に言われたくない」と不機嫌な顔をされそうだ。
「サンキュー!」
 こちらへ来てから新しく覚えた言葉をごく自然に使って、イノリが笑う。歯並びのいい歯が見える、この笑顔が詩紋は好きだ。
 一足先に口に含んでいたキャンディを転がしながら、イノリの手元を見守る。包み紙を開いて中身をつまみ出し、紙を握りつぶしながら小さな粒を口の中に放り込む、その流れもこなれたものだ。初めて粒ガムを渡したとき、口に入れる前に散々こねくり回していたのを思い出して、詩紋は一人で笑ってしまう。
 が、間もなくイノリの口の中から、ガリッバリッボリッゴリッと豪快な音が聞こえてきて、思わずぎょっと目を見開いた。
「いっ、イノリくん!」
 いきなり噛み砕いたりしては、かけらが口の中にささって怪我をするのではないかと不安になって見つめるが、イノリは何食わぬ顔でキャンディを噛み砕き続けている。どこか恐ろしげなくぐもった破壊音を聞きながら、イノリの顎が活発に動くのを、詩紋は固唾を飲んで見守った。
 そんな詩紋の心配を顧みず、飴粒をすっかり粉々にしてしまったイノリは、
「なんか、よくわかんねぇな」
 とつまらなそうに感想を述べる。
「当たり前だよ」
 口に入れるなり噛み砕いてしまったのだから、味などよくわからなくて当然だ。詩紋の相槌には、溜め息が少し混じった。
「詩紋、おかわり」
「もうないよ」
 棒状の包みを握りつぶしても、イノリは手を引っ込めようとしない。
 知らず小首をかしげると、いたずらを思い付いた子供のような笑みを返される。
「あるんだろ、もう一個」
 差し出されていた手が、すっと頬に触れる。
 あっと思ったときにはすでに遅く、再び唇が重なった。
「んっ…」
「詩紋…」
 性懲りもなく不意を衝く口付けに抗議しようと腕を掴むが、合間に名前を呼ばれて力が抜ける。
 ずるい。こんなのは。
「ふあ…」
 ちゅく、と微かな水音が耳に響いて、ざらざらした生暖かさが口の中に押し入ってきた。
 まるで体を重ねるような熱さに、頭の中が痺れてくる。とろけそうな危うさに、一度力が抜けた指でイノリのシャツを掴んだ。
 押し入ってきて好き勝手に口の中を舐め回していた舌が、唐突にするりと引いていく。
 その後の口の中が妙にスカスカで、まだわずかに溶け残っていた飴粒を奪われたのだとわかる。
「ごちそーさん♪」
 上機嫌な様子のイノリを軽く睨み付けて、詩紋は熱を持って痺れている唇に手の甲を押し当てた。
 少し腹が立つほどに朗らかなその礼は、何に対するものなのだろう。
「…スースーする」
 意味深に笑みを浮かべているイノリに、詩紋もいくつかの意味を重ねてつぶやいた。



 口の中に残ったミントの味が、気怠げな熱を奪っていく。



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なんかとても久しぶりにイノ詩を書いた気がするんです。

いただいたお題は「ミントキャンディをガリガリするイノ詩」だったので、イノリくんにガリガリしてもらいました!
ミントキャンディみたいに甘くてさわやかな可愛いお話にしようと思ったのですが、ちょっとオトナな雰囲気になりましたねぇ。。。
こんなイノ詩も私は大好きですが、夕貴さんにご満足いただけたかしら…どうかしら…。

RTありがとうございました!


#非公式リツイートで指定いただいたのでなんか書いた①馬油子さんへ!

2012年05月05日 | つぶやき

 確か前にも、こんなことがあった。
 練り上げた生地を焼きながら、詩紋は既視感に苦笑いしてしまった。
『もう天真くんなんか知らないっ!あっち行ってよ!』
『子供か!こっちこそお前みたいなとろいやつ知るか!』
『とろいとは何よ!』
『とろいだろうが!』
 そう、その時も、詩紋は言い争うあかねと天真に挟まれて、ただうろたえることしかできなかった。穏やかな性格のあかねと、あかねに対してどこか甘い天真がけんかをしているところなど初めて見たからかもしれない。
 そしてその時も、あとからこうして二人のために菓子を作ったのだ。二人の仲を取り持つのに、こんなことくらいしか思いつかない。
 異世界に来て、八葉になっても、自分はちっとも変わっていない。けれど、詩紋がこうして同じことをしているということは、詩紋が思っているより二人も変わっていないのかもしれない。
「…もうちょっとかな…」
 竈からは、すでに香ばしい香りが漂ってきている。
 あの時のけんかの理由を、詩紋は忘れてしまった。きっと当人たちも覚えてはいないだろう。それくらい、些細なことだった。
 けれど、今回のけんかの理由は、忘れようもない。さきほど起きたばかりだというだけではなく、原因が詩紋にあるということが、その眉をまた曇らせる。
 手当をしてもらった肩の傷がまだ痛むような気がして、手を当てた。


 すぐ熱くなる己の性格を、自分でも反省するときはたびたびある。しかし、反省した時にはすでに遅いというやつで。
「だーっ!くそ!」
 天真は、無心に振り回していた木刀を地面に放り投げ、髪をかきむしった。
 間違ったことを言ったとは思わない。あかねは詩紋を甘やかしすぎるところはある。怨霊の攻撃がかすったとはいえ、少し切れた程度だ。大騒ぎするほどのことではないのに、あかねが大袈裟に詩紋を心配するので、はじめは落ち着けと言ってやる程度の気持ちだったのだ。
「それをあいつが…」
 また悪態をつきかけて、いやいやと首を振る。今考えたいのはそういうことではなくて。
 あかねが必要以上に詩紋を心配する気持ちは、わからなくはない。詩紋はもともと体が丈夫ではなさそうだし、京に来たばかりのころはよく体調を崩して寝込んでいた。
 だが詩紋自身は、周りに与える印象ほど弱々しい人間ではない。確かに年下ではあるが、小さな子供でもない。あかねがいちいち心配して世話を焼いては詩紋のためにならないし、第一詩紋は八葉なのだから、それでは立場が逆ではないか。
「………」
 そこまで考えて、長い息を吐き出す。
 というのは建前で、というほどでもないが、自分の本音がそこではないことにも、もちろん自覚があった。
「…俺、カッコ悪ぃよなぁ」
 以前、男の嫉妬はみっともないと忠告されたことを思い出した。誰にそんなことを言われたのかは、あまり思い出したくない。


「どうしよう…」
 どうしようとつぶやいてみたところで、答えは決まっている。やらなければならないのに、踏ん切りがつかないだけだ。
 天真を怒らせてしまった。だから、謝らなければならない。
 結論が出てから、もうずいぶん時間が経ったように思えた。
 どうやって謝ろうかと言葉を考えるほどに、腰が重くなる。謝罪の言葉がうまくまとまらず、あかねはため息をついた。
 先に声を荒げたのはあかねだった。怪我をした詩紋に駆け寄って、声をかけて助け起こそうとしているところに、天真が「それくらいかすり傷だろ。お前いちいち大袈裟なんだよ」と言ったのがあまりにも無神経に聞こえたため、カチンときてしまったのだ。
 かすり傷であろうとも、きちんと手当をしないと化膿したり、あまり体の丈夫でない詩紋のこと、悪い菌が入って熱を出したりするかもしれない。かすっただけとは言え怨霊の攻撃だったのだから、穢れにあたっているかもしれない。あかねはそれを心配していたのに、あの時は天真が怪我を甘く見ていると思い、ついきつい口調で言い返してしまった。
 しかし、少し頭が冷えた今にして思えば、あれは動揺していたあかねに対する、天真なりの気遣いだったのかもしれないと気づいた。天真は根は優しいのに口が悪いから、他人に対する気遣いがああいう少し曲がった形であらわれることがたびたびある。昨日今日の付き合いではないのだから、それくらいわかっていたはずなのに。
 天真が自分を気遣ってくれていたとすれば、あんなふうにきつく言い返されて怒ったのも無理はない。どうしてあんな言い方をしてしまったのかと後悔ばかりが胸に湧いて体ごと重たくなっていく。きっと自分は相当動揺していたのだろう。
 詩紋が不安そうな顔で「あかねちゃん、ボク大丈夫だから」と言ったのも、きっと心配されていたのだ。心配しているつもりでされていたなんて、笑ってしまえるほどに情けない。
 あかねと天真が言い争っている間、詩紋が泣きそうな顔をしていたのも、傷が痛むせいではなかったのだろう。
「…私、だめだなあ」
 思わず苦笑と愚痴が漏れた。
「よしっ」
 苦くはあっても笑いをこぼしたことで、少し気持ちが軽くなった気がする。気合を入れると、案外あっさり立ち上がることができた。

 勢いのついたまま、あかねは部屋を飛び出した。
 まず、天真を探そう。言葉はうまく出ないかもしれないが、とにかくきつい言い方をしたことを謝って、話をしよう。きっと天真だって、そうそういつまでも怒ってはいないはずだ。あかねが謝れば、きっと仲直りできる。
 そうしたら、次に二人で詩紋の顔を見に行こう。二人がけんかをしてしまったことを、きっと詩紋は自分のせいだと気に病んでいるだろうから。
 だんだんと前向きになってくる気持ちと連動して、床板を踏む足の動きも早くなってくる。
 小走りのまま、角を曲がってしまおうとしたとき。
 とんっと床板を踏む音が重なり、カラッと障子戸を開ける音が耳の横で聞こえる。三方向から交錯した人影が、「わっ」と同時に声を上げた。
 大いに聞き覚えのある声に、思わず閉じてしまいそうになった目を現れた人影に向ける。と、おなじみの顔がぱちくりとこれまた同時に瞬きをした。
「…天真くん、詩紋くん」
「あかね…」
「あかねちゃん…」
 三人で見つめ合って。
 ぷっ、と誰からともなく吹き出したので、そのまま笑い出してしまう。何が面白いのかもわからないのに、一度笑い始めると何故か止まらず、その場に立ったまましばらく笑ってしまった。笑いが収まるころには、少し息が切れていた。
「あー、びっくりした!ふたりとも急に出てくるんだもん!」
「こっちのセリフだっつの!驚かせやがって…」
「でも、よかった」
 あかねと天真が振り向いたので、詩紋は手にしていた菓子箱を胸の高さに掲げた。
「ボク、二人を探してたんだ。クッキー焼いたから一緒に食べようと思って」
 ふたを開けずとも漂ってくる香ばしい香りに、否応なく期待が高まる。そういえば、そろそろ小腹が空いてくる時分だ。
 じゃあ早速、と手を伸ばしたいところだったが、天真はあかねの顔を一旦振り向いた。と、あかねも同じことを思ったのか顔を見合わせる形になってしまった。
「ごめん!!」
 先に言わなくてはと焦った結果、予想以上に大きな声が出る。声に驚いて、三人で目を丸くした。また少し笑ってしまう。
「ねえ、早く食べようよ」
 詩紋が言ったのに、あかねも天真も大賛成だった。これ以上、おいしそうな香りをかぎながらおあずけはごめんだ。


 天気がいいので、風通しの良い縁側に座って、三人で詩紋の作った菓子を食べる。
 前にもこんなことがあった気がする、と、誰かが笑ったので、伝染するようにまた三人で笑ってしまった。


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1現代組というご指定でしたのでSix・Wingsで書いてしまいましたが蘭さんを忘れていたことに今気づきましたごめんなさい蘭さん。
きっとこの後あかねちゃんが詩紋くんのクッキー持ってお話しに行ってくれるはず…!

詩紋の教育方針でもめるあかねちゃんと天真先輩が好きです。
まゆこさん、ありがとうございました!こんなので申し訳ありませぬ!