ひょうたん酒場のひとりごと

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2013年・夏

2013年08月13日 15時54分10秒 | 日記
例年になく短い梅雨が明け、明けると同時に猛烈な暑さが押し寄せてきた今年の夏。昨日(8月12日)の最高気温が、高知四万十で41度。日本観測史上最高の暑さだったという。そして同地は3日連続で40度超え。これまた初めてのことらしい。

25度以上が夏日、30度以上は真夏日、そして35度を超えると猛暑日だ。ならば、40度超えは何と呼ばれるのか。気象関係者はいよいよ本格的にそのネーミングの検討に入らなければならないだろうが、しかしこうなると、30度を超えると大汗をかき、タオルハンカチ3枚を必需品のように持ち歩き出した10年くらい前は、今からすればまだまだ異常高温の序の口辺りだったのかと思わずにはいられないし、そこで大騒ぎをしたことがむしろ懐かしい。

異常高温に連動するのが熱中症だ。この言葉が、定着してきたのも、ここ数年のことのような気がしてならない。かつては日射病といわれ、炎天下、スポーツや夏の野外学習などに勤しむ子供たちに多く発症していたはずだが、さらなる異常気温の高まりで過激さを増してきて、今や屋内にまで忍び込み、とりわけそこに退避する高齢者に迫害を加えるほどの無謀振りを発揮するに至っているのだ。

ついでに調べてみたら、日本体育協会に「スポーツ活動における熱中症事故予防に関する研究班」が設置されたのが、1991年。3年後の1994年には「熱中症予防8か条、熱中症予防のための運動指針」が策定されている。この時点では、だが、それが屋内でも発生し得るシロモノになっていくなどとは想像さえされていなかったのではないか。しかも、スポーツとは無縁の人達にも及ぶ難物になるなどとは…。

異常と言えば豪雨もまたすさまじい。ゲリラという名の下に度々起こり、その頻度は、ひと月に降る雨量が24時間で降り切った、などというニュースにも、最早、さほど驚きを覚えないほど、当たり前になった感さえあるのだ。

この間、その豪雨を伝えるテレビニュースで、秋田地方に「これまでに経験したことのないような大雨」が降るという表現が流れた。これがどうやら新手の警報のようなのだが、これまた気になって調べてみたところ、昨年7月、気象庁と福岡管区気象台がこれを使って警戒を呼びかけたのが初のことだったらしい。

因みにこの新手の警報表現は、例えば津波でも。本年の3月(7日)から、巨大地震が発生した時、予想される津波の高さを、数値ではなく、「巨大」(大津波警報)、「高い」(津波警報)という簡潔な言葉で発表して、ただちに避難するよう呼びかけることにしていたのだ。

言葉は時代と共に変わるというが、近年では自然界の異常現象の現場でのそれが顕著になっていることを、これらの新表現は教えている。

“想定外”もそうだった。そして、そうした異常気象に遭遇し、取材を受ける被災者の弁も、“数十年この地に住んでるがこんなことは初めて”“あの山が崩れるなんて思いもしなかった”…初体験の衝撃を訴える内容のものに主流が移り、自然の猛威に恐れ戦く度合いが深まるばかりである。

が、一方では、人為的災害の恐怖が語られるのも今夏、際立っている。原発問題に他ならない。

進まない福島の除染と、海に流れ込む核汚染水。はたまた、欠陥原発の再稼働の動き。ここには、人類の英知の一欠片も見ることは出来ず、それどころか、南海トラフ地震が確実視される中、にも拘わらず明確な方向を定め切れずに右往左往(というよりも原発復活に邁進)する先の、ただただ、破滅に至る未来予想図を描かされるのみなのだ。

異常が異常ではなくなりつつあるような。自然気象も、それに人さえもが。かくして、今こそ類的確実性がほしい…、と切実に願う2013年・夏。

ここ30数年で、帰省もせず、旅行もせず、(あまり大きな声では言えないが、例の自治会任務が何やかやと、大きく作用していることは間違いない)、所謂お盆休みを、初めて自宅で悶々と過ごす夏でもあり、それが殊更に負の事象に注意を向けさせ、あらぬ思いをさらに煽っているのかもしれないのだが…。

(シャープ)ブンゴウ